ストックホルム旧市街ガムラ・スタンの水辺|スウェーデンの窯が生まれた国の首都

スウェーデンの食器ブランド完全ガイド|ロールストランド・グスタフスベリと知られざる窯、二つの理想が育てた「日常の美」

北欧食器タックショミュッケ編集部
ストックホルム旧市街ガムラ・スタンの水辺|スウェーデンの窯が生まれた国の首都
ストックホルム旧市街ガムラ・スタンの水辺。運河と島々に開けた街に、スウェーデンの窯の物語が始まる。
写真:Joseaperez/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

北欧ヴィンテージ食器の棚をながめていると、名前の多くがひとつの国に集まっていることに気づきます。ロールストランド、グスタフスベリ、リサ・ラーソン、スティグ・リンドベリ——いずれもスウェーデンの窯と作家です。フィンランドのARABIAやイッタラ、デンマークのロイヤルコペンハーゲンと並んで、スウェーデンは北欧食器の大きな柱を担ってきました。

では、なぜこの国からこれほど多くの器が生まれたのでしょうか。この記事では、スウェーデンの食器を「二つの大きな窯」「知られざる窯たち」「ガラスと金属」「国全体を貫く一つの理想」という順に地図のように整理します。個々のシリーズを深く追うより先に、まずスウェーデン食器の全体像をつかんでいただく——そんな一枚の見取り図として読んでいただければと思います。

この記事でわかること

  • スウェーデンが北欧食器の中心地になった地理的・歴史的な理由
  • 二大窯ロールストランド(1726年)とグスタフスベリ(1825年)の位置づけと見分けの手がかり
  • ヘガナス・ゲフレ・ウプサラ・エケビーなど「知られざる窯」と、ガラス・金属への広がり
  • 「美しい日常のもの」という理想が、スウェーデン食器の作風をどう形づくったか

目次

  1. スウェーデン——北欧食器の心臓部
  2. 器を貫く二つの理想——「美しい日常のもの」と機能主義
  3. 背骨をつくった二つの大窯——ロールストランドとグスタフスベリ
  4. 磁器だけではない——炻器・ガラス・金属への広がり
  5. スウェーデン製を手に取るとき——王冠・錨・製造国の手がかり
  6. 当店で出会えるスウェーデンの器

スウェーデン——北欧食器の心臓部

スウェーデンは、森と湖と長い海岸線を持つ国です。国土の半分以上を森が覆い、南のスコーネ地方には粘土質の平野が、各地には窯の燃料となる薪が豊富にありました。器づくりに欠かせない三つの要素——粘土・燃料・水運——がそろっていたことが、この国を陶磁器の一大産地に育てていきます。

もう一つ大きかったのが、首都ストックホルムの存在です。水の都と呼ばれるこの街は、運河と海路で各地の窯とつながっていました。宮廷や富裕層という買い手が近くにあり、製品を船で運び出せる——18世紀のスウェーデンで最初の大きな窯が首都のすぐそばに生まれたのは、偶然ではありませんでした。

湖畔に建つ赤いファールンレッドの小屋とスウェーデン国旗|白樺に囲まれた夏の情景
湖畔に建つ赤い「ファールンレッド」の小屋。白樺と針葉樹に囲まれた、スウェーデンらしい夏の情景。
写真:Holger Ellgaard/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

赤く塗られた木の家、白樺の林、澄んだ湖——こうした風景の色彩や質感は、のちにスウェーデンの器の意匠にも通じていきます。器が求めたのは、派手さではなく、落ち着いた色と静かなかたちでした。北欧の自然と暮らしのなかで磨かれた美意識が、食器の世界にも流れ込んでいきました。国ごとの作風の違いは北欧食器はどこの国のもの?でも整理しています。

器を貫く二つの理想——「美しい日常のもの」と機能主義

スウェーデン食器を語るうえで欠かせない言葉が二つあります。一つは「ヴァッカレ・ヴァルダグスヴァーラ(vackrare vardagsvara)」、日本語にすれば「より美しい日常のもの」です。1919年、批評家グレゴール・パウルソンがこの標語をかかげ、優れたデザインを一部の富裕層だけでなく、すべての人の毎日の暮らしに届けようと呼びかけました。

もう一つが機能主義です。1930年のストックホルム博覧会は、装飾を削ぎ落とし用途に忠実なデザインをスウェーデンに広めた、大きな転換点でした。ここから生まれた明るく実用的なスタイルは、のちに「スウェディッシュ・モダン」として国際的に知られていきます。これら二つの理想が、スウェーデンの器を「美術品」ではなく「毎日使える美しい道具」へと向かわせました。

1920年代には、より優雅な古典様式もありました。イギリスの批評家が名づけた「スウェディッシュ・グレース」です。白い磁器に控えめなレリーフを添えたような、端正で品のある表現をさします。飾りの優雅さから機能の簡潔さへ——この振れ幅こそが、スウェーデン食器の奥行きをつくっています。ヴィンテージと復刻の関係については北欧ヴィンテージと復刻版の見分け方もあわせてご覧ください。

背骨をつくった二つの大窯——ロールストランドとグスタフスベリ

スウェーデン食器の背骨は、二つの窯が支えてきました。ロールストランドとグスタフスベリです。どちらもストックホルム近郊で生まれ、200年前後にわたって国の食卓を担ってきました。

ロールストランド——1726年に始まった、スウェーデン最古の窯

リードヒェーピングのロールストランド博物館に並ぶ大型の飾り壺|スウェーデン最古の窯の美術陶器
リードヒェーピングのロールストランド博物館。大型の飾り壺が、1726年から続く窯の歩みを物語る。
写真:Majjaw/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

ロールストランドは1726年、ストックホルムのロールストランド城のそばで創業しました。スウェーデンでもっとも古い窯であり、ヨーロッパ全体でも最初期の磁器・陶器の窯のひとつに数えられます。はじめは中国の青花にならった、コバルトブルーの絵付けのファイアンス(錫釉陶器)から出発しました。

都市の拡張にともない、窯は1926年にストックホルムを離れ、のちに西部の街リードヒェーピングへ移ります。移転が本格化したのは1936年のことでした。20世紀の黄金期には、ルイーズ・アーデルボリ、グンナー・ニールンド、カール=ハリー・スタルハネ、ヘルタ・ベングトソン、マリアンヌ・ウェストマンら多彩な作り手が名作を送り出します。とりわけウェストマンは「磁器の母」と呼ばれ、モナミやピクニックといった人気シリーズを手がけました。リードヒェーピングの工場は2005年末に閉じ、280年近いスウェーデン国内での生産に幕を下ろしました。窯の歩みはロールストランド入門で詳しくたどれます。

ロールストランド アネモン 24cmディナープレート|青い花が連なる北欧ヴィンテージ食器
ロールストランド「アネモン」の24cmディナープレート。青い花模様が連なる、当店の在庫品。
ロールストランド アネモン(Anemon)24cm ディナープレート

グスタフスベリ——1825年、群島の入り江に生まれた窯

入り江に建つグスタフスベリ磁器工場の1946年頃の全景|ヴェルムドー諸島の窯場
グスタフスベリ磁器工場、1946年頃の全景。ヴェルムドー諸島の入り江に、鋸屋根の工場が並ぶ。
写真:Sune Sundahl/ArkDes(CC0)

グスタフスベリは1825年、ストックホルム近郊ヴェルムドー諸島の入り江に築かれました。ロールストランドに次ぐスウェーデン第二の歴史を持つ窯であり、現在も同じ地で磁器の生産が続いています。20世紀には、芸術監督ヴィルヘルム・コーゲ、その後継スティグ・リンドベリ、釉薬の名手ベルント・フリーベリらが、この窯を北欧デザインの中心地へと押し上げました。窯の歴史と価値の見方はグスタフスベリはなぜ高い?にまとめています。

グスタフスベリ ベルサ コーヒーカップ&ソーサー|緑の葉が連なるスティグ・リンドベリのデザイン
グスタフスベリ「ベルサ」のコーヒーカップ&ソーサー。スティグ・リンドベリがデザインした、緑の葉が連なる当店の在庫品。
グスタフスベリ ベルサ(Berså)コーヒーカップ&ソーサー

グスタフスベリには、19世紀のアンティーク期にさかのぼる器も残っています。花や鳥を写した「ヴェクショー」はその一例で、100年以上前のスウェーデンの食卓を今に伝えます。裏印の綴りや年記号から製造年代を読み解く手順は、グスタフスベリの年代の見分け方で紹介しています。

グスタフスベリ ヴェクショー 16cmミニプレート|19世紀の花模様の北欧アンティーク皿
グスタフスベリ「ヴェクショー」の16cmミニプレート。19世紀にさかのぼる花模様の当店の在庫品。
グスタフスベリ ヴェクショー(Wexiö)16cmミニプレート

作家の系譜——「手」が受け継がれていく

グスタフスベリ・ストゥディオの手のマークの陶板|スティグ・リンドベリが手がけた工房の象徴
グスタフスベリ・ストゥディオを示す「手」の陶板レリーフ。スティグ・リンドベリが手がけた工房の象徴。
写真:Holger Ellgaard/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

スウェーデンの二大窯の強さは、才能が世代を越えて受け継がれた点にあります。グスタフスベリでは、コーゲが1917年に芸術監督となり1949年まで工房を導きました。彼が育てたリンドベリが監督を継ぎ、戦後スウェーデンを代表するデザイナーへと成長します。ロールストランドでも、アーデルボリの端正な白磁からウェストマンの明るい絵柄まで、性格の異なる作り手が次々と現れました。器を選ぶとき、シリーズ名だけでなく作家の名前をたどると、スウェーデン食器の見え方がぐっと立体的になります。

磁器だけではない——炻器・ガラス・金属への広がり

スウェーデンの食卓は、二大窯の磁器だけで成り立っているわけではありません。素朴な炻器(ストーンウェア)から、透きとおったガラス、そしてステンレスのカトラリーまで——素材の幅の広さこそ、この国のものづくりの豊かさです。器の素材そのものについては北欧食器の素材ガイドもご参照ください。

知られざる窯——ヘガナス、ゲフレ、ウプサラ・エケビー

ヘガナスの黒い炻器のプレートとボウル|スコーネ地方の塩釉炻器で知られる窯
ヘガナスの黒い炻器のプレートとボウル。中央に丸いヘガナスのマークが見える。
写真:Kigsz/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

南部スコーネ地方のヘガナスは、もともと1797年に始まった石炭の町でした。採掘の副産物として出る粘土を生かし、1835年ごろから茶色い塩釉の炻器がつくられます。丈夫な保存容器「ヘガナス壺」は、やがて町の名を全国に知らしめました。素朴で頑丈な炻器の系譜は、のちのスウェーデンの日用陶器の底流となっていきます。

中部の街ゲヴレには、1910年に始まったゲフレ磁器工場がありました。アーサー・パーシーが長く芸術監督をつとめ、三本の煙突のマークで知られます。ゲフレは1936年に大手グループのウプサラ・エケビーに買収され、その三本煙突マークはグループ全体の商標にもなりました。

ウプサラ大聖堂の二本の赤煉瓦の尖塔|ウプサラ・エケビーが生まれた大学都市
ウプサラ大聖堂の二本の尖塔。ウプサラ・エケビーが生まれた古都のシンボル。
写真:User:Oden/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

そのウプサラ・エケビーは、1886年に大学都市ウプサラでレンガ工場として出発し、やがてスウェーデン最大級の陶磁器グループへと成長しました。イングリッド・アッテルベリやマリ・シムルソンといった作り手が、モダンな造形と鮮やかな色を持ち込みます。グループはゲフレ(1936年)、カールスクローナ磁器工場(1942年)、そしてロールストランド(1964年)までを傘下に収め、20世紀スウェーデンの陶磁器産業を束ねる存在になりました。詳しくはウプサラ・エクビーとはで解説しています。

ウプサラ・エケビー マリ・シムルソン フェイスベース Beata|女性の顔をかたどった北欧の花器
ウプサラ・エケビー、マリ・シムルソンの「Beata」フェイスベース。女性の顔をかたどった当店の在庫品。
ウプサラ・エクビー マリ・シムルソン フェイスベース Beata

さらに、ダーラナ地方のニッツフーのように、1843年にレンガ焼きから始まり、地元の赤い粘土で手仕事の器をつくり続けてきた小さな窯もあります。二大窯の華やかさの陰で、こうした地方の窯がスウェーデンの日常を支えてきました。

ガラスの王国——コスタ、オレフォス、ボダ

スモーランドのガラス工房で吹き竿の先の熱いガラスを吹く職人|ガラスの王国グラスリケット
スモーランドのガラス工房で、吹き竿の先の熱いガラスを吹く職人。ガラスの王国「グラスリケット」の光景。
写真:Mogens Engelund/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

スウェーデン南部スモーランドの森には、「グラスリケット(ガラスの王国)」と呼ばれるガラス工房の集まる一帯があります。森の薪が炉を支え、水路が都への出荷を助けました。中心となるコスタは1742年創業で、スウェーデンでもっとも古いガラス工房です。近隣の多くの工房がコスタの職人たちの手で生まれたことから、「グラスリケットの母」とも呼ばれます。

1898年創業のオレフォスは、グラールと呼ばれる技法で20世紀北欧ガラスの頂点に立ちました。コスタとボダ、オーフォシュの工房はやがて統合され、1976年に「コスタ・ボダ」の名にまとまります。気泡を封じ込めた温かいガラスで知られるエリック・ホグランや、動物をかたどった遊び心のあるガラスも、この王国から生まれました。スウェーデンのガラスの全体像は北欧ガラスの世界——コスタ・ボダとスウェーデンのガラス工芸で、オレフォスの物語はオレフォース完全ガイドでたどれます。

コスタ・ボダ Zoo カバ ベルティル・ヴァリーン|透明なガラスの動物オブジェ
コスタ・ボダ「Zoo」のカバ。ベルティル・ヴァリーンが手がけたガラスの動物オブジェ、当店の在庫品。
コスタ・ボダ Zoo カバ ベルティル・ヴァリーン
エリック・ホグラン ボダ アダムとイヴ 琥珀色の泡ガラスビアマグ|スウェーデンのガラス
エリック・ホグランがボダで手がけた「アダムとイヴ」の泡ガラス。琥珀色のビアマグ、当店の在庫品。
エリック・ホグラン ボダ アダム&イヴ 泡ガラス ビアマグ

金属のカトラリー——ゲンセとステンレスの食卓

食卓を完成させるのは、器だけではありません。スウェーデン中部の鉄の街エスキルストゥーナには、1856年創業のゲンセがあります。社名は「グスタフ・エリクソンのニューシルバー工場エスキルストゥーナ」の頭文字に由来します。1944年、フォルケ・アルストロムが手がけたステンレス・カトラリー「テーベ」は、機能主義の理想を金属で体現した名作として知られ、スウェディッシュ・モダンを代表する食卓の道具になりました。詳しくはゲンセ テーベ完全ガイド北欧のカトラリー完全ガイドをご覧ください。

ゲンセ テーベ フォルケ・アルストロム ステンレスのディナーフォーク|スウェーデン機能主義のカトラリー
ゲンセ「テーベ」のディナーフォーク。フォルケ・アルストロムが1944年に手がけたステンレス・カトラリー、当店の在庫品。
ゲンセ テーベ フォルケ・アルストロム ディナーフォーク

スウェーデン製を手に取るとき——王冠・錨・製造国の手がかり

ストックホルム市庁舎の頂に輝く三つの金の王冠|スウェーデンの国章トレ・クローノル
ストックホルム市庁舎の頂に輝く三つの金の王冠「トレ・クローノル」。スウェーデンの国章。
写真:Holger Ellgaard/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

裏返して印を読むと、その器がスウェーデン生まれかどうかの手がかりが見えてきます。もっとも象徴的なのが、三つの王冠「トレ・クローノル」です。二つの王冠の上に一つを重ねたこの意匠は、14世紀からスウェーデンを象徴してきた国章で、ロールストランドは1884年からこれを裏印に用いてきました。グスタフスベリでは、1839年に加わった錨のマークが目印になります。

ほかにも、「MADE IN SWEDEN」や「SVERIGE」といった製造国の表記、そして1950年代から70年代にかけての品質表示「VDN」マークも、スウェーデン製を示す手がかりになります。窯ごとの裏印の変遷は、ロールストランドのバックスタンプ完全ガイドグスタフスベリのサインと絵付師マーク北欧食器のVDNマークとはにそれぞれ詳しくまとめています。

当店で出会えるスウェーデンの器

当店には、ここで紹介したスウェーデンの窯の器がそろっています。ロールストランドの花模様のプレートやグスタフスベリのベルサ、ウプサラ・エケビーの花器、ゲンセのカトラリー、コスタ・ボダのガラス——それぞれの窯の個性を、実物の質感とともにお楽しみいただけます。全品を検品したうえでお届けしており、シリーズや器種から探せるよう整理しています。

ロールストランド シルビア 24cmディナープレート|青い花模様の北欧ヴィンテージ食器
ロールストランド「シルビア」の24cmディナープレート。青い花模様が広がる当店の在庫品。
ロールストランド シルビア(Sylvia)24cmディナープレート

まとめ

スウェーデンが北欧食器の中心地であり続けたのは、粘土と森と水運という条件に加えて、「美しい日常のもの」という一つの理想が、国全体のものづくりを貫いていたからでした。ロールストランドとグスタフスベリという二つの大窯を背骨に、地方の窯やガラス、金属のカトラリーまでが、同じ美意識のもとで豊かに広がっていきます。名前の由来や裏印をたどれば、一枚の器の向こうにスウェーデンの風景が見えてきます。

要点の整理

  • スウェーデンは粘土・燃料・水運と、首都ストックホルムの市場に恵まれ、北欧食器の一大産地となった
  • 背骨はロールストランド(1726年・スウェーデン最古)とグスタフスベリ(1825年・第二の歴史)の二大窯
  • ヘガナスの炻器、ウプサラ・エケビーのグループ、グラスリケットのガラス、ゲンセの金属まで素材の幅が広い
  • 「美しい日常のもの」と機能主義という理想が、作風全体を静かに貫いている
  • 三つの王冠・錨・製造国表示・VDNマークが、スウェーデン製を読み解く手がかりになる

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