グスタフスベリの年代の見分け方|錨マークの由来、GUSTAFSBERG/GUSTAVSBERG綴り、スタジオ期の年記号

グスタフスベリの年代の見分け方|錨マークの由来、GUSTAFSBERG/GUSTAVSBERG綴り、スタジオ期の年記号

北欧食器タックショミュッケ編集部

器を裏返すと、そこに小さな物語が刻まれています。青い手のマーク、細い錨(いかり)の線、王冠をいただいた紋章、そして「GUSTAFSBERG」あるいは「GUSTAVSBERG」の文字——。スウェーデンの名窯グスタフスベリ(Gustavsberg)の裏印(バックスタンプ)は、200年近い歴史のなかで少しずつ姿を変えてきました。その一つひとつが、いつ・どこで・どのように焼かれた器なのかを静かに語っています。

グスタフスベリ スタジオハンドのバックスタンプ
グスタフスベリ・スタジオ期の器の裏面。青い「手」とG、SWEDENの文字、そして絵付けを示す番号が手描きで記される。

同じグスタフスベリでも、19世紀のアンティークと、リンドベリやコーゲの時代の器では、裏印はまるで別物です。逆にいえば、裏印を読み解ければ、その器がおよそどの時代のものかを絞り込めます。この記事では、錨マークの誕生から、綴りの変化、コーゲのアルジェンタ、スタジオの「手」のマーク、そして年代を絞り込む手がかりまでを、実際の裏印の写真とともにたどっていきます。読み終えるころには、ストックホルム群島に浮かぶ工場町の光景まで見えてくるはずです。

この記事でわかること

  • グスタフスベリの象徴「錨マーク」がいつ・なぜ生まれたのか
  • GUSTAFSBERG(f)からGUSTAVSBERG(v)へ——綴りが年代を語る仕組み
  • 19世紀の紋章印、コーゲのアルジェンタ、スタジオの「手」の見分け方
  • 製造国表記・素材記号・数字で年代を絞り込む方法と、その限界

目次

  1. グスタフスベリの裏印とは——錨がすべての起点
  2. 基本情報(早見表)
  3. ストックホルム群島に浮かぶ工場町
  4. 錨マークの誕生——1839年、英国の技術とともに
  5. GUSTAFSBERG から GUSTAVSBERG へ——綴りの変遷
  6. 19世紀アンティーク期の刻印——王冠の紋章印
  7. コーゲの時代とアルジェンタの銀の銘(1917〜1949)
  8. グスタフスベリ・スタジオと「手」のマーク(1942〜)
  9. 製造国・素材・数字——年代を絞り込む手がかり
  10. 「三つの王冠」はグスタフスベリではない
  11. ヴィンテージと復刻版——正規品同士の見分け方
  12. 現地で出会う——グスタフスベリを訪ねて

グスタフスベリの裏印とは——錨がすべての起点

グスタフスベリの裏印を語るとき、まず覚えておきたいのが錨(いかり)のマークです。細い線で描かれた一本の錨——これが、19世紀後半から現代に至るまで、グスタフスベリを識別する一貫した目印になってきました。錨の上や下に「GUSTAFSBERG」または「GUSTAVSBERG」の社名が添えられ、時代によって王冠や数字、素材の記号、デザイナーのサインなどが加わっていきます。

つまり裏印は、いくつかの要素の組み合わせでできています。「錨(ブランドの目印)+社名(+その綴り)+製造国+シリーズ名や素材記号+作者のサインや記号」。この要素を一つずつ読み解くことで、器の素性がだんだんと浮かび上がってきます。逆に、どれか一つの記号だけを見て「これは○年製」と断定するのは危険です。年代の手がかりは時代ごとに別の仕組みになっているからです。まずは大きな流れをつかんでいきましょう。

基本情報(早見表)

窯(ブランド) グスタフスベリ(Gustavsberg)/スウェーデン
創業 1825年設立、1827年に最初の磁器焼成
立地 ストックホルム群島のヴェルムドー島、ファルスタ湾の畔
ブランドの目印 錨(いかり)マーク(1839年頃〜)
綴りの変化 GUSTAFSBERG(f・古い)→ GUSTAVSBERG(v)。1900年代前半に段階的に移行
主なマークの種類 王冠つき紋章印(19世紀)/錨+社名(量産期)/「手」+G(スタジオ期)
年代の手がかり 綴り・製造国表記(SWEDEN/MADE IN)・素材記号・作者のサイン。単一の「早見表」はない

この表はあくまで大枠です。実際の器では、複数の要素を照らし合わせて年代帯を推し量っていきます。次章からは、この窯が生まれた土地の風景から見ていきましょう。裏印に刻まれた「錨」の意味は、この土地を知ると腑に落ちるからです。

ストックホルム群島に浮かぶ工場町

グスタフスベリは、ストックホルム中心部から東へおよそ22キロ、無数の島が連なるストックホルム群島(skärgård)のヴェルムドー島にあります。工場町は、ファルスタ湾(Farstaviken)という細長い入り江の西岸に沿って広がっています。水と切り離せない土地——それがグスタフスベリの原風景です。

グスタフスベリの港
ファルスタ湾に面したグスタフスベリの港。ヨットの向こうに、丘の上の給水塔と教会の尖塔がのぞく。撮影:Holger.Ellgaard/CC BY-SA 4.0

地名の「グスタフスベリ」は、17世紀にこの入り江の畔に開かれたレンガ工場に由来します。19世紀に入り、卸商ヨハン・ヘルマン・オーマンと商人ヨハン・オロフ・ウェンベリが、この地に磁器製造会社を設立しました。1825年のことです。最初の磁器が焼かれたのは1827年の新年。もっとも当初は品質が安定せず、経営はろうそく製造などにも支えられながらの船出でした。

町へ至る歴史的な本道は、群島を抜ける船でした。港はバッゲンス湾とトースビ湾を結ぶ水路の要にあたり、冬には凍った海が氷上の道になりました。工場は1842年に蒸気船を購入して自前の運送業を始め、白く塗られた「グスタフスベリ号」——I号からVII号まで——が客と貨物を乗せて群島を行き来しました。1912年に建造されたグスタフスベリVII号「シェーアン」は、季節運航の船として長く親しまれてきました。原料の粘土を積んだ英国の船が着き、焼き上がった磁器が積み出されていったのも、この港でした。

1946年のグスタフスベリ磁器工場
1946年のグスタフスベリ磁器工場。ファルスタ湾に面して、のこぎり屋根の工場棟と煙突が連なる。撮影:Sune Sundahl/CC0

19世紀後半には、経営を引き継いだヴィルヘルム・オーデルベリが、労働者の暮らしを支える住宅地を整えていきました。赤い木造のコテージと、英国式のレンガ長屋。1937年には協同組合連合会(KF)が工場と約700戸の住宅、広大な土地を買収し、町ぐるみの近代化が進みます。丘の上に立つ機能主義的な給水塔(1963〜64年建設)や、円形の公共建築「ルンダ・フーセット」(1954年)は、この時代に生まれた町の景観です。器の裏印を眺めるとき、その背後にこうした水辺の工場町を思い描くと、一枚の皿がぐっと立体的に感じられます。

錨マークの誕生——1839年、英国の技術とともに

グスタフスベリの裏印に錨が現れるのは、1839年頃とされています。これは偶然ではありません。前年の1838年、工場は英国から13名の磁器技術者を招き、それまでのドイツ式から英国式の生産技法へと大きく舵を切りました。錨マークの登場は、その転換の直後にあたります。

なぜ錨だったのか。工場自身の説明によれば、錨は当時の英国の磁器工場に共通して見られた署名であり、英国式の技法を採り入れたグスタフスベリも、それに倣って自分たちのロゴの一部としたといいます。錨印で知られる英国のダヴェンポート社への敬意や、英国船が初めて工場の埠頭に錨を下ろした「新時代の象徴」といった由来譚も語り継がれていますが、こちらは印譜(いんぷ)を扱う専門家の伝える説で、工場の一次資料までは確認できていません。とはいえ、ファルスタ湾の奥という海運と結びついた立地を思えば、錨がこの窯の顔になったことには、深い必然を感じます。

以後、この錨は形を少しずつ変えながらも、グスタフスベリを識別する一貫した目印として使われ続けます。裏印を見て「これはグスタフスベリだろうか」と迷ったとき、まず探すべきは錨——これが第一の原則です。

GUSTAFSBERG から GUSTAVSBERG へ——綴りの変遷

19世紀のグスタフスベリ 王冠つき紋章印 GUSTAFSBERG
19世紀のヴェクショーの裏面。王冠をいただいた紋章の枠に、シリーズ名「WEXIÖ」と、旧綴りの「GUSTAFSBERG」(f)が緑で刷り込まれる。

裏印を年代の手がかりにするうえで、いちばんわかりやすいのが社名の綴りです。古い器では「GUSTAFSBERG」と、fで綴られています。新しい器では「GUSTAVSBERG」と、vになります。この違いは、スウェーデン語そのものの綴りの変化を反映しています。

スウェーデン語では、1906年の正書法改革でfからvへの綴りの整理が進みました。地名としてのグスタフスベリも、古くは「Gustafsberg」と記録されています。工場の裏印がf綴りを手放していった時期については、収集家や専門サイトのあいだでも幅があり、1918〜1920年代頃とする見方もあれば、1929年に正式に改めたとする記述もあります。さらに、装飾名を刷り込んだ版(プレート)が古いまま使われ続けたため、印刷スタンプではf綴りがしばらく残ったケースもあります。

つまり「f=古い/v=新しい」という大きな傾向は成り立ちますが、綴りだけで年を一点に定めるのは避けたほうが賢明です。目安としては、GUSTAFSBERG(f)ならおおむね1920年代より前の可能性が高い、と捉えるのが安全でしょう。上の写真のヴェクショーのように、古い器では錨とは別に、王冠をいただいた紋章の枠に社名とシリーズ名が刷り込まれる形式も使われました。次章で詳しく見ていきます。

19世紀アンティーク期の刻印——王冠の紋章印

19世紀後半から20世紀初頭にかけてのグスタフスベリには、鳥や花を転写で描いた、英国風の華やかな食器が数多くあります。当店でも扱うヴェクショー(Wexiö)はその代表格で、100年を超えるアンティークです。この時代の器の裏面には、錨に加えて、王冠をいただいた紋章風の印がしばしば見られます。楕円の枠の中にドーム屋根の建物を描き、その下にシリーズ名(WEXIÖなど)と社名を配した、格調高い意匠です。

グスタフスベリ ヴェクショーの鳥と花の転写
ヴェクショーの見込み。枝にとまる小鳥と、金彩で縁取られた花々。深い緑の転写で描かれた19世紀の意匠。

この時期の裏印を読むうえで、いくつか押さえておきたい点があります。まず、器の素材を示す「OPAK」という表記を見かけることがあります。これは白く硬い陶胎(オペーク・ポーセリン)を指す素材の呼称であって、製造年を示す数字ではありません。「94」などの小さな数字が押されていることもありますが、これは版番号や年号などさまざまで、一律に「製造年」と読むことはできません。

年代を絞る補助になるのが、製造国の表記です。輸出先の規制により、英国向けでは「SWEDEN」、米国向けでは「MADE IN SWEDEN」といった原産国表示が求められるようになりました。おおまかな目安として、「SWEDEN」の表記があれば1890年代以降、「MADE IN」を伴えば1910年代以降の輸出向け、と年代帯を推し量ることができます。ただしこれも国内向けの器には当てはまらないなど例外があり、あくまで複数の手がかりの一つとして扱うのが確実です。

コーゲの時代とアルジェンタの銀の銘(1917〜1949)

1917年、画家出身のヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge)が芸術監督に就きます。彼は、美しく手頃な日用の器を庶民に届けようと、コバルトブルーの装飾を施した「リリーブロー(Liljeblå)」を手がけました。芸術性と大量生産を両立させようとするこの姿勢は、後のグスタフスベリの気質を決定づけていきます。

ヴィルヘルム・コーゲのリリーブロー
コーゲがデザインしたリリーブローのコーヒーセット。コバルトブルーの装飾と、貝殻のような縁取り。撮影:Holger.Ellgaard/CC BY-SA 4.0

コーゲの名を不朽にしたのが、アルジェンタ(Argenta)です。深い緑の釉薬をかけたストーンウェアに、銀の装飾を象嵌したこの装飾陶器は、1930年のストックホルム博覧会で発表され、大きな注目を集めました。魚や植物、女神像といったモチーフが、緑地に銀の輝きで浮かび上がります。

グスタフスベリ アルジェンタの緑釉と銀彩
アルジェンタの角皿。深い緑の釉に、銀で象嵌された草花のモチーフ。撮影:Bengt Oberger/CC BY-SA 4.0

アルジェンタの裏印には、通常の錨と社名に加えて、「ARGENTA」の銘が銀彩で記されるのが特徴です。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が所蔵するコーゲのアルジェンタ壺の記録では、底に「GUSTAVSBERG ARGENTA」と錨、そして英字の記号が銀色で描かれています。銀で銘を入れるという手の込みようが、この装飾陶器の格の高さを物語ります。

グスタフスベリ アルジェンタ 銀彩のキャンドルスタンド ヴィルヘルム・コーゲ
アルジェンタのキャンドルスタンド。緑釉の柱に、銀彩で小さな王冠のモチーフが施される。ヴィルヘルム・コーゲのデザイン。

当店では、コーゲのアルジェンタの銀彩キャンドルスタンドを扱っています。緑と銀の対比、そして手に取ったときの重みは、写真だけでは伝わりきらない造形の魅力です。コーゲは1949年まで芸術監督を務め、その最晩年に、次代を担う若い才能を育てました。それが、スティグ・リンドベリです。

グスタフスベリ・スタジオと「手」のマーク(1942〜)

ヴィルヘルム・コーゲとスティグ・リンドベリ 1938年
1938年、工房での二人。左がヴィルヘルム・コーゲ、右が若き日のスティグ・リンドベリ。手にはろくろで挽いた器。撮影者不詳/パブリックドメイン

1937年、若きスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)がコーゲのもとに加わります。そして1942年、コーゲは実験的な工房「グスタフスベリ・スタジオ」を立ち上げました。量産のラインとは別に、職人が手仕事で高品質の作品を生み出す場です。ここで生まれた器には、あの独特のマークが記されるようになります——「手」とGのマークです。

グスタフスベリ・スタジオの手とGのマーク
「GUSTAVSBERGS STUDIO」の陶製サイン。Gの文字の上に、手のレリーフ。スタジオを象徴するマーク。撮影:Holger Ellgaard/CC BY-SA 3.0

この「手」のマークについては、大切な注意点があります。「手」は手仕事・スタジオ製であることを示す印であって、特定のデザイナー個人の署名ではありません。コーゲも、リンドベリも、ろくろの名手ベルント・フリーベリも、同じスタジオの「手」のマークを用いました。ですから「手のマーク=リンドベリ作」と早合点するのは禁物です。

ろくろを挽くベルント・フリーベリ 1954年
ろくろに向かうベルント・フリーベリ、1954年。背後の棚には釉薬をかけた小さな壺が並ぶ。パブリックドメイン

手のは、作者や工房のおおよその目安になるといわれます。コーゲは主に茶や黒、リンドベリは青や赤を用いた、という傾向が複数の資料で語られています。ただし「手」は工房で共用されたマークですから、色と作者が厳密に一対一で対応するわけではありません。あくまで傾向として捉えるのが安全です。一点物のスタジオ作では、底に作者名やスタジオ印、記号が手描き・手彫りされる例が知られています。一方、レプティルやドミノといった量産シリーズには、量産用の印や「designed by Stig Lindberg」のラベルが付くのが一般的で、この違いも一点物と量産を見分ける手がかりになります。リンドベリは1949年にコーゲの後を継いで芸術監督となり、グスタフスベリの黄金期を築いていきました。

製造国・素材・数字——年代を絞り込む手がかり

1930年ストックホルム博覧会のグスタフスベリ展示
1930年ストックホルム博覧会のグスタフスベリの展示。棚一面に並ぶ釉薬の器。アルジェンタが世に出た舞台。撮影:Gustaf Wernersson Cronquist/CC0

「裏の数字を見れば製造年がわかる早見表はないの?」——グスタフスベリの器を手にした人が、いちばん知りたいところでしょう。結論からいうと、すべての時代に当てはまる万能の早見表は存在しません。年代の手がかりは、時代ごとに別々の仕組みになっているからです。ここでは、比較的たしかな手がかりを整理します。

1. 製造国の表記

前述のとおり、「SWEDEN」の表記はおおむね1890年代以降、「MADE IN SWEDEN」はおおむね1910年代以降の輸出向けの目安になります。逆に、原産国表記がまったくない古い器は、それより前の可能性を含みます。

2. 綴りと社名の書体

GUSTAFSBERG(f)は1920年代より前、GUSTAVSBERG(v)はそれ以降、という大きな傾向が使えます。社名の書体やロゴの意匠も、時代によって少しずつ変わりました。

3. 素材記号とシリーズ名

スタジオ期以降の量産食器では、ストーンウェア(stengods)やボーンチャイナ(benporslin)といった素材の別、シリーズごとの記号や品番が記されることがあります。品質表示のVDNマークが付く器もあり、これはおおむね1950〜70年代のスウェーデン製品に見られる目安です。

4. スタジオ期の「年記号」——過信は禁物

スタジオ期の作品には、製造年を示すとされる英字の記号が併記されることがあります。前述のV&A所蔵のアルジェンタにも英字記号が確認でき、年を示す記号体系そのものは実在します。ただし「この文字=この年」という具体的な対応表は、ディーラーや収集家のあいだで流布しているものの、工場や美術館が公開する一次資料では裏づけきれていません。年記号は参考程度にとどめ、他の手がかりや実物の照合と合わせて判断するのが賢明です。

グスタフスベリ陶磁器博物館
グスタフスベリ陶磁器博物館。港の旧乾燥室を使った建物が、雪あかりの夜に灯る。撮影:Bengt Oberger/CC BY-SA 3.0

こうした裏印や年代の研究を支えているのが、港の一角にあるグスタフスベリ陶磁器博物館(Gustavsbergs Porslinsmuseum)です。閉ざされた磁器工場の旧乾燥室(Torkhuset)を使ったこの博物館の起源は1915年にさかのぼり、常設の博物館としては1956年以降運営されてきました。中核をなすのは、2000年に旧所有者KFがスウェーデン国家へ寄贈した4万5千点を超えるコレクションです。国立博物館(Nationalmuseum)の管理下に入り、改修を経て2020年に再び開かれました。年代のわかる膨大な実物こそが、裏印を読み解く最良の物差しになります。

「三つの王冠」はグスタフスベリではない

最後に、混同されやすい注意点を一つ。北欧食器の裏印でよく見かける「三つの王冠(Three Crowns)」を、グスタフスベリの印だと思い込まないことです。三つの王冠は、14世紀に由来するスウェーデンの小国章——つまり国のシンボルであって、特定のメーカー固有の印ではありません。

陶磁器で三つの王冠といえば、まず思い浮かぶのはロールストランドです。ロールストランドは1884年に、斜体の社名を三つの王冠が囲む「王冠スタンプ」を導入し、細部を変えながら2000年頃まで用いました。ですから、三つの王冠を見て反射的に「グスタフスベリ」と判断するのは誤りです。グスタフスベリの目印は、あくまで錨。ロールストランドとの取り違えに気をつけましょう。裏印を読むときは、一つの記号に飛びつかず、錨・社名・綴り・製造国表記を総合して見るのが、確実な近道です。

ヴィンテージと復刻版——正規品同士の見分け方

はじめにお伝えしておきたいのは、北欧食器に「精巧な偽物」が出回っているという報告は、これまでのところありません。模造して利益を得る動機がほとんどないためです。したがって、私たちが気にすべきは「本物か偽物か」ではなく、正規品同士の違い——とりわけ、当時づくりのヴィンテージと、後年の復刻版(リプロダクション)の見分けです。

グスタフスベリ Gスタジオ ファイアンス焼きのピッチャー
グスタフスベリ・スタジオのファイアンス焼きのピッチャー。黄と白の帯に、ターコイズの粒模様。手描きならではの筆致が残る。

たとえばベルサやアダムのような人気シリーズには、当時づくりのヴィンテージと、近年の復刻版の両方が存在します。両者を分けるのは、多くの場合裏印です。当時の器には、その時代の錨や社名、素材記号、手描きのサインが記されます。復刻版には、生産された年代に対応した現行の印や表記が入ります。当店では、器が当時づくりのヴィンテージなのか、復刻版なのかを検品のうえで明記しています。上の写真のスタジオ期のピッチャーのように、青い「手」とGのマーク、SWEDENの文字、手描きの絵付け番号がそろっていれば、スタジオ期の手仕事の器であることが読み取れます。

見分けのポイントを整理すると、次のようになります。①錨と社名の綴り(f/v)で大きな時代を掴む。②製造国表記の有無で年代帯を絞る。③素材記号やサイン、VDNマークで用途と製造期をたしかめる。④復刻版かどうかは現行の印の有無で判断する。この四段構えで見れば、たいていの器は素性を語り始めます。詳しくはヴィンテージと復刻版の違いのガイドもあわせてご覧ください。

現地で出会う——グスタフスベリを訪ねて

グスタフスベリの家庭用磁器の製造は、1994年に幕を閉じました。生産はスウェーデン国内のリードヒェーピングへ移され、衛生陶器の製造も2014年に終わりました。けれど、旧工場の一帯は取り壊されることなく、住宅や店舗、文化施設へと生まれ変わり、地区のなかでは小規模ながら陶芸の営みが続いてきました。

ヴェルムドー島の群島に沈む夕日
ヴェルムドー島の群島に沈む夕日。松のシルエットの向こうに、いくつもの小島が浮かぶ。グスタフスベリを抱くストックホルム群島の光景。撮影:Arunima Rosenblad/CC BY-SA 4.0

港には陶磁器博物館やギャラリー、アウトレットが集まり、旧工場の建物では陶芸家たちが工房を構えてきました。夏の白夜には、ファルスタ湾の水面が淡い光に染まります。錨のマークが生まれた海辺の町——その空気を思い浮かべながら器を裏返すと、小さな印の一つひとつが、いっそう愛おしく感じられます。一枚の皿の裏に、群島の海と、200年の窯の歴史が畳み込まれているのですから。

まとめ

要点の整理

グスタフスベリの裏印を読む第一の目印は、1839年頃に生まれた錨(いかり)マークです。社名の綴りは古い「GUSTAFSBERG(f)」から新しい「GUSTAVSBERG(v)」へと1900年代前半に移り、これが大きな時代を掴む手がかりになります。19世紀には王冠つきの紋章印、コーゲの時代には銀彩で「ARGENTA」を記した銘、1942年からのスタジオ期には「手」とGのマーク——ただし「手」は手仕事を示す共用の印で、個人の署名ではありません。製造年を一発で示す万能の早見表は存在せず、綴り・製造国表記・素材記号・サインを総合して年代帯を絞るのが確実です。そして「三つの王冠」はスウェーデンの国章であってグスタフスベリの印ではなく、ロールストランドとの混同に注意が必要です。錨を探し、要素を一つずつ読み解けば、器の裏面はあなたに素性を語り始めます。

あわせて読みたい関連記事

関連商品をチェック

グスタフスベリのヴィンテージ食器を、当店のコレクションからご覧いただけます。

グスタフスベリ スティグ・リンドベリ

コラムに戻る