商品情報にスキップ
1 19

ARABIA

アラビア(ARABIA)シニリントゥ(Sinilintu)カップ&ソーサー その2

通常価格 ¥22,000
通常価格 セール価格 ¥22,000
セール 売り切れ
数量
🚚 1万円以上で送料無料
北海道・沖縄・離島は13,000円以上で無料
💳 Visa / Mastercard / JCB / PayPay / コンビニ決済 / 銀行振込 / 代引き
詳細を表示する

フィンランドの名窯が生んだ 手仕事の温もりが宿るカップ

フィンランドを代表する陶器メーカーARABIA社のコレクターズアイテムです。

シニリントゥはフィンランド語で「青い鳥」の意味です。北欧ではメーテルリンクの『幸せの青い鳥』が有名ですが、チルチルとミチルが延々旅を続けても見つけられなかった幸せを運ぶ青い鳥が、あるとき自分の家のキジバトであったことに気づく、という寓話です。幸せは知らなかっただけで実は最初から身近にある、という教訓のような話です。こちらのカップにはその青い鳥が3羽も描かれています。ウオシッキネンもまた、幸せはすぐ身近にある、と言いたかったのかもしれません。

本作品デザイナーのライヤ・ウオシッキネンは1947年から1986年までの40年に渡ってARABIA社の専属デザイナーとして勤務し、エミリア(Emilia)やアリ(Ali)、パヤッツォ(Pajazzo)、アーメッド(Ahmed)などの名作を生み出しました。とくにカレワラ(Kalevala)というクリスマスシーズンに毎年製造されるイヤープレートは彼女が考案したもので、現在まで多くのコレクターの間で根強い人気を誇っています。

こちらのシニリントゥというカップは、アリやパヤッツォなどと同様に銅版転写という方式でプリントされたものとなります。銅版転写とはシルクスクリーン印刷の一種で、パターンデザインを施した銅版にコバルトを原料としたインクを乗せ、転写紙を無地の陶器にブラシで刷り付けて定着させ、薄い透明の釉薬を塗り重ねて再焼成する、という工程を重ねるものです。転写の力加減で色の濃淡やムラなどの個体差が生じます。転写の力加減で色の濃淡やムラなどの個体差が生じます。均一でムラのない転写紙の貼り付けに比べると濃淡差に個性や味わいが生まれ、職人の腕前も如実に現れます。

こうした作業は大変手間がかかるためシニリントゥは1970年代中盤の石油危機の際に生産を終了しています。この時期は名作パラティッシの生産も終了するなど、それまでの主要なラインナップが軒並み生産終了に追い込まれる深刻な時期でした。また1980年代になると安価な陶器が台頭するようになり、ARABIA製品もプリメイドの転写紙をそのまま貼り付けたり、シンプルなハンドペイントで装飾を施すなど工程を省略しコスト減を図った器が多く生み出されました。80年代以降の作品はそれまでの黄金期の作品に比較すると装飾が極端にシンプルであり、手間暇にコストを割くことが出来なかった苦しい時代を感じさせます。時代背景を考えるとシニリントゥはARABIA黄金期の非常に手間が込んだ最後の作品の一つとなります。

ARABIA — フィンランドが世界に誇る陶磁器の名窯

ヘルシンキのARABIA工場 1975年
1975年のARABIA工場(ヘルシンキ・アラビア地区)

1873年、スウェーデンのロールストランド社がヘルシンキに設立した分工場がARABIAの始まりです。当初はロシア帝国向けの陶磁器を生産していましたが、1917年のフィンランド独立後に完全なフィンランド企業となり、20世紀半ばにはフィンランド最大の陶磁器メーカーへと成長しました。

カイ・フランク
「フィンランドデザインの良心」カイ・フランク(1911–1989)

黄金時代を築いたデザイナーたち

カイ・フランク(1911–1989)は「フィンランドデザインの良心」と呼ばれ、キルタ(後のティーマ)やカルティオなど、無駄を削ぎ落とした機能美の名作を生み出しました。1949年にはARABIAのクラウンマーク(王冠のバックスタンプ)もデザインしています。

ウラ・プロコッペ(1921–1968)は、コバルトブルーの手描きが美しいバレンシア(1960–2002年)と、鉄粉を施した独特の土色が魅力のルスカ(1960年代–1999年)を手がけました。ルスカの粗い表面は日本の楽焼に似た風合いで、北欧と日本の美意識の近さを感じさせます。

ARABIA工場の陶芸家たち
ARABIA工場のアトリエで制作する陶芸家たち

このほか、ビルガー・カイピアイネン(1915–1988)は「装飾の王」と呼ばれ、名作パラティッシをはじめ華やかな装飾陶芸を制作。エステリ・トムラはフローラシリーズの植物画で知られ、ライヤ・ウオシッキネンも数多くの装飾パターンを手がけました。

ヴィンテージの見分け方 — バックスタンプ(刻印)ガイド

ARABIAのロゴマーク
ARABIAのマーク
  • 1874〜1930年頃:素地への型押し(インプレスト)が主流。1878年以降はフィンランドの紋章入りカラーマークも併用。
  • 1932〜1949年:クルト・エクホルムがデザインした「パイプスタンプ」。工場に導入された122mのトンネル窯を表現したデザイン。
  • 1949年〜現在:カイ・フランクがデザインしたクラウンマーク(王冠)。月桂樹の輪を逆さにして王冠に見立てた斬新なデザイン。1964年、1971年、1975年、1981年、2014年に更新。
  • 生産年の読み方:1940年代以降は月→年の順で数字が刻印。2等品にはローマ数字IIや色付きドットが付されます。
  • 2016年以降:ヘルシンキ工場は2016年3月に閉鎖され、現在はタイとルーマニアで生産。ヴィンテージ品はすべてフィンランド製で、「MADE IN FINLAND」の刻印があります。

■詳細スペック

  • メーカー:ARABIA / アラビア
  • デザイナー:Raija Uosikkinen / ライヤ・ウオシッキネン
  • 作品名:Sinilintu / シニリントゥ
  • 年代:1966〜1975年
  • 生産国:フィンランド

■コンディション:★★★★☆(4.5:極美品)

未使用のデッドストック品となります。ソーサー表面はわずかに保存上のスレが見られますが、市場で入手可能なシニリントゥのなかでトップコンディションの作品となります。


■関連コレクション

アラビア刻印年代別完全ガイド

この商品をシェア

X LINE P f

ライヤ・ウオシッキネン(Raija Uosikkinen)

ライヤ・ウオシッキネン(Raija Uosikkinen)

ライヤ・ウオシッキネン(Raija Uosikkinen,1923〜2004年)

フィンランド南部の町ホッロラ(Hollola)の出身です。1947年にアールト大学芸術学部を卒業しアラビアに入社します。1986年までの40年に渡ってアラビア社の専属デザイナーとして勤務し、エミリア(Emilia)シリーズやカレワラ(Kalevala)イヤープレートのデザインを担当しています。カイ・フランクとの共作をおこなうことも多く、基本的にカイ・フランクが商品のフォルムを、ウオシッキネンが装飾デザインを提供することが多かったです。

ライヤ・ウオシッキネンは1986年に定年でARABIAを退いた後も、会社のすぐ隣の家に住み続けて同社の現役デザイナーやアールト大学の学生たちを快く自宅に招いて、気さくにもてなしながらも後進の指導にあたったといいます。代表作のエミリアシリーズは遠い米国の暮らしへの憧れを表していたと言われています。第二次大戦後のフィンランドは貧しい時代の連続で決して豊かな国ではなく、貧しく苦しい時代の豊かさへの憧れが名作が生み出された背景にあります。

ライヤ・ウオシッキネンの作品一覧はこちらからどうぞ

ARABIA ‐ アラビア

ARABIA工場

ARABIAは20世紀フィンランドを代表する陶器メーカーです。元々ARABIAはスウェーデンのロールストランド(Rörstrand)社がロシア向けの陶器を生産する拠点としてフィンランドに設立した工場が前身となっています。首都ヘルシンキのアラビア地区に設けられたことが社名の由来となっています。

1950〜1980年代にはウラ・プロコッペビルガー・カイピアイネンライヤ・ウオシッキネンエステリ・トムラなど、ARABIAの黄金時代と呼ばれる世界的なデザイナーが数多くの作品を手掛けました。シンプルな北欧モダンから、装飾性が高く作り込みが優れた作品まで、現代のモダンデザインに大きな影響を与えた作品が当時生み出されました。ARABIAは傑作パラティッシ、クロッカス、フローラ、コラーリなどインテリアとしても飾れる、北欧食器ならではの実用と装飾を兼ねたアイテムなどで知られています。

当店のARABIAのコレクションはこちらからどうぞ

アラビア刻印年代別完全ガイド

安心のお買い物サポート

🔎

専門スタッフが検品

コンディションを丁寧に確認し、詳細な写真でお伝えします

🔁

万が一の際も安心

配送破損・商品違い・記載外の瑕疵は送料当店負担で対応

📦

専用梱包でお届け

ヴィンテージ食器専用の厳重梱包で安全にお届けします

当店の商品は北欧で直接買い付けたヴィンテージ品です。一点一点のコンディションを丁寧に検品してお届けします。
コンディション評価についてヴィンテージ食器の魅力