ARABIA フラクタスの20cmプレート|琥珀色の地に半分に切った果実を描いた北欧ヴィンテージ食器

アラビア フラクタス(Fructus)完全ガイド|ラテン語で「実り」——半分に切ったザクロを手描きしたARABIAの皿

北欧食器タックショミュッケ編集部
ARABIA フラクタスの33cm大皿|琥珀色の地に軸と房をつけた半分のザクロを描いた北欧ヴィンテージ食器
フラクタス(Fructus)の33cmの大皿。琥珀色の地に、上に軸、下に房をつけた半分のザクロ

ARABIAのフラクタス(Fructus)は、縦に半分に切ったザクロを一つ、皿の真ん中に大きく描いたシリーズです。茶の皿では、焦げ茶と黒の果実の中に黄色い粒や線が散り、中心には種や葉のような形が浮かびます。1960年から1975年まで、ヘルシンキのARABIAの工場で作られました。

装飾をデザインしたのは、コスモス(Kosmos)でも知られるグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist)です。器のかたちはウラ・プロコッペ(Ulla Procopé)が手がけました。「フラクタス」という名前はラテン語で、果実や実りを表す言葉です。

この記事では、当店で扱ったフラクタスの皿の写真をもとに、名前の意味から裏の書き文字までを順に見ていきます。フラクタスが生まれた頃のヘルシンキの市場や、フィンランドの果樹園の写真もあわせてご覧ください。

この記事でわかること

  • 「フラクタス(Fructus)」がラテン語で「果実」「実り」を意味する言葉であること
  • 1960〜1975年にARABIAで作られた、炻器(ストーンウェア)の手描きの皿であること
  • 描かれているのは半分に切ったザクロで、当店で扱った3枚では中心の模様がそれぞれ違うこと
  • 茶と黒の皿のほかに、青と紺の皿もあること
  • 裏にはARABIA FINLANDとGOGの文字が手で書かれていること

目次

  1. フラクタスとは——ラテン語で「実り」
    1. 名前の意味
    2. フラクタスの基本データ
    3. 装飾をデザインしたグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト
  2. 半分に切ったザクロ——図柄を読む
    1. 軸と房、粒と中心
    2. 3枚の皿で違う中心の模様
  3. 手で描かれた皿
  4. 茶の皿と青の皿
  5. 器のかたち——ウラ・プロコッペの炻器
    1. 同じ頃のプロコッペの器——ルスカとコスモス
  6. 裏の書き文字を読む
  7. フラクタスが生まれた頃のフィンランド——市場と果樹園
  8. まとめ

フラクタスとは——ラテン語で「実り」

名前の意味

fructus(フルクトゥス)は、ラテン語の動詞fruor(楽しむ、享受する)から生まれた名詞です。もとは「享受」「楽しみ」を表し、そこから得られる「産物」「収穫」「果実」、さらに「利益」の意味でも使われました。英語のフルーツ(fruit)は、古フランス語を経て、このラテン語から来ています。

当店では「フラクタス」の表記で紹介しています。

ARABIA フラクタスの20cmプレート|琥珀色の地に半分に切ったザクロと二つの種のような形
直径20cmの皿。黒に近い焦げ茶の縁の帯と、丸い粒を散らしたザクロの断面

フラクタスの基本データ

シリーズ名 フラクタス(Fructus)
窯 ARABIA(フィンランド・ヘルシンキ)
装飾のデザイン グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト
器のかたち ウラ・プロコッペ
製造 1960〜1975年
素地 炻器(ストーンウェア)
絵付け 手描き
色 茶と黒/青と紺
当店で扱った器 直径約20cmの皿、直径約33cmの大皿

フラクタスが作られたのは、ヘルシンキ中心部の北東、アラビア地区にあったARABIAの工場です。工場の150年の歩みは、アラビア工場の歴史にまとめています。

ヘルシンキ・アラビア地区のARABIAのかつての工場棟|縦にARABIAの文字が入る建物と煙突
2024年、ヘルシンキのアラビア地区に残るARABIAのかつての工場棟(写真:Marit Henriksson/CC BY-SA 4.0)

フラクタスの皿は、ヘルシンキ市立博物館と、オーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館(NGV)にも収蔵されています。

装飾をデザインしたグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト

グンヴァル・オリン=グレンクヴィストは、1928年1月21日、ヘルシンキの西に隣り合うエスポーに生まれました。1948年から1951年まで、ヘルシンキの中央工芸学校(のちのアールト大学の前身の一つ)で磁器の絵付けを学び、1951年にARABIAに入りました。

ARABIAでは、量産食器のかたちと装飾のデザインを担当しました。フラクタスやコスモスは、この時期の仕事です。

1957年秋のエスポー|薄雪の畑でりんごの若木の幹に覆いを巻く男性
1957年秋、エスポーの畑でりんごの若木の幹に覆いを巻く男性(写真:Erkki Voutilainen/フィンランド文化遺産庁/CC BY 4.0)

グンヴァルは1968年から製品企画の部門に移り、1976年からはアート部門で作品を作りました。「ヌンネ(Nunne)」という愛称でも知られています。2005年8月28日、ヘルシンキで亡くなりました。

アート部門に移ってからも、果実は彼女の題材の一つでした。彫刻の制作に移ったのち、1982年に開いた個展では収穫祭を主題に、りんごや玉ねぎ、じゃがいも、カレイ、ニシンを彫刻にしました。1986年には、りんごのひと切れをかたどった炻器の彫刻「オメナンロホコ(Omenanlohko)」を制作しました。この作品は、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に収蔵されています。

ARABIA グンヴァル・オリン=グレンクヴィストのレリーフ陶板|金茶色の釉に浮き彫りのヤナギラン
グンヴァルのヤナギランのレリーフ陶板。裏にARABIAの王冠マークとアトリエの印

生涯と作品の全体はグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト完全ガイドに、彼女が装飾をデザインした台所の器についてはアトリエGOG完全ガイドにまとめています。

半分に切ったザクロ——図柄を読む

軸と房、粒と中心

フラクタスの果実は、縦に半分に切った姿で描かれています。上の端からは短い軸がのび、下の端にはとがった房のような形がつきます。輪郭の内側には断面いっぱいに小さな粒が並び、真ん中には種や葉を思わせる形が置かれています。

ARABIA フラクタス 33cm大皿の中心|黄土色の二つの半円に葉のような形が並ぶ
33cmの大皿の中心。黄土色の二つの半円に、葉のような形が三つずつ

描かれているのは、縦に半分に切ったザクロです。断面いっぱいに詰まった粒は、ザクロの実の粒です。シリーズ名のFructusはザクロという一つの果物の名ではなく、「果実」「実り」を表すラテン語です。

3枚の皿で違う中心の模様

当店で扱った3枚では、中心の模様がそれぞれ違っていました。20cmの茶の皿では、中心に種のような楕円が二つ並びます。33cmの大皿では、黄土色の二つの半円の中に、葉のような形が三つずつ開いています。青の皿では、淡い青緑の楕円の中に、細い線で描いた葉のような形が左右に四つずつ並びます。

ARABIA フラクタス 青の20cmプレートの中心|紺の地に薄紫の粒と葉のような形
青の皿のザクロ。紺の地に薄紫の粒、中心の楕円に葉のような形が左右に四つずつ

粒の描き方も違います。20cmの茶の皿では焦げ茶の丸い粒が大きく並び、33cmの大皿では黒い地に黄色い短い線が散っています。

手で描かれた皿

フラクタスの絵付けは手描きです。果実の輪郭や断面の粒、中心の模様は、一枚ずつ人の手で描かれました。当店で扱った皿でも、輪郭の線の太さや、粒の大きさと詰まり方が一枚ずつ違います。

1967年のARABIAの工場|細い筆で背の高い花瓶にバラを描く女性
1967年7月、ARABIAの工場で花瓶にバラを描く女性(写真:Anefo/オランダ国立公文書館/CC0)

1967年に撮影されたARABIAの工場の写真では、女性が細い筆を手に、背の高い花瓶にバラを描いています。手前には絵具を溶いた小さな器が置かれ、奥には同じ絵柄の花瓶が並んでいます。

絵付けの技法ごとの特徴と見分け方は、北欧食器の絵付け技法ガイドで紹介しています。

茶の皿と青の皿

フラクタスには、茶と黒の皿のほかに、青と紺の皿もあります。

茶の皿は、全体に琥珀色の釉がかかり、縁には黒に近い焦げ茶の帯がめぐります。果実は焦げ茶と黒で描かれ、その中で黄色い粒や線が光ります。冒頭の33cmの大皿と、20cmの皿がこの色です。

ARABIA フラクタス 青の20cmプレート|淡い青の釉と紺の縁の帯
青のフラクタスの20cmの皿。淡い青の釉に、紺の縁の帯

青の皿は、淡い青の釉がかかり、縁には濃い紺の帯がめぐります。果実は紺の地に薄紫の粒を散らして描かれ、中心の楕円だけが淡い青緑に抜けています。図柄の組み立ても裏の書き文字も、茶の皿と同じです。

青い北欧ヴィンテージ食器をシリーズ横断で見たい方は、北欧の青い食器ガイドもご覧ください。

器のかたち——ウラ・プロコッペの炻器

フラクタスの器のかたちは、ウラ・プロコッペが手がけました。素地は炻器(ストーンウェア)で、皿は平らで広い縁と、浅い見込みをもちます。

ARABIA フラクタスの20cmプレートを斜めから|平らな広い縁と浅い見込み
20cmの皿を斜めから。平らな広い縁と、ザクロを描いた浅い見込み

炻器と陶器・磁器の違いは、北欧食器の素材ガイドで解説しています。

同じ頃のプロコッペの器——ルスカとコスモス

フラクタスの製造が始まった1960年、プロコッペは炻器の器のかたち「Sモデル」と、その器に施すルスカ(Ruska)の装飾をデザインしました。

ARABIA ルスカのティーカップとソーサー、ケーキ皿|茶の釉に斑点が浮かぶ炻器
プロコッペのルスカ(Ruska)のティーカップ、ソーサー、ケーキ皿

グンヴァルのコスモスも、Sモデルの器のシリーズです。カップには、緑がかった茶の地に、茶と焦げ茶の縦縞が自由に描かれています。

ARABIA コスモスの大型ピッチャー|茶の地に焦げ茶の縦縞
グンヴァルの装飾によるコスモス(Kosmos)のピッチャー。茶の地に縦縞がめぐる

プロコッペの仕事はウラ・プロコッペ完全ガイドとルスカ完全ガイドで、コスモスの器と裏印はコスモス完全ガイドで詳しく扱っています。

1973年のARABIAの工場|積まれたカップの前で器を仕上げる女性たち
1973年、ARABIAの工場で器を仕上げる女性たち(写真:Eeva Rista/フィンランド文化遺産庁/CC BY 4.0)

裏の書き文字を読む

フラクタスの皿を裏返すと、黒い文字で「ARABIA FINLAND」と書かれています。印刷したマークではなく、手で書かれた文字です。その下には、デザイナーの頭文字「GOG」と、斜めの線に続く2文字が入ります。

ARABIA フラクタス 20cmプレートの裏|手書きのARABIA FINLANDとGOGの文字
20cmの皿の裏。手で書かれた「ARABIA FINLAND」と「GOG/EK」の文字

当店で扱った3枚では、斜めの線のあとの2文字が「EK」「TS」「AR」と、一枚ごとに違っていました。文字の筆跡も皿ごとに違い、表の絵と同じように、裏の文字も一枚ずつ書かれたことがわかります。

ARABIA フラクタス 33cm大皿の裏|手書きのARABIA FINLANDとGOG、中央の小さな輪
33cmの大皿の裏。中央にもう一つ小さな輪があり、下に「GOG/TS」の文字

裏は高台の内側まで釉がかかり、高台の先だけが白い素地をのぞかせます。

ARABIA フラクタス 青の20cmプレートの裏|淡い青の釉に手書きのARABIA FINLANDとGOG
青の皿の裏にも、手書きの「ARABIA FINLAND」と「GOG/AR」の文字

ARABIAの裏印の年代ごとの移り変わりは、アラビアの刻印(バックスタンプ)年代別完全ガイドで紹介しています。

フラクタスが生まれた頃のフィンランド——市場と果樹園

グンヴァルは、海や庭、青果の市場から着想を得ることの多い作り手でした。1950年代後半から1960年代のフィンランドの市場と果樹園を、写真でたどってみます。

ヘルシンキの南の港に面したマーケット広場(カウッパトリ)には、野菜や果物の露店が並びました。1957年10月の写真には、カリフラワーやきゅうりを並べた露店と、帽子をかぶった売り手や買い物客が写っています。

1957年10月のヘルシンキのマーケット広場|野菜の露店と帽子をかぶった売り手
1957年10月、ヘルシンキのマーケット広場に並ぶ野菜の露店(写真:Erkki Voutilainen/フィンランド文化遺産庁/CC BY 4.0)
1965年7月のヘルシンキのマーケット広場|港のクレーンを背に並ぶ露店と車
1965年7月、マーケット広場。港のクレーンと貨物船の手前に露店が並ぶ(写真:Constantin Grünberg/ヘルシンキ市立博物館/CC BY 4.0)

南フィンランドには、りんごの果樹園もありました。1956年9月には、ヴィルッカラの果樹園で、白いスカーフの女性がかごを手にりんごを摘む姿が撮影されています。

1956年9月、ヴィルッカラのりんご園|白いスカーフの女性がりんごを摘む
1956年9月、ヴィルッカラの果樹園でりんごを摘む女性(写真:Erkki Voutilainen/フィンランド文化遺産庁/CC BY 4.0)

夏の庭では、スグリなどのベリーも実りました。1960年7月の写真には、木造の家と干し草を背に、スグリを摘む女性と少女たちが写っています。

1960年7月、エヴォでスグリを摘む女性と少女たち|木造の家と干し草
1960年7月、エヴォでスグリを摘む女性と少女たち(写真:Erkki Voutilainen/フィンランド文化遺産庁/CC BY 4.0)

1970年代の北欧食器をめぐる時代の背景は、石油危機と北欧食器で紹介しています。

まとめ

フラクタスは、ラテン語で「実り」を意味する名をもつ、ARABIAの手描きの皿です。半分に切ったザクロという一つの図柄が、茶の皿にも青の皿にも、一枚ずつ手で描かれています。33cmの大皿のような大きな皿の飾り方は、北欧ヴィンテージ皿の飾り方で紹介しています。

要点の整理

  • 名前——Fructusはラテン語。「享受」から「産物」「収穫」「果実」「利益」へ意味が広がる言葉で、英語のfruitの語源
  • 作り手——装飾はグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト、器のかたちはウラ・プロコッペ
  • 製造——1960〜1975年、ヘルシンキのARABIAの工場。素地は炻器(ストーンウェア)
  • 図柄——縦に半分に切ったザクロ。上に軸、下に房、断面に粒。当店で扱った3枚では中心の模様がそれぞれ違う
  • 絵付け——手描き。粒の形や詰まり方も一枚ずつ違う
  • 色——茶と黒の皿と、青と紺の皿
  • 裏——手書きのARABIA FINLANDとGOG。斜めの線に続く2文字は皿ごとに違う

参考資料

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