ARABIAのアトリエGOG(Atelje GOG)完全ガイド|グンヴァル・オリン=グレンクヴィストが手描きした台所(Köökki)のうつわ
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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クリーム色や白の肌に、コバルトブルーや茶色で描かれた花、葉、そして魚。ひとつずつ筆で描かれた絵の下、器の底には「GOG」の三文字が記されています。ARABIA(アラビア)が量産食器で世界に知られていった時代、その同じ窯の一角で生まれていた手描きのうつわ——それがアトリエGOG(Atelje GOG)です。
描いたのは、グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist、1928–2005)。コスモス(Kosmos)やフラクタス(Fructus)といった量産シリーズのパターンを手がけた装飾デザイナーでありながら、その傍らで、型を使わず筆で描くキッチンウェアを作り続けました。フィンランドでは台所を意味する言葉から「Köökki(キョッキ)」の名で知られています。
この記事では、量産の窯がなぜ手描きのうつわを抱えていたのか、底面の「GOG」という刻印がどう読めるのか、コバルトと茶に彩られた花や魚のモチーフ、そして作り手グレンクヴィストの歩みを、フィンランドの光の風景とともにたどります。
この記事でわかること
- ARABIAの量産食器と、アトリエGOGの手描きのうつわは何が違うのか
- 作り手グンヴァル・オリン=グレンクヴィストの歩み(エスポー生まれ、ARABIAでの41年)
- フィンランドで「Köökki(台所)」と呼ばれるキッチンウェアのかたち
- 底面の「GOG」と、それに続くイニシャルという刻印の読み方
- コバルトブルーと茶——GOGの絵柄と色の世界
目次
アトリエGOGとは——量産の窯が抱えた手描きの一角
ARABIAは、20世紀のフィンランドを代表する大きな窯へと成長した会社です。何万という食器が、型で成形され、ステンシル(型紙)とエアブラシによって効率よく絵付けされ、家庭へと送り出されていきました。グレンクヴィストの代表作、コスモスやフラクタスも、この量産の技術から生まれています。
アトリエGOGは、その対極にありました。型紙も吹付けも使わず、一枚ずつ、一本ずつ、筆で絵を描いたキッチンウェアです。塩入れ、まな板、ソースボート、香辛料の瓶、バターケース——台所で使うための道具が、手描きの絵をまとって作られました。同じかたちの器でも、絵は一点ごとに微妙に違います。線の勢い、塗りの厚み、色の溜まりが、そのまま器の表情になっています。
「Atelje(アトリエ)GOG」の「GOG」は、グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist)のイニシャルです。彼女がARABIAで量産のパターンを手がける傍ら、自らの名を冠して手描きの作品を作った——その銘が、器の底に残っています。
作り手グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト
アトリエGOGを語るには、まず作り手のことを知る必要があります。グンヴァル・オリン=グレンクヴィストは、量産と手仕事の両方を、生涯にわたって行き来した作り手でした。詳しい生涯はグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト完全ガイドにまとめていますが、ここではアトリエGOGにつながる歩みをたどります。
エスポーに生まれて
1928年1月21日、グンヴァル・オリンはフィンランドのエスポー(Espoo)に生まれました。エスポーはヘルシンキの西に隣接する街で、のちにアールト大学のキャンパスが置かれ、デザインと教育の街として知られていきます。
1948年、彼女はヘルシンキの美術工芸学校で磁器の絵付けを学びました。この学校は、現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身にあたります。同じころ、のちにARABIAでルスカ(Ruska)やバレンシア(Valencia)を生むウラ・プロコッペも学んでおり、二人はやがて工場で、かたちと絵付けを分担する間柄になっていきます。学生時代から絵付けを専門に選んでいたことは、のちの手描きのうつわへとまっすぐつながっていきました。
量産と手描き、二つの仕事
1951年、学校を出たグレンクヴィストはヘルシンキ・トウコラのARABIA工場に入り、そこから1992年に退くまで、41年間を一つの窯で過ごしました。工場の歴史そのものについてはアラビア工場の歴史にまとめています。
入社後の彼女は、量産食器のパターンデザイナーとして腕を磨きました。1960年に果実の断面を様式化したフラクタス、1962年に放射状の模様を広げたコスモスを発表します。これらは、ステンシルで模様を配し、エアブラシで色を吹き付ける技法で作られました。輪郭がやわらかくぼやける独特の仕上がりは、この量産技術ならではのものです。
その一方で、彼女は筆で描く手仕事を手放しませんでした。量産の効率とは正反対の、一点ずつ絵を描くうつわ——それがアトリエGOGです。同じ作り手の中に、型紙とエアブラシの仕事と、筆一本の仕事とが同居していました。この二重性こそ、グレンクヴィストという作り手の核心であり、アトリエGOGの背景でもあります。
「Köökki(台所)」——手描きのキッチンウェア
アトリエGOGのうつわは、フィンランドで「Köökki(キョッキ)」と呼ばれています。スウェーデン語の「kök」に由来する、台所を意味する言葉です。その名のとおり、これらは台所のためにデザインされたキッチンウェアでした。1960年代から1970年代にかけて、ARABIAで手描きされています。
ソルトボックス(塩入れ)は、Köökkiのなかでも代表的なかたちです。陶の本体に木の蓋を合わせ、背の板に開いた穴で壁に掛けられるようになっています。正面には大輪の花と葉が、コバルトブルー、あるいは茶色で描かれます。冷蔵庫や既製の調味料がまだ一般的でなかった時代、塩は台所の手の届く場所に掛けて置かれるものでした。ソルトボックスは、その暮らしのためにデザインされた道具です。
かたちは塩入れだけではありません。チーズやサラミを添える平皿として作られた羽子板形のカッティングボード(フィンランド語でtalouslevy)、片手のソースボート、ひょうたん形のスパイスボトルやビネガーボトル、四角いバターケース——台所のあらゆる場面に、手描きのうつわが用意されていました。
底面の「GOG」——刻印の読み方
アトリエGOGの作品を見分ける手がかりは、器の底や持ち手にあります。そこには「ARABIA」の文字とともに、「GOG」の三文字、そしてしばしばスラッシュに続く別のイニシャルが記されています。
この写真のソースボートには、持ち手に「ARABIA GOG/MR」と読める文字が記されています。「GOG」はデザインを手がけたグレンクヴィスト、スラッシュの右の「MR」は、彩色を担当した職人を識別するための記号として使われています。手描きのうつわは、デザイナーが図案を決め、工房の絵付師がそれを筆で写すという分業で作られることが多く、この刻印はその二人の手を同時に伝えています。
イニシャルを伴わず、「GOG」だけが記された個体もあります。表記の運用には個体差があり、刻印だけで絵付けの担い手を確定できるとは限りません。バックスタンプ全般の読み方はアラビアの刻印(バックスタンプ)年代別完全ガイドにまとめています。
コバルトと茶——GOGの絵と色
アトリエGOGの絵柄には、大きく二つの色の系統があります。ひとつは深いコバルトブルー、もうひとつは土のような茶色です。白い肌の上に、どちらか一色で花や葉が大きく描かれ、余白とのコントラストが器の表情を決めています。
モチーフの中心は、放射状の芯をもつ大輪の花と、葉脈を線で描いた葉です。同じ図案でも、コバルトで描けば涼やかに、茶で描けば温かく見えます。筆で描かれているため、花びらの数や葉の向きは一点ごとに少しずつ異なり、同じかたちのうつわでも同じ絵は二つとありません。手仕事の痕跡が、そのまま個体差になっています。植物のモチーフをめぐるARABIAの広がりはARABIAの花柄食器完全ガイドもあわせてご覧ください。
花や葉だけでなく、魚をモチーフにした作品もあります。この青釉の大皿は、器全体を一匹の魚のかたちにして、胴に市松、頭に鱗を描き分けています。海と湖に囲まれたフィンランドらしい題材です。魚は北欧の食の土台であり、うつわの絵柄としても繰り返し登場してきました。
花や魚とは趣の異なる作品もあります。ミミ(Mimmi)と名づけられたバターケースは、青・緑・紫のうねるような曲線を重ねた、当時の時代の空気を映すデザインです。底面には「4-69」の表記があり、1969年4月に作られたことがわかります。
大型のマグ
アトリエGOGのなかでも目を引くのが、大型のマグです。600mlから1リットルを超えるものまであり、日常のマグというより、置いたときの存在感を意識したかたちをしています。円筒形の本体は、ARABIAの定番となっていたSモデル——ウラ・プロコッペのルスカに連なる形——を大きくしたもので、そこにコバルトの縦縞や、丸をならべた模様が厚く手描きされています。
大柄なマグは、焼成のときに釉薬面へ細かな亀裂——貫入(かんにゅう)——が入りやすかったようです。量産されることはなく、手描きのマグが短い期間に少数だけ作られて終わりました。だからこそ、一本ごとの筆致の違いが、いっそうよく見えてきます。
フィンランドの光——モチーフの源泉
GOGの器に繰り返し現れる花や葉、魚、水のうねりは、どれもフィンランドの自然と暮らしに根ざしたモチーフです。国土の大半を森と湖が占めるこの国では、夏になると白夜に近い長い光が差し、水面が空を映します。
深いコバルトブルーは、そうした湖や空の色に重なります。花や葉のモチーフは、短い夏に一斉に芽吹く北欧の草花を思わせ、魚は湖と海の恵みそのものです。GOGのうつわを手元に置くと、絵柄のひとつひとつが、遠い北の国の風景へと結びついていきます。
茶色の絵柄は、森の樹皮や大地の色を思わせます。白い器肌にコバルトを置けば水と空、茶を置けば森と土——GOGは同じ図案を二つの色で描き分けることで、フィンランドの風景の二つの側面を、そのまま台所のうつわに移し替えていたようにも見えます。
観賞用として飾る——コンディションと貫入
アトリエGOGのうつわは、壁に掛けたり、棚に立てたりして、絵柄が正面を向くように飾ると映えます。ソルトボックスやスパイスボトルは、もともと台所の壁や棚に据えられるためにデザインされたものですから、その来歴のままに、壁の一角や飾り棚に置くと、北欧の古い台所の空気が静かに立ち上がります。花や魚の絵は単体でも絵になり、書斎の棚にひとつ、玄関の棚にひとつと、点で飾っても存在感があります。
コンディションを見るときは、いくつかの言葉を区別しておくと安心です。素地そのものが割れているものが「ひび」、釉薬の表面に走る網目状の細かな亀裂が「貫入(かんにゅう)」です。貫入は製造工程の焼成時に生じるもので、素地の破損ではありません。とりわけ大型のマグには入りやすく、経年の表情のひとつとして受けとめられます。欠陥として断定するものではありません。
手入れは、やわらかい布と中性洗剤でやさしく洗うのが基本です。手描きの絵は色が繊細ですから、漂白剤は避けてください。絵柄の色が溶けるおそれがあります。長く美しく保つための扱いは北欧ヴィンテージ食器の保存と手入れガイドにまとめています。
まとめ
アトリエGOGは、量産の窯として知られるARABIAの中に生まれた、手描きのキッチンウェアです。型紙とエアブラシでコスモスやフラクタスを生んだグンヴァル・オリン=グレンクヴィストが、その傍らで筆一本で描いたうつわ——底の「GOG」の銘は、量産の時代にあえて手仕事を続けた、一人の作り手の署名です。フィンランドで「Köökki(台所)」と呼ばれるこれらのうつわは、コバルトと茶の花や魚をまとって、北の国の風景と暮らしを、小さな器のうえに写しています。
要点の整理
- アトリエGOG(Atelje GOG)は、ARABIAの量産食器とは対照的に、一点ずつ筆で描かれた手描きのキッチンウェア
- 作り手はグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(1928–2005)。量産のコスモス・フラクタスと、手描きのGOGを並行して手がけた
- フィンランドでは台所を意味する「Köökki」の名で知られ、1960〜70年代に作られた。塩入れ・まな板・ソースボート・瓶・マグなどのかたちがある
- 底や持ち手の「GOG」はグレンクヴィストのイニシャル。スラッシュに続くのは彩色を担当した職人を識別する記号
- 絵柄はコバルトブルーと茶の二系統。花・葉・魚がモチーフで、手描きゆえに同じ絵は二つとない
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