グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト完全ガイド|コスモスとフラクタスを生んだARABIAの装飾デザイナー

グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト完全ガイド|コスモスとフラクタスを生んだARABIAの装飾デザイナー

この記事の要点

  • グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(1928-2005)はARABIA窯で41年間活躍したフィンランドの陶磁器デザイナー
  • 代表作はコスモス(Kosmos)フラクタス(Fructus)。ステンシルとエアブラシを組み合わせた独自の装飾技法で知られる
  • 後半生は一品制作の陶彫刻に転向。自然物をモチーフにした作品はロンドンのV&A美術館にも収蔵されている
  • アトリエGOGの名で手描きキッチンウェアも制作。ソルトボックスやソースボートなど実用的な作品が残る

目次

  1. グンヴァル・オリン=グレンクヴィストとは
    1. エスポーに生まれて
    2. 工芸の道へ——磁器絵付けを学んだ学生時代
  2. ARABIA工場での41年(1951-1992)
    1. 若きデザイナーの出発
    2. フラクタス——果実の断面を食器に
    3. コスモス——エアブラシが描く放射状の美
    4. 子供たちのための食器
  3. アトリエGOGの世界
    1. 手描きが彩るキッチン
    2. GOGマークの読み方
  4. アーティストへの転身(1976-1992)
    1. 「海、庭園、青果市場」から
    2. V&A美術館に収蔵された作品
  5. ARABIA工場とアラビアンランタの今
  6. まとめ

グンヴァル・オリン=グレンクヴィストとは

グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist、1928-2005)は、フィンランドのARABIA窯で41年間にわたり活躍した陶磁器デザイナーです。量産食器のパターンデザイナーとしてコスモス(Kosmos)やフラクタス(Fructus)などの名作を生み出した後、後半生はアート部門に移り、自然物をモチーフにした陶彫刻で国際的な評価を得ました。

ARABIA窯の黄金時代を彩ったデザイナーの中で、カイ・フランクビルガー・カイピアイネンほどの知名度はないものの、その装飾技法の確かさと作品の多様性は、ARABIA窯のデザイン史を語る上で欠かせない存在です。

ヘルシンキの夕景
ヘルシンキの夕暮れ。グンヴァルが生涯を過ごしたフィンランドの首都 Photo: Giuseppe Milo / CC BY 3.0

エスポーに生まれて

1928年1月21日、グンヴァル・アグネス・マルガレータ・オリンはフィンランドのエスポー(Espoo)に生まれました。エスポーはヘルシンキの西に隣接するフィンランド第2の都市で、後にアールト大学のキャンパスが置かれるなど、デザインと教育の都市として発展していきます。

エスポー文化センター
エスポー文化センター。タピオラ地区にある文化施設。グンヴァルが生まれた街の現在の姿 Photo: Markus Saynevirta / CC BY-SA 4.0

工芸の道へ——磁器絵付けを学んだ学生時代

1948年、20歳のグンヴァルはヘルシンキのコンストインダストリエラ・レーロヴェルケット(Konstindustriella läroverket、フィンランド語: タイデテオッリネン・オッピライトス)に入学し、磁器絵付け(posliininmaalaaja)を専攻しました。この学校は現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身にあたります。

同時期に在籍していた学生の中には、後にARABIA窯でルスカ(Ruska)やバレンシア(Valencia)を生み出すウラ・プロコッペもいました。二人は後にARABIA工場で、フォームと装飾を分担する協業関係を築くことになります。

アールト大学芸術・デザイン・建築学部
アールト大学芸術・デザイン・建築学部のヴァーレ棟。グンヴァルが学んだ工芸学校の後継校にあたる Photo: Aatu Dorochenko / CC BY-SA 4.0

ARABIA工場での41年(1951-1992)

1951年、学校を卒業したグンヴァルはヘルシンキ・トウコラのARABIA工場に入社しました。ここから1992年の退社まで、実に41年間をこの一つの工場に捧げることになります。

1965年のARABIA工場航空写真
1965年のARABIA工場地区航空写真。ヘルシンキ・トウコラ地区に広がる工場群の全景 Photo: SKY-FOTO Moller / Helsinki City Museum / CC BY-SA 4.0

グンヴァルのキャリアは大きく3つの時期に分けられます。応用美術部門での量産食器デザイン(1951-1975年)、アート部門での一品制作(1976-1990年)、そしてARABIAプロ・アルテでの最終期(1990-1992年)です。

若きデザイナーの出発

入社当初のグンヴァルは、量産品の絵付けデザインを担当していました。1953年に撮影されたARABIAデザイナーたちの集合写真には、カイ・フランクやウラ・プロコッペ、カーリナ・アホ、サーラ・ホペアといった錚々たる顔ぶれが並んでいます。グンヴァルもまた、この黄金時代のARABIA工場で、装飾パターンの専門家として腕を磨いていきました。

1953年のARABIAデザイナーたち
1953年撮影、ARABIAデザイナーたちの集合写真。カイ・フランク、ウラ・プロコッペらが写る

フラクタス——果実の断面を食器に

1960年、グンヴァルはフラクタス(Fructus)シリーズの装飾デザインを完成させました。ウラ・プロコッペが設計した堅牢なSモデルのフォームに、りんごの断面を大胆に様式化したパターンを載せた作品です。

ARABIAフラクタス33cm特大プレート
ARABIAフラクタス(Fructus)33cm特大プレート。琥珀色と黒で描かれたりんごの断面モチーフが印象的

フラクタスには琥珀色と黒の組み合わせと、より希少なブルーと黒の2つのカラーバリエーションが存在しました。いずれもステンシル(型紙)を用いてパターンを配置し、エアブラシで色を吹き付ける技法で制作されています。模様の輪郭が柔らかくぼやけた仕上がりになるのは、この技法ならではの特徴です。

ARABIAフラクタス20cmプレート
フラクタス20cmプレート。当時日常的に使われていたサイズで、ステンシルとエアブラシによる柔らかな装飾が見られる
ARABIAフラクタス20cmプレート ブルー
フラクタスのブルーバリエーション。琥珀色版に比べて生産数が少なく、より希少な存在

フラクタスは1975年まで製造されました。Sモデルのストーンウェアは丈夫で実用的であったため、当時のフィンランドの家庭で広く使用されていました。

コスモス——エアブラシが描く放射状の美

1962年に発表されたコスモス(Kosmos)は、グンヴァルの代表作として最も広く知られるシリーズです。フラクタスと同じくSモデルのフォームを使いながら、放射状に広がる幾何学的なパターンが特徴的な装飾を施しました。

コスモスの装飾技法は、ステンシルで刷った幾何学模様の上にさらに手描きのストライプを加えるという手の込んだものでした。エアブラシの柔らかなグラデーションと手描きの線が重なることで、水彩画のような独特の味わいが生まれています。茶褐色版が一般的ですが、コバルトブルー版も少数生産されました。

コスモスは1976年まで製造され、現在もヴィンテージ市場で根強い人気を誇っています。コスモスについての詳しい解説は「アラビア コスモス(Kosmos)完全ガイド」をご覧ください。

子供たちのための食器

グンヴァルは大人向けの食器だけでなく、子供用食器のデザインも手がけていました。1963年頃に制作された「ノアの方舟(Nooakin arkki)」は、聖書の物語をモチーフにした童話的なデザインで、子供たちのために作られました。1971年にはカンガルーをモチーフにした「ケング(Kengu)」も発表しています。

量産食器デザイナーとしてのグンヴァルの仕事は、幾何学的な大人向けパターンから親しみやすい子供向けイラストまで、幅広い表現力に支えられていました。

フィンランドの夏の風景
フィンランドの夏の風景。グンヴァルの作品に繰り返し現れる自然のモチーフは、こうした北欧の豊かな自然から生まれた Photo: Arto J / CC BY-SA 3.0

アトリエGOGの世界

グンヴァルは量産食器とは別に、「アトリエGOG(Atelje GOG)」の名で手描きのキッチンウェアを制作していました。GOGとは「Gunvor Olin-Grönqvist」のイニシャルで、彼女の全作品の底面に刻まれるシグネチャーです。

アトリエGOGニシンの大皿
アトリエGOG(Atelje GOG)のニシンの大皿。手描きで描かれた魚のモチーフが印象的

手描きが彩るキッチン

アトリエGOGの作品は、量産品のコスモスやフラクタスとは対照的に、一点一点が手描きで仕上げられています。ソルトボックス、ソースボート、スパイスボトル、カッティングボード——キッチンで使用されていた日用品に、グンヴァルならではの温かみのある装飾が施されました。

アトリエGOGソースボート
アトリエGOGのソースボート。手描きの装飾が施された実用的な作品
アトリエGOG青いソルトボックス
アトリエGOGの青いソルトボックス。鮮やかなコバルトブルーの手描き装飾

ミミ(Mimmi)シリーズのバターケースや、大胆なストライプ模様のマグカップなど、アトリエGOGの作品は機能美と装飾性を兼ね備えています。量産では実現できない、手描きならではの自由な表現がこれらの作品の魅力です。

GOGミミ(Mimmi)バターケース
GOGミミ(Mimmi)バターケース。蓋付きの実用的なフォルムに手描きの装飾
アトリエGOGストライプ柄マグカップ
アトリエGOGのストライプ柄超特大マグカップ。大胆な筆致が特徴的
ARABIAヴィーキンキ(Viikinki)マグカップ
ヴィーキンキ(Viikinki)マグカップ。グンヴァルの手描きによるバイキング船のモチーフ

GOGマークの読み方

グンヴァルの作品の底面には「GOG」のイニシャルが刻まれています。量産品にはデザイナーイニシャルとして記され、アート部門の一品制作では「GOG Arabia Finland」の形で刻印されます。年号が付く場合もあり、たとえば「GOG -92」は1992年の制作を意味します。

グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト直筆のマグカップ
グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト直筆のビッグマグカップ。GOGの刻印が入る

アーティストへの転身(1976-1992)

1976年、グンヴァルはARABIAのアート部門に異動しました。量産食器の装飾デザイナーから、一品制作の陶芸家への転身です。ここから退社までの16年間、彼女は自然物をモチーフにした陶彫刻の制作に没頭しました。

オメナンロフコ(りんごのスライス)V&A美術館所蔵
「オメナンロフコ(りんごのスライス)」(1986年)。長さ53.3cmのストーンウェア彫刻。ロンドンのV&A美術館に収蔵されている

「海、庭園、青果市場」から

グンヴァルのインスピレーションの源は「海、庭園、青果市場」でした。フラクタスの時代から果実のモチーフを得意としていた彼女は、アート部門に移ってからも身近な自然物——りんご、たまねぎ、にんにく、じゃがいも、カレイ、ニシン——を陶彫刻として再構築していきました。

1982年、グンヴァルは「収穫祭」をテーマにした初の個展を開催しました。りんご、たまねぎ、じゃがいも、カレイ、ニシンを実物大あるいはそれ以上のスケールで再現した陶彫刻が並ぶ展覧会でした。以降、たまねぎ——特にネギとニンニク——が彼女のシグネチャーモチーフとなりました。

フィンランドの人々が日々手に取る食材を、ストーンウェアという恒久的な素材に変換すること。それは、日常の中にある美を静かに称えるという、北欧デザインの根幹にある精神そのものでした。

V&A美術館に収蔵された作品

グンヴァルの彫刻作品は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)に収蔵されています。「オメナンロフコ(Omenanlohko、りんごのスライス)」(1986年)は長さ53.3cmの大型ストーンウェア作品で、りんごの断面を精緻に再現しています。また、「シプリット(Sipulit、たまねぎ)」(1982-84年頃)は3点組のストーンウェア彫刻です。

1992年、グンヴァルはARABIAプロ・アルテの名のもとで最後の作品を制作し、41年間のARABIA生活に幕を下ろしました。2005年8月28日、ヘルシンキにて77歳で亡くなっています。

ヘルシンキ・デザインミュージアム
ヘルシンキのデザインミュージアム。フィンランドのデザイン史を包括的に展示している Photo: Vadelmavene / CC BY-SA 4.0
デザインミュージアムのARABIA展示
デザインミュージアムに展示されたARABIA製品。ARABIAの歴代デザイナーたちの作品がここに集う Photo: Jean-Pierre Dalbera / CC BY 2.0

ARABIA工場とアラビアンランタの今

グンヴァルが41年間通い続けたトウコラのARABIA工場は、現在その姿を大きく変えています。工場としての操業は終了し、建物はアールト大学のキャンパスやアートスペースとして再利用されています。かつて陶磁器が焼かれていた場所で、次世代のデザイナーたちが学んでいるのです。

現在のARABIA工場建物
現在のARABIA工場建物。アールト大学芸術デザイン学部が入居し、デザイン教育の場として新たな役割を担う Photo: Markus Koljonen / CC BY-SA 3.0

工場周辺は「アラビアンランタ(Arabianranta)」と呼ばれる住宅・文化地区に生まれ変わりました。ARABIA窯のデザイナーたちが残した遺産は、この街の名前に今も刻まれています。

アラビアンランタの遠景
クーシルオトから見たアラビアンランタ地区。かつてのARABIA工場があったエリアの現在の姿 Photo: Safa Hovinen / CC BY 2.0

まとめ

グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(1928-2005)は、ARABIA窯で41年間にわたり量産食器の装飾デザインから一品制作の陶彫刻まで、幅広い表現領域で活躍したデザイナーでした。

  • 量産食器期(1951-1975): コスモス、フラクタスなどSモデルの装飾デザイン。ステンシル+エアブラシ技法を確立
  • アトリエGOG: 手描きのキッチンウェアを制作。ソルトボックス、ソースボートなど実用的な作品が残る
  • アート部門期(1976-1992): 自然物をモチーフにした陶彫刻に転向。V&A美術館に作品が収蔵されている

華やかなスターデザイナーとは異なる、装飾の専門家としての確かな技術と、自然への静かな眼差し——それがグンヴァルの41年間を貫くテーマでした。

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