アラビア コスモス(Kosmos)完全ガイド——エアブラシが描いた、放射状の美

アラビア コスモス(Kosmos)完全ガイド——エアブラシが描いた、放射状の美

この記事の要点

  • コスモス(Kosmos)は1964年にデザインされた、アラビアの人気ヴィンテージシリーズ
  • デザイナーはグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト。アラビアに41年間(1951-1992年)在籍した
  • ウラ・プロコッペのSモデルに、エアブラシとステンシル技法で装飾を施した
  • ブラウンとブルーの2色展開。ブルーは希少で、コレクター市場で高値がつく
  • 生産期間は1964年頃から1976年まで。手描き要素があり、同じものが二つとない

目次

  1. コスモスとは
  2. デザイナー グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト
    1. エスポーに生まれて
    2. 工芸美術学院での学び
    3. アラビアへ——41年の献身
  3. コスモスのデザイン
    1. ウラ・プロコッペのSモデル
    2. エアブラシとステンシルの技法
    3. ブラウンとブルー——ふたつの表情
  4. コスモスのラインナップ
  5. バックスタンプで読む製造年代
  6. グンヴァルの代表作——フラクタスからアトリエGOGまで
    1. フラクタス(Fructus)
    2. アトリエGOG
  7. アート部門の世界——果実と貝殻の陶芸
  8. アラビアンランタを歩く——かつて窯があった場所
  9. 作品を見られる場所

コスモスとは

1964年、ヘルシンキ北部トウコラのアラビア工場で、ひとつのシリーズが生まれた。コスモス(Kosmos)。ステンシルを通してエアブラシで吹き付けた下地の上に、職人が手描きでストライプを重ねていく。放射状に広がる線は、一つとして同じ表情を持たなかった。

1965年のアラビア工場航空写真
1965年、ヘルシンキ・トウコラのアラビア工場群。この工場でコスモスは生まれた(Photo: SKY-FOTO Möller / CC BY-SA 4.0)

コスモスはアラビアの数あるヴィンテージシリーズの中でも、静かだが確かな人気を保ち続けている作品だ。茶褐色の温かみのある配色が特徴のブラウン版と、コレクターの間で珍重される希少なブルー版。どちらも1976年に生産を終えてから半世紀が経った今なお、北欧ヴィンテージ食器の愛好家たちに愛され続けている。

このシリーズをデザインしたのは、グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist)。「ヌンネ(Nunne)」の愛称で親しまれた彼女は、1951年から1992年までの41年間をアラビアに捧げた。コスモスのほかにも、フラクタス(Fructus)、ヴァルプリ(Valpuri)、そして自身のイニシャルを冠した「アトリエGOG」シリーズまで——その仕事は量産品の装飾デザインからアート作品の制作まで、驚くほど多岐にわたった。

デザイナー グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト——「ヌンネ」と呼ばれた女性

エスポーに生まれて

1928年1月21日、グンヴァル・アグネス・マルガレータ・オリンはフィンランドのエスポー(Espoo)に生まれた。ヘルシンキの西に隣接するこの街は、今でこそフィンランド第二の都市として知られるが、1920年代はまだ森と湖に囲まれた静かな田園地帯だった。

フィンランドの白樺の森
フィンランドの白樺の森。グンヴァルが生まれた1920年代のエスポーは、こうした自然に囲まれた田園地帯だった(Photo: SeppVei / CC0)

タイデテオッリネン・オッピライトスでの学び

1948年、20歳のグンヴァルはヘルシンキのタイデテオッリネン・オッピライトス(Taideteollinen oppilaitos、工芸美術学院)に入学した。現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身にあたる学校だ。陶磁器科で磁器の絵付けを3年間学び、1951年に卒業した。

同じ学校からは、ルート・ブリュック、カイ・フランク、ビルガー・カイピアイネン、タピオ・ヴィルカラなど、フィンランドデザインを代表する巨匠たちが数多く巣立っている。グンヴァルもまた、この伝統ある学び舎で陶芸の基礎を築いた。

アラビアンランタのアラビア工場建物
現在のアールト大学が入居するアラビア工場の建物。かつてはタイデテオッリネン・コルケアコウル(ヘルシンキ芸術デザイン大学)が置かれていた(Photo: kallerna / CC BY-SA 3.0)

アラビアへ——41年の献身

卒業と同時に、グンヴァルはヘルシンキ・トウコラのアラビア工場に入社した。1873年の創業以来、フィンランドの陶磁器製造を牽引してきた名窯だ。

1956年のアラビア工場で作業する陶芸家
1956年、アラビア工場で作業する陶芸家エルサ・エレニウス。グンヴァルもこうした環境で日々デザインに取り組んでいた(Photo: CC BY 4.0)

彼女のキャリアは大きく三つの時期に分けられる。

最初の17年間(1951-1968年)は工業デザイン部門に所属し、量産品のデコレーションデザインを手がけた。コスモス(1964年)、フラクタス、ヴァルプリ、ソラヤ、ノアの箱舟(Nooakin arkki)など、この時期に多くの人気シリーズが生まれている。

1968年からの8年間は製品企画部門に異動し、製品開発の上流工程に携わった。量産品のデザインから一歩引き、より広い視野で製品ラインの企画に関わるようになった。

そして1976年、48歳でアート部門に移った。ここからの16年間、グンヴァルは量産品から離れ、一点もののアート作品を制作するようになる。自然主義的な果物や野菜、貝殻をモチーフにした彫刻作品は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)やフィンランド国立博物館、スウェーデン国立博物館にも収蔵されている。

1992年に64歳でアラビアを退社。2005年8月28日にヘルシンキで逝去した。享年77歳。控えめで穏やかなユーモアを持つ人物として知られ、その人柄は41年間の作品に静かに反映されていた。

コスモスのデザイン——エアブラシとステンシルの世界

ウラ・プロコッペのSモデル

コスモスの器形は、グンヴァルのデザインではない。ウラ・プロコッペ(Ulla Procopé)が1960年にデザインした「Sモデル」と呼ばれるストーンウェアのフォームが採用されていた。

ウラ・プロコッペがデザインしたリエッキのキャセロール
ウラ・プロコッペがデザインしたリエッキ(Liekki)シリーズのキャセロール。Sモデルと同じく、プロコッペの力強い造形が光る(Photo: CC BY 4.0)

Sモデルはアラビアの歴史の中でも最も成功したフォームの一つだ。コスモスのほかにも、ルスカ(Ruska)、アネモネ(Anemone)、ロスマリン(Rosmarin)、メリ(Meri)など、多くの名シリーズがこのフォームの上に展開された。シンプルで力強い造形は、どんなデコレーションとも調和する懐の深さを持っていた。

エアブラシとステンシルの技法

コスモスの装飾は、二つの技法を組み合わせて生み出されていた。

まず、ステンシル(型紙)を素地にあて、エアブラシで色を吹き付ける。これが放射状のパターンの基礎となる。ステンシルのエッジは柔らかくぼやけた仕上がりになり、機械的な冷たさとは無縁の温かみを生んでいた。

次に、このステンシルパターンの上から手描きでストライプを加える。この手描き工程が、コスモスをただの量産品とは一線を画す存在にしている。色の濃淡、ストライプの太さ、にじみ具合——すべてが一つ一つ微妙に異なる。コスモスは量産品でありながら、同じものが二つとないシリーズだった。

最後に色釉(カラー釉薬)で仕上げることで、独特の深みのある色調が生まれていた。

ブラウンとブルー——ふたつの表情

コスモスにはブラウン(茶/緑)とブルー(青)の2色が存在していた。

ブラウン版は、オリーブグリーンから赤褐色、黄土色へと変化する複雑な色調が特徴だった。秋の森を思わせる温かみのある配色で、ストライプ部分には黒の線が入る。流通量が多く、現在でも比較的入手しやすい。

ブルー版は、コバルトブルーを基調としたもので、同じステンシルパターンを青系統の色釉で仕上げたものだった。生産数はブラウン版よりも明らかに少なく、コレクター市場では希少品として扱われている。オークションでもブラウン版より高値で取引されることが多い。

コスモスのラインナップ

コスモスのラインナップは多岐にわたっていた。確認されている主なアイテムは以下の通り。

飲料系

  • コーヒーカップ&ソーサー(0.10L)
  • ティーカップ&ソーサー(0.28L)
  • マグカップ&ソーサー(0.3L)
  • コーヒーポット
  • ティーポット(ストレーナー付き)
  • クリーマー(ミルクジャグ)
  • シュガーポット(蓋付き)

食器系

  • プレート 16cm/20cm/26cm
  • ディーププレート(スーププレート)
  • エッグカップ
  • ボウル 13cm

サーブウェア

  • サービングプレート(プラッター)33cm
  • ピッチャー 0.61L/1.0L/1.1L
  • バターディッシュ
  • テリーヌ(蓋付きキャセロール)
  • 蓋付きジャー

ティーセット、コーヒーセットからサービングウェアまで、テーブルに必要なアイテムがひと通り揃う構成だった。Sモデルの力強い造形と、コスモスの温かみのある装飾が組み合わさることで、統一感のあるテーブルセッティングを実現していた。

バックスタンプで読む製造年代

コスモスの生産期間(1964年頃〜1976年)には、アラビアのバックスタンプが2度変更されている。裏面の刻印から、おおよその製造時期を推定できる。

期間 スタンプの特徴
1949-1964年 クラウンスタンプ(王冠マーク)。カイ・フランクが考案したデザイン。「MADE IN FINLAND」表記
1964-1971年 改訂版クラウンスタンプ。よりモダンなデザインに刷新。「ARABIA FINLAND」表記に変更
1971年以降 テキストスタンプ。王冠マークがなくなり、「ARABIA FINLAND」の文字のみ

コスモスの初期の製品(1964年頃)にはクラウンスタンプ、中期(1964-1971年)には改訂版クラウンスタンプ、後期(1971-1976年)にはテキストスタンプが見られると推定される。

なお、刻印に含まれる数字はアラビア工場の内部コードであり、製造年月を直接示すものではない点に注意が必要だ。バックスタンプの詳しい読み方は、アラビアの刻印年代別完全ガイドを参照してほしい。

グンヴァルの代表作——フラクタスからアトリエGOGまで

グンヴァルの仕事はコスモスだけにとどまらない。41年間のキャリアを通じて、数多くのシリーズを手がけた。

フラクタス(Fructus)

果物をモチーフにしたカラフルなデコレーション。コスモスと同じくエアブラシ技法が用いられ、明るく陽気な雰囲気が特徴だった。りんご、洋梨、ぶどうなどの果物が鮮やかな色彩で描かれ、食卓に華やぎを添えるシリーズとしてデザインされた。

アラビア フラクタス 33cm特大プレート
フラクタスの33cmプレート。果物のモチーフがエアブラシで鮮やかに描かれている
アラビア フラクタス 20cmプレート ブルー
フラクタス20cmプレートのブルー版。コスモスと同じく、フラクタスにもカラーバリエーションが存在した

アトリエGOG——彼女だけの署名

「GOG」はグンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist)のイニシャルだ。このイニシャルを冠した「アトリエGOG」は、量産品とアート作品の中間に位置するユニークなシリーズで、彼女の個性が最も色濃く反映された作品群といえる。

アラビア アトリエGOG ニシンの大皿
アトリエGOGのニシンの大皿。手描きのニシンが大胆に描かれた、グンヴァルらしい遊び心のある作品
アラビア アトリエGOG ソースポット
アトリエGOGのソースポット。手描きの装飾が一つ一つ異なる
アラビア アトリエGOG ストライプ柄マグカップ
アトリエGOGのストライプ柄マグカップ。コスモスにも通じるストライプのモチーフが見られる
アラビア グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト直筆のマグカップ
グンヴァルの直筆サインが入ったビッグマグカップ。一点ものの特別な作品

ニシンの大皿、ストライプ柄のマグカップ、ソースボート——手描きの自由な筆致は、量産ラインでは表現しきれなかった彼女の感性を余すところなく伝えている。コスモスのストライプに通じるモチーフが見られるのも興味深い。

その他の代表的な量産シリーズには、ヴァルプリ(Valpuri)、ソラヤ(Soraya)、ノアの箱舟(Nooakin arkki)——動物をモチーフにしたおとぎ話のようなシリーズ——、そしてティー・フォー・トゥー(Tea for Two)がある。ティー・フォー・トゥーはアラビア初の白いストーンウェアによるティーサービスとして知られ、エレガントな丸みを帯びたフォームが特徴だった。

アラビア ヴィーキンキ マグカップ
ヴィーキンキ(Viikinki)のマグカップ。バイキングをモチーフにした力強いデザインもグンヴァルの手によるもの

アート部門の世界——果実と貝殻の陶芸

1976年にアート部門に移ったグンヴァルは、量産品のデザインから一転して、一点もののアート作品の制作に没頭するようになった。ビルガー・カイピアイネンやルート・ブリュックと同じ「プロ・アルテ(Pro Arte)」ブランドのもと、自然主義的な彫刻を生み出していった。

グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト作「オメナンロフコ」V&A所蔵
「オメナンロフコ(りんごのスライス)」。1986年制作、施釉ストーンウェア、全長53.3cm。刻線と色釉で仕上げられたこの作品は、ロンドンのV&A博物館に常設展示されている(Photo: 14GTR / CC0)

りんごのスライス、たまねぎ、にんにく、貝殻——グンヴァルのアート作品は、日常の中にある自然物を驚くほど精緻に、しかし温かみを失わずに再現していた。作品の裏面には「Pro Arte — GOG」の完全サインが刻まれている。

V&Aに収蔵された「オメナンロフコ(Omenanlohko、りんごのスライス)」は、全長53.3cmの大作だ。刻線で種子や果肉の繊維を表現し、色釉で微妙な色の変化を再現している。陶磁器ギャラリー(Room 140)に常設展示されており、フィンランドの陶芸の到達点を今に伝えている。

アラビアンランタを歩く——かつて窯があった場所

グンヴァルが41年間を過ごしたアラビア工場は、現在どうなっているのだろうか。

クーシルオトから見たアラビアンランタ地区
対岸のクーシルオトから見たアラビアンランタ地区。かつてアラビア工場群が広がっていた場所は、現在は近代的な住宅街に生まれ変わっている(Photo: Safa Hovinen / CC BY 2.0)

ヘルシンキのトウコラ地区にあったアラビア工場跡地は、2000年代以降「アラビアンランタ(Arabianranta)」として再開発された。かつて窯の煙が立ち昇っていた場所には、現在はモダンな住宅やアールト大学のキャンパスが建ち並ぶ。

アラビアンランタ海岸公園の春
アラビアンランタの海岸公園。春になると、かつて工場が立ち並んでいた場所に穏やかな光が差し込む(Photo: Safa Hovinen / CC BY 2.0)

しかし、この街にはアラビアの記憶が至るところに残されている。住宅の中庭には、アラビア工場から出た磁器の廃材で作られたモザイクが飾られている。

アラビアンランタのモザイク壁
アラビアンランタの住宅中庭に飾られたモザイク。アラビア磁器工場の廃材——割れたタイルや食器の破片——で作られている(Photo: Htm / CC BY-SA 3.0)

旧工場の建物の一部は、アールト大学のアラビアキャンパスとして活用されている。かつてグンヴァルたちが働いていた場所で、今は次世代のデザイナーたちが学んでいる。

アールト大学アラビアキャンパス図書館
旧アラビア工場内に設けられたアールト大学アラビアキャンパスの図書館。工場の面影を残す空間で、現在はデザインを学ぶ学生たちが集う(Photo: Juutilai / CC BY-SA 3.0)

作品を見られる場所

グンヴァル・オリン=グレンクヴィストの作品は、以下の美術館・博物館に収蔵されている。

  • ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)、ロンドン——「オメナンロフコ」ほか。陶磁器ギャラリー Room 140 に常設展示
  • フィンランド国立博物館、ヘルシンキ
  • スウェーデン国立博物館(Nationalmuseum)、ストックホルム
ヘルシンキ・デザイン博物館
ヘルシンキ・デザイン博物館。グスタフ・ニューストロム設計の建物(1895年)で、フィンランドデザインの歴史を包括的に展示している(Photo: Vadelmavene / CC BY-SA 4.0)

また、フィンランドのオークションサイト(Bukowskis、Hagelstam等)では、プロ・アルテブランドのアート作品が時折出品される。量産品のコスモスやフラクタスは、北欧ヴィンテージ食器の専門店やオークションサイトで見つけることができる。

まとめ

  • コスモスは1964年にグンヴァル・オリン=グレンクヴィストがデザインし、1976年まで生産されたアラビアの人気シリーズ
  • ウラ・プロコッペのSモデルに、エアブラシ+ステンシル+手描きストライプの技法で装飾。量産品でありながら同じものが二つとない
  • ブラウンとブルーの2色展開。ブルーは希少でコレクター間で高値がつく
  • グンヴァルはアラビアに41年間在籍し、コスモス、フラクタス、アトリエGOGなど幅広い作品を手がけた
  • アート部門では一点もの彫刻を制作。V&Aにも作品が常設展示されている

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