社内アトリエで一点ずつ手描きされた 同じものが二つとないARABIAの芸術品
伏せて置くと、外底いっぱいに大輪の花が現れます。放射状に伸びる白い芯を、コバルトブルーの花弁が幾重にも取り囲む——ARABIA(アラビア)の社内アトリエ「アトリエGOG(Atelje GOG)」で絵付けされたソースポットです。
本体は片手の小ぶりな器で、口縁はゆるやかに波打ちます。側面をめぐるのは、葉脈を白く抜いた葉と、濃紺で塗りつぶした楕円のかたちです。内側は装飾のない白い肌のまま残され、外側の絵だけで見せるつくりです。持ち手の先は花のかたちに象られ、中央に開いた穴で壁に掛けられます。台所の壁に掛けたまま使うことを見込んだ、フィンランドの家庭の道具です。
コバルトの濃さは一筆ごとに違います。花弁の縁では色が溜まって黒く沈み、葉の先では筆が離れて白い肌が透ける。コスモス(Kosmos)やフラクタス(Fructus)のように、ステンシルとエアブラシで輪郭をやわらかくぼかした量産の絵とは、成り立ちからして違います。
Köökki(キョッキ)——台所のためのうつわ
アトリエGOGは、量産の窯として知られたARABIAが抱えていた手描きの一角です。グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト(Gunvor Olin-Grönqvist、1928–2005)は、コスモスやフラクタスといった量産シリーズのパターンを手がける傍ら、自らのイニシャルを冠したキッチンウェアを作り続けました。フィンランドでは台所を意味する「Köökki(キョッキ)」の名で呼ばれ、1960年代から1970年代にかけて、塩入れ、羽子板形のカッティングボード、香辛料の瓶、バターケース、そしてこのソースポットが手描きされています。
絵付けは、図案を決めたグレンクヴィストと、それを筆で写す工房の絵付師との分業でした。器の底や持ち手に「GOG」の三文字が記され、続くスラッシュの右に絵付師のイニシャルが添えられることもあります。シリーズ全体のかたちと銘の読み方はアトリエGOG完全ガイドにまとめています。
持ち手に残る、手仕事の証し
持ち手の裏には、青い絵具で「FINLAND」と手書きされています。表には「ARABIA handicraft」——手仕事——と刷られた金色のシールが、貼られたまま残っています。量産ラインの製品ではなく、アトリエで絵付けされたものにつけられたラベルです。半世紀前の紙のシールが剥がれずに残っていること自体、この器がほとんど使われないまま保たれてきたことを物語ります。
コバルトと、フィンランドの水
GOGの絵柄には、深いコバルトブルーと土のような茶色の二つの系統があります。本品は前者です。国土の大半を森と湖が占め、夏には白夜に近い光が水面を照らす国で、この青は湖と空の色に重なります。短い夏に一斉に芽吹く草花が、器の外底で大きく開いているように見えます。
ソースやドレッシングを注ぐ器としてお使いいただけますが、絵が描かれているのは外側です。伏せて棚に置けば花が正面を向き、持ち手の穴に紐を通せば壁に掛かります。量産の効率が食器づくりの常識になっていった時代に、筆一本で描き続けられた台所の道具のひとつです。
ARABIA — フィンランドが世界に誇る陶磁器の名窯
1873年、スウェーデンのロールストランド社がヘルシンキに設立した分工場がARABIAの始まりです。当初はロシア帝国向けの陶磁器を生産していましたが、1917年のフィンランド独立後に完全なフィンランド企業となり、20世紀半ばにはフィンランド最大の陶磁器メーカーへと成長しました。
黄金時代を築いたデザイナーたち
カイ・フランク(1911–1989)は「フィンランドデザインの良心」と呼ばれ、キルタ(後のティーマ)やカルティオなど、無駄を削ぎ落とした機能美の名作を生み出しました。1949年にはARABIAのクラウンマーク(王冠のバックスタンプ)もデザインしています。
ウラ・プロコッペ(1921–1968)は、コバルトブルーの手描きが美しいバレンシア(1960–2002年)と、鉄粉を施した独特の土色が魅力のルスカ(1960年代–1999年)を手がけました。ルスカの粗い表面は日本の楽焼に似た風合いで、北欧と日本の美意識の近さを感じさせます。
このほか、ビルガー・カイピアイネン(1915–1988)は「装飾の王」と呼ばれ、名作パラティッシをはじめ華やかな装飾陶芸を制作。エステリ・トムラはフローラシリーズの植物画で知られ、ライヤ・ウオシッキネンも数多くの装飾パターンを手がけました。
ヴィンテージの見分け方 — バックスタンプ(刻印)ガイド
- 1874〜1930年頃:素地への型押し(インプレスト)が主流。1878年以降はフィンランドの紋章入りカラーマークも併用。
- 1932〜1949年:クルト・エクホルムがデザインした「パイプスタンプ」。工場に導入された122mのトンネル窯を表現したデザイン。
- 1949年〜現在:カイ・フランクがデザインしたクラウンマーク(王冠)。月桂樹の輪を逆さにして王冠に見立てた斬新なデザイン。1964年、1971年、1975年、1981年、2014年に更新。
- 生産年の読み方:1940年代以降は月→年の順で数字が刻印。2等品にはローマ数字IIや色付きドットが付されます。
- 2016年以降:ヘルシンキ工場は2016年3月に閉鎖され、現在はタイとルーマニアで生産。ヴィンテージ品はすべてフィンランド製で、「MADE IN FINLAND」の刻印があります。
■詳細スペック
- メーカー:ARABIA / アラビア
- デザイナー:Gunvor Olin-Grönqvist / グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト
- シリーズ名:Atelje GOG / アトリエGOG
- 年代:1970年代
- 製造国:フィンランド
- サイズ:直径10.8cm 横幅17cm 高さ6cm
■コンディション:★★★★★(5:完品)
割れ・欠け・貫入がなく使用歴のないミントコンディションです。ソースポットはその特徴として底部に保存上のスレが見られることがよくありますが、そうした保存上のスレもみられない非常に保存状態が良いデッドストック品です。
■関連コレクション
→ ARABIAのアトリエGOG(Atelje GOG)完全ガイド|グンヴァル・オリン=グレンクヴィストが手描きした台所(Köökki)のうつわ
→ グンヴァル・オリン=グレンクヴィスト完全ガイド|コスモスとフラクタスを生んだARABIAの装飾デザイナー










