ARABIA ヴィオラ(Viola)の飾り皿 大判|上の二枚の花弁が黒、下の三枚が青のパンジーの形をした北欧ヴィンテージの飾り皿

ARABIA ヴィオラ(Viola)完全ガイド|カイピアイネンのパンジー形の飾り皿——裏の型押し「Viola 1967」の読み方と、パラティッシの「ヴィオラロゴ」との見分け方

北欧食器タックショミュッケ編集部
ARABIA ビルガー・カイピアイネン ヴィオラ(Viola)の飾り皿 大判|上の二枚の花弁が黒、下の三枚が青のパンジーの形をした北欧ヴィンテージの飾り皿
ARABIAのヴィオラ(Viola)の飾り皿、大判。上の二枚の花弁が黒、下の三枚が青

ARABIA(アラビア)のヴィオラ(Viola)は、パンジーの花のかたちをした飾り皿です。縁は五枚の花弁に沿って波打ち、上の二枚は黒、下の三枚は青の釉で表されています。原案はビルガー・カイピアイネン(Birger Kaipiainen)で、裏には素地への型押しで「Viola 1967」「ARABIA FINLAND」「KAIPIAINEN invenit」と入っています。

日本の北欧ヴィンテージ食器店では、「ヴィオラ」という言葉がもう一つの意味でも使われます。カイピアイネンの代表作パラティッシ(Paratiisi)の初期の裏印に描かれたパンジーを指す「ヴィオラロゴ」です。名前が同じなので、商品名だけでは取り違えが起こります。

この記事では、当店で扱った大小2枚のヴィオラの写真をもとに、花のかたちと色、裏の型押しの読み方を紹介し、パラティッシの「ヴィオラロゴ」との見分け方をまとめます。後半では、裏印と同じ1967年にカイピアイネンがモントリオール万博のために作った陶製レリーフの大作「オルヴォッキメリ(すみれの海)」と、フィンランドの野に咲くすみれをたどります。

この記事でわかること

  • ヴィオラ(Viola)が、パンジーの五枚の花弁をかたどったARABIAの飾り皿であること
  • 裏の型押し「Viola 1967」「KAIPIAINEN invenit」の意味と、invenitが原案者を示すラテン語であること
  • パラティッシの裏印の「ヴィオラロゴ」と、ヴィオラの皿を見分ける三つのポイント
  • 1967年の大作「オルヴォッキメリ(すみれの海)」が、モントリオール万博からタンペレへ渡った経緯

目次

  1. ヴィオラ(Viola)とは——パンジーの花をかたどったARABIAの飾り皿
    1. 名前の意味——ラテン語で「すみれ」
    2. ヴィオラの基本データ
  2. 花のかたちと色——黒い二枚と青い三枚の花弁
    1. 五枚の花弁と、中心の黒
    2. 鏡のような光沢と、青の濃淡
    3. 状態を見るときのポイント——光を斜めに当てる
  3. 裏の型押しを読む——「Viola 1967」と「KAIPIAINEN invenit」
    1. 花の輪郭の中の「Viola 1967」と王冠
    2. 「invenit」——原案者を示すラテン語
    3. 大小の皿に同じ印
  4. 二つの「ヴィオラ」の見分け方——パラティッシの裏印のパンジー
    1. パラティッシの裏印に描かれた一輪のパンジー
    2. 見分けるときは、形・表の模様・裏の印の三つを見る
    3. 「Viola」の名をもつ別の品
  5. 1967年、すみれの海——オルヴォッキメリとモントリオール万博
    1. ARABIAの工場の床に並んだすみれ
    2. モントリオール万博へ
    3. タンペレへ——大学のロビーから市議会の議場へ
  6. ビルガー・カイピアイネンとすみれ
    1. ポリに生まれ、ARABIAの美術部門へ
    2. 「ショパンはすみれを愛した」——繰り返し現れる花
  7. 北欧の野に咲くすみれ——ケト・オルヴォッキとパンジー
    1. 野生のサンシキスミレ
    2. 園芸のパンジー
  8. まとめ

当店では、カイピアイネンのヴィオラの飾り皿(大判)と、裏印にパンジーが描かれたパラティッシのオーバルプレートを扱っています。
→ ARABIA ヴィオラ(Viola)飾り皿 大判の商品ページ
→ パラティッシ オーバルプレート29.5cm【ヴィオラロゴ】の商品ページ
→ パラティッシ 特大オーバルプレート36cm【ヴィオラロゴ】の商品ページ
→ パラティッシ オーバルプレート21cm【ヴィオラロゴ】の商品ページ

ヴィオラ(Viola)とは——パンジーの花をかたどったARABIAの飾り皿

名前の意味——ラテン語で「すみれ」

「Viola(ヴィオラ)」はラテン語で「すみれ」を意味する言葉で、植物の学名では、すみれやパンジーの仲間をまとめたスミレ属の名前として使われます。フィンランド語ではこの仲間をオルヴォッキ(orvokki)と呼びます。

皿の名前は植物の属名そのままで、かたちもパンジーの花一輪を写しています。器の上に花の絵を描いたのではなく、器そのものを花にした作品です。

ヴィオラの基本データ

窯 ARABIA(フィンランド・ヘルシンキ)
原案 ビルガー・カイピアイネン(Birger Kaipiainen、1915〜1988)
裏の型押し 「Viola 1967」「ARABIA FINLAND」と王冠、「KAIPIAINEN invenit」
形 パンジーの花のかたち。五枚の花弁に沿って縁が波打つ
色 上の二枚の花弁が黒、下の三枚が青。中心にも黒
当店で確認した大きさ 大判:縦約28cm・横約25cm・高さ約4cm
小:縦14.5cm・横13.5cm・高さ2cm
ARABIA ヴィオラ(Viola)の飾り皿 大判の裏面|黒い釉の縁の内側に白い円い底が見える
ヴィオラ大判の裏。黒い縁の内側に白い円い底、中央に型押しの印

裏を返すと、黒い釉の縁の内側に白い円い底があり、その中央に印が型押しされています。印の読み方は、このあとの「裏の型押しを読む」で紹介します。

花のかたちと色——黒い二枚と青い三枚の花弁

五枚の花弁と、中心の黒

パンジーの花は、上の二枚、左右の二枚、下の一枚の、あわせて五枚の花弁でできています。ヴィオラの皿もこの組み立てに沿っていて、上の二枚の花弁が黒、左右と下の三枚が青に塗り分けられています。

花の中心には、青の三枚にかかるように黒い部分が広がります。パンジーの花で、濃い模様が入るのと同じ位置です。見込み(器の内側の面)は花弁ごとにゆるやかに区切られていて、真上から見ると花弁の重なりが立体的に浮かび上がります。

ARABIA ヴィオラ(Viola)の飾り皿 小|黒い二枚の花弁と紫を帯びた青の三枚の花弁をもつパンジーの形の皿
ヴィオラの小さな皿。紫を帯びた青の三枚と黒い二枚の花弁

当店で扱った小さな皿は、縦14.5cm・横13.5cmの手のひらほどの大きさで、青の花弁が紫を帯びて見えます。大判の皿は、より明るい青です。同じ型押しの印をもつ皿でも、写真で見るかぎり青の色合いには幅があります。

鏡のような光沢と、青の濃淡

ARABIA ヴィオラ(Viola)の飾り皿 大判の中心部分の接写|黒い花弁の重なりと青の釉の光沢
ヴィオラ大判の中心。黒い花弁の重なりと、明るい青

釉は鏡のような強い光沢をもち、置いた場所の光や窓の形を映し込みます。大判の皿では、黒との境に淡い水色がにじみ、その外側に鮮やかな青が広がります。花弁の起伏に沿って光が流れるので、見る角度を変えると花の表情も変わります。

当店で扱った小さな皿には、皿を壁に掛けるための針金の金具が付いていました。金具の選び方や飾り方は、「北欧の陶板(壁飾りプレート)の飾り方」で紹介しています。

状態を見るときのポイント——光を斜めに当てる

黒い釉は光を強く返すので、表面の細かなすれは、正面から見るより斜めから光を当てたほうが見つけやすくなります。当店で扱った小さな皿にも、光にかざすと細かなすれが見えました。

花弁の縁は波打っているので、縁の先端も一枚ずつ確かめてください。針金の金具が付いている皿は、金具が触れる縁も見ておくと安心です。欠け・ひび・貫入・すれの有無は、当店の商品ページのコンディション表記でも確かめられます。

裏の型押しを読む——「Viola 1967」と「KAIPIAINEN invenit」

花の輪郭の中の「Viola 1967」と王冠

ARABIA ヴィオラ(Viola)大判の裏の型押し|花の輪郭の中に筆記体のViola、1967、王冠とARABIA FINLAND、下にKAIPIAINEN invenit
ヴィオラ大判の裏の型押し。花の輪郭の中に「Viola 1967」と王冠、「ARABIA FINLAND」。下に「KAIPIAINEN invenit」

ヴィオラの裏の印は、色で刷った印ではなく、素地に型で付けた凹凸だけの印です。五つの丸みをもつ花の輪郭の中に、筆記体の「Viola」と「1967」、王冠、「ARABIA FINLAND」が上から順に並びます。花の輪郭の外、すぐ下には「KAIPIAINEN invenit」の文字が一行で入っています。

ARABIAの王冠の印は1949年から2014年まで使われました。王冠の印の移り変わりは「アラビアの刻印(バックスタンプ)年代別完全ガイド」にまとめています。ヴィオラの印は白い底と同じ色なので、正面から光を当てると見えにくくなります。斜めから光を当てると、文字の縁に影ができて読み取りやすくなります。

「invenit」——原案者を示すラテン語

「invenit(インヴェニト)」は、「見つける」「考え出す」を意味するラテン語の動詞invenireの完了形で、「(この人が)考案した」という意味です。版画では、原画や原案を手がけた人の名前に「invenit」や略の「inv.」を添え、版を彫った人を示す「sculpsit」などと区別してきました。

ヴィオラの裏の「KAIPIAINEN invenit」は、カイピアイネンの名前を、この皿の原案者として記したものです。

大小の皿に同じ印

ARABIA ヴィオラ(Viola)小の裏|壁掛け用の針金の金具の内側に、花の輪郭の型押しとKAIPIAINEN invenitの文字
ヴィオラの小さな皿の裏。針金の金具の内側に、大判と同じ型押しの印

当店で扱った大小2枚の皿は、大きさがまったく違いますが、裏の型押しの印は同じでした。

印に入った1967は、カイピアイネンがモントリオール万博のために大作「オルヴォッキメリ(すみれの海)」を作った年でもあります。この作品については、「1967年、すみれの海」の章で紹介します。

二つの「ヴィオラ」の見分け方——パラティッシの裏印のパンジー

パラティッシの裏印に描かれた一輪のパンジー

ARABIA パラティッシ(Paratiisi)のオーバルプレート29.5cm|黄色い果実、青いぶどう、黒い実、青いパンジーを描いた楕円の皿
パラティッシのオーバルプレート29.5cm。果実と黒い実、青いパンジー

パラティッシ(Paratiisi)は、カイピアイネンがデザインしたARABIAの食器のシリーズです。フィンランド語で「楽園」を意味し、黄色い果実、ぶどう、黒い実、青いパンジーが白い地に描かれています。1969年から1974年にかけて作られたものが、初期のパラティッシです。

ARABIA パラティッシ(Paratiisi)初期の裏印|黒い実の枝と葉、青いパンジー、王冠とARABIA MADE IN FINLAND、4-70、PARATIISIの文字
パラティッシ29.5cmの裏印。黒い実の枝と葉の輪、その下に青いパンジー。輪の中に「4-70」の年月

初期のパラティッシの裏印には、黒い実の枝と葉が輪のようにめぐり、その下に青いパンジーが一輪描かれています。輪の中には王冠と「ARABIA MADE IN FINLAND」、製造の月と年を示す数字が入り、下に「PARATIISI」の文字が続きます。写真の29.5cmのオーバルプレートの「4-70」は1970年4月、21cmのオーバルプレートの「3-71」は1971年3月を表します。

日本の北欧ヴィンテージ食器店では、この裏印を「ヴィオラロゴ」と呼ぶことがあり、当店の商品名にも使っています。この「ヴィオラ」は裏印に描かれたパンジーの図柄を指す呼び名で、色の名前ではありません。パラティッシの裏印の移り変わりは、「パラティッシ(Paratiisi)完全ガイド」にまとめています。

ARABIA パラティッシ(Paratiisi)21cmオーバルプレートの裏印|黒い実の枝と葉、青いパンジー、王冠とARABIA MADE IN FINLAND、3-71、PARATIISI
パラティッシ21cmの裏印。「3-71」の年月とパンジー

見分けるときは、形・表の模様・裏の印の三つを見る

カイピアイネンの「ヴィオラ」の皿と、パラティッシの「ヴィオラロゴ」は、どちらもパンジーにちなむ名前で呼ばれますが、まったく別の品です。次の三つを見くらべると区別できます。

ヴィオラ(Viola)の飾り皿 パラティッシの「ヴィオラロゴ」
器の形 パンジーの花のかたちの皿 丸や楕円の皿、カップ、ボウルなどの食器
表の模様 絵柄はなく、黒と青の釉で花を表す 白い地に、果実と花を描いた絵柄
裏の印 素地への型押し。花の輪郭の中に「Viola 1967」、王冠、「ARABIA FINLAND」、下に「KAIPIAINEN invenit」 色で刷った印。黒い実と葉、青いパンジー、王冠、「ARABIA MADE IN FINLAND」、年月の数字、「PARATIISI」
「ヴィオラ」が指すもの 作品の名前 裏印に描かれたパンジーの図柄の呼び名

いちばん確かなのは裏の印です。ヴィオラの皿は文字が凹凸だけで表され、色がついていません。パラティッシの「ヴィオラロゴ」は、黒、黄緑、青、文字の緑の色で刷られています。

「Viola」の名をもつ別の品

「Viola」という名前は、ARABIAのほかの品にも付けられています。1970年にライヤ・ウオシッキネン(Raija Uosikkinen)が描いた装飾の下絵「VIOLA」や、EKという型のコーヒーカップとソーサーの「Viola」です。

「ARABIA Viola」という名前だけでは、カイピアイネンの飾り皿かどうかは判断できません。デザイナーの名前と、裏の型押しの印をあわせて確かめると確実です。ライヤ・ウオシッキネンの仕事は、専用の記事で紹介しています。

1967年、すみれの海——オルヴォッキメリとモントリオール万博

ARABIAの工場の床に並んだすみれ

1967年1月、ARABIA工場の美術部門の床一面に並べられた制作中のオルヴォッキメリのパンジー形の陶片と白鳥を、左奥に立つビルガー・カイピアイネンらが見下ろす白黒写真
ARABIA工場の美術部門の床に並べた制作中の「オルヴォッキメリ」。左の眼鏡の人物がカイピアイネン。1967年1月(写真:Eino Heinonen(ヘルシンキ市立博物館)/パブリックドメイン)

1967年、カイピアイネンはモントリオール万国博覧会のために、陶製レリーフの大作「オルヴォッキメリ(Orvokkimeri)」を作りました。フィンランド語で「すみれの海」という意味です。大きさは高さ450cm、幅893cmあります。

作品はヘルシンキのARABIAの工場で作られました。およそ200万個のビーズは、ARABIAを傘下にもつヴァルチラ(Wärtsilä)のトゥルクの工場の機械で作られました。1967年1月に撮られた写真では、工場の美術部門の床一面に、粒で覆われた白鳥と、ヴィオラの皿と同じくパンジーの花のかたちをした大きな陶片が並べられています。

モントリオール万博へ

1967年のモントリオール万博の会場、サンテレーヌ島の池に噴水が上がり、奥に網目状のドームのアメリカ館とテーマ館、右にスカンディナヴィア館が並ぶカラー写真
モントリオール万博の会場、サンテレーヌ島。噴水の奥に網目のドームのアメリカ館、右手にスカンディナヴィア館。1967年5月(写真:Laurent Bélanger/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0)

モントリオール万博は、カナダ連邦の成立100年を記念して、1967年4月28日から10月27日まで開かれた万国博覧会です。主な会場はセントローレンス川に浮かぶサンテレーヌ島とノートルダム島で、テーマは「人間とその世界(Man and His World)」でした。有料入場は延べ5,000万人を超えました。

この万博で、北欧の国々は合同の「スカンディナヴィア館」を出しました。館の前にはデンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの国旗が並びました。オルヴォッキメリは万博の会場で、ティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva)、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)、彫刻家ライラ・プッリネン(Laila Pullinen)、テキスタイル作家ウフラ=ベアタ・シンベリ=エーレストレム(Uhra-Beata Simberg-Ehrström)の作品と並べて展示されました。

1967年のモントリオール万博のスカンディナヴィア館、白い鉄骨と水平のルーバーで覆われた横長の建物の前に北欧5か国の国旗が並ぶカラー写真
スカンディナヴィア館と北欧5か国の国旗。1967年(写真:René Lavigne/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0)

同じ1967年、カイピアイネンはモントリオール万博でグランプリを受けました。

タンペレへ——大学のロビーから市議会の議場へ

切り通しの坂道の上の高台に、白い水平の連続窓をもつ低層の大学本館が横に長く建ち、道を1960年代の自動車が走る白黒写真
タンペレの大学本館。1960年代(写真:E. M. Staf(フィンランド文化遺産庁)/CC BY 4.0)

万博のあと、オルヴォッキメリはフィンランドの都市タンペレへ渡りました。タンペレ市は1967年にこの作品をヴァルチラから買い入れ、翌1968年、タンペレ大学の本館のロビーに据えました。

タンペレ大学本館の上階ロビーの壁一面に掛けられたオルヴォッキメリ、濃紺から白へ移る青のパンジー形の陶片が無数に重なり、白とグレーの白鳥が泳ぎ、手前に2人の男性が立つカラー写真
タンペレ大学本館の上階ロビーに掛けられた「オルヴォッキメリ」。1970年代(写真:Juhani Riekkola(Vapriikki)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

大学のロビーで撮られた1970年代の写真では、壁一面を濃紺から白へ移る青のパンジーが埋め、そのあいだを白とグレーの白鳥が泳いでいます。地には金色の楕円の小片が並び、壁画全体が水面のように光を返しています。

1973年、オルヴォッキメリを市の新しい本庁舎にある市議会の議場の壁へ移すことが決まり、作品は大学から議場へ移されました。

1967年のタンペレの中央広場、石畳の広場越しにネオルネサンス様式の市庁舎の正面と1960年代の自動車やバスが見える白黒写真
タンペレの中央広場と市庁舎。1967年(写真:Teuvo Kanerva(フィンランド文化遺産庁)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

写真は、タンペレ市がオルヴォッキメリを買い入れた1967年の中央広場です。広場に面して建つのは市庁舎(ラーティフオネ)で、オルヴォッキメリが移された本庁舎とは別の建物です。

ビルガー・カイピアイネンとすみれ

ポリに生まれ、ARABIAの美術部門へ

1927年12月6日の夜、時計塔の前にVAPAA SUOMIの電飾文字が光るポリの旧市庁舎の正面の白黒写真
カイピアイネンが生まれた町ポリの旧市庁舎。独立記念日の夜の電飾、1927年(写真:E. Hiltula(フィンランド文化遺産庁)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

ビルガー・カイピアイネンは、1915年7月1日、フィンランド西海岸の町ポリで生まれました。7人きょうだいの末っ子で、1歳のときに一家はヘルシンキへ移りました。

白い作業着を着て右を向き、たばこを手にしたビルガー・カイピアイネンの横顔と、背後に立てかけられた細長い陶製レリーフの白黒写真
ビルガー・カイピアイネン。背後に細長い陶製レリーフ、1953年(写真:Aarne Pietinen Oy(フィンランド文化遺産庁)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

中央美術工芸学校で学んだのち、1937年にARABIAの工場の美術部門に招かれました。入ってまもなくポリオにかかり、それからは右脚を支える杖を使って暮らしました。1954年から1958年まではスウェーデンのロールストランドで制作し、その後ARABIAへ戻りました。

1965年のヘルシンキのハメーンティエ通り、緑の街路樹の奥に縦にARABIAの文字が入った白い工場棟と赤レンガの煙突が見えるカラー写真
ヘルシンキのハメーンティエ通りとARABIAの工場。縦に「ARABIA」の文字が入った工場棟、1965年(写真:Constantin Grünberg(ヘルシンキ市立博物館)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

1960年のミラノ・トリエンナーレではビーズの鳥の作品でグランプリを受け、1963年にはプロ・フィンランディア・メダル、1977年には教授の称号を受けました。1988年7月18日、ヘルシンキで亡くなりました。カイピアイネンの生涯とほかの作品は、「ビルガー・カイピアイネン完全ガイド」で詳しく紹介しています。

「ショパンはすみれを愛した」——繰り返し現れる花

カイピアイネンは、女性の姿、花や植物、鳥を好んで題材にし、なかでもすみれを繰り返し作品にしました。「ショパンはすみれを愛した。そして私はショパンを愛している」という言葉も残しています。

展示ケースの台に立てられた、鳥の形をした濃紺から黒の釉の陶製の壁掛け、胴に鏡ガラスの地と黒い粒が弧状に並ぶカラー写真
カイピアイネンの鳥の壁掛け。鏡ガラスの地に黒い粒が並ぶ。1960年、ARABIA。ヴィクトリア&アルバート博物館所蔵(写真:14GTR/Wikimedia Commons/CC0)

1960年の鳥の壁掛けには、鏡ガラスと黒い釉の粒が組み込まれています。オルヴォッキメリも、花と白鳥のかたちにビーズと鏡の小片を組み合わせて作られています。

カイピアイネンがデザインしARABIAで作られたすみれのかたちの飾りには、青と白の1950年代のもの、青と黒の1960年代のもの、青黒い釉に銅の吊り金具が付いた1960年代から70年代のものがあります。すみれは、ヴィオラの皿やオルヴォッキメリの前にも後にも、カイピアイネンの作品に姿を見せています。

白地の楕円の盛り皿に、黄色いりんごとプラム、青と黒のぶどう、黒い実、青いパンジーが黄緑の蔓と葉でつながるように描かれたパラティッシのカラー写真
パラティッシの楕円の盛り皿。青いパンジーが果実のあいだに咲く。1969〜1974年製(写真:ヘルシンキ市立博物館/CC BY 4.0)

1969年頃に発表されたパラティッシの絵柄にも、果実のあいだに青いパンジーが何輪も咲いています。

北欧の野に咲くすみれ——ケト・オルヴォッキとパンジー

野生のサンシキスミレ

フィンランド・オウルの砂混じりの地面と細い草のあいだに、紫の花弁と黄色い中心をもつ小さな野生のサンシキスミレが数株咲くカラー写真
フィンランド北部オウルの野生のサンシキスミレ。2013年6月(写真:Matti Virtala/Wikimedia Commons/CC0)

フィンランドの野に咲くすみれの一つが、ケト・オルヴォッキ(keto-orvokki)です。学名はViola tricolorで、日本ではサンシキスミレと呼ばれます。「keto」は草地や野原を意味し、名前を直訳すると「野のすみれ」になります。

フィンランドではアイディンシルマ(äidinsilmä、「母の目」)という別名でも呼ばれます。スウェーデン語ではstyvmorsviol(「継母のすみれ」の意味)といい、どちらの名前にも家族を表す言葉が入っています。

スウェーデンの自然保護区の夕方の草地一面に、紫と白と黄色のサンシキスミレが群生し、奥にトウヒのシルエットが見える逆光のカラー写真
スウェーデンの自然保護区の草地に群れて咲くサンシキスミレ。2019年5月(写真:Eva Ogenborg/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0)

サンシキスミレは、紫、白、黄色の三つの色が一輪の中にまじる花です。小さな花が草地一面に群れて咲く姿は、オルヴォッキメリの壁面を埋めるすみれの重なりを思わせます。

園芸のパンジー

淡い青紫の五枚の花弁をもつ園芸パンジーの正面からの接写、中心は黄色で下の花弁に濃紺の放射状の筋が入るカラー写真
園芸のパンジー(Viola × wittrockiana)。下の三枚の花弁に濃い筋が入る(写真:Noumenon/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0)

花壇で見かける大きな花のパンジーは、交配から生まれた園芸種で、学名はViola × wittrockiana、フィンランド語ではタルハオルヴォッキ(tarhaorvokki、「庭のすみれ」)といいます。写真のパンジーでは、濃い筋が入るのは下の三枚の花弁だけで、上の二枚とは色の入り方が違います。

ヴィオラの皿の黒と青の塗り分けも、この上下の違いに沿っています。野の花と花壇の花を見くらべたあとで皿に目を移すと、花弁の分け方が同じであることがよくわかります。

まとめ

ARABIAのヴィオラ(Viola)は、ビルガー・カイピアイネンが原案を手がけた、パンジーの花のかたちの飾り皿です。上の二枚の花弁が黒、下の三枚が青の釉で表され、裏には「Viola 1967」「ARABIA FINLAND」「KAIPIAINEN invenit」が型押しされています。パラティッシの初期の裏印を指す「ヴィオラロゴ」とは別の品で、器の形、表の模様、裏の印の三つで見分けられます。

要点の整理

  • ヴィオラとは——ARABIAの、パンジーの花をかたどった飾り皿。原案はビルガー・カイピアイネン
  • 色とかたち——五枚の花弁のうち、上の二枚が黒、下の三枚が青。釉は鏡のような光沢
  • 裏の印——素地への型押しで「Viola 1967」、王冠と「ARABIA FINLAND」、「KAIPIAINEN invenit」。invenitは原案者を示すラテン語
  • 大きさ——当店で確認したのは、縦約28cmの大判と縦14.5cmの小さな皿。どちらも同じ印
  • 「ヴィオラロゴ」との違い——パラティッシの初期の裏印に描かれたパンジーの呼び名。色で刷った印で、年月の数字と「PARATIISI」が入る
  • 1967年の大作——モントリオール万博のための「オルヴォッキメリ(すみれの海)」。1968年にタンペレ大学の本館に据えられ、1973年に市議会の議場へ移すことが決まった

参考資料

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