リサ・ラーソンの作陶史を体現する 希少な初期モデルのドーラ像
リサ・ラーソンの代表的シリーズ「ABCの少女たち(ABC-Flickor)」より、「ドーラ(Dora)」の初期モデル。高さ27cmという大型サイズに、縞模様の水着をまとい、両手を背に回した堂々たる立ち姿で造形されています。1950年代、グスタフスベリのGスタジオ(G-Studion)で生み出された希少な作品です。
本作は、リサ・ラーソン自身が監修し、世に送り出したいと願った「オリジナルのドーラ像」そのものです。型枠による複製では再現しきれなかった細部に、スタジオの造形作家がヘラで彫り込みを加え、リサが思い描いた姿が立体として結実しています。後年の量販モデルが普及した姿の「ドーラ」とは別の、誕生時の佇まいを今に伝える一点です。発売初年度に製作された個体か、あるいはGスタジオ内部で試作として制作されたサンプル品と考えられます。
■作品について
「ABCの少女たち」は、アマリア(A)、ベアタ(B)、シャルロッタ(C)、ドーラ(D)、エンマ(E)の5体で構成されたシリーズです。1950年代の痩身美が主流だった時代に、リサ・ラーソンは古代の豊穣の女神を思わせるふくよかな少女像を発表し、北欧の陶芸表現に新しい風を吹き込みました。5体のうち4体が本を手にしているのに対し、ドーラだけは何も持たず、すました佇まいで立っています。
5体のうち4体が本を手にしている造形には、明確な理由があります。「ABCの少女たち」は当初、本棚に並べるブックエンドとしての用途を想定して生まれた実用陶器でした。リサ・ラーソンのブックエンドといえば、向かい合って本を支えるプードルのブックエンド(Pudlar)が代表作として広く知られていますが、ABCの少女たちもまた、当初は同じ用途を意図して生み出された姉妹的存在でした。しかし完成してみると、本を支えるには陶土の重量がやや軽く、ブックエンドとしての機能性は限定的でした。それでも、ふくよかな姿態と素朴な表情が人々の心を掴み、後年は純粋な飾りとしても変わらず愛され続けました。実用品として誕生しながら、装飾品としても完成された姿を持っていたことが、このシリーズが半世紀以上にわたって愛され続けてきた理由のひとつです。
その点でも本作は特異な存在です。型枠から離したあとに造形作家が陶土を継ぎ足し、ヘラで細部まで彫り直しているため、量販品の約1.5倍ほどの重量があります。27cmという大型サイズと合わせて、リサ・ラーソンが本来構想した「本を支える実用陶器」としての重みを、本作はたしかに備えています。シリーズの当初の理念が、この一点においては実体として結実しているのです。
ブックエンドとしての出自を踏まえて改めて姿を眺めると、右腕を体側に添えた構えは、すました「モデル立ち」というより、傍らに置かれた本をそっと押さえているような佇まいに見えてきます。すました横顔と相まって、本棚の隅に立ち、書物を静かに支える少女の役目を担っていた姿が、自然と立ち上がってきます。そっと顔をそむけた表情、本を押さえる手、ブックエンドとして耐え得る重量。これらが揃ったとき浮かび上がるのは、量販モデルに定着する以前、初期のリサ・ラーソンが思い描いていた構想そのものではないでしょうか。本棚に佇み、書物を支える少女——それこそが、ドーラ像の本来の姿だったのかもしれません。
本作で特筆すべきは、量販ラインで作られた後期モデルとは異なる、初期モデル特有の手仕事の濃さです。量販品のドーラは、型枠に陶土を流し込んで乾燥させ、素焼きの後に彩色して仕上げる工程のみで完成します。それに対して本作は、型枠で大まかな形を起こしたあと、Gスタジオ(G-Studion)の造形作家が湿った陶土を表面に足しながらヘラで細部を彫り直していきました。胴体、肩、太もも、髪のラインなど、いたるところに走るヘラの痕跡が、その制作工程を物語っています。型から離れたあとに粘土を継ぎ足しているため、量販品のドーラと比べて約1.5倍ほどの重量があり、手に取ったときの密度感はまったく別物です。
とくに背に回された左手の指は、型枠による複製ではなく、グスタフスベリのGスタジオで造形作家が彫り起こした表現です。指の一本一本が深く刻まれ、手の甲のふくらみや関節の起伏まで丁寧に追われています。同様に、両足の付け根から太ももにかけて走る区切り線も、Gスタジオでヘラを用いて深く彫り込まれたものです。量販品では曖昧になりがちな部位ですが、本作では脚と脚の境界がくっきりと刻まれ、立体としての構築感を際立たせています。
もう一つの見どころは、水着の意匠です。後年の量販モデルではダイヤ柄や横縞のドーラが知られていますが、この初期モデルは縦縞のタンクトップ。コバルトブルーの縞は一本ずつ筆で引かれ、わずかな揺れや滲みが、手描きならではの呼吸を残しています。黄土色の髪は太い筆致で描かれ、長く流れる毛束の一本一本までヘラで筋目が入れられています。
胴体は凹凸を含んだ褐色の素肌そのままで、水着の縞模様の筆跡が生々しく残されています。縞の上部には左右にずれるみみずのようなにじみが見られ、下部には筆を留めた跡がはっきりと認められます。これは絵付けを担当した造形作家の練度がまだ十分に高くなく、筆の運びに迷いがあった時期の仕事であることを物語っています。筆の揺れと滲みが残るこの表現こそが、本作がスタジオで生み出されたサンプルに近い初期モデルであることの動かぬ証拠といえます。
表情にもまた、本作ならではの特徴があります。一般に流通するリサ・ラーソンのドーラ像は、横顔を見せながらかすかに微笑むモデル立ちの姿として知られています。しかし本作のドーラは、笑みを浮かべず、まるで観る者からそっと顔をそむけたかのような佇まいで横を向いています。後年の量販モデルに定着した「あの笑顔のドーラ」とは異なる、表現を模索していた時期の手探りが、この静かな横顔に残されています。ABCの少女たちが誕生する過程そのものを伝える、貴重な造形史の一場面といえます。
炻器(ストーンウェア)の素地は、シャモットを含む粗めの陶土で、磁器にはない素朴で温かな肌合いを持っています。釉薬がかかっているのは水着と髪、台座の縁のみで、肌の部分はあえて素地のまま残されました。土そのものの色とテクスチャーが、ドーラの体温を感じさせる重要な要素となっています。
台座は六角形に近い形に整えられ、縁には黄褐色の釉薬がかすれるように塗布されています。底面にはグスタフスベリ(GUSTAVSBERG)のスタンプが薄く押されており、初期モデルであることを裏付けています。
また、台座のサイズは、のちの量販モデルと比較してかなり小ぶりに造形されています。ドーラの豊満な上半身に対して台座を控えめにまとめることで、プロポーション全体の美しさを優先した造形判断と考えられます。一方で、底面の接地面積が小さいため、立ち姿としてはやや不安定さも残ります。この不安定さこそが、量販ラインへの移行時に台座を大きく作り直す判断を生んだ要因となりました。本作の小さな台座は、シリーズが完成形にたどり着くまでの試行錯誤の歴史を、そのまま姿に留めた貴重な造形記録といえます。
底面の刻印にも、初期モデルならではの特徴があります。後年の量販モデルには、リサ・ラーソンや絵付け担当者による手書きのサインが入ることが一般化しましたが、本作には手書きのサインがありません。グスタフスベリのリサ・ラーソン作品は、初期に近づくほどサインが少なく、無印あるいはスタンプのみで仕上げられる傾向があります。本作も底面にグスタフスベリ(GUSTAVSBERG)のスタンプが薄く押されているのみで、手書きのサインはありません。手書きサインがないことは、むしろ初期モデルであることを示す重要な手がかりとなっています。
型枠の上に職人の手が加わった造形、迷いを残した筆致、表現を模索するかのような表情、小ぶりな台座、ブックエンドとしての重み。本作はリサ・ラーソンの初期作陶の歴史をそのまま体現する一点であり、その価値は値段に確かに見合うものといえます。
リサ・ラーソン — 北欧の愛すべき陶芸家
師匠スティグ・リンドベリとリサ・ラーソン。1年の試用期間が26年に。
リサ・ラーソン(1931-2024)。スウェーデン南部スモーランド地方エルムフルトに生まれ、ヨーテボリの工芸学校でテキスタイルから陶芸に転向。1954年、学生コンペの審査員を務めたグスタフスベリの巨匠スティグ・リンドベリに才能を見出され、「1年の試用期間」で工場に招かれました。その1年は、やがて26年間の創作活動へと続いていきます。
リンドベリが「レクストゥーガ(遊び小屋)」と呼んだ工房で、リサは「リッラ・ズー(小さな動物園)」「ABCガールズ」「アフリカ」など数々の名作を生み出しました。ある日、暗褐色のシャモット陶土でしっぽを立てた猫を作ったことが、生涯で約30種もの猫の陶器を生むきっかけとなります。
日本とリサ・ラーソン
ABCガールズの「ドーラ」に命を吹き込むリサ。1950年代の痩身美の風潮に対し、古代の豊穣の女神に着想を得たふくよかな女性像を創りました。
一つひとつ手描きで絵付けされるリサ・ラーソンの陶器。職人の手仕事ゆえに一点ずつ表情が異なることが、ヴィンテージ品の魅力です。
1970年、リサは大阪万博を訪れ、益子焼の人間国宝濱田庄司と出会います。民藝運動に触れたこの体験が、彼女の手仕事への信念をさらに深めました。2010年には日本の絵本のために赤い縞模様の猫「マイキー」を描き、やがてこの猫は日本中で愛されるキャラクターに。2014-15年の日本巡回展には21万人以上が来場しました。
ヴィンテージと復刻版の見分け方
リサ・ラーソン作品の制作時期は、バックスタンプで判別できます。
- グスタフスベリ工場時代(1954-1980) — 錨マークや「GUSTAVSBERG」「LISA L.」「SWEDEN」の刻印。最もコレクター価値が高いヴィンテージ品。
- フリーランス時代(1980-1992) — ロールストランド、イエ・ガントフタなど各メーカーの刻印。
- Kスタジオ(Keramikstudion:ケラミックストゥディオン)時代(1992年〜) — 「K-Studion」の刻印。リサが共同設立した工房で、ヴィンテージの名作を手作りで復刻。高品質ですがオリジナルとは異なります。
本作はグスタフスベリ工場時代に制作された、Gスタジオ(G-Studion)の作品です。底面にグスタフスベリ(GUSTAVSBERG)のスタンプが薄く押されています。
当店で取り扱うリサ・ラーソン作品は、スウェーデンから直接買い付けたヴィンテージのオリジナル品です。
■詳細スペック
- メーカー:Gustavsberg / グスタフスベリ
- デザイナー:Lisa Larson / リサ・ラーソン
- シリーズ:ABC-Flickor / ABCの少女たち
- 作品名:Dora / ドーラ
- 素材:炻器 / ストーンウェア
- 高さ:約27cm
- 製造年:1955年頃(発売初年の作品と推定)
- 製造国:スウェーデン
- 製造元の刻印:底面に「GUSTAVSBERG」のスタンプ(薄め)/手書きサインなし
■コンディション:★★★★★(5:完品)
欠けや割れ、貫入は見られず、製造時の姿をとどめた完品のコンディションです。約70年の歳月による微細な経年の風合いと、手仕事ゆえに一点ずつ異なる表情が、初期モデルならではの深みを湛えています。

































