カイピアイネンが描いた「楽園」 フィンランド製オリジナルの名作
1969年から1974年までの間に製造されたARABIA社の名器パラティッシのティーカップ&ソーサーです。こちらは1972年から2年間小ロット生産されたヴィンテージの白黒のパラティッシです。デコレートに用いる手間を減らすため釉薬を使わず輪郭線のみで構成された白黒のシリーズです。
カラー版とフォルムは同一ですがバックスタンプは簡素で、いわゆるARABIAの王冠ロゴが刻印され同時のARABIA社のスポンサー企業であったWärtsilä(ヴァルチラ)が刻印されています。彩色の手間を減らしたのは大量生産のためといわれていますが、1972〜74年のブラックパラティッシはほとんど数が残っていないため結局増産はされなかったようです。今ではパラティッシはカラー、白黒、パープルの三色が製造されていますが、カイピアイネンが実際に監修したのはカラーと白黒のみとなります。ヴィンテージは全体的に線が細く薄く、本当に下絵の線だけを使っていたのがよくわかります。復刻版のブラックパラティッシは線がはっきりとしています。
「装飾の王」が生んだ楽園

パラティッシをデザインしたビルガー・カイピアイネン(1915-1988)は、フィンランドが誇る「装飾の王(Koristeiden kuningas)」。幼少期にポリオを患い、ろくろが使えない身体でありながら、50年以上にわたりアラビア工場で装飾芸術に人生を捧げました。
ミニマリズムが席巻する北欧デザインの潮流に、彼は真っ向から抗いました。
「装飾性は人類最古の執着である。それを去勢すれば、人間は弱者になる。私は単調さと単純化が嫌いだ」
妻の死、スミレ、そして楽園へ
1966年、カイピアイネンは最愛の妻マッギを失います。彼女の棺をブルーのスミレで覆ったその日から、スミレは彼の生涯のモチーフとなりました。
「ショパンはスミレを愛した。私はショパンを愛する」
悲しみの中で生まれたのが、200万個のセラミックビーズで構成された40平方メートルの巨大壁画「オルヴォッキメリ(すみれの海)」。1967年モントリオール万博でグランプリを受賞しました。

このオルヴォッキメリの延長線上に、1969年、パラティッシは誕生します。元の名前は「タルハ(果樹園)」。ベルギー国王ボードワン夫妻がアラビア工場を訪問した際、完成したばかりのこのデザインに一目惚れ。ファビオラ王妃が自宅用に購入を希望し、「パラティッシ(楽園)」と名付けられました。
アラビア工場 — パラティッシが生まれた場所


ヴィンテージと現行品の違い
パラティッシの生産は1969年に始まり、1974年に一度中断。1988年に復活しましたが、その際にオリジナルの楕円形プレートから丸形に変更され、素材もファイアンス陶器からヴィトロ磁器に変わりました。さらに2016年にはフィンランド工場が閉鎖され、現在はタイで製造されています。
つまり、フィンランド製のヴィンテージ・パラティッシは——特に1969〜1974年のオリジナル期のものは——カイピアイネン自身が監修した時代の、もう二度と作られることのない器です。
パラティッシのバックスタンプ(ロゴ)の変遷

■詳細スペック
- メーカー:ARABIA / アラビア
- デザイナー:Birger Kaipiainen / ビルガー・カイピアイネン
- シリーズ名:Paratiisi / パラティッシ
- 年代:1972〜1974年
- 製造国:フィンランド
- サイズ:カップ幅11.7cm(取手含む)カップ高さ6.7cm ソーサー直径17cm
■コンディション:★★★★☆(4.5:極美品)
ソーサーの表面に光に透かすと薄くカトラリー跡が見られますが、貫入や欠けがなくオリジナルのコンディションをとどめた完品のコンディションです。














