北欧のボウル(鉢)完全ガイド|skålという言葉、サラダ・シュガー・脚付きの種類と、グスタフスベリ・ARABIA・ロールストランド・イッタラの名作

北欧のボウル(鉢)完全ガイド|skålという言葉、サラダ・シュガー・脚付きの種類と、グスタフスベリ・ARABIA・ロールストランド・イッタラの名作

北欧食器タックショミュッケ編集部

この記事でわかること

  • スウェーデン語「skål(スコール)」が、器の名であると同時に乾杯の言葉でもあるという、北欧とボウルの近さ
  • サービングボウル・サラダボウル・シュガーボウル・脚付きボウルなど、用途とかたちで分かれるボウルの読み方
  • グスタフスベリ、ARABIA、ロールストランド、イッタラ——各窯を代表するボウルと、その背景にある工場と現地の風景
  • 脚付きのボウルを中心に据える、観賞のための飾り方の考え方
1900年頃のロールストランド磁器工房の内部。棚に大小の壺やボウルが並び、職人たちが立つ
1900年頃、ロールストランドの工房。棚と作業台に大小の壺やボウルが並ぶ。

北欧ヴィンテージ食器のなかで、ボウル(鉢)は皿やカップほど語られることの少ない器かもしれません。けれども、深く立ち上がる縁の内側、卓上にひとつ置かれたときの静かな存在感、脚付きの一台が生む視線の中心——そこには、北欧の暮らしと造形の知恵が、ほかのどの器とも違うかたちで宿っています。

この記事では、まずスウェーデン語やフィンランド語のなかでボウルがどう呼び分けられてきたのかをたどり、脚付き・リム・クープといったかたちの型を読み解きます。そのうえで、グスタフスベリ、ARABIA、ロールストランド、そしてイッタラをはじめとする北欧ガラスの名作ボウルを、それぞれの工場や現地の風景とともに紹介していきます。

乾杯の言葉と同じ名を持つ器、ヴェルムドー島の窯や、ヘルシンキの赤い煉瓦、リードヒェーピングの湖畔の街並み、フィンランドのガラス村。読み終えるころには、手のひらにおさまる一つのボウルの向こうに、北欧の窯と光景が静かに立ち上がってくるはずです。

目次

  1. 北欧の暮らしとボウル——「skål」という言葉
  2. ボウルの「かたち」を読む——脚付き・リム・クープ
  3. グスタフスベリのボウル
    1. コーゲのアルジェンタ
    2. リンドベリの手描きファイアンス
    3. リサ・ラーソンのユニークピース
  4. ARABIAのボウル
    1. パラティッシ
    2. バレンシアとクロッカス
    3. フリードルの米粒磁器
  5. ロールストランドのボウル
  6. 北欧ガラスのボウル
    1. アアルトのうねる器
    2. カステヘルミのしずく
    3. トイッカのファウナとホグランの気泡
  7. ボウルを飾る——観賞のための一台
  8. まとめ

北欧の暮らしとボウル——「skål」という言葉

器の名であり、乾杯の言葉でもある「skål」

北欧の器を語るとき、スウェーデン語の「skål(スコール)」ほど象徴的な言葉はないかもしれません。この一語は、「ボウル・鉢」という器そのものを指す名詞であると同時に、乾杯のときに交わされる掛け声でもあります。語源をたどると古スウェーデン語のskalに行き着き、もとは酒杯や秤の皿を意味していました。ドイツ語のSchaleと同じ源を持つ、古い言葉です。乾杯を意味する動詞skålaは、この器の名から生じたとされています。

掛け声のskål!の由来には諸説あり、共通の器で酒を酌み交わした古い習慣と結びつける説明のほか、乾杯という行為そのものから間投詞が生まれたとする見方も挙げられます。いずれにせよ、器の名と挨拶の言葉が同じかたちをしているという事実に、北欧の暮らしと器の近さがそのまま刻まれているように感じられます。

用途で名を分ける——サービング・サラダ・シュガー

スウェーデン語では、ボウルの役割が複合語のかたちで細やかに言い分けられてきました。食卓に料理を運ぶためにデザインされたserveringsskål(サービングボウル)、サラダのためのsalladsskål、砂糖を収める小ぶりなsockerskål(シュガーボウル)、デザートのためのdessertskål、そして飾ることを目的としたprydnadsskål(飾りボウル)。ひとつの器に用途ごとの名を与えてきたこと自体が、北欧の暮らしのなかでボウルが担ってきた役割の豊かさを物語っています。

フィンランド語では、皿や浅鉢よりも深い鉢形の器をkulhoと呼び、カップを指すkuppiと区別してきました。砂糖のための器は、砂糖を意味するsokeriに接尾辞のついたsokerikkoと名づけられ、クリーム入れのkermakkoと対をなすものとして、コーヒーやティーの席のためにデザインされてきました。言葉の分かれ方をたどるだけでも、北欧の食卓にどれほど多様なボウルが並んでいたかが見えてきます。

北方民族博物館所蔵、葉をかたどったロールストランド製のサラダボウル。緑と茶のマヨリカにトカゲや昆虫の装飾
ストックホルムの北方民族博物館が所蔵する、ロールストランド製のサラダボウル(salladsskål)。葉をかたどった19世紀のマヨリカ。Nordiska museet / CC0

ボウルの「かたち」を読む——脚付き・リム・クープ

ボウルの姿は、いくつかの型の組み合わせとして読み解くことができます。かたちの違いは、そのまま器が担ってきた役割の違いでもありました。型を知っておくと、一見よく似たボウルのなかにも、作り手の意図が見えてきます。

脚付き(footed)とクープ型

底に高台状の脚を備えた脚付き(footed)の鉢は、内側の造形を少し高く掲げるように見せる、装飾的な形式です。卓上の中央に据える器として、古くから特別な役割を与えられてきました。反対に、縁の張り出しを持たず一続きの曲線で立ち上がるクープ型(coupe)は、静かで無駄のない輪郭を描きます。縁に框を張り出させたリム付きは、その縁が額縁のように内側の景色を縁取ります。

脚付きの装飾鉢の系譜をよく伝えているのが、グスタフスベリのアルジェンタ(Argenta)です。深い緑の釉に銀の線が走るこの器は、鑑賞のためにデザインされた造形の一例といえます。次章で、その背景をあらためて見ていきます。

グスタフスベリのアルジェンタ。深い緑釉の器に銀で草花が象嵌されている
グスタフスベリのアルジェンタ。緑釉に銀を象嵌した装飾。Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

深鉢・浅鉢・蓋物

深く立ち上がる深鉢、平らに開く浅鉢、そして蓋を伴う蓋物。この違いもまた、器の役割と結びついています。深鉢はサラダや果物のためにデザインされ、浅鉢は取り分けや飾りのために、蓋物は砂糖や保存のためにかたちを整えられてきました。素材の面では、なめらかな磁器、乳白色の錫釉ファイアンス(fajans)、粒立ったストーンウェア(炻器)、そして透明なガラスと、それぞれに異なる肌合いがあります。かたちと素材の組み合わせを見るだけでも、北欧のボウルの世界の広さが伝わってきます。

グスタフスベリのボウル

1946年のグスタフスベリ磁器工場の空撮。水辺に工場群が広がる
1946年のグスタフスベリ磁器工場。ストックホルム群島ヴェルムドー島の水辺に広がる。

グスタフスベリ(Gustavsberg)の陶磁器工場は、ストックホルム群島のヴェルムドー島にあります。この島の工房から、20世紀スウェーデンを代表するボウルの数々が生まれました。造形の系譜をたどると、まず1917年からアートディレクターを務めたヴィルヘルム・コーゲがおり、その後任として1949年に同職へ就いたスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg、1916–1982)が続きます。リンドベリは1937年に入社し、途中に中断を挟みながらも、1980年に工場を離れるまで装飾陶器から食器まで幅広い仕事を残しました。

コーゲのアルジェンタ

コーゲが1930年のストックホルム博覧会で発表したアルジェンタ(Argenta)は、緑釉のストーンウェアに銀を象嵌した装飾陶器です。壺やボウル、皿として制作され、その名はラテン語の銀(argentum)に由来します。深い緑の地に銀の線が走るさまは、装飾そのものを鑑賞するためにデザインされた造形であり、手仕事の緻密さがそのままかたちになっています。緑釉と銀という組み合わせは、その後のグスタフスベリの装飾陶器の一つの原点となりました。アルジェンタについては、アルジェンタとは|グスタフスベリの緑釉と銀彩が生んだ装飾陶器の名作でも詳しく紹介しています。

リンドベリの手描きファイアンス

グスタフスベリ・スタジオの陶製看板。手のかたちとGの文字がレリーフで表される
グスタフスベリ・スタジオを示す陶製の看板。手とGの文字が陶のレリーフで表される。Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

リンドベリは1940年代から、乳白色の錫釉ファイアンスに手描きの装飾を施した工房作品を手がけたことで知られます。すっと引かれた線と、にじむような色面が織りなす草花や生きものの意匠は、量産の食器とはまた違う、絵画のような自由さをたたえています。工房作品の裏面には、「スタジオハンド」と呼ばれる手のマークとともに、リンドベリのサインが記された例が知られています。

スティグ・リンドベリの手描きファイアンスの器。乳白色の地に青や黄、桃色の草花が描かれている
スティグ・リンドベリの手描きファイアンス。乳白色の地に、青や黄、桃色の草花を軽やかに描いた器。

リンドベリの代表柄として広く知られるベルサ(Berså)も、緑の葉を連ねた装飾で親しまれてきました。発表年は資料により1960年とも1961年とも記され、生産はおおむね1961年から1974年まで、2005年に再生産が始まったとされています。なお「ヴァルダーグ(Vardag)」は、しばしばリンドベリの作と誤って伝えられますが、実際にはカーリン・ビョルクイスト(Karin Björquist)がデザインした緑釉のストーンウェアの食器です。ビョルクイストは1950年に入社し、1994年まで在籍した作り手で、ヴァルダーグはその手になる約20の食器シリーズの一つでした。当店では、この帰属をあらためて確認したうえでご案内しています。

リサ・ラーソンのユニークピース

グスタフスベリで働いた頃のリサ・ラーソン。背後に陶のレリーフが掛かる
グスタフスベリの陶芸家リサ・ラーソン(Lisa Larson)。背後は初期の陶のレリーフ。

リサ・ラーソン(1931–2024)は、1954年にリンドベリに見いだされてグスタフスベリに迎えられ、1980年まで在籍しました。ラーソンの作品には、ストーンウェアにシャモット(砕いた焼成粘土)を混ぜたものが多く、粒立った素朴な質感が持ち味です。量産の器や小さな動物像で知られる一方、工房ではユニークピースも制作され、大ぶりのボウルや脚付きのボウルにも、ろくろと手びねりの痕跡が静かに残されています。

リサ・ラーソンのGスタジオのユニークピース、大型ボウル。窓辺に置かれ、シャモットの粒立った肌が見える
リサ・ラーソンのGスタジオのユニークピース、大型ボウル。窓辺に置かれた、シャモットの粒立った肌。

ユニークピースのボウルは、量産の器とは異なり、一台ごとに表情が違います。ろくろで挽かれた胴のわずかな揺らぎ、釉薬の溜まりや掠れ、手の跡が残る縁——それらはすべて、観賞のためにデザインされた造形として、北欧の手仕事の温度をそのまま伝えてくれます。ラーソンの歩みについては、リサ・ラーソン完全ガイドもあわせてご覧ください。

ARABIAのボウル

ヘルシンキのARABIA工場の建物。壁面に縦書きでARABIAの文字、上部に煉瓦の煙突
ヘルシンキ・トウコラのARABIA工場の建物。壁面に縦書きのARABIAの文字が残る。Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

ARABIAの歴史は、1873年にスウェーデンの窯Rörstrandの子会社として、ヘルシンキ北部のトウコラ(のちにアラビアと呼ばれる地区)に設けられた工場に始まります。当初は輸出市場を見据えた磁器やファイアンスの製造を担っていました。第一次世界大戦とフィンランド独立という激動を経て、1916年にRörstrandは株式を手放し、ARABIAはフィンランド資本の会社として歩み始めます。ボウルひとつをとっても、その背後には一世紀を超える窯の歩みが横たわっています。

パラティッシ

ARABIAのパラティッシのボウルを上から見たところ。青いパンジー、黄色い果実、葡萄が刷られている
ARABIAのパラティッシ(Paratiisi)のボウル。果実と花を刷った多色の絵柄。

装飾の豊かさで知られるのがパラティッシ(Paratiisi、楽園)です。1969年に発表され、「装飾家の王」とも称されたビルガー・カイピアイネンの手によるもので、果実や花々が画面いっぱいに広がります。パラティッシはARABIAの初期のシルクスクリーン印刷による装飾シリーズのひとつとされ、印刷による絵柄と器の色を組み合わせて変化をつける構想のもとにデザインされました。手描きの温かみとは異なる、緻密な印刷技法が生んだ豊穣な世界がここにあります。柄の詳しい変遷は、パラティッシ(Paratiisi)完全ガイドで紹介しています。

バレンシアとクロッカス

ARABIAのバレンシアのシュガーボウル。コバルトブルーの手描きの縞と点が入った脚付きの器
ARABIAのバレンシア(Valencia)のシュガーボウル。コバルトブルーの手描き。

印刷とは対照的に、職人の筆致そのものを写すのがバレンシア(Valencia、1960年、ウラ・プロコッペ)です。コバルトブルーの唐草と幾何学の縁取りは絵付師が一枚ずつ手描きしたもので、底面には絵付師のイニシャルや記号が見られることがあります。同じプロコッペのルスカ(Ruska)は、斑紋状の茶色釉をまとったストーンウェアで、フィンランド語で秋の紅葉(ruska)を意味するその名のとおり、釉調は一点ごとに表情を変えました。バレンシアの詳細はバレンシア(Valencia)完全ガイドでも取り上げています。

ARABIAのクロッカスのボウル。白地に黒い線描の草花文が巡る円筒形の器
ARABIAのクロッカス(Krokus)のボウル。線描の草花文が円筒形の胴を巡る。

エステリ・トムラのクロッカス(Krokus)は、白い素地に黒い線描で草花を巡らせたシリーズで、1970年代の製造とされています。器形をペッテル・ヴィンクヴィスト、装飾をインケリ・レイヴォが手がけたとされるキルシッカ(さくらんぼ文)も、同じ頃の植物モチーフの器として知られます。手描き、印刷、線描——ARABIAのボウルは、絵付けの技法の違いをそのまま器の表情に映してきました。

フリードルの米粒磁器

繊細さの極みとして触れておきたいのが、フリードル・ホルツァー=キェルベリ(Friedl Holzer-Kjellberg、1905–1993)の米粒磁器(riisiposliini)です。オーストリアに生まれ、1924年にARABIAに入った彼女は、素地に小さな透かし穴を彫り、そこを釉薬が満たして半透明の粒となる技法を長い年月をかけて磨き上げ、1942年に最初のコレクションを発表しました。光にかざすと、米粒のような光の抜けが浮かび上がる小鉢やボウルは、手仕事の密度そのものを鑑賞する器といえます。フリードルの歩みは、フリードル・ホルツァー=キェルベリ完全ガイドで詳しく紹介しています。

ロールストランドのボウル

かつてのリードヒェーピングの港。水辺に工場の建物と煙突、停泊する船が見える
かつてのリードヒェーピングの港。水辺に工場の建物と煙突が並ぶ。

スウェーデンのロールストランド(Rörstrand)は、1726年にストックホルムで始まった窯で、スウェーデンでもっとも古い窯とされています。創業当初は磁器製造の特権を持ちながらも、しばらくは錫釉の白いファイアンスが主に作られていました。18世紀のファイアンス製のパンチボウルやチュリーンには、東洋の青と白にならった端正な絵付けと、手仕事ならではの柔らかな質感が残されています。

窯はやがてストックホルムを離れ、のちにヴェーネルン湖畔のリードヒェーピングへと移り、その地の磁器工場と合併しました。20世紀には、マリアンヌ・ウェストマンの青い花柄「モナミ(Mon Amie、1952年)」、ヘルタ・ベングトソンが1950年代に手がけた高温焼成の「コカ(Koka)」、そしてシグネ・ペション=メリンの白磁に金彩を重ねた「プリムール(Primeur)」など、数々の名作のボウルやシュガーボウルが生まれました。プリムールの金彩仕様は「グルド(Guld=金)」や「バグダッド(Bagdad)」の名で呼ばれることがあり、手描きの磨き金による細線が白い器を引き締めます。りんごと葉を抽象化した「エデン(Eden、1960年頃)」も、この窯の装飾の豊かさを伝えるパターンです(デザイナーはシグリッド・リヒテルとする説が有力で、帰属には諸説があります)。

2005年末に、リードヒェーピングでの生産は終えられました。跡地はロールストランド美術館として、約1万8千点にのぼる資料とともにその歴史を伝えています。ブランドは現在フィスカース・グループのもとで受け継がれています。窯の歩みは、ロールストランド(Rorstrand)入門で詳しくたどっています。

北欧ガラスのボウル

1968年のイッタラのガラス工場の内部。溶けたガラスの光と職人たちが見える
1968年のイッタラのガラス工場。溶けたガラスの光のもとで職人が働く。

北欧のガラスのボウルは、透明な素材のなかに光と影を閉じ込める造形として発展してきました。その舞台となったのが、フィンランド南部のガラス村です。ヌータヤルヴィのガラス工場は1793年に設立され、フィンランドでもっとも古いガラス工場のひとつとされます。イッタラのガラス工場は1881年に始まり、当時のフィンランドには熟練した職人が乏しかったため、最初の職人たちはスウェーデンから招かれたと記録されています。手仕事の技術が国境を越えて根づいた土地の記憶が、これらのガラスには宿っています。

アアルトのうねる器

アルヴァ・アアルトのガラス器。波打つ有機的な輪郭を持つ透明なガラス
アルヴァ・アアルトのガラス器(アアルトベース)。波打つ有機的な輪郭。Photo: Wikimedia Commons / CC BY 4.0

フィンランドのガラスを象徴する造形が、アルヴァ・アアルトによる器です。1936年のカルフラ=イッタラのデザインコンペティションに、アアルトは波打つ有機的な輪郭の一連のデザインを出品し、翌1937年のパリ万国博覧会のフィンランド部門で披露されました。「サヴォイ」の名は、ヘルシンキのレストラン「サヴォイ」に由来します。この器は、木型に息を吹き込む口吹き成形(マウスブロウン)で作られてきました。背の高い花器から、フルーツのためにデザインされた低いボウル状の器まで、同じ曲線の家族として広く展開され、うねる縁が光を受けて表情を変えます。アアルトの生涯は、アルヴァ・アアルト完全ガイドで紹介しています。

カステヘルミのしずく

琥珀色のカステヘルミのボウルとクリーマー。表面に細かな露のような粒が並ぶ
琥珀色のカステヘルミ。露のしずくのような粒が器面を巡る。Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

しずくの装飾で親しまれるのが、オイバ・トイッカが1964年にデザインしたカステヘルミ(Kastehelmi)です。フィンランド語で「露のしずく」を意味するこのシリーズは、器面を巡る細かな粒の輪を特徴とします。トイッカは、プレスガラスの成形時に残る接合の痕跡を目立たなくする工夫として、ガラスの粒を装飾へと転じる着想を得たと伝えられています。ヌータヤルヴィで生まれたこの造形は1988年まで製造され、のちに復刻されました。ボウルの縁をぐるりと巡る露の連なりは、朝の光を思わせる観賞のための意匠です。詳しくはカステヘルミとは|オイバ・トイッカが生んだ朝露のプレスガラスをご覧ください。

トイッカのファウナとホグランの気泡

オイバ・トイッカのファウナ。青いプレスガラスの器で、表面に細かなレリーフ模様が広がる
オイバ・トイッカのファウナ(Fauna)。ヌータヤルヴィの青いプレスガラスの器。

同じトイッカの手による青いガラスの器がファウナ(Fauna)です。表面いっぱいに広がる細かなレリーフは、動植物の気配を封じ込めたような密度をたたえています。ファウナはヌータヤルヴィのガラスシリーズであり、陶製のARABIAシリーズとは系譜を異にする点を添えておきます。一方、スウェーデンのガラスに目を移すと、エリック・ホグラン(Erik Höglund)の気泡ガラスが独自の存在感を放ちます。1932年にカールスクルーナに生まれたホグランは、21歳の1953年にボダ(のちのコスタ・ボダ)に加わり、その後およそ20年にわたって同社を代表するデザイナーとなりました。当時のガラス工芸で避けられがちだった気泡を、むしろ表情として取り込んだところに、彼の視点の新しさがありました。北欧のガラスのボウルは、こうして素材そのものの美しさを見つめる器として結晶していったのです。

ボウルを飾る——観賞のための一台

リサ・ラーソンの脚付きボウル。高さ30.5cm、渦を巻く茶色の釉の装飾をまとったストーンウェア
リサ・ラーソンの脚付きボウル(高さ30.5cm)。渦を巻く釉の装飾をまとったストーンウェア。

北欧のヴィンテージボウルは、飾る器としても静かな存在感を放ちます。とりわけ脚を持つ一台は、卓上の中央に据える装飾器としてデザインされてきました。棚や台の中央にひとつ置くだけで、そこに視線の中心が生まれます。まわりをあえて空けておくと、器の輪郭や高さがいっそう際立ちます。北欧の造形が大切にしてきた余白は、飾る場面でこそ生きてきます。この考え方は、北欧食器の価値とは|余白を楽しむ暮らしとインテリアでも掘り下げています。

ボウルを飾る愉しみの多くは、色と釉薬に宿ります。光の角度でわずかに表情を変える釉調、縁に溜まった色の濃淡、絵付けの筆が残したかすかな揺らぎ——手仕事の痕跡は、近くで眺めるほどに見えてきます。ファイアンスの柔らかな乳白色、炻器の落ち着いたマットな肌合い、そして透明なガラスの澄んだ光は、それぞれに異なる眺めをもたらします。ファイアンスという素材については、ファイアンスとは?意味・歴史と錫釉陶器の世界もあわせてどうぞ。

複数を組み合わせて集める飾り方も、北欧のボウルとよく響き合います。大きさや高さの違うものを寄せると、単体では気づかない造形の対話が生まれます。同じ窯の色調でそろえれば静かにまとまり、異なる作家のものを並べれば、それぞれの手の個性が浮かび上がります。かつて卓上の景色をつくるためにデザインされた一台一台が、いまは眺めるための小さな風景として、日本の住まいのなかに置かれています。

まとめ

要点の整理

  • スウェーデン語のskål(スコール)は「ボウル・鉢」を指す名詞であり、乾杯の言葉でもある。器の名がそのまま挨拶になっている
  • ボウルは用途で名を分け(サービング・サラダ・シュガー・飾り)、かたちも脚付き・リム・クープ、深鉢・浅鉢・蓋物と読み解ける
  • グスタフスベリはコーゲのアルジェンタ、リンドベリの手描きファイアンス、リサ・ラーソンのユニークピースと、装飾の系譜が豊か
  • ARABIAは印刷のパラティッシ、手描きのバレンシア、線描のクロッカス、そしてフリードルの米粒磁器と、絵付けの技法が表情を分ける
  • ロールストランドの18世紀のファイアンスから、イッタラやヌータヤルヴィ、コスタ・ボダのガラスまで、ボウルは素材ごとに異なる光を宿す

ボウルは、北欧ヴィンテージ食器のなかでは控えめな器かもしれません。けれども、その一台には、skålという言葉の歴史も、用途ごとに名を与えてきた暮らしの細やかさも、脚付きの装飾器が卓上に生んだ視線の中心も、すべてが静かに畳み込まれています。手のひらに包める一つの鉢を通して、ヴェルムドー島の窯や、ヘルシンキの赤い煉瓦、リードヒェーピングの湖畔、フィンランドのガラス村へと、思いを巡らせていただけたなら幸いです。

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