カステヘルミとは|オイバ・トイッカが生んだ朝露のプレスガラス
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この記事の要点
- 「カステヘルミ(Kastehelmi)」は1964年にオイバ・トイッカがデザインしたプレスガラスのシリーズ
- 名前はフィンランド語で「朝露の粒」を意味し、放射状に並ぶ無数のガラスの粒が特徴
- プレスガラス製法で型に残る継ぎ目を覆い隠すための装飾として生まれた、技術的発明から生まれたデザイン
- 1964年から1988年までヌータヤルヴィで生産され、その後一度製造中止に
- 2010年、イッタラから公式に復刻され、現在も同ブランドの定番コレクションとして展開されている
目次
- カステヘルミとは——「朝露の粒」を意味するガラス
- オイバ・トイッカ——遊び心とプレスガラスの巨匠
- 「金型の継ぎ目」をデザインに変えた発想
- 1964年からの歩み
- ラインナップとサイズ展開
- 色のバリエーション
- ヴィンテージと復刻版の見分け方
- カステヘルミと日本
- カステヘルミに出会える場所
カステヘルミとは——「朝露の粒」を意味するガラス
「カステヘルミ(Kastehelmi)」は、フィンランド語で「朝露の粒」を意味します。kaste が「露」、helmi が「真珠」や「粒」を表す言葉で、二つを合わせて「朝露の真珠」と訳されることもあります。
1964年、フィンランドのガラスデザイナー、オイバ・トイッカがヌータヤルヴィのガラス工房のためにデザインしたこのシリーズは、プレートやボウルの中心から放射状に広がる無数のガラスの粒が特徴です。一見すると単純な装飾に見えるこの粒は、しかし、プレスガラスという製法が抱える技術的な課題を解決するための、極めて知的な発想から生まれたものでした。
オイバ・トイッカ——遊び心とプレスガラスの巨匠
カステヘルミの作者、オイバ・トイッカ(Oiva Toikka、1931年5月29日〜2019年4月25日)は、20世紀後半のフィンランドガラスデザインを代表する一人です。同時代のタピオ・ヴィルカラやティモ・サルパネヴァが「素材の本質を引き出す静謐なミニマリズム」を追求したのに対し、トイッカは色彩、遊び心、装飾性に満ちた独自の世界を築きました。世界中の収集家に愛されている「バーズ・バイ・トイッカ(Birds by Toikka)」シリーズの作者でもあります。
ヴィープリに生まれて
トイッカは1931年、フィンランド南東部の港町ヴィープリ(Viipuri、現ロシア領ヴィボルグ)に生まれました。冬戦争と継続戦争を経てヴィープリはソ連に割譲され、一家は故郷を離れて移住を余儀なくされます。失われた故郷の記憶と、北欧の自然の色彩への愛着は、後のトイッカの作品に通底する原風景となります。
Photo: Wikimedia Commons / Helios Oy / CC BY-SA 4.0
ヘルシンキの中央工芸学校(現アールト大学芸術デザイン建築学部)で陶芸を学んだトイッカは、1956年に最初の卒業を迎えてアラビアの陶芸スタジオに参加。1959年にアラビアを離れ、ヘルシンキのアテネウム美術学校で美術教育を学び直しました。後年にはスウェーデンのシルビア・レウショヴィウスが在籍したロールストランドにも関わり、シリーズ「Cobolti」「Granit」などを残しています。
ヌータヤルヴィでの半世紀
1963年、トイッカはカイ・フランクの招きでヌータヤルヴィのガラス工房に移籍します。陶芸からガラスへ——素材を変える大きな決断でしたが、トイッカはわずか1年後、1964年に最初の代表作となるカステヘルミを発表することになります。
トイッカの詳しい生涯と作品についてはオイバ・トイッカ完全ガイドで深く紹介しています。
「金型の継ぎ目」をデザインに変えた発想
プレスガラス製法と継ぎ目の問題
カステヘルミは「プレスガラス(pressed glass)」と呼ばれる製法で作られます。溶融ガラスを金型に流し込み、上から重りで押さえて成形する技法で、吹きガラスに比べて短時間で量産が可能です。量産可能なガラスシリーズとして展開するうえで、合理的な選択でした。
しかしプレスガラスには宿命的な弱点がありました。複数のパーツに分かれた金型の合わせ目に、どうしても細い継ぎ目(モールドライン)が残ってしまうのです。透明なガラスの上では、この継ぎ目が目立ち、せっかくの清涼感を損ねていました。
継ぎ目を「朝露」に置き換える
トイッカが選んだ解決策は、継ぎ目を「隠す」のではなく、「装飾の一部に変える」ことでした。継ぎ目の上に、放射状に並ぶ小さな粒を配置する。粒は中心から外側に向かって少しずつ大きくなり、まるで草葉の上で太陽の光を受けて輝く朝露の連なりを思わせました。
結果として、技術的な制約から生まれたはずのモチーフが、シリーズ全体のアイデンティティになりました。光を受けたカステヘルミの粒は、屈折と反射を繰り返してきらめき、棚や窓辺に置いたときに小さな星空のような表情を見せます。「制約から生まれた美」という意味で、20世紀フィンランドデザイン史を象徴するエピソードのひとつといえます。
1964年からの歩み
ヌータヤルヴィでの誕生
1964年、トイッカはカステヘルミをヌータヤルヴィのガラス工房で発表しました。プレート型、ボウル型、グラス型、キャンドルホルダーなど、複数のアイテムが展開され、フィンランドの家庭空間に広まっていきます。
黄金期と1973年のブラウン追加
1960年代後半から1970年代にかけて、カステヘルミは北欧モダンを代表するプレスガラスシリーズの一つとして定着しました。1973年にはブラウンが新色として加わり、土の色合いを好んだ70年代の空気にも溶け込みました。
同じ時期、ヌータヤルヴィの工房ではカイ・フランクのカルティオや、トイッカ自身の「フローラ」「ピオニ」など、プレスガラスの名作が次々に発表されています。カステヘルミは、その潮流の中心にありました。
1988年の生産終了
1988年、ヌータヤルヴィのガラス工房はイッタラと同じグループ傘下に統合されました。同じ頃、カステヘルミの量産はいったん終了します。プレスガラスの需要そのものが下火になり、生産ラインが整理された結果でした。
しかし、市場から姿を消したカステヘルミは、その後20年以上にわたり、北欧ヴィンテージガラスのコレクター市場で静かに評価を高めました。ターコイズ系、グリーン系、ブラウン、グレーなど、60〜70年代の深みのある色合いは、現在では入手の難しい人気の対象となっています。
2010年——イッタラからの復活
2010年、カステヘルミはイッタラから公式に復刻されました。1964年の原型を受け継ぎながら、復刻初期にはクリアやアップルグリーンなどの色が展開され、その後もピンク、ライトブルー、リネン、シーブルー、ローズなど、現代のインテリアに合わせた色が加わっていきました。現在もイッタラの定番コレクションとして展開されており、1964年の原型を変えることなく、現代の暮らしやインテリアの中にも受け継がれている数少ない北欧プレスガラスの一つです。
ラインナップとサイズ展開
プレート
プレート型のアイテムは、ヴィンテージ期から復刻版まで、複数のサイズで展開されてきました。イッタラの復刻版では、17cm、24.8cm、31.5cmなど複数のサイズが展開されてきました。ヌータヤルヴィ期にはこれに加えて14cm前後の小型プレートも生産されていました。中心から外側に向かって粒が大きくなり、縁に近づくほど粒の間隔が広がる構成は、サイズや時代に関わらず一貫しています。
ボウル
ボウル型のアイテムは、小ぶりなサイズから大きめのサイズまで複数展開されました。蓋付きのジャー型も人気で、復刻版では「リネン」「シーブルー」など淡い色合いのバリエーションが揃っています。
グラス型アイテム
カステヘルミのグラス型アイテムは、丈の低いタンブラー型と、脚付きのフットグラス型の2系統で展開されていました。同じ粒の装飾でも、形の違いによって印象が大きく変わります。時期によっては、脚付きグラス型なども展開されています。
キャンドルホルダーとジャー
復刻版で特に人気が高いのが、キャンドルホルダー型のアイテムです。粒のテクスチャーが内側からの光を屈折させ、周囲に光のドットを散らします。冬が長く、ろうそくの光が生活に取り入れられる北欧の習慣と、カステヘルミのデザインが調和しています。
フラワーベース
フラワーベースはヴィンテージ期に作られたサイズと、復刻版で新たに加わったサイズがあります。透明ガラス越しに粒のテクスチャーが屈折し、活けた花の茎が揺らめいて見えるのも、カステヘルミの花器ならではの表情です。
色のバリエーション
1964〜80年代の色
1960年代から80年代のヌータヤルヴィ期には、クリア、ターコイズ、グリーン系、グレー、ブラウンなど、複数の色が展開されました。資料や市場表記によって色名には揺れがあり、ブルー、ライトグリーン、ダークグリーン、レッドなどとして紹介される個体もあります。ヴィンテージ期の色は、復刻以降の明るく淡い色調とは異なる、深みのある発色が魅力です。
復刻以降の色
復刻初期にはクリアやアップルグリーンなどの色が展開され、その後もピンク、ライトブルー、リネン、シーブルー、ローズ、ダークグレー、カネルヴァ(ヘザー)、サーモンピンクなど、現代のインテリアと調和する淡い色や、季節限定の特別色が加わってきました。1964年当時の深いターコイズや琥珀色のブラウンとは色味が異なり、ヴィンテージ期と復刻以降では、色名や発色の傾向に違いが見られます。ただし、色だけで年代を断定するのではなく、サイズ、シール、底面の表記、ガラスの厚みなどとあわせて確認する必要があります。
ヴィンテージと復刻版の見分け方
カステヘルミのヴィンテージと現行品を見分けるポイントはいくつかあります。
- シール:ヌータヤルヴィ期の製品には、円形の「Nuutajärvi Notsjö」シール、または「i・ittala」シールが貼られていました。ただしシールは時間とともに剥がれることが多く、シールが残っていなくてもヌータヤルヴィ製であることはあります。
- 底面の刻印:ヴィンテージ期のプレスガラスには明確な刻印が入っていない個体が多く、シールで判別する設計でした。復刻版以降の個体では、底面に「iittala」のエンボスが見られる場合があります。
- 色:深いターコイズ、ブラウン、グレー、グリーン系などはヴィンテージ期によく見られる色です。一方、アップルグリーン、リネン、シーブルーなどは復刻以降の色として知られます。ただし色名や発色は資料・販売国・時期によって表記が異なるため、色だけで年代を断定せず、サイズ、シール、刻印、ガラスの厚みなどとあわせて確認する必要があります。
- ガラスの厚み:ヌータヤルヴィ期のプレスガラスは、復刻版に比べてやや厚みのある個体が多く、手に持ったときの重みも異なります。
- 粒の表情:金型の型は世代によって少しずつ作り直されており、注意深く見ると粒の大きさや並びにわずかな違いがあります。
イッタラ全般の真贋・年代の手がかりについては、当店のイッタラに「偽物」はある?と北欧食器のバックスタンプ総合ガイドもあわせてご参照ください。
カステヘルミと日本
オイバ・トイッカは日本のデザイン界とも長く関わりを持ったデザイナーです。2005年、東京・銀座の松屋デザインギャラリーで日本デザインコミッティーの企画により「iittala Birds Small miracles——オイバ・トイッカ バードコレクション展」が開催され、約30点のガラスの鳥が紹介されました。「バーズ・バイ・トイッカ」とともに、カステヘルミも、日本の北欧ヴィンテージ市場でよく知られるシリーズの一つです。
粒のテクスチャーが光を散らす表情は、日本の陶磁器に見られる貫入や釉だれがつくる景色とも、どこか通じる繊細さを持っています。北欧インテリアにも日本の住空間にもなじむガラス作品として親しまれてきました。
カステヘルミに出会える場所
フィンランドを訪れる機会があれば、ヌータヤルヴィのガラス村(ウルヤラ自治体)とイッタラ村(ハメーンリンナ近郊)の二つを訪ねてみてください。前者はカステヘルミが生まれた場所で、2014年に工業生産は終了したものの、現在もガラス職人の協同組合「Lasikomppania」が手吹きガラスの制作を続けています。後者は1881年創業のイッタラの本拠地で、イッタラの歴史を伝えるミュージアムやガラス工場があります。実際に見学できる範囲や展示内容は時期によって変わるため、訪問前に公式情報をご確認ください。
ヘルシンキのDesign Museum Finlandなど、フィンランドデザインを扱う美術館・博物館では、トイッカやヌータヤルヴィ、イッタラの作品が紹介されることがあります。展示内容は時期によって変わるため、訪問前に公式情報を確認するのがおすすめです。
まとめ
カステヘルミは、プレスガラスという量産技術が抱えた小さな課題——金型の継ぎ目——を「朝露の粒」という詩的な装飾に置き換えた、フィンランドデザインらしい知性と遊び心の結晶です。
1964年から1988年までヌータヤルヴィで生産された原型、20年以上の沈黙、そして2010年からのイッタラによる復刻——半世紀以上にわたる物語のなかで、トイッカが描いた粒は変わることなく光を散らし続けています。色や時代を超えて受け継がれてきたこのシリーズは、北欧プレスガラスの代表作として、今後も多くの人々に親しまれることでしょう。
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