グスタフスベリ ファイアンスの花瓶

ファイアンスとは?意味・歴史と錫釉陶器の世界|グスタフスベリの代表作を解説

この記事の要点

  • ファイアンス(faience)とは錫釉を施した陶器のこと。赤い素地の上に白い錫釉を掛け、その上に手描きで装飾を施す伝統的な技法
  • グスタフスベリでは1942年の展覧会「春に染まるファイアンス展」を起点に、ヴィルヘルム・コーゲとスティグ・リンドベリがファイアンスの芸術的可能性を開花させた
  • リンドベリのファイアンス工房では約40人のペインターが在籍し、各ペインターが独自のサインを作品に残した
  • 裏面のスタジオハンド(茶・青・赤・黒・黄の5色が存在)やパターン番号から、作品の来歴を読み解くことができる
  • 2026年3月20日〜5月10日、滋賀県立陶芸の森でリンドベリのファイアンスを間近に見られる展覧会が開催中

目次

  1. ファイアンスとは——錫釉が生む白いキャンバス
  2. グスタフスベリとファイアンスの出会い
    1. ヴィルヘルム・コーゲの先駆
    2. 1942年「春に染まるファイアンス展」
  3. スティグ・リンドベリのファイアンスの世界
    1. 技法——赤い土に白い釉、そして花
    2. 花と色の爆発——1940年代の作品群
    3. 40人のペインターたち
  4. スタジオハンドの見分け方
  5. いま、信楽でリンドベリに会える
  6. まとめ

ファイアンスとは——錫釉が生む白いキャンバス

ファイアンス(faience)とは、錫釉(すずゆう)を施した陶器の総称です。焼き締められた赤褐色の素地に、酸化錫を含む白い不透明釉を掛けることで、滑らかな白い表面が生まれます。この白い地肌が、ペインターにとっての「キャンバス」となりました。

その起源は古代エジプトやメソポタミアにまで遡りますが、ヨーロッパで大きく花開いたのはルネサンス期のイタリアでした。イタリアではマヨリカ焼きの名で知られ、聖書の場面や神話を色鮮やかに描いた大皿が貴族の食卓を彩っていました。この技法がフランスに伝わるとファイアンスと呼ばれるようになり、やがてオランダのデルフトへ、さらに北欧へと渡っていきます。

陶芸の世界では、素材によって大きく4つに分類されます。低温で焼く陶器(earthenware)、高温で焼き締める炻器(stoneware)、さらに高温で透光性を持つ磁器(porcelain)、そしてファイアンスは陶器の一種ですが、錫釉による白い不透明な表面という独自の特徴を持ちます。磁器が素地そのものが白いのに対し、ファイアンスは赤い素地を白い釉薬で覆い隠す——いわば「化粧」をした陶器です。この釉薬の質感が、磁器とは異なる温かみのある白を生み出します。

北欧におけるファイアンスの歴史は17世紀に始まります。スウェーデンでは1726年創業のロールストランドが国内初の窯として、そして1825年創業のグスタフスベリがスウェーデンで2番目に古い窯として、それぞれファイアンスの生産を行っていました。しかし、19世紀半ば以降は磁器や炻器が主流となり、ファイアンスは一時忘れられた技法となっていきます。

この眠れる技法を20世紀に鮮やかに蘇らせたのが、グスタフスベリの2人の巨匠でした。

グスタフスベリとファイアンスの出会い

1930年ストックホルム博覧会のグスタフスベリ
1930年ストックホルム博覧会でのグスタフスベリ展示

1825年にストックホルム群島のヴェルムド島で創業したグスタフスベリは、スウェーデンで2番目に古い陶磁器メーカーです。19世紀には日用食器を中心に生産を行っていましたが、20世紀に入ると芸術的な方向へ大きく舵を切ります。その転換の立役者が、1917年にアートディレクターとして着任したヴィルヘルム・コーゲでした。

ヴィルヘルム・コーゲの先駆

ヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge, 1889-1960)
グスタフスベリ工場でのヴィルヘルム・コーゲ、1938年(Photo: Victor Malmström / Tekniska museet, Public Domain)
グスタフスベリ磁器博物館の外観
グスタフスベリ磁器博物館の外観。コーゲやリンドベリの作品を収めた展示施設(Photo: Holger.Ellgaard, CC BY-SA 4.0)

コーゲ(Wilhelm Kage, 1889-1960)は、もともと画家としてアンリ・マティスに師事した経歴を持つ芸術家でした。グスタフスベリに着任した彼は、量産品のデザイン改革と並行して、自らの手で一品制作の芸術陶器を生み出すスタジオワークにも情熱を注ぎました。

1930年代、コーゲはファイアンスの技法に目を向けます。アルジェンタ(Argenta)シリーズに代表される緑釉の銀装飾陶器で国際的な名声を得ていた彼は、さらに古典的なファイアンスの手描き装飾に新たな可能性を見出しました。赤い素地に白い錫釉を掛け、その上に自由な筆致で絵を描く——コーゲにとって、それは画家としての原点に回帰する行為でもあったと考えられます。

コーゲのファイアンス作品は、力強い線描と大胆な色面構成が特徴です。裏面にはスタジオハンドマーク(手のひら+G)が押され、これがグスタフスベリ・スタジオで制作された一点物であることを示しています。

1942年「春に染まるファイアンス展」

グスタフスベリ ファイアンスのコレクション
リンドベリのファイアンス作品群
ストックホルムのNKデパート(Nordiska Kompaniet)外観
ストックホルム、ハムンガータン通りに面するNKデパート(Nordiska Kompaniet)。1942年の「春に染まるファイアンス展」はここで開催された(Photo: Karl-Erik Granath / Nordiska museet, CC BY-SA 4.0)

1942年、第二次世界大戦のさなか、グスタフスベリはストックホルムのNKデパートで「春に染まるファイアンス展(Vårfajans)」を開催しました。コーゲと、その年にグスタフスベリに入社したばかりの若きリンドベリによる2人展です。

戦時下のスウェーデンは、中立国とはいえ物資の制限と暗い空気に包まれていました。そのなかで、花咲く色彩に満ちたファイアンスの展示は人々の目を引きつけました。とりわけ27歳のリンドベリが描いた自由奔放な植物文様は、コーゲの構築的な作風と好対照をなし、来場者の心に鮮やかな印象を残したと伝えられています。

この展覧会はリンドベリのデビューを飾る重要な機会となりました。リンドベリはこの年、グスタフスベリのスタジオに招かれたばかりでしたが、すでにファイアンスの装飾において独自の世界を確立しつつあったのです。

スティグ・リンドベリのファイアンスの世界

グスタフスベリ・スタジオの入り口に展示されたリンドベリの陶芸作品
グスタフスベリ・スタジオの入り口に展示されたリンドベリの陶芸作品(Photo: Holger Ellgaard, CC BY-SA 3.0)

スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg, 1916-1982)は、1942年にグスタフスベリに入社し、1949年にコーゲの後任としてアートディレクターに就任しました。リンドベリといえば、ベルサ(1961年発表)に代表される量産食器のデザインで広く知られていますが、彼の芸術家としての出発点はファイアンスの手描き装飾にありました。

1951年・1954年のミラノ・トリエンナーレで連続グランプリを受賞したリンドベリですが、その評価の中核にあったのは、量産品のデザイン力だけでなく、ファイアンスに代表される一品制作の芸術性でした。

技法——赤い土に白い釉、そして花

白地に青い花を手描きしたファイアンスの蓋付きピッチャー
白地に手描きされた青い花文様の蓋付きピッチャー。筆の運びが一つひとつ異なる

リンドベリのファイアンス制作は、以下の工程で行われていました。

まず、鉄分を含む赤土(レッドクレイ)で器の形を成形します。これをおよそ1,000度前後で素焼きし、多孔質のビスクイット(素焼き素地)を得ます。次に、酸化錫を主成分とする白い錫釉をたっぷりと掛けます。この錫釉が乾燥すると、表面にはマットで吸水性のある白い層が残ります。

ペインターたちはこの白い表面に、金属酸化物を含む顔料で装飾を描いていきました。コバルトの青、銅の緑、鉄の茶、マンガンの紫——限られたパレットのなかで、驚くほど多彩な表現が生まれました。乾いた釉薬の表面は水彩紙のように顔料を吸い込むため、描き直しがきかない一発勝負の筆運びが求められました。

装飾を終えた器は再び窯に入れられ、今度はやや高い温度で本焼きされます。焼成によって錫釉はガラス質に変化し、描かれた絵柄は釉薬の中に封じ込められます。この「釉下彩」の技法により、文様が摩耗で消えることはありません。

花と色の爆発——1940年代の作品群

女性像と花が手描きされたピンク色のファイアンス花瓶
女性像と花々が描かれたファイアンス。リンドベリ特有の軽やかな筆致が見られる

1940年代のリンドベリのファイアンスを一言で表すなら、「花と色の爆発」でしょう。戦時中の暗い時代にあって、彼が描いたのは圧倒的に明るい世界でした。

スティグ・リンドベリ Gスタジオ 有機的な草花文様の角型ファイアンス飾り皿
当店取扱品のファイアンス飾り皿。有機的な葉の文様が器の表面を覆う

植物——花、葉、蔓、果実——がリンドベリのファイアンスの主要なモチーフです。しかし、それは植物図鑑のように正確に描かれたものではありません。自由な想像力で変形され、簡略化され、ときに器の形に合わせて伸びやかに展開される有機的なパターンでした。リンドベリの筆は、植物の「姿」よりも「生命力」を捉えようとしていたと考えられます。

希少 1950年代 グスタフスベリ Gスタジオ ファイアンス焼きの飾り皿
当店取扱品のファイアンス飾り皿。リンドベリの多彩なモチーフが描かれている

花や葉のほかにも、人物、動物、幾何学的パターン、さらには文字を組み込んだデザインなど、リンドベリのファイアンスは驚くほど多様です。花瓶、鉢、皿、トレイなど、形状もさまざま。有機的な曲線を持つ花瓶は、まるで器自体が植物であるかのような印象を与えます。

グスタフスベリ ファイアンス焼きのプレート 19cm
ファイアンス焼きのプレート。錫釉の白地に手描きの花文様が映える

形の自由さもリンドベリのファイアンスの特徴です。円形や楕円形にとどまらず、三角形、船形、葉形など、型にはまらない造形が数多く見られます。器の形そのものがデザインの一部であり、装飾と造形が分かちがたく一体化していました。

40人のペインターたち

ファイアンス裏面。星形のペインターサインとパターン番号F/10·24
ファイアンスの裏面。上から星形のペインターサイン、「SWEDEN」、パターン番号「F/10·24」、そして青いスタジオハンド

リンドベリのファイアンス工房の大きな特徴は、そこに約40人ものペインター(デコラトリス)が在籍していたことです。リンドベリ自身がデザインの方向性を定め、パターンの原画を描きますが、量産されるファイアンスの絵付けは各ペインターに委ねられていました。

各ペインターは、作品の裏面に自分だけの「サイン」を残しました。あるペインターは小さな傘を、別のペインターは魚を、またあるペインターはチューリップや星を描きました。これらの個人サインは、どのペインターがその器の装飾を担当したかを特定する手がかりとなっています。コレクターの間では、特定のペインターの作品を集める楽しみも生まれています。

ファイアンス裏面。傘形のペインターサインと青いスタジオハンド
別のファイアンスの裏面。青いスタジオハンドと「SWEDEN」、モデル番号「75」、そして赤い傘形のペインター固有サイン
グスタフスベリ ファイアンス 飾り皿の裏面 ペインターサインと番号
当店取扱品の飾り皿の裏面。Gスタジオマークのほかに、ペインター固有のサインと番号が手描きで記されている

ファイアンスの裏面には、ペインターの個人サインのほかにも、体系的な番号が記されています。たとえば「F/10」は花柄(Flower)パターンの10番、「142」はモデル(器の形状)番号を意味します。色番号が付されている場合もあり、同じ器形・同じパターンでも、色違いのバリエーションが存在しました。

手描きである以上、まったく同じ作品は2つとありません。リンドベリの定めたデザインの枠組みの中で、各ペインターが自らの感性と技術で筆を運んだ——この「統一性の中の個性」が、ファイアンスの大きな魅力です。

スタジオハンドの見分け方

グスタフスベリ ファイアンス ピッチャーの裏面 スタジオハンド
当店取扱品のファイアンス ピッチャー裏面。青い「スタジオハンド」(手のひら+G)と「SWEDEN」「R/82.93」の刻印が見える

グスタフスベリのファイアンスを手に取ったとき、最初に確認したいのが裏面の「スタジオハンド」マークです。これは手のひらの形をしたスタンプで、その作品がどの工房で制作されたかを示す重要な印です。

スタジオハンドは1942年にコーゲが考案した、グスタフスベリ・スタジオの工房マークです。「G」の文字と手のひらを組み合わせたデザインで、その作品がスタジオで手作りされた一点物であることを示します。

スタジオハンドには茶・青・赤・黒・黄の5色が存在しました。初期にはコーゲが主に茶色と青、リンドベリが主に青を使いましたが、時代が進むにつれて色の使い分けは厳密ではなくなりました。

グスタフスベリ ファイアンス スプーンレストの裏面 スタジオハンドと番号
当店取扱品のファイアンス スプーンレスト裏面。青いスタジオハンドとパターン番号「F.05」が確認できる

裏面にはスタジオハンド以外にも、以下の情報が記されています。

  • 「Gustavsberg」の刻印またはスタンプ——メーカー名
  • 「Stig L」の手書きサイン——リンドベリ自身がデザインした(あるいは直接描いた)作品に見られる
  • パターン番号——たとえば「F/10」は花柄パターンの10番。文字はモチーフの種類を表す
  • モデル番号——器形(花瓶、皿、鉢など)に割り当てられた3桁の数字
  • ペインターの個人サイン——傘、魚、チューリップ、星などの小さな記号

これらの情報を読み解くことで、その作品がいつ頃、どの工房で、誰のデザインにもとづき、どのペインターの手で描かれたかを推測することができます。裏面のマークは、ファイアンスを集める楽しみの一つです。バックスタンプの読み方についてさらに詳しく知りたい方は、北欧食器のバックスタンプ総合ガイドもあわせてご覧ください。

いま、信楽でリンドベリに会える

リンドベリ展の展示風景
ファイアンス作品の展示風景

この記事をお読みの方に、ぜひお伝えしたい展覧会があります。

2026年3月20日から5月10日まで、滋賀県立陶芸の森(滋賀県甲賀市信楽町)で「スティグ・リンドベリ展」が開催されています。スウェーデン国立美術館やグスタフスベリ磁器博物館の所蔵品を中心に、リンドベリの創作の全貌に迫る大規模な展覧会です。

全9章で構成される展示のうち、第3章「ファイアンス」がまさにこの記事のテーマに直結します。錫釉の白地に描かれた花や葉の装飾を間近で見ることができる貴重な機会です。印刷物やスクリーン越しでは伝わらない、釉薬の質感や筆跡の立体感を、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

さらに注目すべきは、第9章「スティグ・リンドベリと日本」です。リンドベリが日本の陶芸や文化からどのような影響を受けたのか、あるいは日本のデザイナーに与えた影響はどのようなものだったのか——日本に暮らすわたしたちにとって、特別な意味を持つ章です。

当店は滋賀県蒲生郡竜王町に拠点を置いています。陶芸の森までは車で約40分。北欧ヴィンテージ食器を専門に扱う店として、この展覧会を心からおすすめします。

同時代の巨匠たち——グスタフスベリのスタジオ

1954年のベルント・フリーベリ
1954年のベルント・フリーベリ。グスタフスベリのスタジオで制作する姿

リンドベリがファイアンスで花と色の世界を展開していた同じ時期、グスタフスベリのスタジオにはもうひとりの巨匠がいました。ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg, 1899-1981)です。フリーベリは1944年にスタジオ内に自らの工房を開設し、東洋の陶芸——とりわけ中国の宋代青磁——に影響を受けた、静謐な炻器を追求しました。

リンドベリのファイアンスが「色と文様の饗宴」だとすれば、フリーベリの炻器は「釉薬と形の瞑想」でした。ひとつの工場のなかに、これほど対照的な芸術世界が共存していたこと自体が、グスタフスベリという窯の器の大きさを物語っています。

まとめ

グスタフスベリのファイアンス——花咲く錫釉陶器の世界

  • ファイアンスとは: 錫釉を施した陶器。赤い素地を白い釉薬で覆い、その上に手描き装飾を施す伝統技法
  • グスタフスベリでの展開: 1942年の「春に染まるファイアンス展」を起点に、コーゲとリンドベリが芸術的ファイアンスを確立
  • リンドベリの技法: 赤土の素焼き→錫釉掛け→手描き装飾→本焼き。描き直しのきかない一発勝負の筆運び
  • ペインター: 約40人が在籍し、傘・魚・チューリップ・星などの個人サインを作品に残した
  • スタジオハンド: 1942年にコーゲが考案。茶・青・赤・黒・黄の5色が存在した
  • 裏面の読み方: パターン番号(F/10等)、モデル番号(3桁数字)、ペインターサインで来歴が読み解ける
  • いま見られる場所: 滋賀県立陶芸の森「スティグ・リンドベリ展」(2026年3月20日〜5月10日)

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