ヴィルヘルム・コーゲ完全ガイド|グスタフスベリを築いた巨匠の生涯・代表作・見どころ

ヴィルヘルム・コーゲ完全ガイド|グスタフスベリを築いた巨匠の生涯・代表作・見どころ

この記事の要点

  • ヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge, 1889–1960)は、グスタフスベリを32年間率いたアートディレクター
  • 画家出身ながら陶芸未経験でグスタフスベリに招聘され、「美しい日用品(Vackrare Vardagsvara)」の理念を体現した
  • 銀象嵌のアルジェンタ、一点物のファルスタなど、量産品から芸術作品まで約30種類のシリーズを生み出した
  • スティグ・リンドベリの師であり、ベルント・フリーベリとも協働。Gスタジオを設立し、グスタフスベリ黄金期の礎を築いた
  • 1925年パリ万博グランプリ受賞。作品はMoMA、V&A、メトロポリタン美術館など世界の主要美術館に所蔵されている

目次

  1. ヴィルヘルム・コーゲとは——基本プロフィール
  2. 画家からグスタフスベリへ——招聘までの道のり
  3. 1917年リリエブローと生活博覧会——キャリアの出発点
  4. 「美しい日用品」——コーゲが体現した北欧デザインの理念
  5. 代表作で読み解くコーゲの世界
  6. アートピースと量産品——二つの顔を持つデザイナー
  7. Gスタジオの設立——「美的な実験室」の誕生
  8. グスタフスベリの三巨匠——リンドベリ、フリーベリとの関係
  9. 受賞歴と世界の美術館
  10. コーゲ作品の見どころ——初めての方のための鑑賞ガイド
  11. 日本での再評価とコレクター市場
  12. なぜ今、コーゲを知るとグスタフスベリがもっと面白くなるのか
  13. よくある質問

スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)の名は、北欧ヴィンテージに少しでも触れたことがある方なら一度は耳にしたことがあるでしょう。では、そのリンドベリを見出し、育て、グスタフスベリ(Gustavsberg)を世界的な名窯へと導いた中心人物はご存じでしょうか。

ヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge, 1889–1960)。画家としてキャリアを始めながら、陶芸未経験のままグスタフスベリのアートディレクターに就任し、32年にわたってスウェーデン陶磁器の方向性を定めた人物です。銀の象嵌が美しいアルジェンタ(Argenta)、一点物の芸術作品ファルスタ(Farsta)、そして社会的理想を込めたリリエブロー(Liljeblå)——その仕事は「美しい日用品」という理念から前衛的なアートピースまで、驚くほど広い振れ幅を持っています。

この記事では、コーゲの生涯と代表作を丁寧にたどりながら、その作品を見るための視点をお伝えします。コーゲを知ることは、グスタフスベリの歴史全体をより深く、より立体的に理解するための鍵になるはずです。

※日本語では「ウィルヘルム・コーゲ」と表記されることもありますが、スウェーデン語の発音により近い「ヴィルヘルム・コーゲ」を本記事では採用しています。

ヴィルヘルム・コーゲとは——基本プロフィール

正式名 アルゴット・ヴィルヘルム・コーゲ(Algot Wilhelm Kåge)
生没年 1889年3月6日 – 1960年11月25日(71歳没)
出身 ストックホルム、スウェーデン
肩書 グスタフスベリ製陶所 アートディレクター(1917–1949年)
主な受賞 1925年パリ万博グランプリ、1949年プリンス・エウジェン・メダル
代表作 アルジェンタ、ファルスタ、リリエブロー、プラクティカ、ピュロ
作品所蔵 スウェーデン国立美術館、MoMA、V&A、メトロポリタン美術館 ほか
グスタフスベリ磁器工場でのヴィルヘルム・コーゲ、1938年。撮影: ヴィクトル・マルムストレム
グスタフスベリ工場でのヴィルヘルム・コーゲ、1938年
Photo: Victor Malmström / Tekniska museet (Public Domain)

ヴィルヘルム・コーゲは、7人きょうだいの末っ子として、俳優や芸術家が出入りする創造的な家庭に生まれました。幼少期から芸術的な環境に恵まれ、早くから絵画への関心を示したといわれています。20世紀初頭のスウェーデンは、産業化と芸術の関係が大きく見直されつつあった時代。コーゲは、まさにその転換期に青年時代を過ごしました。

後にグスタフスベリのアートディレクターおよびスタジオ作家として40年以上にわたり制作を続け、「北欧モダン陶芸の先駆者の一人と見なされているコーゲですが、その出発点は陶芸ではなく絵画でした。

画家からグスタフスベリへ——招聘までの道のり

テクニスカ・スコーラン(現コンストファック)の旧校舎。ストックホルム、ヴァルハッラヴェーゲン199番地に建つ歴史的建築
テクニスカ・スコーラン(現コンストファック)の旧校舎。コーゲが芸術教育の第一歩を踏み出した場所
Photo: Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

コーゲの芸術教育は、ストックホルムのテクニスカ・スコーラン(現コンストファック)から始まりました。その後、ヨーテボリのヴァランド美術学校で画家カール・ヴィルヘルムソン(Carl Wilhelmson)に師事します。ヴィルヘルムソンはスウェーデン西海岸の風景や漁村の暮らしを描いた画家で、コーゲはここで絵画の基礎と色彩感覚を磨きました。

さらにコペンハーゲンでは、画家であり、ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen)の銀器デザインでも知られるヨハン・ローデ(Johan Rohde)のもとで、フランスの新しい芸術運動やリトグラフのポスター技法に触れています。ローデはデンマークのデザイン界で重要な人物であり、ここでの学びはコーゲにグラフィックデザインと装飾芸術への道を開きました。

学業を終えたコーゲは、ポスターデザイナーとして頭角を現します。色彩豊かで表現力のある作風は高く評価され、スウェーデンで最も早くポスターを広告メディアとして本格的に活用した人物の一人とも評されています。劇場や展覧会、博覧会のポスターを次々と手がけ、グラフィックアーティストとしての名声を確立しました。

しかし、コーゲの人生を決定づけたのは、まったく異なる素材——陶土との出会いでした。

グスタフスベリ製陶所の歴史的な外観写真。水辺に建つ工場建築
グスタフスベリ製陶所。コーゲは1917年、この工場のアートディレクターに就任した

1917年、コーゲは28歳でスウェーデン工芸協会(Svenska Slöjdföreningen)の推薦を受け、グスタフスベリ製陶所に招かれます。注目すべきは、この時点でコーゲに陶芸の経験がまったくなかったことです。粘土の扱いも、ろくろの技術も、釉薬の知識も持たないまま、スウェーデンを代表する歴史ある名窯のアートディレクターに就任しました。

なぜ、陶芸未経験の画家が招聘されたのか。背景には、当時のスウェーデンで高まっていた「芸術と産業の協働」という思想がありました。工芸協会は、旧来の過度な装飾を脱し、現代の暮らしにふさわしい製品を生み出すために、既存の枠にとらわれない視点を必要としていたのです。画家としての色彩感覚と造形力を持ちながら、陶芸の慣習に縛られないコーゲは、まさに適任でした。

1917年リリエブローと生活博覧会——キャリアの出発点

入社初年の1917年、コーゲは早くも大舞台に立ちます。ストックホルムのリリエヴァルクス美術館で開催された「ヘムウトシュテルニンゲン(Hemutställningen=生活博覧会)」にグスタフスベリの代表として出品したのです。

この展覧会は、スウェーデン工芸協会が主催し、グレゴール・パウルソン(Gregor Paulsson)が理念的な推進力となった野心的な試みでした。テーマは「労働者階級でも手に届く、美しい家庭用品」。産業革命以降の大量生産品が質よりも量を優先する風潮のなか、芸術家と工場が手を組んで美しい日用品を作り出すことの可能性を社会に問いかける展覧会でした。

ヴィルヘルム・コーゲのリリエブロー(Liljeblå)。白い陶器にコバルトブルーの百合の装飾が描かれたスーププレート
リリエブロー(Liljeblå, 1917年)。コバルトブルーの百合の装飾をあしらった、コーゲ最初期の代表作
Photo: Victoria and Albert Museum, London

コーゲがここで発表したのがリリエブロー(Liljeblå)です。名前は展覧会場「リリエヴァルクス(Liljevalchs)」と「ブロー(blå=青)」を組み合わせた造語で、「青い百合」を意味します。18世紀スウェーデン陶磁器を想起させるシンプルなフォルムに、コバルトブルーの流れるような百合の装飾。「労働者のサーヴィス(Arbetarservisen)」とも呼ばれたこの作品は、過度な装飾を排しながらも手仕事の温かみと端正な美しさを両立させ、大きな注目を集めました。

ただし、この展覧会には皮肉な結末がありました。労働者階級の暮らしを豊かにするという理想を掲げながら、実際に展覧会を訪れ、作品を購入したのは上流階級の人々だったのです。「美しい日用品」という理念と市場の現実のあいだの緊張関係は、コーゲのキャリアを通じて繰り返し浮上するテーマとなります。

「美しい日用品」——コーゲが体現した北欧デザインの理念

コーゲを語るうえで欠かせないキーワードが「ヴァックラーレ・ヴァルダーグスヴァーラ(Vackrare Vardagsvara)」、日本語に訳せば「より美しい日用品」です。

グレゴール・パウルソンの肖像写真。スウェーデンの美術史家で「美しい日用品(Vackrare Vardagsvara)」の著者
グレゴール・パウルソン(Gregor Paulsson)。1919年に『より美しい日用品(Vackrare Vardagsvara)』を発表し、コーゲの理念的支柱となった美術史家
Photo: Wikimedia Commons

これは1919年にグレゴール・パウルソンがスウェーデン工芸協会の名のもとに発表した刊行物のタイトルであり、コーゲ個人が提唱した言葉ではありません。しかし、この理念を最も忠実に、最も長期にわたって体現したデザイナーがコーゲでした。

「美しい日用品」の三つの柱

  • 芸術と実用の両立: 美しさは特権階級だけのものではなく、すべての人の暮らしに届けられるべきである
  • 芸術家と産業の協働: 工場の生産力と芸術家の創造力を組み合わせることで、質の高い日用品を広く普及させる
  • 過度な装飾からの脱却: 19世紀的な装飾過多を排し、素材と形態の美しさで勝負するデザインを追求する

その核心は「芸術性と日常の実用性は対立しない」という信念です。この思想は、1917年のリリエブローから1933年のプラクティカまで、コーゲの量産品デザインに一貫して流れています。同時に、コーゲは量産品の対極にあるアートピース——一点物の芸術作品の制作にも情熱を注ぎ続けました。「美しい日用品」の理念と、芸術家としての表現欲求。この二つの間を誠実に往復し続けたことが、コーゲのキャリアの最大の特徴です。

この理念は、後にスカンジナビアン・デザインと呼ばれる北欧デザイン思想の源流の一つとなりました。コーゲの仕事を知ることは、北欧デザインがなぜ「美しさと実用性の両立」を重んじるのか、その歴史的な背景を理解することにつながります。

代表作で読み解くコーゲの世界

コーゲは30年以上のキャリアで約30種類のテーブルウェアシリーズをデザインしました。ここでは、その世界を理解するための鍵となる代表作を年代順に取り上げます。

アルジェンタ(Argenta, 1930年〜)——銀象嵌と緑釉が生んだ代名詞

1930年のストックホルム博覧会で発表されたアルジェンタは、コーゲの代表作として最も広く知られるシリーズであり、グスタフスベリの代名詞とも呼べる存在です。

グスタフスベリのアルジェンタ花瓶。深い緑色の釉薬に銀の象嵌で幾何学模様が施されている
アルジェンタ(Argenta)。深い緑釉の上に銀箔で象嵌されたモチーフが特徴的
Photo: Victoria and Albert Museum, London

アルジェンタの特徴

  • 銀象嵌(ぞうがん): 深い緑色の釉薬を施した陶胎の上に、銀箔でモチーフを象嵌する独自技法。光の角度によって銀の輝きが微妙に変化する
  • 緑釉: 深みのあるグリーンが基本色だが、赤、青、茶、セラドングリーンの変種も存在する
  • モチーフ: 竜、魚、人魚、踊る女性、花など、アール・デコ様式の装飾が中心
  • 生産期間: 1930年代から1970年代と長期にわたり生産され、需要に応じて規模が拡大した
  • サイズの多様性: ミニチュアの小品から大型の花瓶・壺まで、非常に幅広いサイズ展開がある

アルジェンタの制作工程にも注目すべき点があります。初期はコーゲ自身が一点ずつ手描きで銀象嵌の装飾を施していました。しかし、その人気の高まりとともに需要が急増し、1930年代後半には数十人規模の職人がアルジェンタの絵付けに携わるようになったといわれています。個人の芸術表現として始まったシリーズが、工房全体の制作へと発展した稀有な例です。

この「個の表現から工房の生産へ」という展開は、コーゲの「美しい日用品」の理念が実現した一つの形ともいえます。芸術的な質を維持しながら、より多くの人に届ける——アルジェンタはその理想が最も成功した事例でした。

ファルスタ(Farsta, 1930年〜)——コーゲ芸術の到達点

アルジェンタが「広く知られたコーゲ」だとすれば、ファルスタは「深く追求したコーゲ」です。同じ1930年のストックホルム博覧会で発表されたこのシリーズは、多くの美術史家からコーゲの陶芸作品の頂点と評される一点物の芸術作品群です。

ヴィルヘルム・コーゲのファルスタ・ボウル。深い青色の釉薬と金属酸化物が生み出す層状のテクスチャーが特徴的なストーンウェア
ファルスタ(Farsta)。金属酸化物と釉薬の化学反応が生み出す、深みのある色彩と彫刻的な造形
Photo: Victoria and Albert Museum, London

名前の由来は、グスタフスベリ工場近くのファルスタ湾から採取した陶土にあります。制作プロセスは極めて複雑で、大きく三段階に分かれます。

ファルスタの制作工程

  1. 成形と素焼き: ファルスタ湾の陶土で作品を成形し、焼成する
  2. 金属酸化物の浸漬: 焼成した陶体を金属酸化物の溶液に浸し、酸化物を陶土に浸透させる
  3. 施釉と本焼き: 再び釉薬を掛けて焼成する。熱によって酸化物が引き出され、予測不能な色彩効果が生まれる

この工程が生み出すのは、層状のテクスチャーと深みのある色彩です。同じ配合、同じ温度で焼いても、結果は毎回異なります。すべてが一点物であり、同じ形状も、同じ釉薬の表情も二つとありません。

コーゲは1960年に亡くなるまで30年にわたってファルスタの探求を続け、晩年にはますます大胆な実験を重ねました。その遺灰がファルスタの壺に納められたという逸話は、このシリーズがコーゲにとっていかに特別な存在だったかを物語っています。

プラクティカ(Praktika, 1933年)——機能主義の理想と現実

ヴィルヘルム・コーゲのプラクティカ。スタッキング可能な機能主義テーブルウェアのセット
プラクティカ(Praktika, 1933年)。スタッキング構造の機能主義テーブルウェア
Photo: Victoria and Albert Museum, London

1933年にオスロで初めて展示されたプラクティカは、コーゲの機能主義的な一面を最もよく示す作品です。スタッキング(積み重ね)可能な構造、清掃のしやすさ、低い生産コスト——「美しい日用品」の理念を、徹底した合理性で形にしたデザインでした。陶器にエナメルで手描きされた緑色の縁取りが、簡素ながらも温かみのあるアクセントとなっています。

プラクティカには「ウィークエンド」「キャンピング」「キッチネット」の3つの装飾バリエーションが展開されました。名前からもわかるように、屋外やコンパクトなキッチンなど、限られた空間での使用が想定されていました。

しかし、プラクティカは商業的には成功しませんでした。ターゲットであった労働者階級は、より伝統的で装飾的な製品を好んだのです。「美しい日用品」の理念が市場の現実と衝突した象徴的な事例ですが、その先進性は後に評価され、現在はロンドンのV&A美術館に所蔵されています。デザイン史の文脈では、北欧における機能主義テーブルウェアの先駆的な試みとして位置づけられています。

その他の注目すべきシリーズ

  • ピュロ(Pyro, 1930年頃): 耐熱陶器のシリーズ。オーブン皿やボウル、サーヴィングディッシュなど多様な製品が展開され、1950年代半ばまで生産されました。プラクティカよりも商業的に成功し、コーゲの量産品デザインの到達点の一つです
ヴィルヘルム・コーゲのピュロ(Pyro)ティーカップ&ソーサー。コバルトブルーのリブ付き耐熱陶器
ピュロ(Pyro, 1930年頃)。コバルトブルーの装飾が施された耐熱陶器
Photo: Victoria and Albert Museum, London
  • スッレア(Surrea, 1940年発表): キュビスムやシュルレアリスムなど前衛芸術の影響を受けた実験的なストーンウェア。白いカッラーラ釉薬に手描きの黒い装飾が施された限定的な作品群で、コーゲの前衛的な一面を示しています。生産数が限られており、市場に出る頻度は低いとされます
  • ソフトフォーム・サーヴィス(1938年): 有機的な曲線を持つテーブルウェア。グロー・レンダー(灰色の縞)やシュパリエといった装飾パターンが展開され、後のスカンジナビアン・モダンの有機的造形を先取りしたデザインです
  • ヴォーガ(Våga, 1940年代後半〜1950年代初頭): 波打つような縁が特徴的な白いカッラーラ釉薬の花瓶。有機的なフォルムで、晩年のコーゲの作風の変化を示す作品です

アートピースと量産品——二つの顔を持つデザイナー

コーゲの仕事を理解するうえで最も重要なのは、彼が「芸術家」と「産業デザイナー」という二つの顔を同時に持ち続けたことです。

一方では、ファルスタやスッレアのような一点物の芸術作品を追求し、美術館に収蔵されるレベルの造形を生み出しました。他方では、リリエブローやプラクティカ、ピュロのような量産品を通じて、すべての家庭に美しさを届けることを目指しました。

この振れ幅は、単なる多才さではありません。量産品のデザインで培った素材や技法への理解がアートピースに生かされ、アートピースでの実験的な成果が量産品の質を高める——二つの領域が互いに影響し合うことで、コーゲのデザインは年を追うごとに深みを増していきました。

たとえば、アルジェンタで深めた釉薬への理解はファルスタの色彩実験にも通じるものがあり、プラクティカで試みた機能的なフォルムの探求は、後のピュロやソフトフォーム・サーヴィスの造形にもその精神が見て取れます。コーゲの中で、「美のための探求」と「暮らしのためのデザイン」は決して分断されることなく、常に一つの創造活動として統合されていたのです。

Gスタジオの設立——「美的な実験室」の誕生

1942年、コーゲは弟子のスティグ・リンドベリとともに、グスタフスベリ工場内にGスタジオ(G-Studion)を設立します。「美的な実験室(estetiskt laboratorium)」と位置づけられたこの工房は、コーゲのキャリアにおける制度的な到達点でした。

Gスタジオの目的は、商業的な制約から離れて、アーティストが自由に芸術的作品を開発できる環境を整えることです。通常の量産ラインとは独立した空間で、素材の実験、新しい技法の開発、一点物の芸術作品の制作が行われました。

Gスタジオからは、コーゲのファルスタをはじめ、リンドベリの色鮮やかなファイアンス(彩色陶器)、そしてベルント・フリーベリの精緻なろくろ作品が次々と生まれていきます。1944年にはフリーベリがGスタジオ内に自身の独立した工房を構えるようになりました。

グスタフスベリ工場内のGスタジオの工房風景。陶芸作品が並ぶ制作空間
グスタフスベリのGスタジオ(G-Studion)。1942年にコーゲとリンドベリが設立した「美的な実験室」

Gスタジオの設立は、コーゲの「アートと産業の両立」という信念が制度として結実した瞬間でした。量産品の利益でアートの実験を支え、アートの実験が量産品の質を高める——この好循環を生み出す仕組みをコーゲは作り上げたのです。この制度は、コーゲの退任後もリンドベリのもとで継続され、グスタフスベリの創造性を支える基盤となりました。

グスタフスベリの三巨匠——リンドベリ、フリーベリとの関係

スティグ・リンドベリとヴィルヘルム・コーゲが並ぶ1938年のモノクロ写真
スティグ・リンドベリとヴィルヘルム・コーゲ、1938年頃

グスタフスベリの黄金期を語るとき、コーゲ、スティグ・リンドベリ、ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg)の三人は欠かすことができません。

三人の関係と役割

  • コーゲ(1917年就任、1960年没まで制作): 全体を統括するヴィジョナリー。「美しい日用品」の理念を掲げ、量産品からアートピースまでを手がけた
  • リンドベリ(1937年入社): 1937年に入社し、コーゲの弟子として研鑽を積む。1949年にアートディレクターを継承。軽やかで遊び心のあるモダンな表現を得意とした
  • フリーベリ(1934年入社、1981年没): 1934年入社。「神の手を持つ」と評された卓越したろくろ技術の持ち主。コーゲのデザインを成形する職人として出発し、やがて独立した芸術家へ成長。1944年にGスタジオ内に自身の工房を開設

リンドベリとコーゲの違いは、作風を比較するとよく見えてきます。コーゲの装飾は重厚で、アール・デコや古典的な意匠に根ざしています。対してリンドベリは、軽やかで遊び心にあふれたモダンな表現を得意としました。コーゲの深い緑釉と銀象嵌のアルジェンタと、リンドベリの鮮やかな色彩と大胆な葉のパターンのベルサ(Bersa)を並べてみると、同じ窯から生まれたとは思えないほどの対照を見せます。

しかし、この対照こそがグスタフスベリの強みでした。古典と革新、重厚と軽妙——異なる才能が共存し、互いに刺激し合う環境を作り上げたのがコーゲの功績です。コーゲは単に優れたデザイナーであっただけでなく、次世代の才能を見出し、育てる力を持った人物でもありました。

フリーベリとの関係もまた特筆に値します。フリーベリの卓越したろくろ技術は、コーゲの芸術作品の品質を飛躍的に高めました。フリーベリが参加した1934年以降、コーゲのアートピースの造形はより精緻になり、ファルスタの完成度も大きく向上したとされています。師弟というよりも、互いの長所を引き出し合うパートナーとしての関係でした。

受賞歴と世界の美術館

コーゲの業績は、国際的にも高く評価されました。

主な受賞歴

  • 1925年 パリ万博グランプリ: パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(Exposition des Arts Décoratifs)」の陶磁器の分野でグランプリを受賞。この博覧会の名称は、後に「アール・デコ」という様式名の由来となった
  • 1949年 プリンス・エウジェン・メダル: スウェーデン国王が「卓越した芸術的業績」に対して授与する栄誉ある勲章

コーゲの作品は、世界の主要な美術館・博物館に所蔵されています。

  • スウェーデン: スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)、レースカ美術館(Röhsska museet)、グスタフスベリ陶磁器博物館
  • アメリカ: ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館
  • イギリス: ヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)
  • その他: デンマーク装飾美術館、ファエンツァ陶磁器博物館(イタリア)ほか、ハンブルク、チューリッヒ、ウィーン、プラハ、ボストン、メルボルンなど多数

グスタフスベリ陶磁器博物館(ストックホルム近郊)では、コーゲの作品をまとまった形で鑑賞することができます。2017年夏にはスウェーデン国立美術館の主催でコーゲの特別展が開催されました。1989年にはスウェーデン国立美術館で生誕100周年の大規模回顧展も行われています。

コーゲ作品の見どころ——初めての方のための鑑賞ガイド

コーゲの作品に初めて触れる方に、いくつかの鑑賞の視点をご紹介します。

ヴィルヘルム・コーゲのファルスタ皿。金属酸化物と釉薬が生み出す深みのある色彩と層状のテクスチャーが特徴的なストーンウェア
ファルスタ(Farsta, 1960年)。金属酸化物と釉薬の化学反応が生み出す、唯一無二の色彩
Photo: Nationalmuseum, Stockholm

1. 釉薬の深みを観察する

コーゲの作品、特にアルジェンタとファルスタでは、釉薬そのものが最大の見どころです。光の当たり方によって表情が変わる深い緑釉、金属酸化物が生み出す予測不能な色の層——これらは写真では伝わりにくく、実物を手に取ったときに初めて真価がわかります。同じ「緑」でも、光源の種類や角度によってまったく異なる表情を見せるのがアルジェンタの魅力です。

グスタフスベリ工場でアルジェンタの銀象嵌を施す職人。踊る女性のモチーフが描かれた花瓶を手作業で装飾している
アルジェンタの銀象嵌を施す職人。一点ずつ手作業で装飾が施される
Photo: Victor Malmström / Tekniska museet

2. 銀象嵌の手仕事を愛でる

アルジェンタの銀象嵌は、一点ずつ手作業で施されています。量産品であっても、モチーフの配置や線の太さには個体差があり、同じデザインでも二つとして同じものはありません。竜の鱗の描き方、魚の尾びれの角度、花弁の開き方——こうした微細な違いを見比べることは、ヴィンテージならではの楽しみです。

3. 二つの系譜を意識する

コーゲの作品は、「量産品」と「アートピース」の大きく二つに分かれます。量産品(リリエブロー、アルジェンタ、プラクティカ等)は比較的手が届きやすい価格帯のものもあり、アルジェンタの小品(ミニボウルや小型の花瓶)はコーゲ作品への入門としても適しています。一方、ファルスタやスッレアなどのアートピースは完全な一点物で、コレクター市場でも高い評価を受けています。

4. 裏印を読む

グスタフスベリの錨マーク。GUSTAVSBERGの文字がアーチ状に囲む
グスタフスベリの錨マーク。コーゲ時代の作品にはこのマークに加え、シリーズ名が刻まれていることが多い

グスタフスベリの作品には、製陶所のマーク、デザイナーのサイン、シリーズ名などが裏印として刻まれています。コーゲの作品では「GUSTAVSBERG」の錨のマークに加えて、シリーズ名(「ARGENTA」「FARSTA」など)が記されていることが多く、作品の来歴を知る手がかりになります。グスタフスベリのロゴの歴史もあわせてご覧いただくと、裏印の読み方がより深く理解できるでしょう。

5. 造形のバランスを見る

コーゲの量産品は、シンプルな中にも画家としての卓越したバランス感覚が宿っています。装飾の配置、余白の取り方、形の比率——派手さではなく、控えめな端正さの中に美しさを見出す目を養うことが、コーゲ作品の鑑賞をより豊かにしてくれるはずです。

日本での再評価とコレクター市場

日本における北欧ヴィンテージの世界では、リンドベリやリサ・ラーソン(Lisa Larson)の認知度が圧倒的に高い一方で、コーゲの名前はまだ広く知られているとは言いがたい状況です。

しかし、再評価の動きは着実に進んでいます。2022年には東京のしぶや黒田陶苑でコーゲとフリーベリの二人展が開催され、日本の陶芸・工芸愛好家のあいだで注目を集めました。また、北欧デザイン史に関する日本語の書籍や記事でも、コーゲへの言及は増えつつあります。

コレクター市場に目を向けると、作品の種類によって価格帯は大きく異なります。

コーゲ作品の市場動向

  • アルジェンタの小品: 比較的手が届きやすい価格帯。長期間にわたり生産されたため市場に出る頻度も高く、コーゲ入門として最適
  • ファルスタ: すべて一点物のため、作品ごとの評価差が非常に大きい。大型の優品は国際オークションで高額で取引されることもある
  • スッレア: 限定的な生産数のため希少。市場にはめったに出ない
  • プラクティカ: 商業的に不成功だったため生産数が少なく、デザイン史的な価値からコレクターの関心が高い

コーゲ作品をはじめて手にするなら、アルジェンタの小品が取り組みやすいでしょう。銀象嵌と深い緑釉というわかりやすい視覚的特徴があり、コーゲの世界に触れる最初の一歩として適しています。

なぜ今、コーゲを知るとグスタフスベリがもっと面白くなるのか

コーゲを知ることの価値は、単に「もう一人の巨匠を知る」ことにとどまりません。コーゲという原点を知ることで、グスタフスベリの歴史が一本の物語としてつながり始めます。

リンドベリの軽やかなモダニズムは、コーゲの重厚な古典主義があったからこそ生まれた革新でした。フリーベリの精緻なろくろ技術は、コーゲのもとで磨かれました。Gスタジオという「美的な実験室」を構想したのもコーゲです。グスタフスベリの黄金期は、コーゲが30年以上かけて整えた土壌の上に花開いたものだったのです。

コーゲの作品を前にしたとき、そこに見えるのは一人のデザイナーの仕事だけではありません。「芸術は暮らしの中にあるべきだ」という北欧デザインの根本思想が、100年前のスウェーデンでどのように形になったのか。機能主義と芸術的表現をどう両立させるかという問いに、一人の人間がどう向き合い続けたのか——その原風景が、深い緑釉の奥に静かに宿っています。

グスタフスベリの歴史を知れば知るほど、一つひとつの作品がより深い物語を語り始めます。北欧食器タックショミュッケでは、そうした物語とともにお届けできるよう、全品検品のうえご紹介しています。

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よくある質問

Q1. ヴィルヘルム・コーゲとウィルヘルム・コーゲ、どちらが正しい表記ですか?

スウェーデン語の発音により近いのは「ヴィルヘルム・コーゲ」です。日本語の文献では「ウィルヘルム・コーゲ」と表記されることもありますが、どちらも同一人物(Wilhelm Kåge)を指しています。

Q2. コーゲはグスタフスベリでどのくらいの期間働いていたのですか?

1917年にアートディレクターとして就任し、1949年に後任のスティグ・リンドベリに地位を譲りました。ただし、Gスタジオでの制作活動は1960年に亡くなるまで続けており、グスタフスベリとの関わりは40年以上に及びます。

Q3. コーゲの代表作は何ですか?

最も広く知られているのは、銀象嵌と緑釉が特徴のアルジェンタ(Argenta)シリーズです。芸術的評価が最も高いのは一点物のファルスタ(Farsta)シリーズで、コーゲ自身も最高傑作と位置づけていました。社会史的にはリリエブロー(1917年)、デザイン史的にはプラクティカ(1933年)も重要な位置を占めています。

Q4. コーゲとリンドベリはどんな関係でしたか?

師弟関係にあります。リンドベリは1937年にグスタフスベリに入社し、コーゲのもとで研鑽を積みました。1942年にはGスタジオを共同で設立し、1949年にコーゲからアートディレクターの地位を継承しています。コーゲの重厚な古典主義に対して、リンドベリは軽やかなモダニズムで新しい時代を切り開きました。

Q5. 「美しい日用品(Vackrare Vardagsvara)」とは何ですか?

1919年にグレゴール・パウルソンがスウェーデン工芸協会の名のもとに発表した刊行物のタイトルで、「芸術性と日常の実用性は対立しない」という理念を表しています。コーゲ個人が提唱した言葉ではありませんが、この理念を最も長期にわたって実践したデザイナーとしてコーゲは位置づけられています。

Q6. コーゲの作品はどこで見ることができますか?

ストックホルム近郊のグスタフスベリ陶磁器博物館では、コーゲの作品をまとまった形で鑑賞できます。その他、スウェーデン国立美術館、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館、ロンドンのV&A美術館など、世界の主要美術館に所蔵されています。

Q7. アルジェンタとファルスタの違いは何ですか?

アルジェンタは緑釉に銀象嵌を施した装飾陶器で、工房で量産されたシリーズです。一方、ファルスタは金属酸化物と釉薬の化学反応を利用した一点物の芸術作品です。アルジェンタは「広く届けるための美」、ファルスタは「深く追求するための美」と言えるでしょう。

Q8. コーゲ作品を集め始めるなら、何から見るのがよいですか?

アルジェンタの小品(ミニボウルや小型の花瓶)が入門に適しています。長期間にわたり生産されたため比較的市場に出る頻度が高く、銀象嵌と深い緑釉というわかりやすい特徴があるため、コーゲの世界に触れる最初の一歩としておすすめです。

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