アラビア キルシッカ(Kirsikka)完全ガイド|さくらんぼが実る1970年代フィンランドの器——インケリ・レイヴォの絵柄とペテル・ウィンクヴィストのフォルム
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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白い地に、赤いさくらんぼがたわわに実る——アラビア(ARABIA)のキルシッカ(Kirsikka)は、ひと目でフィンランドの1970年代を思い出させてくれる、明るく朗らかなシリーズです。「Kirsikka」とはフィンランド語で「さくらんぼ」を意味し、その名のとおり、真っ赤な実と濃い緑の葉が器の胴をぐるりと一周します。半世紀近くを経たいまも、その色は少しも褪せることなく、遠くから見ても目を引きます。
ARABIA キルシッカのコーヒーカップ&ソーサー。白い地を赤いさくらんぼがめぐり、ソーサーには緑青のリングが光ります。
本記事では、キルシッカという名の由来から、さくらんぼの絵柄を手がけたインケリ・レイヴォ(Inkeri Leivo)、器の形をデザインしたペテル・ウィンクヴィスト(Peter Winquist)、名作クロッカスと共有するフォルム、生まれた1970年代のフィンランドの空気、そして見分け方とコンディションまで、キルシッカのすべてを丁寧にたどっていきます。読み終えるころには、ヘルシンキのアラビア地区を少し旅したような気持ちになっているはずです。
この記事の要点
- キルシッカ(Kirsikka)はフィンランド語で「さくらんぼ」を意味する、1975〜1979年のARABIAのシリーズです
- さくらんぼの絵柄はインケリ・レイヴォ(Inkeri Leivo、旧姓セッパラ)が手がけたと伝えられています
- 器の形は、ペテル・ウィンクヴィストがデザインしたEHフォルム(ファエンツァ形)で、名作クロッカスと同じ形を用いています
- 赤・緑・白のはっきりした配色は、1970年代の北欧のインテリアの気分をそのまま映しています
- 赤い実の部分は表面の絵付けが摩耗しやすいため、扱いには少しの気づかいが必要です
目次
- キルシッカとは — さくらんぼの名を持つ器
- さくらんぼのモチーフ — 赤・緑・白の朗らかさ
- 絵柄を手がけたインケリ・レイヴォ
- 器の形 — ペテル・ウィンクヴィストのEHフォルム
- クロッカスとの関係 — 同じ形、異なる絵柄
- ARABIAという窯 — ヘルシンキに生まれた名窯
- 1970年代のフィンランドと、その色彩
- アラビア地区を歩く — 器の生まれた街へ
- アイテムと見分け方 — バックスタンプ
- コンディションと扱い方
- まとめ
キルシッカとは — さくらんぼの名を持つ器
キルシッカ(Kirsikka)は、フィンランドの名窯ARABIAで1975〜1979年に作られたシリーズです。名前はフィンランド語の「さくらんぼ」からとられ、器の胴には真っ赤に熟した実と、葉脈まで描き込まれた濃い緑の葉が連なります。ひとつぶひとつぶが黒い輪郭線で縁取られ、白い地の上できりりと引き締まって見えます。
赤・緑・白という配色は、北欧のヴィンテージ食器のなかでも際立って明るく、朗らかです。フィンランドの夏は短く、そのぶん人々は光と色を心から慈しみます。キルシッカのはっきりした色づかいには、長い冬を越えて訪れる実りの季節の喜びが、そのまま閉じ込められているように感じられます。
さくらんぼのモチーフ — 赤・緑・白の朗らかさ
キルシッカの絵柄は、二つひと組のさくらんぼが細い枝でつながり、そのあいだに大きな葉が差し込まれるという構成です。実は平らな面で塗り分けられ、光の反射などは描き込まれていません。この思いきった単純化こそが、1970年代のグラフィックデザインらしい潔さを生んでいます。
葉には細い線で葉脈が描かれ、平坦な赤い実とのあいだにほどよい密度の対比が生まれます。器を回すと、さくらんぼの房がつぎつぎに現れ、まるで小さな果樹園をひとめぐりするようです。カップでもポットでも、絵柄は必ず胴の下半分に帯状に置かれ、上部の白がたっぷりと残されています。この余白のとり方が、華やかでありながら重たくならない秘密です。
絵柄を手がけたインケリ・レイヴォ
キルシッカのさくらんぼを描いたのは、インケリ・レイヴォ(Inkeri Leivo、1944–2010)です。フィンランドの公的なコレクション目録では、この絵柄は旧姓の「インケリ・セッパラ(Inkeri Seppälä)」に帰されており、彼女は初期の装飾デザインに「IS」のイニシャルで署名していました。レイヴォとセッパラは同じ人物です。
レイヴォはキルッコヌンミ(Kirkkonummi)に生まれ、工芸専門学校(Taideteollinen oppilaitos、現在のアールト大学の前身)を1970年に卒業しました。その後ARABIAの製品デザイン部門に入り、最初の数年は装飾デザイナーとして絵柄づくりに携わっています。キルシッカのさくらんぼは、ちょうどこの時期に生まれた朗らかな仕事のひとつだと伝えられています。
のちにレイヴォは、うすく白いストーンウェアのアルクティカ(Arctica)を設計し、ARABIAを代表するデザイナーの一人へと成長していきます。アルクティカは、当時主流だった重く暗い作風への対抗として1975年に設計が始まり、新しい素地の配合によって従来より軽く仕上げられました。彼女はさらに、サーリスト(Saaristo)やハルレキーニ(Harlekiini)といった食器も手がけ、1992年には国家デザイン賞を受けています。キルシッカの明るさと、アルクティカの静けさ。この振れ幅の大きさこそ、レイヴォという作り手の魅力です。
器の形 — ペテル・ウィンクヴィストのEHフォルム
絵柄と同じくらい大切なのが、器そのものの形です。キルシッカの形は、ARABIAのデザイナー、ペテル・ウィンクヴィスト(Peter Winquist、1941年生まれ)が設計した「EHフォルム」と呼ばれる食器の形を用いています。EHフォルムは「ファエンツァ(Faenza)形」とも呼ばれ、丸くゆるやかに外へ開いたリム、軽やかな作り、きれいに積み重ねられるスタッキング性など、当時の機能的な工夫が随所に込められています。
ウィンクヴィストはスウェーデンのヨーテボリで陶芸を学び、1960年代の後半からARABIAでデザイナー兼陶芸家として働きました。彼のEHフォルムは、イタリアのファエンツァで開かれた国際陶芸コンクールで1971年に金賞を受けています。この受賞が、EHフォルムをARABIAの看板の一つへと押し上げました。のちにウィンクヴィストは妻のアニヤ・ウィンクヴィストとともに1976年の国家工業デザイン賞も受けています。
華やかな絵柄が主役に見えるキルシッカですが、その魅力を静かに支えているのは、この端正なフォルムです。絵柄と形、それぞれ別の作り手の仕事が重なり合って、一つのシリーズが生まれています。
クロッカスとの関係 — 同じ形、異なる絵柄
キルシッカのカップを手に取ったコレクターの多くが、「クロッカス(Krokus)によく似ている」と感じます。それもそのはず、二つのシリーズは同じEHフォルムの上に成り立っているからです。違いは、器にのせられた絵柄にあります。
クロッカスの絵柄を手がけたのは、エステリ・トムラ(Esteri Tomula)です。黒い輪郭線を生かした植物文様が特徴で、製品化にはシルクスクリーン技法が用いられ、カラー版ではプリントと手描きの彩色が組み合わされています。クロッカスはそのなかでも、1978年から1979年というわずか2年ほどのあいだに作られた春の花のシリーズです。一方のキルシッカは、同じ形にさくらんぼの絵柄をのせた、夏の果実のシリーズと言えます。
同じEHフォルムには、このほかにも縞模様や無地の色違いなど、いくつもの装飾違いが載りました。ひとつの優れた形が、さまざまな絵柄をまといながら長く作り続けられていく——これは、大量生産の設備と一流のデザイナーを併せ持ったARABIAならではの豊かさです。
ARABIAという窯 — ヘルシンキに生まれた名窯
キルシッカを生んだARABIAは、1873年、スウェーデンの磁器メーカーロールストランド(Rörstrand)の子会社として設立されました。ロシア市場を見すえ、フィンランドの低い輸出関税と短い輸送距離を活かすための工場でした。翌1874年にはヘルシンキ北郊の「アラビア」と呼ばれる土地で製造が始まり、まもなくフィンランドの陶磁器生産の半分を担うまでに成長します。
1916年、ロールストランドは持ち株をフィンランドの買い手へ売却し、ARABIAはフィンランド資本の会社となりました。第二次世界大戦後は大手のヴァルチラ(Wärtsilä)社の傘下に入り、最盛期には1,500人を超える人々が働く、ヨーロッパ最大級の陶磁器工場へと発展します。キルシッカが作られた1975〜1979年は、まさにこの巨大な工場がフル稼働していた時期にあたります。
ARABIAが特別だったのは、工場の内部に独立した美術部門を抱え、多くのデザイナーや陶芸家が自由に制作できる環境を整えていたことです。ウラ・プロコッペやエステリ・トムラ、そしてインケリ・レイヴォといった作り手たちは、この土壌のなかから生まれました。日々の食卓のための量産品と、美術的なユニークピースが同じ屋根の下で作られていた——それがARABIAという窯の懐の深さです。
1970年代のフィンランドと、その色彩
キルシッカのはっきりした赤と緑は、それが生まれた時代の空気と切り離せません。1970年代の北欧の住まいは、バーントオレンジや深い茶、アボカドグリーン、マスタードイエローといった、温かく自然に根ざした色に包まれていました。柔らかな曲線を持つ家具や、籐や観葉植物を取り入れたインテリアが好まれた時代です。
そうした部屋の棚に、真っ赤なさくらんぼの器が並ぶ光景を想像してみてください。暖色でまとめられた空間のなかで、キルシッカの赤はよく映え、緑の葉が小さなアクセントになります。派手すぎず、しかし確かに華やか——キルシッカの配色は、当時の暮らしの色彩感覚にぴたりと寄り添っていました。
短い夏に太陽と実りを慈しむフィンランドの人々にとって、さくらんぼの絵柄は、食卓に季節の喜びを運ぶものだったのでしょう。キルシッカを眺めていると、白夜の光や、湖のほとりの草原といった北欧の夏の情景が、静かに立ち上がってきます。
アラビア地区を歩く — 器の生まれた街へ
キルシッカの故郷であるアラビア地区は、ヘルシンキの中心部から北へ、旧市街湾(Vanhankaupunginlahti)に面した一帯にあります。おもしろいことに、「アラビア」という地名は工場より古く、18世紀の文書にすでに登場します。工場が地名にちなんで名づけられたのであって、その逆ではありません。
旧ARABIAの赤レンガの建物は、いまも街の一角に残っています。1984年には美術デザインの大学がこの旧工場に移り、周辺は「アラビアランタ(Arabianranta)」と呼ばれるデザインの街として整備されました。約1万人が暮らし、多くの学生やデザイナーが行き交うこの一帯には、器が生まれた場所ならではの静かな誇りが漂います。
市の中心へ足を延ばせば、白い壁と緑青のドームを持つヘルシンキ大聖堂がそびえ、その足もとには港と市場広場が広がります。バルト海に開かれたこの街は、かつてキルシッカのような器を積み出し、世界へと送り出していきました。
そして街を離れれば、フィンランドはたちまち湖と森の国になります。白樺の林、鏡のように空を映す湖、どこまでも続く草原。キルシッカのさくらんぼは、こうした自然の恵みと地続きの絵柄です。器を眺めることは、この北の風景を思い浮かべることでもあります。
アイテムと見分け方 — バックスタンプ
キルシッカには、コーヒーカップ&ソーサー、シュガーボウルとクリーマー、コーヒーポットといった、コーヒーの時間をととのえるためのアイテムがそろっていました。EHフォルムの小ぶりなカップは手のひらにおさまり、ポットは1リットルほどの容量があります。いずれも上部に白を大きく残し、下半分にさくらんぼの帯をめぐらせる共通の構成でまとめられています。
器の年代や来歴を確かめるうえで、いちばん確かな手がかりが器の底のバックスタンプ(刻印)です。キルシッカの底面には、王冠のマークと「ARABIA FINLAND」の文字、そしてシリーズ名の「Kirsikka」が記されています。ARABIAのマークは時代によって少しずつ形が変わるため、刻印を読むと、その器がどの時期に作られたかをおおよそたどることができます。刻印の見方については、アラビアの刻印・バックスタンプ完全ガイドでくわしく解説しています。
キルシッカを選ぶときに見るべきは、絵柄の状態と刻印の二つです。同じシリーズでも、製造された時期や絵付けの残り具合によって表情が変わります。落ち着いて器の底と胴を見くらべれば、その一客がどんな時間を経てきたのかが見えてきます。
コンディションと扱い方
キルシッカを手に入れるときに、ひとつだけ気にとめておきたいことがあります。それは、赤いさくらんぼの部分が摩耗しやすいという点です。キルシッカの転写装飾は釉薬の上に施されており、とくに赤色が摩耗しやすいのはそのためです。長年の使用や強い洗浄によって、赤い実がかすれたり薄くなったりすることがあります。ヴィンテージのキルシッカでは、この絵付けのかすれ具合が一客ごとの状態を大きく左右します。
そのため、キルシッカを長く楽しむなら、食洗機や強い洗剤、漂白剤は避けたほうが安心です。やわらかいスポンジで手洗いし、絵柄をこすりすぎないようにするだけで、赤い実の鮮やかさはずっと保たれます。また、釉薬の表面に細かな網目状の貫入(かんにゅう)が見られることもありますが、これは経年による自然な表情であり、器の魅力の一部として受けとめられています。
飾って楽しむなら、白い壁や木の棚との相性が抜群です。赤・緑・白のはっきりした色合いは、シンプルな空間のなかで小さな主役になります。一客のカップを窓辺に置くだけでも、部屋にフィンランドの夏のような明るさが生まれます。
まとめ
キルシッカは、さくらんぼという身近な果実を、1970年代らしい潔いグラフィックで器にのせたARABIAのシリーズです。絵柄を手がけたインケリ・レイヴォ、形を設計したペテル・ウィンクヴィスト、そして同じEHフォルムを共有するクロッカスとのつながり——複数の才能とデザインの系譜が重なって、この明るい器は生まれました。半世紀を経てなお色褪せないさくらんぼの赤は、北欧の短い夏の喜びを、いまも私たちの手もとに届けてくれます。
要点の整理
- キルシッカ(Kirsikka)=フィンランド語で「さくらんぼ」。1975〜1979年のARABIAのシリーズです
- さくらんぼの絵柄はインケリ・レイヴォ、器の形はペテル・ウィンクヴィストのEHフォルムです
- 名作クロッカスと同じフォルムを共有し、絵柄だけが異なります
- 底面のバックスタンプで「ARABIA FINLAND / Kirsikka」を確認できます
- 赤い実は摩耗しやすいため、手洗いを心がけると長く楽しめます
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