インケリ・レイヴォとは|アラビアのアルクティカを生んだ陶磁器デザイナー
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要点
- インケリ・レイヴォ(Inkeri Leivo, 1944–2010)は、ヘルシンキ生まれの陶磁器デザイナーです。1969年から2010年まで、40年以上にわたりアラビア(ARABIA)で活動しました
- 母はアラビアの米粒磁器に関わる仕事をしていたと伝えられ、レイヴォは陶磁器工場が身近な環境で育ちました
- 1979年に発表されたアルクティカ(Arctica)は、白く澄んだ造形で知られるアラビアの代表的な長寿シリーズです
- レイヴォは、Arctica、Saaristo、Harlekinなどのフォルム、Kirsikka、Ruskeakukka、Taikaなどの装飾を手がけ、形と装飾の両方に関わったデザイナーでした
- 1992年にフィンランド国家工業デザイン賞(State Award for Industrial Design)を受賞。2003年にはアラビア・アート部門協会の創設メンバーに名を連ねました
目次
インケリ・レイヴォとは
インケリ・レイヴォ(Inkeri Leivo, 1944–2010)は、フィンランド・ヘルシンキ生まれの陶磁器デザイナーです。1969年に名窯アラビア(ARABIA)へ入社し、2010年まで40年以上にわたり同社の製品デザインと装飾を手がけました。
1979年に発表した代表作アルクティカ(Arctica)は、北極を思わせる清潔で軽やかな造形でアラビアを代表する長寿シリーズとなりました。フォルムと装飾の両方を高い水準で設計できた、アラビア後期を代表する作家のひとりです。
基本プロフィール
| 生没年 | 1944年5月29日 – 2010年9月28日 |
|---|---|
| 出身地 | フィンランド・ヘルシンキ |
| 旧姓 | セッパラ(Seppälä)。初期作品には「IS(Inkeri Seppälä)」のサインが見られる場合があります |
| 学歴 | 中央芸術工業学校(Taideteollinen oppilaitos、現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身)1966–1970年 |
| 所属 | アラビア(ARABIA、1969年入社、卒業前から勤務) |
| 代表作(フォルム) | アルクティカ、サーリスト、ハーレキン |
| 代表作(装飾) | キルシッカ、ルスケアクッカ、タイカ |
| 受賞 | フィンランド国家工業デザイン賞(State Award for Industrial Design、1992年) |
レイヴォの世代は、ウラ・プロコッペ、カイ・フランク、ビルガー・カイピアイネンといった戦後第一世代の巨匠に育てられ、その遺産を80年代の量産技術と接続した「橋渡し」の作家にあたります。重厚な土物が主流だった70年代のアラビアに、白く澄んだ磁器の軽やかさを持ち込んだ転換点の作家でもあります。
生い立ち——母の米粒磁器とアラビア工場
レイヴォの母は、アラビアの米粒磁器に関わる仕事をしていたと伝えられています。米粒磁器とは、フリードル・ホルツァー=キェルベリが1940年代に発展させた、透かし孔に釉薬を満たして光を通す磁器のことです。母の手仕事は、後年レイヴォがボーンチャイナやランプ作品で追求する「光と磁器」の関係にもつながっていきます。
陶磁器工場が身近な家庭環境で育ったレイヴォにとって、磁器は職場であると同時に家族の風景でもありました。後年、量産品でありながら手仕事の温度を残すレイヴォのデザインは、こうした幼少期の体験から育ったといえます。
中央芸術工業学校(現アールト大学)
Photo: Wikimedia Commons / Aatu Dorochenko / CC BY-SA 4.0
1966年、レイヴォはヘルシンキの中央芸術工業学校(Taideteollinen oppilaitos、現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身)に進学します。北欧デザインの中核教育機関で、レイヴォの在学中はちょうど、北欧のミッドセンチュリー・デザインが世界的に評価され、フィンランドのデザインが「黄金時代」を迎えていた時期にあたります。同じ学び舎で学んだのが、ヘルヤ・リウッコ=スンドストレムやヘイッキ・オルヴォラといった、のちにアラビアを支える同世代の作家たちでした。
レイヴォは1970年に卒業しますが、学生時代の最終学年にはすでにアラビアで仕事を始めていました。
アラビアでの40年
Photo: Constantin Grünberg / Helsinki City Museum / CC BY 4.0
1969年、卒業前の入社
1969年、まだ学生だったレイヴォは、旧姓セッパラとしてアラビアに入社します。最初の配属は装飾デザイン部門。完成された形に文様を載せていく仕事でした。この時期の作品には、旧姓セッパラに由来する「IS」サインが見られる場合があります。ただし、量産シリーズでは個人サインが入らないものも多いため、フォルム名、装飾名、バックスタンプ、製造年代をあわせて確認する必要があります。
1971年、製品デザイン部門へ
1971年、レイヴォは製品デザイン部門に異動します。装飾画家から、形そのものを起こすプロダクトデザイナーへ。装飾の現場で素材と工程を理解した彼女は、量産工程に強いフォルムを描けるデザイナーとして頭角を現します。
Photo: Wikimedia Commons / Safa Hovinen / CC BY 2.0
代表作アルクティカ(Arctica, 1979)
Photo: Wikimedia Commons / Tine / CC BY-SA 4.0
1975年頃に設計が始まり、1979年に発表されたアルクティカ(Arctica)は、レイヴォの最重要作にして、アラビア後期を象徴する長寿シリーズの一つです。名前のとおり「北極(Arctic)」を思わせる、白く澄んだ磁器シリーズで、やわらかな丸みと端正な輪郭を備えています。
1970年代のアラビアでは、ウラ・プロコッペのルスカに象徴される、土の質感を残した重厚な陶磁器が大きな存在感を持っていました。レイヴォはそこに、薄く軽く、白く澄んだ磁器の造形を持ち込みます。アルクティカの輪郭はやや細身で、丸みのなかにアールデコを思わせる優雅さが滲みます。
ヴィトロ磁器と量産技術の刷新
アルクティカの登場には、技術的な裏付けがありました。1970年代末、アラビアは新しい自動成形ラインとトンネル窯を導入し、白いヴィトロ磁器(vitro porcelain)と呼ばれる素地を採用します。従来より高密度に焼き締まるこの素材は、レイヴォのすっきりとした造形と相性がよく、アルクティカ、KR、ハーレキンといったシリーズが、初期のヴィトロ磁器作品として位置づけられます。
Photo: Wikimedia Commons / Joneikifi / CC BY-SA 4.0
量産技術と新しい家庭空間に対応したシリーズ
アルクティカは、1970年代末から80年代にかけての新しい家庭空間に合うよう設計されたシリーズでした。薄く軽いヴィトロ磁器、すっきりとした白、重ねたときに無理のないフォルムは、当時の量産技術と暮らしの変化を反映しています。現在ヴィンテージとして見ると、その魅力は機能だけでなく、白磁の静けさと無駄のない造形にあります。棚やキャビネットに並べたときの落ち着いた佇まいは、北欧インテリアの一点として長く愛される理由のひとつです。
Photo: Wikimedia Commons / Ximonic (Simo Räsänen) / CC BY-SA 3.0
キルシッカ、ハーレキン、その他の代表作
キルシッカ(Kirsikka)
キルシッカ(Kirsikka)は、フィンランド語で「桜の実(チェリー)」を意味するシリーズで、レイヴォが装飾を手がけた代表作のひとつです。淡くにじむ赤い実と細い枝のリズムは、植物画家としてのレイヴォの繊細な観察眼を伝えます。
地色は穏やかなアイボリーで、装飾は派手にならず、北欧の暮らしに馴染む静けさを保っています。同じ年代のサーリスト形を中心に、カップ、ポット、蓋付き容器など複数のアイテムに展開されました。
ハーレキン(Harlekin)
ハーレキン(Harlekin)は1970年代後半に発表された、レイヴォによるフォルム・シリーズです。名前はイタリア仮面喜劇コメディア・デラルテの道化師アルレッキーノに由来し、すらりと背の高い円筒形のかたちに、装飾違いで複数のラインが派生しました。
「カーニバル(Karneval)」は鮮やかな縞、「ゴールド(Gold)」は金縁、「ブラック(Musta)」は黒一色——いずれも、装飾を変えるだけでまったく違う表情になる、フォルムの強さを示す好例です。アルクティカと並び、ヴィトロ磁器の早期作品としても重要な位置を占めます。
サーリスト・ルスケアクッカ・タイカほか
| シリーズ | レイヴォの担当 | 特徴 |
|---|---|---|
| サーリスト(Saaristo) | フォルム | 名は「群島」。複数の装飾の母体となった基本形である |
| ルスケアクッカ(Ruskeakukka) | 装飾 | 「茶色の花」の意。ファエンツァ形に載せた、70年代を象徴する茶色の花柄である |
| タイカ(Taika, 1980年代) | 装飾 | 「魔法」の意。クラウス・ハーパニエミによる現行の同名シリーズ(2007年〜)とは別系統である |
| ウフトゥア(Uhtua) | 装飾 | カレリア地方の村名に由来する。市場やコレクター資料でレイヴォの装飾として扱われるシリーズである |
| レイマリ(Reimari) | 装飾 | 「Reimari」は浮標(ブイ)の意。1980年代の航海をモチーフにしたシリーズと紹介されることが多い。資料によって表記に揺れがある |
| アスラク(Aslak) | 装飾 | オレンジを基調にした幾何学パターン。サーミ系の男性名に由来し、市場ではレイヴォの装飾として紹介される場合がある |
Photo: Wikimedia Commons / Ximonic (Simo Räsänen) / CC BY-SA 4.0
ボーンチャイナへの探求——「光と静寂」展(1992年)
レイヴォはキャリアの中盤以降、量産シリーズの仕事と並行してボーンチャイナ(骨灰磁器)の研究に深く取り組みました。ボーンチャイナは生地の半透明性が高く、薄く焼き上げると光をほのかに通します。母が手がけていたとされる米粒磁器に通じる、光と磁器の対話が、レイヴォの後期作品に再び現れます。
1992年、レイヴォは初の個展「光と静寂(Light and Silence)」を開催。花瓶、ボウル、そして特にランプを中心とした、半透明性を最大限に引き出すボーンチャイナの作品群を発表しました。
Photo: Wikimedia Commons / Marit Henriksson / CC BY-SA 4.0
アラビア・アート部門協会と晩年の評価
2003年11月4日、レイヴォはアラビアのアーティストたちとともにアラビア・アート部門協会(Arabia Art Department Society / Pro Arabia Art Finland)の創設メンバーに名を連ねました。同協会は、1930年代に始まるアラビア・アート部門の伝統を守り、現代へ継承することを目的に設立されました。レイヴォはその創設メンバーの一人として、工場の中にアトリエを持つというアラビア独自の文化を次世代へつなぐ役割を担いました。
1932年に発足したアラビア・アート部門は、戦後の北欧陶芸を世界へ送り出した装置でしたが、企業の合理化のなかで存続が危ぶまれていました。レイヴォらの設立した協会は、ルート・ブリュック、ビルガー・カイピアイネン、ウラ・プロコッペといった先人が築いた「工場の中のアトリエ」という稀有な伝統を21世紀へ橋渡しした取り組みです。
フィンランド国家工業デザイン賞(1992年)
1992年、レイヴォはフィンランド政府からフィンランド国家工業デザイン賞(State Award for Industrial Design)を授与されました。これは応用美術分野で国が個人に与える最高位の賞のひとつで、同時期にはタピオ・ヴィルカラ、カイ・フランクといったフィンランド近代デザインを牽引した人物たちが名を連ねています。
2010年、レイヴォはヘルシンキで66歳で世を去りました。アルクティカはフィンランドのデザイン史に残る長期生産シリーズとなり、現在もヴィンテージ市場で安定した人気を保っています。
Photo: Wikimedia Commons / JIP / CC BY-SA 4.0
レイヴォ作品の見分け方
レイヴォの作品は、フォルム(サーリスト、アルクティカ、ハーレキン)と装飾(キルシッカ、ルスケアクッカ、タイカ)の組み合わせで識別されます。初期作品には、旧姓セッパラに由来する「IS」サインが見られる場合があります。ただし、量産シリーズでは個人サインが入らないものも多く、フォルム名、装飾名、バックスタンプ、製造年代をあわせて確認する必要があります。
まとめ
- インケリ・レイヴォ(1944–2010)は、ヘルシンキ生まれ、アラビア(ARABIA)で40年以上を過ごした陶磁器デザイナーです
- 母はアラビアの米粒磁器に関わる仕事をしていたと伝えられ、レイヴォは陶磁器工場が身近な環境で育ちました
- 1979年のアルクティカは、ヴィトロ磁器と新しい量産技術を背景に生まれた、白く澄んだ造形の長寿シリーズです
- キルシッカ、ハーレキン、サーリスト、ウフトゥアなど、フォルムと装飾の両方を高い水準で設計した稀有な作家です
- 1992年にフィンランド国家工業デザイン賞を受賞、2003年にはアラビア・アート部門協会の創設メンバーに名を連ねました
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