カイピアイネンが描いた「楽園」 フィンランド製オリジナルの名作
ARABIA社の名器パラティッシのヴィンテージのスープチューリンです。フィンランド語で楽園を意味するParatiisi(パラティッシ)シリーズは、1969年にビルガー・カイピアイネンがデザインを提供したものです。1972年には同名シリーズのモノクロ版もデザインされています。パラティッシは1974年に製造が中止となっていますが、1988年には同名シリーズが復刻されています。ただし88年以降のフィンランド産はフォルムに違いが生じており、フタにお玉用の穴が空いています。現在ではパラティッシは復刻版が楕円形で製造されていますが、すべてタイ産となっています。こちらは1969〜1971年頃までにフィンランドで製造されたオリジナルのスープチューリンです。バックスタンプにヴィオラの絵があるのが特徴です。
こちらのチューリンは取手と高台に金継ぎで補修を施したものです。本漆による金継ぎのため食洗機や電子レンジ等ではお使い頂くことが出来ません。また剥げやすいものですので、なるべく金継ぎ部には触れないようにお願いをします。
「装飾の王」が生んだ楽園

パラティッシをデザインしたビルガー・カイピアイネン(1915-1988)は、フィンランドが誇る「装飾の王(Koristeiden kuningas)」。幼少期にポリオを患い、ろくろが使えない身体でありながら、50年以上にわたりアラビア工場で装飾芸術に人生を捧げました。
ミニマリズムが席巻する北欧デザインの潮流に、彼は真っ向から抗いました。
「装飾性は人類最古の執着である。それを去勢すれば、人間は弱者になる。私は単調さと単純化が嫌いだ」
妻の死、スミレ、そして楽園へ
1966年、カイピアイネンは最愛の妻マッギを失います。彼女の棺をブルーのスミレで覆ったその日から、スミレは彼の生涯のモチーフとなりました。
「ショパンはスミレを愛した。私はショパンを愛する」
悲しみの中で生まれたのが、200万個のセラミックビーズで構成された40平方メートルの巨大壁画「オルヴォッキメリ(すみれの海)」。1967年モントリオール万博でグランプリを受賞しました。

このオルヴォッキメリの延長線上に、1969年、パラティッシは誕生します。元の名前は「タルハ(果樹園)」。ベルギー国王ボードワン夫妻がアラビア工場を訪問した際、完成したばかりのこのデザインに一目惚れ。ファビオラ王妃が自宅用に購入を希望し、「パラティッシ(楽園)」と名付けられました。
アラビア工場 — パラティッシが生まれた場所


ヴィンテージと現行品の違い
パラティッシの生産は1969年に始まり、1974年に一度中断。1988年に復活しましたが、その際にオリジナルの楕円形プレートから丸形に変更され、素材もファイアンス陶器からヴィトロ磁器に変わりました。さらに2016年にはフィンランド工場が閉鎖され、現在はタイで製造されています。
つまり、フィンランド製のヴィンテージ・パラティッシは——特に1969〜1974年のオリジナル期のものは——カイピアイネン自身が監修した時代の、もう二度と作られることのない器です。
パラティッシのバックスタンプ(ロゴ)の変遷

■詳細スペック
- メーカー:ARABIA / アラビア
- デザイナー:Birger Kaipiainen / ビルガー・カイピアイネン
- シリーズ名:Paratiisi / パラティッシ
- 年代:1970年頃
- 製造国:フィンランド
■コンディション:金継ぎ補修
食器として使用された形跡のないデッドストック品です。フタに黒点があり、フタの内部側に釉薬の下の薄いヒビが見られます。現存するヴィオラロゴでも特段優れた出来栄えのものと言えます。










