北欧のエッグスタンド完全ガイド|スウェーデンの朝の暮らしとロールストランド・グスタフスベリ・ARABIAの代表的なシリーズ
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北欧の磁器シリーズには、しばしば「エッグスタンド(äggkopp、エッグカップ)」と呼ばれる小さな円筒形の器が含まれています。一見すると控えめな存在ですが、その背後には19世紀から続く欧州の磁器産業の歴史と、ロールストランド、グスタフスベリ、ARABIAといった北欧の名窯と、リサ・ラーソンのような作家が描いた装飾の系譜が広がっています。
本記事では、スウェーデンとフィンランドの19世紀末以降の朝の暮らしの風景を歴史的背景として、ベルサ、モナミ、シルビア、アネモネ、バレンシア、ポスクなどに含まれるエッグスタンドを取り上げ、造形の特徴・年代・観賞のポイントをまとめてご紹介します。
この記事でわかること
- エッグスタンドが北欧の磁器シリーズに組み込まれてきた歴史的背景
- ロールストランド・グスタフスベリ・ARABIAの代表的なエッグスタンドと、作家リサ・ラーソンの関連作の年代
- モナミ、ピクニック、シルビア、ベルサ、アダム、プルーヌス、アネモネ、バレンシアなどの造形と意匠
- バックスタンプ・サイズ・観賞のポイントなど、コレクションのための基礎知識
目次
- エッグスタンドとは——小さな円筒形の器形
- 北欧の磁器産業と朝の暮らしの風景
- ロールストランドのエッグスタンド(モナミ/シルビア ほか)
- グスタフスベリのエッグスタンド(ベルサ/プルーヌス ほか)
- ARABIAのエッグスタンド(アネモネ/バレンシア)
- リサ・ラーソンとイースターのポスク
- バックスタンプ・サイズ・観賞のポイント
- まとめ
エッグスタンドとは——小さな円筒形の器形
エッグスタンドは、磁器または陶器でつくられた小型の円筒形の器形です。本来は卵を固定するための小型器形として欧州で定着した形ですが、本稿では用途の手順ではなく、造形と歴史的背景、そして各窯の意匠に焦点を当てます。
起源は古く、ヴェスヴィオ火山の噴火(紀元79年)で埋もれたポンペイの遺跡から銀製の小さなカップが出土しており、ポンペイ出土の小杯が起源の一例として挙げられます。中世期の具体的な記録は乏しく、エリザベス朝(16世紀後半)のイングランドで銀製のエッグカップが宮廷の食卓に登場した、(出典:Kalinko「A History of Egg Cups」)。
19世紀のヴィクトリア朝に入ると、ウェッジウッドやアヴィランドなどの磁器メーカーがエッグカップを量産しました。当時のカタログでは「ブレックファースト・セット」と呼ばれる組物に含まれる標準的な器形として、6・8・10個組の販売例が残されています(出典:Melita Latham London「A Cracking Tradition」)。スプーンや専用のトレイ、エッグウォーマー(保温用カバー)と組み合わされた一式が、19世紀後半のヨーロッパ磁器産業のなかで定型化していきました。
北欧への伝播
北欧のエッグカップは、ヨーロッパ大陸からの磁器文化と、19世紀半ば以降のスウェーデン・フィンランドにおける窯の近代化の両方を背景に育ちました。1726年創業のロールストランド、1825年創業のグスタフスベリ、1873年にロールストランドの子会社としてヘルシンキに設立されたARABIA——これら三つの大窯のシリーズに、19世紀末から20世紀にかけてエッグカップの形状が組み込まれていきます。
北欧の磁器産業と朝の暮らしの風景
スウェーデンとフィンランドでは、19世紀末以降に磁器産業が近代化し、各窯がカタログを通じて家庭向けのシリーズを展開しました。シリーズには、プレート、ボウル、ティーカップ、コーヒーカップ、ポット、クリーマー、シュガーポット、そしてエッグカップが含まれることが多く、当時のカタログでは、朝の場面を意識した小品として掲載されています。
カール・ラーソン(1853–1919)の水彩画《大きな白樺の下の朝食》には、白い卓布、青と白の磁器、そして家族の朝食風景が描かれています。19世紀末のスウェーデン市民の理想を示した一枚であり、ここに見られる「自然光のなかの簡素な朝食」という美意識は、後の北欧デザインに通底したと評されることがあります。
小さな器形としてのエッグカップ
各窯のカタログのなかで、エッグカップは円筒形または椀形の小さな器形として定型化していきました。19世紀末から20世紀初頭の北欧では白い釉薬を基調とした素朴な意匠が多く見られましたが、ミッドセンチュリーに入ると、デザイナーの手による彩色のあるシリーズの一部としてエッグカップが組み込まれ、小品ながら各シリーズの意匠を凝縮した存在となっていきます。
ロールストランドのエッグスタンド
1726年に設立されたロールストランドは、欧州最古級の磁器窯の一つに数えられます。1930年代前半にスウェーデン西部のリードヒェーピング(Lidköping)に本拠地を移転しました。その後20世紀のあいだに数多くのデザイナーがシリーズを発表しました。多くのシリーズには「äggkopp(エッグカップ)」がラインアップに含まれており、1950年代から70年代にかけてのスウェーデン磁器の小品として知られています。
モナミ(Mon Amie)——初期の代表作の一つ
1952年、ストックホルムの工芸学校(Konstfack、現コンストファック)を1950年に卒業したマリアンヌ・ウェストマン(1928–2017)がロールストランドで発表したシリーズが、コバルトブルーの花柄を持つ《モナミ》です。最初期のシリーズの一つとして知られています。フランス語で「私の恋人」を意味するこの名は、明るく軽やかな花の意匠と相まって、戦後のスウェーデンを代表する作品の一つに数えられます。
モナミのエッグカップは高さ約4cm、口径約7cmです。コバルトの花柄が小さな円筒に巡らされており、同シリーズのプレートやティーカップと並べると意匠の連続性が際立ちます。1950年代前半に発表され、1980年代まで継続し、スウェーデンのナショナル博物館にも収蔵されています。
ウェストマンの生涯と全代表作については、当店コラム「マリアンヌ・ウェストマン完全ガイド|モナミを生んだ「スウェーデンの磁器の母」」で詳しく取り上げています。
ピクニック(Picknick)——カラフルなシリーズ
1956年、同じくウェストマンが発表したシリーズが《ピクニック》です。野菜やフルーツを抽象化したスタイライズドな絵柄が、ピンク、ブルー、グリーンなどの差し色で描かれ、戦後のミッドセンチュリー期のスウェーデンを代表する作品の一つに数えられます。1956年の発表時のカタログには P1 から P37 までのアイテムが並び、エッグカップも含まれていました(出典:Mother Sweden「Marianne Westman Picknick」)。
ピクニックのエッグカップは、カップ部分と一体のソーサーが付いた形が特徴で、副次の置き場を設けた一体成形が見られます。1956年から1969年まで製造されました。
シルビア(Sylvia)——ロールストランド250周年記念シリーズ
1976年、ロールストランド創業250周年を記念して発表されたのが、シルビア・レウショヴィウス(Sylvia Leuchovius、1915–2003)による《シルビア》です。コバルトと黒で描かれた花の意匠と、王冠のような縁取りが特徴で、1976年から1982年まで製造され、現在では市場で見かける数が限られています。
シルビア・レウショヴィウスはイェーテボリの工芸学校で学び、ロールストランドで20年以上にわたり装飾デザインを手がけました。シリーズ名「シルビア」は、ロールストランド創業250年と同時期に名づけられ、スウェーデン王カール16世グスタフの妃シルビア王妃へのオマージュとして知られています。
ブロー・エルド(Blå Eld)——青い炎
ヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson、1917–1993)が1951年に発表した《ブロー・エルド》(青い炎)は、コバルトの編み込み模様が外周を巡るストーンウェアのシリーズです。耐熱性を意識した製品群として知られています。1971年まで製造され、エッグカップもラインアップに含まれていました。
ベングトソンはロールストランド在籍中に複数のシリーズを手がけ、そのうち《コカ》(Koka)も国民的な人気を獲得しています。ベングトソンの足跡は、当店コラム「ヘルタ・ベングトソン完全ガイド|Blå Eldを生んだロールストランドの陶磁器デザイナー」で詳述しています。
エリザベス(Elizabeth)とイレーネ(Irene)
ロールストランドには、ベングトソンやウェストマンのシリーズ以外にも、装飾画家たちが手がけた手描き花柄のエッグカップが存在します。《エリザベス》や《イレーネ》もその一例で、繊細な花を細やかに描き込んだ器として、北欧の市場を経て今日まで残されてきました。
ロールストランドの歴史と代表シリーズの全体像は、当店コラム「ロールストランド(Rörstrand)入門|ヨーロッパで2番目に古い陶磁器ブランドの歴史と名作シリーズ」をご参照ください。
グスタフスベリのエッグスタンド
1825年にストックホルム郊外のヴェルムドー島で創業したグスタフスベリは、200年近い歴史を持つスウェーデンの磁器窯です。20世紀には総合芸術監督ヴィルヘルム・コーゲ(1889–1960)と、その後継者スティグ・リンドベリ(1916–1982)の時代に最盛期を迎え、ベルサ、プルーヌス、アダム、エヴァといった代表的なシリーズが生まれました。
ベルサ(Berså)——スティグ・リンドベリの代表作の一つ
1960年にスティグ・リンドベリが描き、1961年に発売された《ベルサ》は、グスタフスベリの代表的な作品の一つに数えられます。スウェーデン語で「あずまや」を意味する Berså の名のとおり、緑の葉柄がリズミカルに連続し、白い素地との対比が爽やかな印象を与えます。1974年まで生産が続いたのち、2004年に復刻され、現在もボーンチャイナで生産されています。
ベルサのエッグカップは高さ約3.8〜4cm、口径約4.5〜5cmで、ベルサの葉柄が下側面に1列だけ巡らされたシンプルな構成です。リンドベリの装飾哲学である「日常のための芸術」を体現する小品と評されることがあり、ヴィンテージ品では底面に「GUSTAVSBERG」の錨(アンカー)ロゴやシリーズ名、手描きの「Stig L」サインが見られる例があります。
ベルサ全体の歴史については、当店コラム「ベルサ(Bersa)完全ガイド」と「ベルサの葉は誰が描いたのか|スティグ・リンドベリの名作に残るもう一人のデザイナー」も合わせてご参照ください。
アダム(Adam)とエヴァ(Eva)——コバルトの水玉
1959年にスティグ・リンドベリが手がけた《アダム》は、コバルトブルーの水玉柄を持つグスタフスベリのシリーズです。同じ柄で色違いの《エヴァ》(赤色の水玉)が対になっています。1959年以降に生産が続き、現在ではボーンチャイナで復刻されています。
アダムのエッグカップは、コバルトの水玉が側面を均等に覆い、シンプルな白い素地にリズムを与えます。現行の復刻版が流通しているため、旧期と現行の判別には底面のバックスタンプの違いが手がかりとなります(目安:旧期は手描きの「Stig L」と錨ロゴ/現行はプリントロゴと「Bone China」表示)。
プルーヌス(Prunus)——青い梅
1962年にスティグ・リンドベリが描いた《プルーヌス》は、青い梅をモチーフとしたシリーズです。植物学名「Prunus(サクラ・ウメ属)」をシリーズ名としており、青を主体に、灰や緑を配した配色が特徴です。1962年から1974年まで製造され、その後2009年にボーンチャイナで復刻されました。
色数と工程の多さを背景に、ベルサやアダムより高値で取引される傾向があります。プルーヌスの詳細は「プルーヌス(Prunus)完全ガイド|スティグ・リンドベリが描いた青い梅の食器」をご参照ください。
ARABIAのエッグスタンド
1873年、ロールストランドはヘルシンキに子会社としてARABIAを設立しました。当時のフィンランドはロシア帝国の自治大公国であり、ロシア市場への輸出を見据えた拠点づくりが目的でした。1916年にロールストランドから独立して以降、ARABIAはフィンランドを代表する磁器ブランドへと成長し、ヘルシンキ北部のアラビアンランタ(Arabianranta)地区にある工場で数多くのシリーズが生み出されました。
アネモネ(Anemone)——ウラ・プロコッペの手描き
1962年、ARABIAでウラ・プロコッペ(Ulla Procopé、1921–1968)が発表した《アネモネ》は、白いストーンウェアにコバルトブルーの花と葉が手描きされたシリーズです。「アネモネ(イチリンソウ属)」の花を抽象化した意匠で、1962年から1976年まで製造されました。
アネモネのレギュラーラインには、プレート、ティーカップ、ティーポット、シュガーポット、クリーマー、エッグカップなども含まれていました。エッグカップは口径約7.5cm、高さ約4cm。下端に小さな高台を持つ椀形の構成で、内側にわずかな起伏を設けた造形となっています(出典:Mother Sweden「Ulla Procopé Anemone」)。
プロコッペは1948年にヘルシンキ芸術デザイン大学(現アアルト大学)を卒業した後、ARABIAのハンドペイント部門に入社し、ARABIAの中心的なデザイナーの一人となりました。彼女の代表作とその他のシリーズは、当店コラム「ウラ・プロコッペ完全ガイド|バレンシアとルスカを生んだARABIAの名匠」で取り上げています。
バレンシア(Valencia)——コバルトの手描きシリーズ
1960年代にウラ・プロコッペが発表した《バレンシア》は、ARABIAの白い素地のストーンウェア(炻器)にコバルトブルーの幾何学的花柄が手描きで施されたシリーズです。スペインの地中海風タイルを想起させる意匠で、深い青と白のコントラストが印象的です。1960年代から2000年代初頭まで製造が続き、ARABIAの代表的な手描きシリーズの一つとして知られています。
バレンシアのエッグカップは、白い素地のストーンウェアにコバルトの絵付けが映える小品で、紋様の細かさからプロコッペのデザイン哲学が読み取れます。バレンシアの全体像については、当店コラム「ARABIA バレンシア(Valencia)完全ガイド|コバルトブルーの手描き」で詳しく紹介しています。
リサ・ラーソンとイースターのポスク
北欧のエッグカップを語るうえで、リサ・ラーソン(1931–2024)が手がけた《ポスク》(Påsk)にも触れたい一群があります。スウェーデン語で「イースター(復活祭)」を意味するこのシリーズは、ニワトリの形をしたエッグスタンドに、磁器でできた「擬卵(つくりたまご)」が組み合わされた装飾陶器です。
北欧のイースター文化
北欧の春のイースターでは、家のなかをイースターエッグや小鳥のモチーフで飾る習慣があります。スウェーデンでは「ポスクリス(Påskris)」と呼ばれる柳の枝に色羽根を飾る伝統があり、子どもたちが魔女に扮して近所を回る「ポスケハクサ(Påskhäxa)」の習俗も知られています。
リサ・ラーソンが生涯にわたり手がけた装飾陶器のなかでも、ポスクは春のインテリア小物の一群です。グスタフスベリ時代から独立後のKeramikstudion(通称Kスタジオ)時代まで、複数のサイズと意匠で制作されました。
リサ・ラーソンの全体像は、当店コラム「リサ・ラーソン完全ガイド|生涯・代表作・サインが無いけど本物?見分け方」で詳述しています。
バックスタンプ・サイズ・観賞のポイント
サイズの目安
北欧の代表的なエッグスタンドは、伝統的な意匠寸法の傾向として、以下の範囲に収まることが多くなっています。
- 高さ:3.8〜5cm前後
- 口径:4.5〜7.5cm前後
- 容量:40〜70ml前後(参考値)
ピクニックのようにソーサー一体型もあれば、ベルサやプルーヌスのように円筒形の単体もあります。リサ・ラーソンのポスクは装飾性が高く、ニワトリの形をした台座と擬卵がセットになる構造です。
バックスタンプの読み方
エッグスタンドは小さく、ティーカップやプレートよりも高台が狭いため、バックスタンプも省略形が多くなる傾向があります。一般的なヴィンテージ品では、以下の要素が入る例があります。
- 窯のロゴ(時期により意匠・表記差がある。例:ロールストランドの王冠系マーク、グスタフスベリの錨、ARABIAの王冠と「ARABIA FINLAND」など)
- シリーズ名(Berså、Mon Amie、Prunus、Anemone など)
- デザイナーのサイン(Stig L、M Westman、Ulla P など、シリーズによる)
- 年代記号(窯ごとに独自のコードがある場合あり)
各窯のバックスタンプ詳細は、当店コラム「北欧食器のバックスタンプ総合ガイド——裏面の刻印で読み解くブランド・年代・真贋」と「ARABIAの刻印(バックスタンプ)年代別完全ガイド」で詳細にまとめています。
まとめ
この記事のポイント
- ポンペイ出土の銀製小杯が起源の一例として挙げられ、磁器の量産はヴィクトリア朝期に広まった
- 北欧では、19世紀末以降の磁器産業の近代化を背景に、ミッドセンチュリー期のシリーズの一部として特徴的な発展を見せた
- ロールストランドのモナミ/ピクニック/シルビア/ブロー・エルド、グスタフスベリのベルサ/アダム/プルーヌス、ARABIAのアネモネ/バレンシアは、それぞれの窯の意匠を凝縮した小品です
- リサ・ラーソンのポスクは、北欧のイースター文化と結びついた装飾陶器の一群です
- サイズは高さ3.8〜5cm、口径4.5〜7.5cm前後となっている。バックスタンプにはシリーズ名とデザイナーのサインが残されている場合が多い