マリアンヌ・ウェストマン完全ガイド|モナミを生んだ「スウェーデンの磁器の母」の生涯と代表作
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この記事の要点
- マリアンヌ・ウェストマン(1928-2017)は、ロールストランドのデザインの約45%を一人で担った伝説的デザイナー
- 代表作モナミ(Mon Amie)は、夏至の夜に摘んだイソツツジから着想された
- ピクニック、ポモナなど「オーブンからそのまま食卓へ」の実用的デザインを次々と生み出した
- スウェーデンのダーラナ地方ファールンに生まれ、コンストファックで学んだのち、22歳でロールストランドに入社
- 「スウェーデンの磁器の母(Sveriges porslinsmamma)」と呼ばれ、北欧ミッドセンチュリーデザインの黄金期を支えた
目次
マリアンヌ・ウェストマンとは
マリアンヌ・ウェストマン(Ingeborg Marianne Westman, 1928-2017)は、スウェーデンの陶磁器デザイナーです。1950年から約21年間にわたってロールストランド(Rörstrand)のリードヒェーピング工場で活躍し、「スウェーデンの磁器の母(Sveriges porslinsmamma)」と呼ばれました。
コバルトブルーの花模様が愛されるモナミ(Mon Amie)、陽気な野菜柄のピクニック(Picknick)、ポモナ(Pomona)——彼女がデザインした数々のシリーズは、ロールストランドのデザインの約45%を担うまでになりました。自然と日常生活から着想を得て、「オーブンからそのまま食卓へ」という実用的なコンセプトを追求した、北欧ミッドセンチュリーデザインを代表するデザイナーの一人です。
ダーラナの少女時代——菜園が育んだ色彩感覚
1928年6月17日、マリアンヌはスウェーデン中部ダーラナ地方の町ファールン(Falun)に生まれました。父トーレ・フレドリク(Tore Fredrik)は卸売商、母ラグナ・マルギット(Ragna Margit)は料理の腕に定評のある女性でした。妹のインガ=リル(後にテキスタイルアーティストとなる)と弟ブルーノとともに、商人の農場で大家族に囲まれて育ちました。
後年、マリアンヌの代表作ピクニックやポモナに描かれる色鮮やかな野菜や果物は、子供時代に親しんだ農家の菜園の記憶に根ざしています。タマネギ、エンドウ豆、ニンジン、ビーツ——ダーラナの大地で育った作物が、やがてロールストランドの食器を彩ることになります。
銅山の町ファールン
マリアンヌの故郷ファールンは、かつて世界最大の銅山で栄えた歴史ある町です。ファールンの大銅山(Falu gruva)は2001年にユネスコ世界遺産に登録されました。この銅山から産出された顔料が、スウェーデンの伝統的な赤い木造家屋「ファールン・レッド(Falu rödfärg)」の塗料として使われています。
マリアンヌは地元のヴァルハラ女子校(Valhalla flickskola)で学んだ後、1946年にストックホルムへ向かいます。
コンストファックでの学び
1946年から1950年まで、マリアンヌはストックホルムのコンストファック(Konstfackskolan、現在のKonstfack — 国立芸術工芸デザイン大学)で陶磁器・ガラス学科の商業デザインプログラムを学びました。卒業後は故郷ファールンに自分の工房を開くことを夢見ていたといいます。
しかし、運命は別の道を用意していました。ロールストランドの経営者フレドリク・ヴェチェ(Fredrik Wehtje)に見出されたマリアンヌは、22歳にしてスウェーデン有数の名窯への入社を果たします。自分の工房を持つ夢は一旦脇に置かれ、その代わりに、ロールストランドの歴史を塗り替える21年間が始まるのでした。
ロールストランドでの21年間
ヴェーネルン湖畔の工場町リードヒェーピング
1950年、マリアンヌが赴任したのは、スウェーデン南西部ヴェステルイェートランド地方のリードヒェーピング(Lidköping)にあるロールストランドの工場でした。1726年にストックホルムで創業したロールストランドは、ヨーロッパで2番目に古い磁器ブランドです。工場は20世紀前半にリードヒェーピングへ移転し、スウェーデン最大の湖ヴェーネルン(Vänern)のほとりで磁器の生産を続けていました。
入社当初、若い女性デザイナーのアイデアは必ずしも歓迎されませんでした。提案が却下されることもあったといいます。しかし、マリアンヌは新任の研究室長(laboratoriechefen)ローレ・シュルト(Lore Schuldt)とともに新しいホワイトアースンウェアの開発に取り組み、やがて工場の中心的存在へと成長していきます。
モナミの誕生——夏至の夜のイソツツジ
マリアンヌの名を不朽のものにしたのは、1952年に発表されたモナミ(Mon Amie)です。白磁にコバルトブルーの四弁花が散りばめられたパターン——そのインスピレーションの源は、スウェーデン北部で夏至の夜に摘んだイソツツジ(Northern Labrador tea)でした。
モナミはロールストランド史上最も人気のあるテーブルウェアの一つとなり、6つの国際金メダルを含む高い評価を受けました。40ピースのセットとして展開されたこのシリーズは、1952年から1987年まで35年間にわたって製造されました。2008年にはマリアンヌの80歳を記念して拡大フォーマットで復刻されています。
ヴィンテージ・モナミの装飾技法と見分け方
モナミの青い花文様は、白磁にコバルト顔料で施された釉下彩(ゆうかさい)です。ヴィンテージ期(1952–1987年)のモナミは、ステンシル(型紙)を用いた噴霧でコバルト顔料を定着させた上に、職人が筆で輪郭や花弁を補正するという方式で装飾されていました。量産に対応する工業的な工程と、手仕事による仕上げが組み合わされた技法です。
そのため、図柄の基本配置は揃っている一方で、噴霧による青の濃淡、花弁のにじみ具合、筆の補正の入り方には一点ごとに差があります。同じモナミを並べてみると、同じ図柄なのに花弁の表情が微妙に違う——この個体差こそが、ヴィンテージ・モナミの魅力です。
2008年にマリアンヌの80歳を記念して復刻されたモナミは、現在も販売されています。復刻版では工業的なデカール(転写シール)またはデジタルプリント系の装飾に移行しており、輪郭はよりシャープで、青色も均一です。デザイン自体はオリジナルを忠実に踏襲していますが、ヴィンテージのような噴霧のにじみや筆の痕跡は見られません。
| ヴィンテージ(1952–1987) | 復刻版(2008〜) | |
|---|---|---|
| 装飾技法 | ステンシル噴霧+筆補正による釉下彩 | 工業的なデカール印刷またはデジタルプリント |
| 色調 | 深みのあるコバルトブルー。噴霧のため濃淡に差がある | 明るく均一な青 |
| 下地の色 | やや黄みを帯びたオフホワイト。経年により貫入が見られる個体もある | 純白で光沢が強い |
| 輪郭の印象 | エッジがやや柔らかく、にじみがある | シャープで均一 |
| 個体差 | 噴霧と筆補正に由来する一点ごとの差が大きい | 少ない。仕上がりが揃っている |
| バックスタンプ | 王冠マーク+Rörstrand Sweden。初期品にはVDNマーク・P555あり | 現行Rörstrandロゴ。dishwasher safe表記など |
裏面のバックスタンプでも年代を推定できます。1973年以前の初期品には「Rörstrand Sweden」に加えてVDNマーク(食洗機対応の品質保証刻印)とP555(モナミのパターン番号)が刻まれています。1974年以降はVDNマークがなくなり、復刻版では現行のRörstrandロゴにdishwasher safe等の表記が加わります。
ピクニックとポモナ——菜園の記憶
1952年にデザインされ、1956年に発売されたピクニック(Picknick)は、マリアンヌの子供時代の菜園の記憶を鮮やかに食器に移したシリーズです。黒い輪郭線のプリントの上に手彩色で描かれた野菜や果物は、明るく陽気な色彩に満ちています。鍋、ティーポット、卵カップ、保存瓶まで含む幅広いアイテムで構成され、1969年まで製造されました。
同じく菜園から着想されたポモナ(Pomona)も1956年に発売されました。タマネギ、エンドウ豆、ニンジン、リーキ、ビーツなどが手描きで表現されたこのシリーズは、ピクニックと並んでマリアンヌの自然に対する深い愛着を物語っています。
ピクニックもポモナも、耐オーブン性のフリントウェアで作られていました。「オーブンからそのまま食卓へ」——マリアンヌのこの実用的なコンセプトは、当時の食文化の変化を的確に捉えたものでした。美しさと実用性を両立させるという彼女の信念は、すべての作品に貫かれています。
レッドトップ、エリザベス、ペルー——広がる表現
マリアンヌの創造性はモナミやピクニックにとどまりませんでした。赤い天面に黒のチェック柄が印象的なレッドトップ(Red Top, 1956年〜)は、モナミ、ピクニックと並んでロールストランドの売上を支える三本柱の一つとなりました。
1960年代に入ると、マリアンヌはストーンウェアの作品にも取り組みました。ロッタ(Lotta)、イーダ(Ida)、エリザベス(Elisabeth, 1969年〜1981年)などのシリーズは、ダーラナ地方の女性親族の名前を冠し、幅広い手描きのカラーバンドで装飾されています。エリザベスはドイツの「Die Gute Industriform(優れた工業デザイン)」賞を受賞しました。
1970年にはペルー(Peru)で、イタリアの権威あるファエンツァ国際陶芸展で金賞を受賞します。暗褐色のメタリックな釉薬が施されたこの耐オーブン食器は、それまでの明るい色彩とは対照的な、マリアンヌの新たな表現の幅を示すものでした。
さらに、10種以上の物語性のある子供用食器セット(ヨーラン、ピップ、フィッレなど)もデザインしており、マリアンヌの仕事はテーブルウェアの全領域に及んでいました。
デザインの45%を担った女性デザイナー
1950年代のスウェーデンの工業界において、若い女性デザイナーが工場の中核を担うことは決して当たり前ではありませんでした。入社当初、マリアンヌのアイデアは時に疑問視され、却下されることもありました。
しかし、モナミの成功が全てを変えました。マリアンヌは最終的に工場のデザインの約45%を担うまでになり、彼女は実力で性別の壁を超えていきました。「スウェーデンの磁器の母(Sveriges porslinsmamma)」という愛称は、その功績に対する敬意の表れです。
しかし1970年秋、ウプサラ・エケビーによる買収に伴う合理化で、マリアンヌは200人の同僚とともに解雇されました。工場のデザインの半分近くを支えていたデザイナーが、合理化の名のもとに職を失う——産業の効率化が芸術性と個人の貢献を顧みない、厳しい時代の一断面でした。
ロールストランドの女性陶芸家たち
マリアンヌは孤軍奮闘していたわけではありません。1952年、ストックホルムのビルゲル・ヤルルス通りに新しくオープンしたファクトリーショップで、4人の若い女性陶芸家による合同展が開催されました。
- ヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson, 1917-1993)——「コーカ・ブロー(Koka Blå)」で知られる
- マリア・ハックマン=ダーレーン(Maria Hackman-Dahlen)
- シルビア・レウショヴィウス(Sylvia Leuchovius)——装飾壁皿(väggfat)で知られる陶芸家。当店のシルビア・レウショヴィウス完全ガイドもご覧ください
- マリアンヌ・ウェストマン
この時代のロールストランドには、女性デザイナーが互いに刺激し合いながら創作に取り組むコミュニティが形成されていました。北欧デザインの黄金期が一人の天才だけでなく、こうした才能の集団によって支えられていたことは、忘れてはならない事実です。
ロールストランドの後——ガラスとドイツでの第二のキャリア
ロールストランドを離れたマリアンヌは、スモーランド地方のスクルーフ・ガラス工場(Skrufs Glasbruk)でガラスデザインに転向しました(1972-1977年頃)。コルク蓋のボトルやスタッキングボウルからなる「ル・シェフ(Le Chef)」シリーズ、「プロヴァンス(Provence)」チーズボードなど、ガラスの世界でも実用性と美しさを兼ね備えた作品を生み出しました。
同時期の1972年からは、ドイツの磁器メーカー、フッチェンロイター(Hutschenreuther AG)とも長期契約を結びます。ミュンヘンを拠点に1993年まで活動し、「セット・フォー・シングルズ(Set for Singles)」「ホット・セット(Hot set)」「クリスティーナ(Kristina)」「ファールン(Falun)」などをデザインしました。
マリアンヌ自身は、フッチェンロイターでデザインした「ホット・セット」を自分の最高傑作と考えていたといいます。しかし為替レートの問題から、これらの作品はスウェーデン国内ではほとんど流通しませんでした。
故郷への帰還とアルメダールス
1993年、65歳のマリアンヌはドイツから故郷ファールンに帰還しました。生涯未婚だったマリアンヌは、家族のテキスタイル工房でパターンデザインの仕事を始めます。
2009年、転機が訪れます。スウェーデンのテキスタイルメーカー、アルメダールス(Almedahls)がマリアンヌとのコラボレーションを開始したのです。ピクニック、ポモナ、フリスコ、ベル・アミーなど、かつてロールストランドの食器を彩った往年のデザインがテキスタイルとして復刻されました。
マリアンヌのデザインは、磁器という媒体を超えて布の上に新しい命を吹き込まれたのです。2017年1月15日、マリアンヌは88歳で故郷ファールンにて永眠しました。
当店のマリアンヌ・ウェストマン作品
当店ではマリアンヌ・ウェストマンがデザインしたロールストランドの作品を取り扱っています。モナミのティーカップやティーポット、ポモナのクリーマーやシュガーボウルなど、ヴィンテージならではの温かみのある手触りと、マリアンヌの卓越したデザインを堪能していただけます。
受賞歴と収蔵
| 年 | 賞 |
|---|---|
| 1954年〜 | 6つの国際金メダルを受賞(SKBLによる) |
| 1960年代 | Die Gute Industriform(ドイツ「優れた工業デザイン」賞)——エリザベスに対して |
| 1964年 | ファエンツァ国際陶芸展 金賞(イタリア)——ストーンウェアに対して |
| 1970年 | ファエンツァ国際陶芸展 金賞(イタリア)——ペルーに対して |
マリアンヌの作品はスウェーデン国立美術・デザイン博物館(Nationalmuseum)に収蔵されています。
マリアンヌ・ウェストマン年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1928年 | ダーラナ地方ファールンに生まれる |
| 1946年 | コンストファック入学(ストックホルム) |
| 1950年 | ロールストランド入社(リードヒェーピング工場) |
| 1952年 | モナミ(Mon Amie)発表 |
| 1956年 | ピクニック、ポモナ、レッドトップ発売 |
| 1964年 | ファエンツァ国際陶芸展 金賞 |
| 1969年 | エリザベス発売 |
| 1970年 | ペルーでファエンツァ金賞、秋にロールストランド解雇(ウプサラ・エケビー買収に伴う合理化) |
| 1972年 | スクルーフ・ガラス工場、フッチェンロイターとの契約開始 |
| 1993年 | 故郷ファールンに帰還 |
| 2009年 | アルメダールスとのコラボレーション開始 |
| 2017年 | ファールンにて永眠(88歳) |
まとめ
マリアンヌ・ウェストマンは、ダーラナの菜園で育んだ自然への愛と、「オーブンからそのまま食卓へ」という揺るぎない実用主義を、ロールストランドの磁器に融合させたデザイナーでした。モナミ、ピクニック、ポモナという名作の数々は、60年以上の時を経た今もなお世界中のコレクターに愛されています。
22歳で名窯に飛び込み、工場のデザインの45%を一人で担うまでになった彼女の物語は、才能と粘り強さが時代の壁を超えることを教えてくれます。「スウェーデンの磁器の母」が描いた花と野菜は、北欧の自然そのものの記憶です。
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