ベルサの葉は誰が描いたのか|スティグ・リンドベリの名作に残るもう一人のデザイナー

ベルサの葉は誰が描いたのか|スティグ・リンドベリの名作に残るもう一人のデザイナー

この記事の要点

  • ベルサ(Berså)は、グスタフスベリ(Gustavsberg)におけるスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)の代表的シリーズとして、現在も博物館・オークションハウス・主要販売市場で扱われています。
  • 一方で、ベルサの象徴である葉の図案化には、当時リンドベリの助手だったクリステル・カールマルク(Krister Karlmark)の手が入っています。
  • スウェーデン語の伝記資料には、リンドベリがカールマルクに「スティグ・リンドベリの精神で図案を描いてみるように」と指示したと記されています。
  • これは「ベルサがリンドベリの作品ではない」という話ではなく、リンドベリが構想し、カールマルクが葉の図案を量産向けにかたちにした、二層構造の作者性の事例です。
  • 同じ問いは、ロールストランドのアネモン(Anemon)の作者問題にも通じています。

目次

  1. はじめに——「リンドベリのベルサ」に残る小さな問い
  2. ベルサ(Berså)とは——グスタフスベリを代表する葉っぱ柄
  3. なぜベルサは「スティグ・リンドベリ作」とされているのか
    1. アートディレクターとしてのリンドベリ
    2. 市場と博物館における表記
  4. クリステル・カールマルクとは誰か
    1. 生涯と経歴
    2. ベルサとの関わり
  5. 「葉っぱ柄を描いたのは誰か」という問い
  6. 北欧の量産食器における「作者性」
  7. アネモンの作者問題との共通点
  8. では、ベルサは誰のデザインと表記すべきか
  9. まとめ——ベルサの葉っぱ柄が教えてくれること

はじめに——「リンドベリのベルサ」に残る小さな問い

スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森・陶芸館、2026年)の館内大型バナー
2026年に滋賀県立陶芸の森・陶芸館で開催されたスティグ・リンドベリ展(特別展「20世紀北欧デザインの巨匠 スティグ・リンドベリ展(スウェーデン版)」、会期2026年3月20日〜5月10日)の館内大型バナー。本記事の調査の一部はこの展覧会の展示資料をもとにしている。

北欧ヴィンテージ食器を扱っていると、最も多く名前を聞くシリーズの一つが、グスタフスベリのベルサ(Berså)です。白地に重ねられた、深い緑の葉のリズム。一目でそれと分かる強い個性を持ちながら、日常の空間に自然になじむ。ベルサは、20世紀スウェーデン食器を代表する意匠の一つです。

グスタフスベリ ベルサ コーヒーカップ&ソーサー(復刻版)
グスタフスベリのベルサ(Berså)。緑の葉が連続するリズミカルな装飾は、20世紀スウェーデン食器の代表的な意匠として知られている。/当店取扱品

そのベルサは、一般に「スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)の代表的なシリーズの一つ」として紹介されています。博物館のキャプションも、主要オークションハウスのカタログも、ヴィンテージ販売市場の作家欄も、ほとんどの場合にリンドベリの名前が記されます。

ところが、北欧デザインの伝記資料を読むと、ベルサの装飾そのものについては、もう一人の名前が静かに添えられていることがあります。クリステル・カールマルク(Krister Karlmark)です。当時、グスタフスベリでリンドベリの助手として働いていた若い陶磁器デザイナーで、後にコンストファック(Konstfack、スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学)の陶磁ガラス科の教師、そして校長となる人物です。

本記事では、「ベルサはスティグ・リンドベリの代表的シリーズである。同時に、あの葉の図案化には、助手だったクリステル・カールマルクの手が入っている」という、二層構造の作者性として整理します。そのうえで、北欧ミッドセンチュリーの量産食器における「作者名」とは、そもそも何を意味しているのかを考えていきます。

ベルサ(Berså)とは——グスタフスベリを代表する葉っぱ柄

グスタフスベリ ベルサ 24cm大皿
ベルサの24cm大皿。葉柄が円周に沿って規則的に並び、白い余白とのコントラストが際立つ。/当店取扱品

ベルサは、グスタフスベリが1961年から展開したテーブルウェア・シリーズです。図案そのものは1960年頃に作られたとされ、シリーズ名の「Berså」はスウェーデン語で、庭先に作られる蔓棚や葉に覆われたあずまや(緑のトンネル状の小空間)を意味します。器の縁を取り囲むように描かれた葉は、その「あずまや」の葉群を上から見たような構図として読むことができます。

シリーズは、コーヒーカップ&ソーサーをはじめ、プレート、ボウル型、ポット類、クリーマー、シュガー入れ、卵立てなど、コーヒーまわりからテーブル周辺までの器形が幅広く揃う構成で展開されました。色は深い緑のみで、装飾も葉と細い茎だけに絞られているため、シリーズとしての統一感が非常に強いのが特徴です。

グスタフスベリ ベルサ ティーポット
ベルサのティーポット。本体と蓋に葉柄が並び、シリーズ全体の統一感を支えている。/当店取扱品

量産期は1961年から1974年までで、1974年にいったん製造が停止されました。長く廃盤シリーズとして親しまれてきましたが、2005年から復刻生産が始まり、現在もスウェーデン本国で生産が続いています。ヴィンテージ品と復刻品の両方が市場に並んでいるのは、こうした生産史の経緯によります。

20世紀後半のスウェーデン家庭で、ベルサほど広く使われた装飾シリーズは多くありません。その意味で、ベルサは単なる一つのテーブルウェアではなく、戦後スウェーデン生活文化のアイコンと呼んでよい存在です。

なぜベルサは「スティグ・リンドベリ作」とされているのか

アートディレクターとしてのリンドベリ

スティグ・リンドベリの肖像
スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg、1916–1982)。グスタフスベリのアートディレクターとして、戦後スウェーデン食器の方向性を決定づけた。/Photo: Bent K. Rasmussen, Wikimedia Commons, Public domain

ベルサがリンドベリ作とされる大きな理由は、当時の彼の役職にあります。リンドベリは1949年にヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge)からグスタフスベリのアートディレクターを引き継ぎ、戦後のグスタフスベリの方向性を実質的に決定づけた人物です。器のフォルム設計から、装飾の方向性、シリーズの編成、外部広告のグラフィックに至るまで、全体を統括する立場にありました。

グスタフスベリの陶磁工房に立つリンドベリとコーゲ(1930年代後半)
1930年代後半のグスタフスベリの陶磁工房。向かって右がスティグ・リンドベリ、左がアートディレクターを務めていたヴィルヘルム・コーゲ。リンドベリは1937年にグスタフスベリへ入社した。/Wikimedia Commons, Public domain

ベルサで使用された器のフォルムは、リンドベリが手がけてきた既存のシリーズと連続性のあるかたちです。同じグスタフスベリで並行して作られていた他のリンドベリ作品と並べると、器のシルエットそのものが彼の造形言語の一部であることがよく分かります。

グスタフスベリの「ストゥディオ(Studio)」シリーズ
グスタフスベリでコーゲとリンドベリが手がけた「ストゥディオ(Studio)」シリーズ。リンドベリは早い時期から、フォルムと装飾の両面で工場全体の造形方針を担っていた。/Photo: Holger Ellgaard, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

つまり、リンドベリは少なくとも「ベルサというシリーズの企画責任者であり、器そのものの造形を担当した中心人物」といえます。葉の図案化に他の手が加わっていたとしても、シリーズ全体を成立させたのはリンドベリだ、という見方です。

付け加えれば、リンドベリ自身は「シンプルモダンのデザイナー」という一言で括れる作家ではありません。テーブルウェアの装飾デザインに並行して、土の質感を強く残した彫刻的なユニークピース、釉薬を厚く流したストーンウェアの動物像、絵画・グラフィックまで手がけ、戦後スウェーデンの陶芸・食器デザインの表現の幅を押し広げた人物でした。

スティグ・リンドベリのユニークピース 頭に鳥を載せた女
スティグ・リンドベリのユニークピース《頭に鳥を載せた女》。土の質感や手の痕跡を色濃く残す彫刻的な作品も、リンドベリの仕事の重要な一面である。リサ・ラーソンの作風への影響も想起させる/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影
スティグ・リンドベリのユニークピース 魚を抱える青の坐像
魚を抱えるように坐る人物像。深い青の釉薬と、衣服や鱗にまで彫り込まれた線描が、ベルサの整然とした葉柄とは別系統のリンドベリ像を見せてくれる。/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影
スティグ・リンドベリのユニークピース 鹿の彫刻
釉薬がまだら模様を描く鹿の彫刻。脚と角の絡み合うシルエットには、量産食器の整理された装飾からはうかがえない、彫刻家としてのリンドベリの一面が現れている。/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影

こうした彫刻的な仕事と、ベルサのような整理された量産シリーズの装飾が、同じ作家のなかで共存していたという事実は、ベルサにおける「葉の図案化を別の手に託す」という分業が行われたことを示しています。リンドベリにとって、すべての筆を自分で動かすことよりも、シリーズ全体の表現の方向性を組み立てることのほうが、より本質的な仕事だったとも言えます。

ベルサの「葉柄」というモチーフ自体も、リンドベリの仕事の外から突然降って湧いたものではありません。彼が自身の手で絵付けしたユニークピースを見ていくと、人物像や顔のかたわらに、伸びる葉、垂れる葉、輪郭だけを残した葉が、何度も繰り返し表現として登場しています。

スティグ・リンドベリのユニークピース 人物と葉が描かれた把手付の器
人物像と葉が散らされたリンドベリのユニークピース。中央の女性像の周囲に、葉のシルエットが繰り返し置かれている。葉のモチーフは、ベルサ以前からすでにリンドベリの絵付けの語彙に含まれていたことが見て取れる。/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影
スティグ・リンドベリのユニークピース 顔と葉が描かれたマグカップ
マグカップに描かれた女性像と葉。髪のように顔のまわりに広がる葉群は、ベルサのリズミカルな反復とはまた違う、自由な手描きの葉の表現である。/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影
スティグ・リンドベリのユニークピース 葉に囲まれた顔のプレート
顔のまわりを葉のリースが取り囲むプレート。葉そのものをモチーフの中心に据える発想は、リンドベリのユニークピースの中に、すでに繰り返し現れていた。/2026年スティグ・リンドベリ展(滋賀県立陶芸の森)にて撮影

これらの作品が示しているのは、ベルサの葉柄の「原型となる視覚言語」が、リンドベリ自身の手仕事のなかにすでに育っていたという事実です。葉という主題、葉と人物を組み合わせる構図、葉の輪郭と葉脈を線で示す描き方——これらはベルサの専売特許ではなく、リンドベリの絵付けの語彙の一部でした。

そのうえで、こうした自由でばらつきのある手描きの葉を、繰り返し可能で量産に耐える整然としたパターンへと"翻訳"する仕事が必要になります。葉一枚一枚の輪郭をどう揃え、葉脈の入り方をどの程度均一化し、葉と葉のあいだの間隔をどう一定に保つか——その実務的な図案化のフェーズで、当時助手だったカールマルクの手が深く関わったと整理することができます。

言い換えれば、「ベルサの葉」は、リンドベリの視覚言語の中にあった葉のモチーフを、カールマルクが量産食器にふさわしい反復パターンへと整えたもの——そう読むのが、現存する資料と展覧会で見られる作品群をつなぐ、もっとも自然な見立てです。

市場と博物館における表記

主要なオークションハウスや美術館のデータベースを見ても、ベルサは長らくスティグ・リンドベリのシリーズとして登録されてきました。国際的なオークションサイトでも、基本的な作家欄には「Stig Lindberg」と書かれています。

近年では、オークション流通の場で「Stig Lindberg & Krister Karlmark」と二人の名前を併記するケースも見られるようになりましたが、それは「カールマルクが本当の作者である」と断定する意味ではなく、装飾の図案化への関与が知られるようになった上での補足的な表記と理解されます。現時点でも、博物館・公的資料・主要販売市場における基本表記は、依然としてスティグ・リンドベリ名義です。

この事実は、後の議論の前提として重要です。ベルサはリンドベリの代表的シリーズとして扱われてきた、そして現在もそう扱われている。本記事はそれを覆すものではありません。

クリステル・カールマルクとは誰か

生涯と経歴

ロルフ・アンデルス・クリステル・カールマルク(Rolf Anders Krister Karlmark)は、1937年2月28日、ストックホルム郊外のブロンマ(Bromma)に生まれました。スウェーデンのデザイナーであり、後年は教育者としても大きな足跡を残した人物です。コンストファック(Konstfack、スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学)で教鞭をとり、のちに同校の校長も務めました。

ストックホルム郊外ブロンマ(Bromma)の教会
ストックホルム郊外ブロンマ(Bromma)にある古い教会。カールマルクは1937年、このブロンマで生まれた。/Photo: Arild Vågen, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

カールマルクは1954年から1956年にかけてコンストファックの夜間部で学び、その後グスタフスベリ・ポルスリンスファブリクで見習い・助手として働きました。スティグ・リンドベリがコンストファックの陶磁ガラス科で教えるようになると、カールマルクも引き続きリンドベリに師事し、1961年に陶磁ガラス科を卒業しています。

コンストファックの旧校舎
スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学コンストファック(Konstfack)の旧校舎。カールマルクは1954年から1956年にかけてコンストファックの夜間部で学んだ。/Photo: Arild Vågen, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

卒業後はシーグヴァルド・ベルナドッテ(Sigvard Bernadotte)のデザイン会社で働き、フリーランスとして日本でも仕事をしました。1963年にはスウェーデン・アメリカ財団の奨学金を得てアメリカに渡り、シカゴのイリノイ工科大学(Illinois Institute of Technology)で1964年から1969年まで工業デザインを学びます。

1969年には、恩師リンドベリの招きでコンストファックの陶磁ガラス科主任教師として戻りました。1984年に同職を退いた際には、スウェーデン政府から「Professors namn(プロフェッソーシュ・ナムン、名誉教授に相当する称号)」を授与されています。

カールマルクは2025年11月4日にストックホルムのストーラ・エシンゲン(Stora Essingen)で亡くなりました。88歳でした。

「葉っぱ柄を描いたのは誰か」という問い

グスタフスベリ ベルサ 18cmプレート
ベルサの18cmプレート。葉柄の輪郭、葉脈の入り方、葉と葉のあいだの間隔まで含めて、シリーズ全体で繰り返される統一された図案である。/当店取扱品

ベルサを語るとき、一般には「スティグ・リンドベリの代表作」と紹介されます。この表記は間違いではありません。ベルサというシリーズの方向性を決め、器のフォルムや全体の世界観を統括したのはリンドベリだからです。

ただし、あの象徴的な葉のパターンを、リンドベリが一人で完成させたわけではありません。

スウェーデン語の伝記資料では、リンドベリが当時助手だったクリステル・カールマルクに、「スティグ・リンドベリの精神で図案を描いてみるように(rita några mönster i Stig Lindbergs anda)」と指示したと説明されています。そこから生まれたのが、ベルサの葉の装飾でした。つまり、ベルサの葉柄は、リンドベリの構想とカールマルクの図案化が重なった場所に成立した意匠だと考えるのが自然です。

つまり、ベルサの作者性は一人の名前だけでは説明しきれません。シリーズ全体を主導したのはスティグ・リンドベリ。葉の図案化に深く関わったのはクリステル・カールマルク。この二つを分けて考えると、ベルサというシリーズの成り立ちがより正確に見えてきます。

ここで大切なのは、「ベルサは本当はリンドベリの作品ではない」と言うことではありません。そうではなく、ベルサはリンドベリの構想のもとで、カールマルクの手を通して北欧食器の図案へと整えられたシリーズだということです。

リンドベリのユニークピースには、人物の周囲に葉を配した作品や、葉そのものを装飾要素として使った作品がいくつも見られます。葉というモチーフは、リンドベリの視覚言語の中にもともと存在していました。その自由な葉のイメージを、量産に耐える明快な反復パターンへと整えたところに、カールマルクの仕事があったと考えると分かりやすいでしょう。

ベルサの葉は、リンドベリの世界から生まれ、カールマルクの手で食器の図案として結晶した。そう見ることで、ベルサは単なる「リンドベリの名作」ではなく、グスタフスベリの工房文化そのものを映すシリーズとして見えてきます。

北欧の量産食器における「作者性」

1890年代のグスタフスベリの港と工場
1890年代のグスタフスベリの港と工場の風景。グスタフスベリは18世紀から続く、スウェーデンを代表する大規模な陶磁器工場である。/Photo: Sjöhistoriska museet, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

そもそも、ヴィンテージ食器の世界で「○○作」と呼ぶとき、私たちはしばしば「一人の作家が一人で描いた作品」という美術作品的な作者像を重ね合わせてしまいます。しかし、北欧の大手メーカーが手がけた20世紀の量産食器は、その作者像とはかなり異なる仕組みで作られていました。

1948年のグスタフスベリ工場内部、製造の様子
1948年に撮影されたグスタフスベリ工場の内部。陶磁器の量産は、設計、成形、装飾、焼成、品質管理など多くの工程に分業化されていた。/Photo: Sune Sundahl, Wikimedia Commons, CC0

グスタフスベリのような大規模工場では、シリーズの開発はおおむね次のような流れで進みます。アートディレクターが時代の生活様式や流行を踏まえて新シリーズの方向性を決め、器のフォルムを設計します。装飾のテーマを決め、複数のスタジオ・スタッフや若手デザイナー、装飾担当者と試作を重ねながら図案を煮詰めていきます。最終的に量産工程に乗せられる段階で、転写紙やステンシルの形に整えられ、工場の絵付け部門が大量の器に装飾を施します。

この一連のプロセスのなかで、「装飾の最初のスケッチを描いたのは誰か」「最終的な図案に整えたのは誰か」「色を決めたのは誰か」「量産仕様に落とし込んだのは誰か」を厳密に切り分けて記録することは、当時の現場ではあまり重視されていませんでした。多くの場合、アートディレクターやシリーズを主導したデザイナーの名前で、シリーズ全体がパッケージされていきます。

スティグ・リンドベリとリサ・ラーソン
スティグ・リンドベリとリサ・ラーソン。グスタフスベリでは、リンドベリが統括する制作環境のもとで、多くの若い作家が育っていった。/Photo: Bent K. Rasmussen, Wikimedia Commons, Public domain

ヴィルヘルム・コーゲからスティグ・リンドベリ、そしてリンドベリのもとで助手として働きながら成長していった若い世代——カールマルクもその一人です——という流れは、グスタフスベリのスタジオ文化を象徴する系譜です。リンドベリ自身も、若き日にコーゲのもとで助手として働き、装飾やフォルムを学んだ経験を持っています。「アートディレクターの名前のもとで、複数の手によってシリーズが仕上げられていく」のは、グスタフスベリでは長く続いてきた制作のかたちだったのです。

こうした文脈を踏まえると、「ベルサの作者は誰か」という問いそのものが、実はやや近代美術寄りの問いの立て方であることが見えてきます。北欧の量産食器における作者性は、しばしば「シリーズを主導した名前」と「現場で手を動かした名前」の二層構造になっており、どちらか一方だけを「真の作者」と呼ぶのは、実態に対して粗い切り取りになりがちです。

アネモンの作者問題との共通点

現在のグスタフスベリの港
現在のグスタフスベリの港の風景。かつての工場区画は再開発が進み、一部はミュージアムやショップとして残されている。/Photo: J. Anders, Wikimedia Commons, Public domain

こうした「有名作家名」と「実際の制作過程」のずれは、ベルサだけの話ではありません。同じ問いは、別のシリーズにも存在します。たとえばロールストランドの花柄シリーズ「アネモン(Anemon)」は、市場ではマリアンヌ・ウェストマン(Marianne Westman)作として紹介されてきた例が多く、一方でスウェーデン語圏の資料には別のデザイナー名を示す手がかりが残されています。

アネモンの場合は、ベルサ以上に「現時点では作者が確定できない」状態にあります。資料間で記述が一致しないまま、市場の作家欄では特定の名前が定着し、それが繰り返し引用されることで「事実らしいもの」に育っていく。ヴィンテージ食器の世界では、しばしばこのようにして作家名が固まっていきます。

ベルサとアネモンに共通するのは、「ある時代の量産食器の作者性は、後から完全には復元できない」という事実です。当時の現場のメモや工場文書がどこまで残っているか、誰が何を口頭で指示したか、どのスケッチが採用されたか——そうしたディテールは、必ずしも文書化されていません。残された資料のなかから、もっとも信頼できる線をたどることしかできません。

その意味で、ベルサとアネモンを並べて見ると、北欧ヴィンテージ食器の作者表記が、いかに「市場の慣習」と「現場の実態」のあいだで揺れているかが見えてきます。アネモンの作者問題については、別記事で詳しく扱っています。ロールストランド「アネモン」は誰のデザインか|マリアンヌ・ウェストマン説をめぐる北欧食器のミステリーも併せて読んでいただくと、北欧の量産食器における作者表記の揺れがより立体的に見えてくるはずです。

では、ベルサは誰のデザインと表記すべきか

グスタフスベリ ベルサ クリーマー
ベルサのクリーマー。ヴィンテージ品の表記として、もっとも一般的なのは「スティグ・リンドベリ作」である。/当店取扱品

販売表記としてはベルサは今後も「スティグ・リンドベリ作」として扱うのが妥当です。博物館、オークションハウス、主要な販売市場でも、ベルサは基本的にリンドベリの代表的シリーズとして登録されています。シリーズ全体の構想とフォルム、グスタフスベリにおける位置づけを考えても、この表記は自然です。

ただし、より丁寧に説明する場合は、次のように補足するのがよいでしょう。

ベルサ(Berså)は、グスタフスベリにおけるスティグ・リンドベリの代表的シリーズです。葉の図案化には、当時リンドベリの助手だったクリステル・カールマルクが関わっています。

まとめ——ベルサの葉っぱ柄が教えてくれること

現在のグスタフスベリ・ポルスリンスファブリクのショップ
現在のグスタフスベリ・ポルスリンスファブリクの直営ショップ外観。ベルサは2005年から復刻生産が続き、現代のスウェーデン家庭にも再び並ぶようになった。/Photo: Holger Ellgaard, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

ベルサは、これからもスティグ・リンドベリの代表的シリーズとして語られていくでしょう。それは誤りではありません。シリーズ全体の構想、器のフォルム、装飾の方向性を含めて、ベルサを成立させた中心人物はリンドベリです。

しかし、あの葉を現在のベルサのかたちに整えた背景には、クリステル・カールマルクというもう一人のデザイナーがいました。リンドベリが示した方向性を、カールマルクが葉の反復パターンとして図案化した。そう見ることで、ベルサの魅力はむしろ深まります。

ベルサの葉は、一人の天才が一筆で描いた記号ではありません。グスタフスベリという工房の中で、アートディレクターと若い助手、量産の現場が重なり合って生まれた図案です。

だからこそ、ベルサは北欧食器の名作であると同時に、北欧デザインにおける「作者」とは何かを考えさせる、非常に興味深いシリーズなのです。

この記事のまとめ

  • ベルサ(Berså)は、グスタフスベリのスティグ・リンドベリの代表的シリーズとして、現在も博物館・オークションハウス・主要販売市場で扱われています。
  • 一方で、あの象徴的な葉の図案化には、当時リンドベリの助手だったクリステル・カールマルクの手が入っています。
  • スウェーデン語の伝記資料には、リンドベリがカールマルクに「スティグ・リンドベリの精神で図案を描いてみるように」と指示したと記されています。
  • リンドベリの視覚言語には、ベルサ以前から葉のモチーフが存在していました。その自由な葉のイメージを、量産食器に耐える明快な反復パターンへと整えた仕事に、カールマルクの手がありました。
  • ベルサは「リンドベリか、カールマルクか」ではなく、リンドベリの構想とカールマルクの図案化が重なって生まれた、二層構造の作者性をもつシリーズです。同じ問いは、ロールストランドのアネモン(Anemon)にも見られます。

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