ライラ・ジンクの1956年の角皿|様式化された女性と林檎、白いばらを描いたクピッタン・サヴィの壁掛け皿

ライラ・ジンク(Laila Zink)完全ガイド|クピッタン・サヴィの絵付師と、裏面の「LZ」が語ること

北欧食器タックショミュッケ編集部

フィンランドの古い器の裏に、「LZ」という二文字を見つけることがあります。ラテン文字を組み合わせた小さなモノグラムで、たいていは「Made in Finland」の手書き文字の下に添えられています。

この二文字は、ライラ・ジンク(Laila Zink、1915〜1999)という人の頭文字です。トゥルクの窯クピッタン・サヴィで、器に絵柄を与えた人でした。日本ではほとんど知られておらず、日本語の資料もまだありません。

この記事では、フィンランドの公的な典拠と、トゥルクおよびヘイノラの市立博物館が公開している所蔵品の記録をたどりながら、この人物の輪郭を描きます。そして裏面の署名が、単独なのか二つ並んでいるのかで意味が変わるという、資料からしか読み取れない事実を扱います。

この記事でわかること

  • ライラ・ジンクが「陶芸家」ではなく絵付師・デザイナーとして記録されていること
  • 裏面の「LZ」が単独か、二つの署名が並ぶかで、誰が筆を持ったかが変わること
  • クピッタン・サヴィという窯が、煉瓦とタイルを本業としていたこと
  • 描かれた主題が女性と花だけではなく、きのこや抽象文様にも及ぶこと
  • 資料でわかることと、まだわからないことの境目

ライラ・ジンクという名前——「陶芸家」と呼ぶ前に

ライラ・ジンクは1915年に生まれ、1999年に亡くなりました。この生没年は、フィンランド国立図書館が管理する全国名称典拠ファイルに「Zink, Laila, 1915-1999」として登録されています。職業欄はケラミーッカタイテイリヤ(keramiikkataiteilija)、日本語にすれば陶芸家にあたる語です。

Square wall plate by Laila Zink for Kupittaan Savi 1956 with stylized woman apples and a white rose
1956年の角丸の壁掛け皿。左に様式化された女性の顔、中央に林檎の器、右に市松の水差しと白いばら。(作品:クピッタン・サヴィ/ライラ・ジンク 所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23556:4/CC BY 4.0)

ただし、実際の所蔵品の記録を見ていくと、彼女に与えられている役割はもう少し具体的です。トゥルク市立博物館とヘイノラ市立博物館の目録が使っている語は、コリステマーラリ(koristemaalari、装飾の絵付師)とスンニッテリヤ(suunnittelija、デザイナー)の二つでした。器そのものを轆轤や型で成形する人を指すケラーミッコ(keraamikko)ではありません。

この違いは、細かいようでいて記事の建付けを変えます。クピッタン・サヴィでは器の形を設計する人と、その白い面に絵柄を与える人が分かれていました。ジンクは後者の側で仕事をした人だったと、資料は語っています。ですからこの記事では、彼女を「陶芸家」ではなく絵付師・装飾デザイナーとして扱います。

南部の街ヘイノラとのつながりは深く残っています。同市の市立博物館は彼女の作品を9点収蔵し、2010年には彼女ひとりのための刊行物を出して回顧展を開きました。

クピッタン・サヴィ——煉瓦の会社がもっていた絵付けの部門

クピッタン・サヴィ(Kupittaan Savi、正式にはクピッタン・サヴィオサケユフティオ)は、フィンランド南西部の古都トゥルクにあった窯業会社です。

この会社を理解するうえで大切なのは、装飾陶器の専門窯ではなかったという点です。本業は煉瓦と建築用タイルでした。原料の粘土は郊外のハリステンから運び、そのために自社で専用の鉄道まで敷いていました。粘土鉄道(savirata)と呼ばれた路線です。

Clay railway wagons of Kupittaan Savi in Turku Finland photographed in 1960
クピッタン・サヴィの粘土鉄道。ハリステンの採土場から工場へ粘土を運んだ専用線。(撮影:Juhana Nordlund/1960年/パブリックドメイン)
Brown clinker floor tile manufactured by Kupittaan Savi in Turku Finland
同社が製造していた建築用のクリンカータイル。装飾陶器と同じ工場から出ていた製品。(出典:Finna.fi/トゥルク博物館センター/CC BY-SA 4.0)

その建材の会社が、一方で絵付けの部門を抱えていました。芸術面での最盛期は1930年代の後半から1950年代にかけてとされ、ケルットゥ・スヴァント=ヴァーヤカッリオ、マルユッカ・パーシヴィルタ、オルヴォッキ・ライネといった名前が並びます。ジンクもそのひとりでした。

Turku Market Square in 1959 with the modernist Wiklund department store
1959年のトゥルク市場広場。左は1957年に竣工した百貨店ヴィクルンド。(1959年/パブリックドメイン)

フィンランドの窯としては、ヘルシンキのアラビアが圧倒的に知られています。トゥルクの窯が日本でほとんど語られてこなかったのは、生産の規模というより、日本へ入ってくる量の差によるところが大きいのでしょう。アラビア工場の歴史とあわせて読むと、同じ時代のフィンランドに複数の窯が並び立っていた光景が見えてきます。

LZ という署名を読む

ここからがこの記事の核になります。器の裏に残された署名は、単に「誰の作か」を示すだけの印ではありませんでした。

Backstamp reading Made in Finland Kupittaan Savi with a single LZ monogram of Laila Zink
壁掛けタイルの裏面。手書きの「Made in Finland/Kupittaan Savi」の下に、単独の「LZ」モノグラム。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23294:12/CC BY 4.0)

上の写真は、トゥルク市立博物館が所蔵する1950年代の壁掛けタイルの裏です。「LZ」がひとつだけ置かれています。同館の目録はこの作品について、デザインと絵付けの両方をジンクが担ったと記録しています。

White ceramic wall tile depicting a woman with a rose crown holding a child below a church
その表側。上に教会堂、下にばらを冠のように載せた女性と幼子。34×17.5cmの壁掛けタイル。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23294:12/CC BY 4.0)

ところが、署名が二つ並んでいる器があります。

Backstamp reading Made in Finland with a double signature LZ slash RL in blue ink
高台の内側に青いインクで「Made in Finland」、その下に「LZ/RL」の二重署名。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23556:5/CC BY 4.0)

この皿の目録には、ライラ・ジンクとラウノ・ラッメラという二人の絵付師の名前が並んでいます。つまり「LZ/RL」の斜線は、二人が関わったことを示す表記でした。同館にはほかにも、洋梨形の花瓶に「LZ」と「IS」(イルヤ・スオヴァ)が並ぶ例、1956年の角皿に「Z」と「HY-57」(ヒッレヴィ・ユリ=コンッティネン)が並ぶ例が所蔵されています。

Pear shaped ceramic vase with yellow bands and black feather like hatching by Kupittaan Savi
洋梨形の花瓶。黄色の帯と黒い羽根状のハッチングが縦に交互に並ぶ。高さ21cm。(作品:デザイン ライラ・ジンク/絵付 イルヤ・スオヴァ 所蔵:トゥルク市立博物館 TKM22008:25/CC BY 4.0)
Underside of a Kupittaan Savi vase showing Made in Finland with LZ and IS signatures
その底面。「Made in Finland」の下に「LZ」と「IS」。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM22008:25/CC BY 4.0)

この花瓶の目録記載は、はっきりしています。ジンクはスンニッテリヤ(デザイナー)、イルヤ・スオヴァはコリステマーラリ(絵付師)でした。図案を起こした人と、実際に筆を持った人が違っていたことになります。

Reverse of a square Kupittaan Savi wall plate with Made in Finland and a Z slash HY-57 signature
1956年の角皿の裏。「MADE IN FINLAND」の下に「Z/HY-57」の二重署名と、吊り下げ用の赤い紐。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23556:4/CC BY 4.0)

ここから言えることは、ひとつです。裏に「LZ」があるからといって、その絵柄をジンク本人が描いたとは限りません。単独であれば本人が筆を持った可能性が高く、二つ並んでいれば図案と絵付けが分業されていたと読めます。市場では「ライラ・ジンクの手描き」という言い方が流通していますが、少なくとも博物館の記録はもう少し慎重です。

なお、手で描かれたものであること自体は、複数の所蔵品について博物館が明記しています。トゥルク市立博物館は壁掛けタイルの物理記述に「käsinmaalattu(手描きの)」と書き、製作技法の欄には「käsityö(手仕事)」と記しています。ヘイノラ市立博物館のコーヒーカップとソーサーにも「käsin maalattu koriste(手描きの装飾)」の記載があります。ただしこれらは所蔵されている個体についての記述であって、LZ 名義のすべてに広げられるものではありません。

裏面の読み方そのものに関心があれば、北欧食器のバックスタンプ総合ガイドと、絵付師の印を扱ったグスタフスベリのサインと絵付師マーク完全ガイドもあわせてご覧ください。窯は違っても、署名を「誰が何を担ったか」の記録として読む姿勢は同じです。

1953年、大皿に女性像を描く

ジンクの仕事ぶりを伝える一次資料が、ひとつだけ残っています。1953年のニュース映画『フィンランディア・カツァウス207』です。スオミ=フィルミ社が製作し、ハリー・レウィングが監督しました。フィンランド国立視聴覚研究所が所蔵しています。

その目録には、次のように記されています。

トゥルク、クピッタの陶器部門で働く芸術家たち。ライラ・ジンクが陶製の大皿に女性像を描く。グンナル・イソ=プオンティが花瓶を装飾する。作業とジンクの作品の接写。

主題の見出しには「装飾画工」という語が当てられていました。

短い記述ですが、意味は小さくありません。1953年の時点で彼女がクピッタン・サヴィの絵付け部門にいて、実際に筆を持っていたことが、伝聞ではなく記録として残っているからです。

Finnish table setting of the 1950s with pine table and functionalist tableware
1950年代のフィンランドの食卓を再現した一枚。松材の天板と鉄脚の食卓。(撮影:Seppo Konstig/フィンランド文化財庁 JOKA 報道写真アーカイブ/CC BY 4.0)

この時代のフィンランド・デザインといえば、装飾を削ぎ落とした機能主義が語られます。同じ時期に、トゥルクの窯では女性の顔や花が手で描かれていました。その対比は、当時の暮らしがひとつの様式に染まっていたわけではないことを教えてくれます。

女性と花だけではない

ジンクの絵柄は、しばしば「女性と花」とまとめられます。実際、そう呼びたくなる作例は多くあります。

Rectangular wall plate showing three women in ornate dresses before a blue roofed house
黄色い地に盛装した三人の女性。青い屋根の家と藤色の花をつけた木を背景に。(作品:クピッタン・サヴィ/デザイン ライラ・ジンク 所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
White glazed bottle with an original red stopper painted with a womans face and flowers
白釉のボトル。正面向きの女性の顔から、ピンクの花と青緑の葉が広がる。赤く塗られた栓が残る。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
Wall vase modelled as a woman with the opening at her head and arms forming handles
女性のかたちをした壁掛け花瓶。頭部が口となり、腰に当てた両腕が把手になる。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
Tall narrow wall vase painted with two women a flowering branch and a pink roofed church
細長い角柱状の壁掛け花瓶。三面に女性、花枝、ピンクの屋根の建物が描き分けられる。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
Large amphora shaped floor vase with alternating male and female figures and flowering branches
アンフォラ形の床置き花瓶。胴を一周して男性像と女性像が交互に並び、あいだに花枝が入る。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)

けれども、所蔵品を並べてみると、主題はそれだけではありませんでした。

Rectangular wall plate painted with five stylized mushrooms in yellow blue and green
五本のきのこを様式化した壁掛け皿。傘は黄・青・緑、柄は細い縦線で描かれる。17.2×13.8cm。(所蔵:トゥルク市立博物館 TKM23556:5/CC BY 4.0)
Three sided matte white vase painted with a large ochre mushroom and small flowers
断面が三角形の白マット釉の花瓶。正面に黄土色の大きなきのこ、左右に小さなきのこと車輪状の花。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
Ochre coloured saucer with a border of brown rings navy dots and black needle like lines
黄土色の素地のソーサー。茶の輪に濃紺の点を置いた花文と、黒い針葉状の線描が縁を巡る。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)
Shallow ochre coffee cup with a thin ring handle matching the saucer pattern
対になる浅いコーヒーカップ。細い輪状の把手が付く。(所蔵:ヘイノラ市立博物館/CC BY 4.0)

きのこの皿と花瓶は、女性像とはまるで違う表情をしています。コーヒーカップとソーサーに至っては具象ですらなく、輪と点と線で組み立てられた文様です。タンペレの博物館が所蔵するカップ&ソーサーには、灰白色の地に黒の十字縞という、さらに抽象へ寄った例もあります。

「女性と花のロマンティスト」という要約は、間違ってはいません。ヘイノラ市立博物館が2010年に出した刊行物の副題も、まさにその言葉でした。ただ、その要約だけを頼りに器を選ぶと、同じ人の仕事を取りこぼすことになります。

器そのものについては、ヘイノラ市立博物館の記録が素材を「ファイアンス」または「炻器」と書き分けています。ファイアンスがどういう素材なのかは、北欧食器の素材ガイドで扱っています。

1969年、窯が閉じたあと

クピッタン・サヴィは1969年に倒産し、操業を終えました。工場はトゥルクのイタハルユ地区にあり、跡地はいま大学病院の一角になっています。

Finnish table setting of the 1960s with white plastic chairs and pressed glass
1960年代のフィンランドの食卓を再現した一枚。白い成形椅子と型物のガラス。(撮影:Seppo Konstig/フィンランド文化財庁 JOKA 報道写真アーカイブ/CC BY 4.0)

1960年代に入ると、住まいの趣味は大きく変わりました。手で一枚ずつ絵柄を与える器から、型で成形されるガラスやプラスチックへと需要が移っていきます。窯が閉じた背景には、建築用タイルの市況と、こうした暮らしの側の変化が重なっていたと考えられます。北欧の窯がどのように生産を終えていったかは、北欧食器の「廃盤」とはでも扱いました。

クピッタン・サヴィが1937年のパリ万博と1954年のミラノ・トリエンナーレで受けた評価は、会社に対するものでした。窯が閉じたあと、そこで働いた絵付師たちの名前は、しばらく表に出ることがありませんでした。

ジンクの名が改めて表に出たのは、没後11年の2010年です。ヘイノラ市立博物館が5月30日から9月12日まで回顧展を開き、あわせて50ページの刊行物を出しました。編集と写真はシルパ・ユーティが手がけました。日本語圏で流通しているジンクの詳しい経歴は、この前後に出た雑誌記事に由来しているようです。

まとめ

ライラ・ジンクは、フィンランドの窯で器に絵柄を与えた人でした。名前が知られてこなかったのは、仕事が小さかったからではなく、記録が地方の博物館の目録のなかに眠っていたからです。トゥルクとヘイノラの二館が所蔵品を公開したことで、いま私たちはその輪郭をたどることができます。

そして裏面の署名は、単なる作者名ではありませんでした。二つ並んだ頭文字は、図案を起こした人と筆を持った人が別だったことを、六十年をこえて伝えています。器の裏を読むというのは、そういう分業の痕跡を読むことでもあります。

要点の整理

  • ライラ・ジンク(1915〜1999)はフィンランド国立図書館の全国名称典拠に登録された人物です
  • 博物館の目録が与える役割は絵付師とデザイナーで、器を成形する陶芸家ではありません
  • 裏面の「LZ」が単独なら本人の絵付け、二つ並べば図案と絵付けの分業を示します
  • クピッタン・サヴィは煉瓦と建築用タイルを本業とし、1969年に操業を終えました
  • 主題は女性と花にとどまらず、きのこや抽象文様の作例も残っています
  • 2010年にヘイノラ市立博物館が回顧展を開き、50ページの刊行物を出しました
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参考資料:フィンランド国立図書館 全国名称典拠ファイル KANTO/トゥルク市立博物館(Turun museokeskus)所蔵品目録/ヘイノラ市立博物館(Heinolan museot)所蔵品目録/フィンランド国立視聴覚研究所 KAVI『Finlandia-katsaus 207』(1953年)/Sirpa Juuti『Laila Zink (1915-1999): Kupittaan Saven romantikko』(ヘイノラ市立博物館、2010年)を参照しました。作品写真は Finna.fi を通じて CC BY 4.0 で公開されているものを使用しています。

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