ハックマン サボニア ディナーフォーク 19cm|フィンランドで最も売れた北欧ヴィンテージのステンレスカトラリー

ハックマン サボニア(Savonia)完全ガイド|フィンランドでもっとも売れたカトラリーと、ソルサコスキの物語

北欧食器タックショミュッケ編集部

フィンランドの湖水地方、サヴォ地方の小さな工場町ソルサコスキ(Sorsakoski)で生まれ、フィンランドでもっとも売れたと言われるカトラリーがあります。ハックマン(Hackman)の「サボニア(Savonia)」です。1967年にドイツ人デザイナー、アドルフ・バベルによってデザインされ、半世紀を超えて親しまれてきました。

装飾を削ぎ落とした端正なかたちは、フィンランドの数えきれない家庭のテーブルに並び、いつしか「もっとも見慣れたスプーン」になりました。派手さはありません。けれど、その静かな普遍性こそがサボニアの魅力です。

この記事では、サボニアというシリーズそのものと、それを生んだデザイナー、そして製造の地ソルサコスキとハックマンという会社の歩みを、フィンランドの風景とともにたどります。北欧のカトラリー全体の流れは北欧のカトラリー完全ガイドで扱っていますので、あわせてご覧ください。

ハックマン サボニア テーブルスプーン 19.5cm|柄に丸みのある北欧ヴィンテージのステンレスカトラリー
ハックマン サボニアのテーブルスプーン。装飾を排し、握りに丸みをもたせた端正なかたち。

この記事でわかること

  • サボニアがいつ、誰によって生まれ、なぜ「フィンランドでもっとも売れたカトラリー」と呼ばれるのか
  • シリーズ名の由来となったサヴォ地方と、製造の地ソルサコスキの風景
  • ハックマンという会社が、港町ヴィイプリからソルサコスキへ、そしてフィスカースの傘下へと歩んだ道
  • 当店にあるサボニアのカトラリー4種類の見どころ
目次
  1. サボニアとは——フィンランドでもっとも売れたカトラリー
  2. デザイナー、アドルフ・バベル
  3. ソルサコスキ——カトラリーが生まれた村
  4. ハックマンという会社——ヴィイプリからソルサコスキへ
  5. サヴォ地方をたずねて
  6. サボニアの見どころと4つのピース
  7. まとめ

サボニアとは——フィンランドでもっとも売れたカトラリー

白い皿に置かれたサボニアのステンレススプーン2本
白い皿にのせたサボニアのスプーン。掬う面の膨らみと、細く絞られた首の曲線が特徴(Wikimedia Commons/MKFI, パブリックドメイン)。

サボニアは、フィンランドのハックマンのために、ドイツ人デザイナーのアドルフ・バベルが1967年にデザインしたステンレス製のカトラリーシリーズです。フィスカース・グループの公式紹介は、サボニアを「フィンランドで歴史上もっとも売れたカトラリーシリーズ」と位置づけています。フィンランドの報道によれば、1998年までに1億個を超えるピースが売れたとされ、その数字はこのシリーズがどれほど広く行き渡ったかを物語ります。

ヴィンテージのカトラリーを集めはじめる人が、最初に名前を覚えるシリーズのひとつでもあります。流通量が多く、フォルムに癖がないため、北欧のテーブルウェアへの入口として親しまれてきました。特別に華やかなわけではありません。むしろ、その控えめさゆえに、どんな器のとなりに置いても収まりがよいのです。

名前が語るサヴォ地方

「サボニア(Savonia)」という名前は、フィンランド東部のサヴォ(Savo)地方に由来します。ラテン語風に整えられたこの呼び名は、地方の名をそのままシリーズに刻んだものです。製造の地であるソルサコスキが、まさにこのサヴォ地方の湖のほとりにあったことを思えば、名前は土地への素直な献辞だったと読むことができます。

サヴォ地方は、フィンランドを代表する湖水地帯です。無数の湖と森が入り組み、白樺が風にそよぐ穏やかな田園が広がります。派手な装飾をもたないサボニアのかたちは、この静かな風景とどこかで通じ合っているように感じられます。

半世紀を超えて作られ続けたかたち

1967年のデザイン以来、サボニアは長きにわたって生産され続けてきました。多くのヴィンテージシリーズが数年から十数年で姿を消していくなかで、半世紀を超えて作られ続けたという事実は、それ自体が完成度の証といえます。流行に左右されない普遍的なかたちだったからこそ、これほど長く定番であり続けられたのです。

ヴィンテージ市場に出まわるサボニアには、年代や仕上げに幅があります。当店でお預かりしているのは、いずれも検品を終えた個体です。時代を経た北欧ヴィンテージらしい落ち着いた光沢が、ステンレスの表面に静かに残っています。

デザイナー、アドルフ・バベル

ハックマン サボニア ディナーフォーク 19cm|四本の歯と滑らかな柄をもつ北欧ヴィンテージのステンレスカトラリー
サボニアのディナーフォーク。柄から歯先までが一本の線でつながるような、抑制のきいた造形。

サボニアをデザインしたのは、ドイツ出身のデザイナー、アドルフ・バベル(Adolf Babel)です。ハックマンのもとで、このシリーズの造形を手がけました。バベルその人については、フィンランドのデザイン史のなかで大きく語られる存在ではありません。けれど、彼が生み出したサボニアが、結果としてフィンランドでもっとも売れたカトラリーになったことは確かです。

サボニアの造形には、1960年代後半のスカンジナビアン・モダンに共通する思想が流れています。装飾を排し、握りやすさと視覚的な軽さを両立させ、量産に耐える簡潔なかたちにまとめる——そうした機能主義の理想が、握りの丸みと首のくびれに素直にあらわれています。ひとつの名前で語られる派手なデザイナーの作品ではなく、無名に近い設計者が黙々と磨き上げた、道具としての完成形なのです。

ソルサコスキ——カトラリーが生まれた村

ソルサコスキの赤煉瓦造りの旧カトラリー工場の外観
ソルサコスキに残る旧カトラリー工場。赤煉瓦と板張りの外壁に、工場町の長い歴史がにじむ(Onkivesj/CC BY-SA 4.0)。

サボニアが作られたのは、フィンランド東部、レッパヴィルタ(Leppävirta)にある小さな工場町ソルサコスキです。サヴォ地方の湖と森にかこまれたこの土地は、19世紀から金属加工の村として知られてきました。水の流れが動力となり、鉄が鍛えられ、やがてナイフやフォークが生まれる——ソルサコスキは、そんな工場町の面影を今に伝えています。

湖水地方の工場町

ソルサコスキの湖畔と赤い小屋、白樺の早春の眺め
ソルサコスキを流れる水辺の眺め。赤い小屋と白樺、岩がちな岸辺が湖水地方らしい景色をつくる(Stefano Vigorelli/CC0)。

ソルサコスキは、湖と湖のあいだを結ぶ水の落差を利用して発展した工場町でした。工場のまわりには職人たちの住まいが並び、教会が建ち、ひとつの小さな共同体ができあがっていきました。カトラリーづくりは、この土地の暮らしと分かちがたく結びついていたのです。

フィンランドの工場町の多くがそうであるように、ソルサコスキもまた、自然のただなかにあります。工場の窓の外には湖が広がり、季節ごとに凍り、溶け、また凍ります。半世紀にわたって同じかたちのスプーンを生み出し続けた場所が、これほど静かな水辺だったことは、サボニアの穏やかな佇まいを思うと腑に落ちます。

19世紀のソルサコスキ

1880年に描かれたソルサコスキの渓流と小屋の風景画
1880年に描かれたソルサコスキの風景。急流と小屋、針葉樹と岩——工場町になる以前の土地のすがた(Fridolf Weurlander, 1880/Google Art Project, パブリックドメイン)。

1880年に描かれた一枚の風景画が、工場町として大きくなる前のソルサコスキを伝えています。急流のほとりに小屋が建ち、針葉樹と岩がその背後にひかえる——まだ産業の喧騒とは無縁の、素朴な水辺の景色です。この水の力こそが、やがて金属加工の村を育てる原動力になりました。

ソルサコスキでは、製材や製粉に使われてきた水の力のもとで、1891年にカトラリーと鍋をつくる金属工場が生まれ、刃物やカトラリーの生産地へと育っていきます。サボニアという20世紀後半のデザインは、こうした長い金属加工の歴史の上に立っているのです。

ハックマンという会社——ヴィイプリからソルサコスキへ

1905年のヴィイプリ市場広場と円塔、賑わう人々のモノクロ写真
1905年のヴィイプリ(現ヴィボルグ)の市場広場。中央にそびえるのは中世の円塔。ハックマンはこの港町で商社として生まれた(Underwood & Underwood, 1905/パブリックドメイン)。

サボニアを生んだハックマンは、1790年、フィンランド南東部の港町ヴィイプリ(Viipuri、現在はロシア領のヴィボルグ)で商社として創業しました。バルト海の交易で栄えたこの町を拠点に、木材や金属を扱う会社として力を蓄えていきます。ハックマンの物語は、まずこの賑やかな港町からはじまったのです。

1790年、港町ヴィイプリの商社として

ヴィイプリは、中世の円塔で知られる歴史ある港町でした。1905年に撮影された市場広場の写真には、荷馬車と人々でごった返す活気が写っています。ハックマンは、こうした交易のただなかで商いを広げ、やがてフィンランド有数の企業へと成長しました。

1917年のフィンランド独立、そして第二次世界大戦を経て、ヴィイプリはやがてフィンランドの手を離れます。一方でハックマンは、1891年からサヴォ地方のソルサコスキでカトラリーづくりを続けていました。港町の商社として始まった会社が、湖水地方の工場町でカトラリーを作る——その転身のなかに、サボニアが生まれる土壌が育っていったのです。

カトラリーづくりとステンレスへの転換

ハックマンの白い柄のステンレスカトラリー一式が白い皿に並ぶ
ハックマンのステンレスカトラリー。ナイフの柄に「HACKMAN FINLAND STAINLESS」の刻印が読める(Wikimedia Commons/MKFI, パブリックドメイン)。

ハックマンがソルサコスキでカトラリーづくりに本格的に乗り出したのは19世紀後半のことです。当初のカトラリーは、磨かなければ錆びてしまう鋼や、銀メッキが中心でした。それを大きく変えたのが、20世紀初頭に登場したステンレス鋼です。ハックマンは1920年代にステンレスの生産へと踏み出し、錆びない金属によって、より多くの人々に清潔で長持ちするカトラリーを届けられるようになりました。

ステンレスカトラリーがどのように北欧に広がったのか、その大きな流れは北欧のカトラリー完全ガイドで詳しくたどっています。スウェーデンのゲンセが1944年に発表した「テーベ(Thebe)」など、同じ時代の名作とあわせて読むと、サボニアの立ち位置がより鮮明に見えてきます。テーベについてはゲンセ テーベ完全ガイドもご覧ください。

フィスカースの傘の下へ

20世紀後半、ハックマンはフィンランドのテーブルウェアを代表する企業のひとつになりました。そして2007年、ハックマンをブランドのひとつとして擁していたIittala GroupがFiskarsに買収され、ハックマンもARABIAやロールストランド、イッタラなどとともにFiskars Groupの一員となりました。フィスカースは1649年創業という、ヨーロッパでも有数の長い歴史をもつ企業です。港町の商社として生まれたハックマンは、こうして北欧テーブルウェアの大きな傘の下に加わりました。

サヴォ地方をたずねて

黄色い壁のレッパヴィルタ教会と夏の青空
ソルサコスキが属するレッパヴィルタの教会。黄色い壁とドームをのせた塔が、夏の青空に映える(Periegetes/CC BY-SA 4.0)。

サボニアが生まれた土地を、もう少しゆっくりたずねてみましょう。ソルサコスキが属するレッパヴィルタは、サヴォ地方の湖と森にいだかれた自治体です。カトラリーが生まれた背景には、いつもこの穏やかな風景がありました。

レッパヴィルタの村

1950年代のレッパヴィルタの村と畑を高台から望むモノクロ写真
1950年代ごろのレッパヴィルタ。畑と木造家屋、その先に丘と森が続くサヴォ地方の田園(作者不明/パブリックドメイン)。

1950年代ごろに撮られた一枚の写真は、サボニアが生まれる少し前のレッパヴィルタを伝えています。木造の家々が寄り添い、畑がひろがり、その先に丘と森が続いています。派手さのない、けれど手入れの行き届いた田園の風景です。サボニアのカトラリーが日々並んだのは、まさにこうした土地の食卓でした。

クオピオと湖のきらめき

クオピオの市場広場と露店、街並み
サヴォ地方の中心都市クオピオの市場広場。露店の天幕がならぶ、湖水地方の玄関口(Tiia Monto/CC BY-SA 3.0)。

ソルサコスキから北へ向かうと、サヴォ地方の中心都市クオピオ(Kuopio)があります。市場広場を中心に街がひろがり、まわりを大きな湖カッラヴェシがとりかこんでいます。フィンランドの地方都市らしい、のびやかな空気に満ちた街です。

1968年8月プイヨタワーから望むクオピオの湖と森のモノクロ写真
1968年8月、クオピオのプイヨタワーから望む湖と森。サボニアがデザインされた時代とほぼ重なる頃の眺め(Szilas/CC BY-SA 4.0)。

この写真は、サボニアがデザインされた時代とほぼ重なる1968年の夏に、クオピオのプイヨタワーから撮られたものです。いくつもの島影が浮かぶ湖と、地平線までつづく森——サボニアが生まれた時代のサヴォ地方が、ここに写しとられています。半世紀前の眺めが、シリーズの背景をそっと補ってくれます。

湖と森と白樺

サヴォ地方の湖水地帯の岩がちな湖岸と針葉樹林
サヴォ地方に連なる湖水地帯の景色。岩がちな岸辺と、対岸まで続く針葉樹の森(Petritap/CC BY-SA 3.0)。

サヴォ地方は、フィンランドを代表する湖水地帯の一角です。岩がちな岸辺に静かな水が満ち、対岸には針葉樹の森が続きます。夏には白夜に近い長い光が湖面に降り、冬には厚い氷が張ります。この風景の色数の少なさ、そして澄んだ静けさは、サボニアの飾り気のないフォルムと不思議なほどよく響き合います。

フィンランドの白樺林と緑の下草
フィンランドの白樺林。白い幹がまっすぐに立ちならぶ、北欧の夏の森(SeppVei/CC0)。

白い幹がまっすぐに立ちならぶ白樺林は、フィンランドを象徴する景色のひとつです。装飾を削ぎ落とし、素材そのものの美しさを見せるという北欧デザインの思想は、こうした自然のたたずまいから静かに養われてきました。サボニアの磨かれたステンレスの光もまた、この森の光の延長線上にあるように思えます。

サボニアの見どころと4つのピース

ここからは、サボニアそのもののかたちを見ていきます。装飾を排したデザインだからこそ、握りの曲線や面の張りといった細部に、設計の妙があらわれます。当店では現在、ディナーフォーク・ディナーナイフ・テーブルスプーン・ティースプーンの4種類をお預かりしています。

装飾を削ぎ落とした握り

ハックマン サボニア ディナーナイフ 19.5cm|細身の柄と刃をもつ北欧ヴィンテージのステンレスカトラリー
サボニアのディナーナイフ。柄から刃へと途切れなく続く線が、シリーズの端正さを示す。

サボニアの握りは、平たい板状ではなく、ゆるやかな丸みをもっています。手にとると、掌のかたちにそっと沿うのがわかります。装飾がないぶん、この握りの断面のふくらみや、首から掬う面へと絞られていく曲線が、そのままデザインの見せ場になっています。無駄をそぎ落とした先に、道具としての気持ちよさが残る——それがサボニアの造形の考え方です。

ステンレスの表面は、光を柔らかく反射します。鏡のような強い輝きではなく、時代を経た北欧ヴィンテージらしい、落ち着いた艶です。器のとなりに置いたとき、主張しすぎずに全体を引き締めてくれます。

4つのピース

ハックマン サボニア ティースプーン 13.5cm|小ぶりで丸い掬い面をもつ北欧ヴィンテージのステンレスカトラリー
サボニアのティースプーン13.5cm。小ぶりながら、大ぶりのピースと同じ握りの表情をもつ。

当店のサボニアは、4つのピースがそろっています。それぞれのサイズと表情を見ていきましょう。いずれも在庫のある個体で、商品ページから詳細をご覧いただけます。

  • ディナーフォーク 19cm——四本の歯と、握りへ流れる滑らかな柄。テーブルの主役になる大ぶりのフォーク。
  • ディナーナイフ 19.5cm——柄から刃へと一本の線で続く、細身のナイフ。柄には「HACKMAN FINLAND STAINLESS」の刻印。
  • テーブルスプーン 19.5cm——深めの掬い面をもつ大ぶりのスプーン。サボニアの握りの丸みがもっともよくわかるピース。
  • ティースプーン 13.5cm——小ぶりで愛らしい一本。大ぶりのピースと同じ造形言語で作られている。

4つを並べてみると、大きさは違っても、握りのふくらみや首の絞りといった造形の約束事が共通していることがわかります。ひとつのフォルムの発想を、サイズを変えながら一貫して展開する——量産カトラリーの設計にとって大切なこの規律が、サボニアにはよく貫かれています。北欧のカトラリー全体を見渡したいときは、北欧のカトラリー完全ガイドもあわせてどうぞ。

まとめ

サボニアは、派手な逸話や有名デザイナーの名前で語られるシリーズではありません。けれど、フィンランドでもっとも売れたカトラリーとして、静かに時代を支えてきました。装飾を削ぎ落とした端正なかたちは、湖水地方サヴォの穏やかな風景と、そこで金属を鍛え続けたソルサコスキの歴史を背負っています。

要点の整理

  • サボニア(Savonia)は、ハックマンのためにドイツ出身のアドルフ・バベルが1967年にデザインしたステンレスカトラリー。
  • フィスカース・グループはサボニアを「フィンランドで歴史上もっとも売れたカトラリー」と位置づけ、フィンランドの報道では1998年までに1億個超が売れたとされる。
  • シリーズ名はサヴォ地方に由来し、製造の地はレッパヴィルタのソルサコスキ。
  • ハックマンは1790年に港町ヴィイプリで創業し、のちにソルサコスキでカトラリーづくりを本格化。2007年、Iittala GroupのFiskarsによる買収に伴い、Fiskars Groupの一員となった。
  • 当店ではディナーフォーク・ディナーナイフ・テーブルスプーン・ティースプーンの4ピースをお預かりしている。
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参考資料
  • Fiskars Group「Hackman」ブランド紹介
  • フィンランド語版ウィキペディア「Savonia(ruokailuvälinesarja)」(Ilta-Sanomat・MTV Uutiset・Iittala の記述を出典とする)
  • Yle Elävä arkisto「Sorsakosken aterimet ja kattilat」
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