ボダ・ノヴァ(Boda Nova)ビュッフェ(Buffé)完全ガイド|スモーランドのガラス王国から生まれたステンレスカトラリーと「しつらえた食卓」

ボダ・ノヴァ(Boda Nova)ビュッフェ(Buffé)完全ガイド|スモーランドのガラス王国から生まれたステンレスカトラリーと「しつらえた食卓」

北欧食器タックショミュッケ編集部

この記事の要点

  • ビュッフェ(Buffé)は、スウェーデンの家庭用品ブランドボダ・ノヴァ(Boda Nova)のステンレス製カトラリー
  • ボダ・ノヴァは1971年、スモーランド地方の「ガラス王国(Glasriket)」ボダで、コスタ・ボダの経営者エリック・ロセーンと、デザイナーのシグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin, 1925〜2022)らが立ち上げたブランド
  • 陶・ガラス・金属を横断し、食器からカトラリーまでを一つの「しつらえた食卓」として構想した点に本質がある
  • 「より美しい日用品を万人に」というスウェーデン機能主義の理想が、ステンレスという素材と結んだ、簡素なエレガンス(enkel elegans)の一本
ボダ・ノヴァ ビュッフェのステンレス製スプーン
ボダ・ノヴァ「ビュッフェ」のスプーン。まっすぐで力強い柄と、装飾を削ぎ落とした潔い輪郭。

ステンレスの匙を一本、光にかざしてみます。余計な装飾はなく、まっすぐで、少し厚みのある柄。すくう部分へとなめらかに続く線。派手さはないのに、置いた瞬間に空間が静かに引き締まる——スウェーデンのボダ・ノヴァ(Boda Nova)が生んだカトラリー「ビュッフェ(Buffé)」には、そんな引き算の美しさが宿っています。

ビュッフェを理解するには、まずボダ・ノヴァという小さくも野心的なブランドと、その中心にいた陶芸家シグネ・ペション=メリンの思想を知る必要があります。舞台は、スウェーデン南部。スコーネの平らな穀倉地帯と、スモーランドの深い森に抱かれた「ガラス王国」。この記事では、一本のステンレスカトラリーから出発して、南スウェーデンのクラフトの風景へと分け入っていきます。

目次
  1. ビュッフェとは——ボダ・ノヴァのステンレスカトラリー
    1. 柄の造形
    2. 刻印「BodaNova」
  2. ボダ・ノヴァ——1971年、ガラス王国から生まれたブランド
    1. 創設者エリック・ロセーンと4人の顔ぶれ
    2. 「簡素なエレガンス」という出発点
  3. スモーランドの「ガラス王国」——森と炉の火
    1. ボダ・ガラス工場の1864年
  4. シグネ・ペション=メリン——スコーネの陶芸家
    1. 粘土の土地、スコーネ
    2. マルメの工房とH55
  5. 「しつらえた食卓」——素材を横断する思想
  6. ステンレス鋼と「より美しい日用品を万人に」
  7. ビュッフェを迎える——見分け方と当店の品
  8. 日本の感性との響き合い

基本情報

シリーズ名 ビュッフェ(Buffé)
ブランド ボダ・ノヴァ(Boda Nova)
デザイン シグネ・ペション=メリンを中心とするボダ・ノヴァのデザイン活動に関連づけられる
素材 ステンレス鋼
製造国 スウェーデン(当店確認個体・初期製品)
年代 1970年代〜(ボダ・ノヴァは1971年始動)

ビュッフェとは——ボダ・ノヴァのステンレスカトラリー

ビュッフェ(Buffé)は、ボダ・ノヴァがつくったステンレス製のカトラリーです。名前の「ビュッフェ」は、料理を並べて各自が取り分ける、あの気取らない食卓のかたちを思わせます。銀器のような格式ではなく、日々の暮らしのなかで手に取られるための道具——その性格が、簡潔で頑丈な造形にそのまま表れています。

柄の造形

ビュッフェのスプーンの柄とすくう部分の連続した曲線
柄からすくう部分へとなめらかに続く輪郭。飾りではなく、握りと機能から導かれた線。

ビュッフェの柄は、まっすぐで、少し幅と厚みをもっています。過度に細くしなやかにするのではなく、手のなかで確かな存在感をもつように太く整えられ、先端へ向かって静かに絞られていきます。ボダ・ノヴァのカトラリーは、装飾のためのモチーフを一切もちません。柄の平面と、匙面や刃のかたち、その移り変わりだけで表情をつくる——素材そのものと、握るという機能から美しさを導き出す、機能主義の考え方が貫かれています。

スプーン、フォーク、ナイフ、そしてサービング用の大ぶりな道具まで。種類の異なる道具が、同じ柄の言語でひとつの様式にまとめられているのも、食卓全体を一体として考えるボダ・ノヴァらしい設計です。

刻印「BodaNova」

柄に BodaNova と Stainless の刻印が入ったボダ・ノヴァのステンレス製品
ボダ・ノヴァのステンレス製品。柄に「BodaNova」「Stainless」の刻印が読み取れる。撮影:Holger Ellgaard / CC BY-SA 3.0

ボダ・ノヴァのカトラリーの柄の裏には、多くの場合「BodaNova」の文字と、素材を示す「Stainless(ステンレス)」の刻印が入ります。この小さな刻印が、スモーランドのガラス王国から生まれたブランドの出自を今に伝える手がかりです。ボダ・ノヴァのステンレスカトラリーは、スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)のコレクションにも収められており、量産の日用品でありながらデザイン史に位置づけられていることがわかります。

ボダ・ノヴァ——1971年、ガラス王国から生まれたブランド

南スモーランドの新緑のブナ林を貫く一本の道
南スモーランドのブナ林。ガラス工場が点在する、深い森の地方。撮影:Bernt Fransson / CC BY-SA 4.0

ボダ・ノヴァ(Boda Nova)は、1971年に生まれました。舞台は、スウェーデン南部スモーランド地方のボダ(Boda)。名の由来となったこの土地は、コスタ・ボダ(Kosta Boda)の系譜につながるガラス産地です。母体がガラス工場であったことが、このブランドの性格を決めました。

創設者エリック・ロセーンと4人の顔ぶれ

ボダ・ノヴァを始めたのは、コスタ・ボダの経営者だったエリック・ロセーン(Erik Rosén)です。ロセーンは1947年、23歳の若さでボダ・ガラス工場の共同所有者兼支配人となり、のちにオーフォシュ、コスタと連なるガラス企業グループを率いた人物でした。彼のまわりに集まったのが、デザイナーのシグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin)、ミカエル・ビョルンステルナ(Mikael Björnstjerna)、そしてシグネの夫でグラフィックデザイナーのジョン・メリン(John Melin)でした。

この顔ぶれのなかで、食器やカトラリーを含む食卓用品の開発に深く関わったのがペション=メリンです。ガラスの器を彼女が救った実績も、この座組みの背景にありました。1960年代末、販売不振に陥っていたボダ・ガラス工場を、彼女の四角い(クヴァドラート)ガラスのボトルや水差しのシリーズが商業的に立て直しました。その実績の延長線上に、ボダ・ノヴァは生まれたのです。

「簡素なエレガンス」という出発点

ヨーテボリのレースカ美術館の蔦に覆われた赤レンガの建物と入口のライオン像
ヨーテボリのレースカ美術館。北欧のデザインと工芸を収蔵する。撮影:Henrik Sendelbach / CC BY-SA 3.0

創設者たちがめざしたのは、台所と家庭のための、簡素なエレガンス(enkel elegans)をもつよく造形された製品でした。シンプルなグラス、サービングの道具、そしてカトラリーが1971年に初めて発表されると、国際的な注目を集め、その多くが後にモダンデザインの古典となりました。

ボダ・ノヴァはその後、1988年に隣接するスコーネの陶器メーカー、ホガナス陶器(Höganäs Keramik)を取得して本社を移し、やがて両社は合併します。2000年代にはフィンランドのイッタラ・グループの一部となりました。小さなブランドの物語は、南スウェーデンのクラフトの地図をそのままたどるように広がっていきます。

スモーランドの「ガラス王国」——森と炉の火

ボダ・ノヴァの故郷であるボダは、「ガラス王国(Glasriket/Kingdom of Crystal)」と呼ばれる一帯にあります。スモーランドの深い森のなか、ヴェクショーとカルマルのあいだに、いくつものガラス工場が点在する地域です。

なぜ、森の奥にガラス産業が集まったのか。答えは三つの条件にあります。炉を燃やすための豊かな森の薪、ガラスの原料となる砂、そして衰退した製鉄所からガラス職人へと転じた人々。1742年に創業したコスタ(Kosta、現コスタ・ボダ)を起点に、この地には連綿とガラス吹きの伝統が受け継がれてきました。19世紀末の最盛期には、スウェーデンに設立された77のガラス工場の半数以上が、このスモーランドに集中していたといわれます。

ボダ・ガラス工場の1864年

ボダ・ガラス工場(Boda glasbruk)が創設されたのは1864年。コスタで働いていたガラス吹き職人たちが独立して興したものでした。全盛期は1950〜60年代で、支配人エリック・ロセーンのもと、当時まだ二十歳そこそこだったエリック・ホグラン(Erik Höglund)を起用したことで知られます。気泡を封じ込めた素朴であたたかいガラスで、スウェーデンのガラス表現を大きく変えた作家です。

ボダ・ガラス工場は2003年に操業を終えました。その建物は、約4万点の資料を収める体験型の博物館「The Glass Factory」へと姿を変えています。ボダ・ノヴァのステンレスカトラリーは、こうした森の炉の火が育んだクラフトの土壌から生まれた、といえます。

シグネ・ペション=メリン——スコーネの陶芸家

デザイナー、シグネ・ペション=メリンのポートレート
シグネ・ペション=メリン。陶・ガラス・金属を横断したスウェーデンのデザイナー。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ビュッフェの造形を語るとき、避けて通れないのがシグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin, 1925〜2022)です。ボダ・ノヴァの食卓を形づくった中心人物であり、スウェーデンを代表する陶芸家・デザイナーの一人でした。

粘土の土地、スコーネ

スコーネ地方エステルレンの黄色い菜の花畑と青空
スコーネ地方エステルレンの菜の花畑。平らで肥沃な、スウェーデン最南部の穀倉地帯。撮影:JoolzWiki / CC BY 3.0

ペション=メリンは1925年、スウェーデン最南部スコーネ地方のトメリッラ(Tomelilla)近郊で生まれました。スコーネは平らで肥沃な農地が広がる穀倉地帯であり、良質な粘土に恵まれた土地でもあります。彼女は幼い頃から粘土に親しみ、学業を中断して、ロンマの陶器工場で植木鉢づくりから働き始めました。粘土の土地に生まれた少女が、やがて国を代表する陶芸家・教育者になる——その弧の出発点が、この南の平原にありました。

スコーネ地方トメリッラの中央広場と歴史的建物
トメリッラの中央広場。ペション=メリンが生まれたスコーネの地方都市。撮影:Jonn Leffmann / CC BY 3.0

マルメの工房とH55

マルメ旧市街リラ・トリ広場の切妻屋根の建物
マルメ旧市街のリラ・トリ広場。彼女が1950年から工房を構えた港湾都市。撮影:Moonhouse / CC BY-SA 4.0

ストックホルムの国立美術工芸大学コンストファック(Konstfack)などで学んだのち、彼女は1950年から1966年まで、スコーネ最大の港湾都市マルメ(Malmö)に自身の工房を構えました。ここで手がけたのは、機能的な陶器やストーンウェアの器です。

ペション=メリンが1955年に手がけたコルク栓付きのスパイス容器 Curry
1955年のスパイス容器「Curry」。白い文字とコルク栓、素朴な釉薬の器。撮影:Holger Ellgaard / CC BY-SA 3.0

彼女の名を広く知らしめたのは、1955年にヘルシンボリで開かれたデザイン博覧会「H55」でした。白い釉薬のスパイスジャー(調味料入れ)が注目を集め、若い陶芸家の名は一躍知られるようになります。装飾に頼らず、用途と素材から端正なかたちを導く姿勢は、この頃すでに定まっていました。

1955年ヘルシンボリのH55デザイン博覧会の会場のモダニズム建築
1955年、ヘルシンボリで開かれたデザイン博覧会「H55」の会場。撮影:Ateljé Wahlberg(パブリックドメイン)

のちに彼女はボダのガラスデザインに携わり(1967年〜)、ボダ・ノヴァの立ち上げへと進んでいきます。1980年代半ばには、コンストファックで陶芸とガラスのデザインを担うスウェーデン初の教授に就任しました。その作品は、スウェーデン国立美術館に約110点が収められるほか、ヨーテボリのレースカ美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、ニューヨーク近代美術館などに収蔵されています。

ストックホルムの国立美術工芸大学コンストファックの校内
コンストファックの校内。彼女が学び、のちに教授として教えた美術工芸の学び舎。撮影:Maxronnersjo / CC BY 3.0

「しつらえた食卓」——素材を横断する思想

ペション=メリンが手がけた木の持ち手をもつ錫の器
木の持ち手をもつ錫(すず)の器。陶やガラスにとどまらず、金属まで手がけた素材横断の一例。撮影:Holger Ellgaard / CC BY-SA 3.0

ペション=メリンの仕事の核心は、素材を横断するところにあります。陶器、ストーンウェア、磁器、ガラス、そしてブロンズ・アルミニウム・ステンレス鋼といった金属まで。彼女は一つの素材に閉じこもらず、それぞれの性質を見極めながら、器や道具をかたちにしていきました。

この素材横断性が、ボダ・ノヴァの根本思想を支えています。彼女がジョン・メリン、ミカエル・ビョルンステルナと共に立てたのは、「しつらえた食卓(Det dukade bordet)」という考え方でした。白と茶黒の食器に、カトラリー、グラス、コルクの付属品を組み合わせ、食卓全体を一つのまとまりとして設計する——皿は皿、匙は匙とばらばらに考えるのではなく、食卓に並ぶすべてを一続きの風景として構想したのです。

その象徴が、耐熱ガラスの器「Original」(コルクの下敷きを伴う、1971年)や、コルクとアルミを組み合わせた蓋付きのアイスバケツ(1971年)でした。いずれもスウェーデン国立美術館に収蔵されています。ビュッフェのステンレスカトラリーは、この「しつらえた食卓」の一員として、金属の役割を担う道具でした。

ストックホルム国立美術館の荘厳な館内
ストックホルムの国立美術館の館内。ペション=メリンとボダ・ノヴァの作品を収蔵する。撮影:Szilas(パブリックドメイン)

ステンレス鋼と「より美しい日用品を万人に」

ビュッフェがステンレスでつくられたことには、時代の必然があります。錆びにくいステンレス鋼は、1913年、英国シェフィールドのハリー・ブレアリーがクロムを加えた合金として見出しました。当初は「錆びない鋼」と呼ばれ、やがて地元のカトラリー製造業者が「ステンレス鋼(stainless steel)」と名づけます。20世紀の半ばまでに、この素材は手入れのしやすさと堅牢さから、食卓のカトラリーの主流となっていきました。

そこに重なるのが、スウェーデンのデザイン思想です。1919年、美術史家グレゴール・パウルソンは「より美しい日用品(Vackrare vardagsvara)」を掲げました。芸術家が工場と直接手を組み、質の高い日用品を、誰もが手にできる価格で届ける——この社会的な理念は、1917年のリリェヴァルクス美術館での住宅展、1930年のストックホルム博覧会を通じて広まり、「国民の家(folkhem)」の思想と結びついていきます。

安価で衛生的、そして頑丈なステンレスは、この「万人のための美しい日用品」という理想にぴたりと合う素材でした。銀器に代わって食卓を民主化した金属、といってもよいでしょう。ボダ・ノヴァのビュッフェも、スウェーデンのカトラリーメーカー、ゲンセ(Gense)の名作たちも、みなこの同じ系譜に連なっています。ステンレスカトラリーの背景をより広く知りたい方は、北欧のカトラリー完全ガイドもあわせてご覧ください。

ビュッフェを迎える——見分け方と当店の品

ボダ・ノヴァ ビュッフェのステンレス製ナイフ
ビュッフェのナイフ。柄からブレードへと続く、装飾を抑えた端正な一本。

ヴィンテージのビュッフェを見分ける手がかりは、まず柄裏の刻印です。「BodaNova」の文字と「Stainless」の表示、そして製造国を示す「Sweden」があれば、スウェーデン製の証となります。造形の面では、まっすぐで少し厚みのある柄、装飾のない潔い平面、そして種類の違う道具が同じ様式でそろう統一感が、ボダ・ノヴァらしさを物語ります。

ビュッフェのナイフの柄の質感と全体のフォルム
柄の平面と刃の移り変わりだけでつくられた表情。素材と機能から導かれた造形。

当店では、スウェーデンから直接買い付けたビュッフェのヴィンテージを取り扱っています。すっと伸びた匙面の美しいビュッフェのスプーン(18cm)と、柄から刃へと端正に続くビュッフェのナイフ(21cm)は、単体で眺めても、数本を並べても、静かな存在感を放ちます。ステンレスの落ち着いた光沢と力強い柄は、北欧モダンの造形として、暮らしの空間に置いて眺めるためにデザインされた道具です。

日本の感性との響き合い

ビュッフェのスプーンの柄裏とすくう部分の陰影
ビュッフェのスプーン。無駄を削いだかたちに、静かな緊張感が宿る。

ビュッフェを眺めていると、日本の美意識と静かに通じ合うものを感じます。装飾を削ぎ落とし、簡素さのなかに格調を見出すこと。素材そのものの質感を尊び、余計なものを足さないこと。こうした姿勢は、無駄を嫌い「用の美」を重んじる日本の工芸観と、深いところで響き合っています。

近年、北欧デザインと日本の美意識の親和性は「ジャパンディ(Japandi)」という言葉でも語られるようになりました。簡潔な線、清潔な余白、自然な素材感。ボダ・ノヴァが「しつらえた食卓」で描こうとした一続きの静けさは、日本の食卓が大切にしてきた調和とも、どこかで出会っているように思えます。スコーネの粘土とスモーランドの森から生まれた一本のステンレスに、そんな遠い対話を重ねて眺めるのも、ヴィンテージを迎える愉しみのひとつです。

要点の整理

ビュッフェ(Buffé)は、スウェーデンのボダ・ノヴァ(Boda Nova)がつくったステンレス製のカトラリーです。まっすぐで力強い柄と、装飾を一切もたない潔い造形が、スプーンからナイフ、サービング用具までを一つの様式でまとめ上げています。

その背景には、1971年にスモーランドの「ガラス王国」ボダで、エリック・ロセーンとシグネ・ペション=メリンらが掲げた「簡素なエレガンス」の理想と、食卓全体を一続きに構想する「しつらえた食卓」の思想がありました。「より美しい日用品を万人に」という機能主義の精神と、民主的な素材ステンレス。ビュッフェは、南スウェーデンのクラフトの風景が結晶した、静かな一本といえます。

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参考資料:スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)収蔵記録、スウェーデン国民百科(Nationalencyklopedin)、Wikipedia(BodaNova/Signe Persson-Melin/Kosta Boda/Glasriket ほか)。歴史的事実は複数の公的資料に基づいて記述しています。

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