シグネ・ペション=メリン完全ガイド|「モノにはカリスマが必要だ」——スウェーデン陶芸界の巨匠が歩んだ70年

シグネ・ペション=メリン完全ガイド|「モノにはカリスマが必要だ」——スウェーデン陶芸界の巨匠が歩んだ70年

この記事の要点

  • シグネ・ペション=メリン(1925–2022)は、陶芸・ガラス・錫・ブロンズと素材を横断したスウェーデンを代表するデザイナー
  • ロールストランドでプリムールやア・ラ・カルトを手がけ、ボダ・ノヴァでは耐火ガラスのティーポットを生んだ
  • 「モノにはカリスマが必要だ」を信条に、流行を超えた審美的持続可能性を追求した70年の創作人生
  • 2001年にプリンス・エウシェン・メダルを受章。作品はニューヨーク近代美術館やロンドンのV&Aにも収蔵されている

目次

  1. シグネ・ペション=メリンとは
  2. スコーネの大地——トメリッラでの少女時代
  3. 陶芸家への道——コンストファックとコペンハーゲン
    1. コンストファック——ストックホルムの国立工芸学校
    2. コペンハーゲン——サクソボの師ナタリー・クレブス
  4. マルメの工房——25歳の独立
  5. H55展とスパイスジャー——スウェーデン中が注目した1955年
  6. ストックホルム地下鉄T-Centralen——地下に咲いた陶壁画
  7. ボダ・ノヴァの革命——ガラスと陶器の融合
    1. クヴァドラートとガラスのティーポット
    2. ボダ・ノヴァ——テーブルウェアの新概念
  8. ロールストランドでの仕事——プリムールとア・ラ・カルト
  9. コンストファック教授——次世代を育てる
  10. 晩年の創作——バルカ、スヴェンスクト・テン、バイアルムス・ブルーク
  11. 日本とシグネ・ペション=メリン
  12. 「モノにはカリスマが必要だ」——変わらない哲学
  13. 受賞歴と作品収蔵
  14. まとめ

シグネ・ペション=メリンとは

シグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin、1925年6月19日–2022年8月31日)は、スウェーデンが20世紀に生んだ最も重要な工芸デザイナーのひとりです。陶芸を出発点に、ガラス、錫、ブロンズ、鉄と素材を横断しながら、70年以上にわたって創作を続けました。

シグネ・ペション=メリンのポートレート
シグネ・ペション=メリン(Svenskt konstnärslexikonより)

ロールストランドでプリムールやア・ラ・カルトなどのテーブルウェアを手がけ、ボダ・ノヴァでは耐火ガラスのティーポットという革新的な製品を生み出しました。晩年はブロンズの大型容器や教会の祭壇デザインにまで活動の幅を広げ、2001年にはスウェーデン国王からプリンス・エウシェン・メダルを授与されました。

彼女を語るうえで欠かせないのが、「モノにはカリスマが必要だ(Saker måste ha karisma)」という言葉。流行を追わず、手に取るたびに新鮮な驚きを与える「審美的持続可能性」を信条にした彼女の哲学は、北欧デザインの本質そのものといえるでしょう。

スコーネの大地——トメリッラでの少女時代

シグネ・ペションは1925年6月19日、スウェーデン最南端のスコーネ地方、トメリッラ近郊のウルストルプ(Ullstorp)で生まれました。父シグフリード、母マグンヒルドのもとに育ったシグネの幼少期は、エステルレン(Österlen)と呼ばれるスコーネ東部の豊かな自然に囲まれたものでした。

トメリッラの中央広場
シグネの故郷トメリッラの中央広場。スコーネ地方ならではの穏やかな街並み(Photo: Jonn Leffmann / Wikimedia Commons, CC BY 3.0)

エステルレンはスウェーデンでも特別な場所です。なだらかな丘陵地帯にはリンゴ園が広がり、夏になると菜の花が一面を黄金色に染めます。ブレーサルプス(Brösarps)の丘からは青い海まで見渡せ、多くの芸術家がこの地に創作のインスピレーションを求めてきました。

ブレーサルプスの丘陵
エステルレンの名所、ブレーサルプスの丘陵。秋には草原が琥珀色に染まる(Photo: TS Eriksson / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

この土地の風景——おおらかな丘陵、素朴な農家の建物、海と大地が溶け合う水平線——は、のちにシグネが生み出すことになる、飾り気のない力強い造形の原風景となりました。

エステルレンの海岸
エステルレンの海岸線。スコーネの青い海と空が溶け合う風景(Photo: Kristine.li / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)

陶芸家への道——コンストファックとコペンハーゲン

シグネの陶芸との出会いは、スコーネ南部のロンマ(Lomma)にあった「ロンマ・レール&ケラミック」という製陶所での見習い体験でした。ここで植木鉢の製造に携わった彼女は、粘土という素材の可能性に魅了されます。

コンストファック——ストックホルムの国立工芸学校

1944年、19歳のシグネはストックホルムのコンストファック(Konstfack、国立芸術工芸デザイン大学)に入学し、陶芸課程を学びます。コンストファックはスウェーデンのデザイン教育の中心であり、スティグ・リンドベリやカーリン・ビョルクィストといった巨匠たちも学んだ名門校です。

コペンハーゲン——サクソボの師ナタリー・クレブス

1946年、シグネはコペンハーゲンのクンストホーンヴェアカースコーレン(Kunsthåndværkerskolen)に移り、彫刻を学びます。このとき最も大きな影響を受けたのが、デンマークの伝説的陶芸家ナタリー・クレブス(Nathalie Krebs)でした。

クレブスは自身の窯「サクソボ(Saxbo)」を主宰し、中国や日本の古陶磁に深い敬意を払う作陶家でした。釉薬の研究に生涯を捧げたクレブスのもとで、シグネは東洋の陶芸美学——素朴さのなかに宿る気品、素材そのものの声に耳を傾ける姿勢——を吸収していきます。通常3年の課程を2年で修了したシグネは、1949年にコンストファックに戻って陶芸課程を修めました。

マルメの工房——25歳の独立

1950年、25歳のシグネはスウェーデン第3の都市マルメに自身の陶芸工房を開設します。当時の北欧デザイン界では、若い女性が独立した工房を構えること自体が異例のことでした。

スコーネの風車
1965年撮影のスコーネの風車。シグネが独立した1950年代初頭、この地方にはまだ多くの風車が残っていた(Photo: Andy Eick / Wikimedia Commons, CC BY 2.0)

1951年には最初の従業員エルンスト・クリステンセンを雇い、工房の規模を拡大。1953年、ストックホルムのギャラリー・モデルヌ(Galerie Moderne)でテキスタイルデザイナーのイングリッド・デソーとの二人展を開催しました。批評家のゴットハルト・ヨハンソンはシグネを「最も純粋な種の陶芸家」と絶賛し、この展覧会が彼女のキャリアにおける最初の転機となります。

H55展とスパイスジャー——スウェーデン中が注目した1955年

1955年、ヘルシンボリで開催された国際デザイン博覧会「H55」は、シグネの名を一躍スウェーデン全土に知らしめます。

シグネ・ペション=メリンのスパイスジャー「カレー」
1955年デザインのスパイス容器「カレー」。白い錫釉の温かみとコルク蓋の素朴さが調和している(Photo: Holger Ellgaard / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

出品したのは、白い錫釉をかけたスパイスジャーでした。コルク蓋と丸みのあるフォルム、そして側面に刻まれたスパイスの名前——「Curry」「Peppar」「Kanel」。このシンプルで美しいスパイスジャーは会場で大きな反響を呼び、テキスタイルデザイナーのアストリッド・サンペがこれに触発されて「ペションのスパイス棚(Perssons kryddskap)」というテキスタイルパターンを制作したほどでした。

同じ1955年、シグネはグラフィックデザイナーのヨーン・メリン(John Melin)と結婚。以後、ペション=メリンの名で活動を続けます。息子のトゥルルス・メリン(Truls Melin)はのちに彫刻家となりました。

ストックホルム地下鉄T-Centralen——地下に咲いた陶壁画

1957年、シグネはストックホルム地下鉄の中心駅T-Centralen(テー・セントラーレン)のパブリックアートを手がけます。詩人アンダース・エステルリン(Anders Österlin)との共同制作による陶壁画は、地下空間に温かな色彩をもたらしました。

T-Centralen駅の陶壁アート
ストックホルム地下鉄T-Centralen駅にあるシグネとアンダース・エステルリンによる陶壁アート(Photo: hakzelf / Wikimedia Commons, CC BY 2.0)

ストックホルムの地下鉄は「世界最長の美術館」とも呼ばれ、100以上の駅に芸術作品が設置されています。シグネが手がけたT-Centralen駅の作品は、その先駆けのひとつです。

1960年にはアンダース・リリエフォルス(Anders Liljefors)と共同でストックホルムのフォルケッツ・ヒュース(Folkets Hus、市民会館)の装飾も手がけています。

モザイクレリーフ
ストックホルム・カールヴェーゲンの旧森林産業会館に残るシグネとアンダース・リリエフォルスによるモザイクレリーフ(Photo: Bengt Oberger / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

ボダ・ノヴァの革命——ガラスと陶器の融合

1967年、シグネのキャリアに大きな転換点が訪れます。この年、マルメの工房を閉じたシグネはホーガネース・ケラミック(Höganäs Keramik)と提携し、1978年まで約11年間にわたって協働しました。同時期に、スモーランド地方の「ガラスの王国(Glasriket)」にあるボダ・ガラスブルーク(Boda glasbruk)からもデザイン依頼が舞い込みます。

コスタ・ガラス工房の内部
1960年代後半のスモーランド地方のガラス工房内部。シグネはこのような環境でガラスの可能性を探った(Photo: Pål-Nils Nilsson / スウェーデン国立文化財委員会, CC BY 2.5)

クヴァドラートとガラスのティーポット

1967年のルーベン(Ruben)ビールグラスシリーズに続き、1968年にはクヴァドラート(Kvadrat=正方形)シリーズを発表。正方形のガラス保存容器にコルク蓋を組み合わせたこのシリーズは大ヒットとなり、財政的に苦境にあったボダを救ったと伝えられています。

1971年には、陶芸家としてのバックグラウンドを活かし、耐火ガラスのティーポットとウォーマースタンドを開発。ガラスで直接お湯を沸かせるという当時としては画期的な製品でした。

ボダ・ノヴァのガラスティーポット
1971年にボダ・ノヴァのためにデザインされた耐火ガラスのティーポット。陶芸家ならではの温かみのあるフォルム(Photo: Holger Ellgaard / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

ボダ・ノヴァ——テーブルウェアの新概念

1970年、シグネは夫のヨーン・メリン、ミカエル・ビョルンスティエルナ(Mikael Björnstjerna)とともに「ボダ・ノヴァ(Boda Nova)」というテーブルウェアラインを立ち上げます。ガラス、陶器、ストーンウェア、鍛造カトラリーを組み合わせた統合的なテーブルウェアの概念は、当時としては革新的なものでした。

1972年にはストーンウェアのハンドルを備えた鍛造カトラリーを発表。その一部は日本で製造されました。1980年のチェス(Chess)テーブルウェアシリーズ、1990年代初頭のシグナム(Signum)シリーズと、ボダ・ノヴァでの仕事は1995年まで約25年にわたって続きます。

ロールストランドでの仕事——プリムールとア・ラ・カルト

1978年、シグネはヨーロッパで2番目に古い陶磁器ブランド、ロールストランド(Rörstrand)のデザイナーに就任します。ここでの在籍は1985年まで、約7年間でした。

1900年頃のロールストランド磁器工場
1900年頃のロールストランド磁器工場の職人たち。シグネがデザイナーとなったのは、この写真から約80年後のことだった(Nordiska museet所蔵、パブリックドメイン)

ロールストランドでシグネが手がけた代表的なシリーズが、プリムール(Primeur)ア・ラ・カルト(A La Carte)です。

プリムールは白を基調としたシンプルなテーブルウェアで、テラコッタ色の縁取りがアクセントになっています。白+テラコッタ、青+テラコッタ、そして輸出用の金の3色展開がありました。装飾を極限まで削ぎ落としながらも、手に取ると不思議な温もりが伝わってくる——シグネの「審美的持続可能性」という哲学が凝縮されたシリーズといえるでしょう。

ロールストランド プリムール コーヒーカップ&ソーサー&ケーキ皿 トリオ
プリムールのコーヒーカップ&ソーサー&ケーキ皿のトリオ。白とテラコッタの調和が美しい
ロールストランド プリムール デミタスカップ&ソーサー
プリムールのデミタスカップ&ソーサー。小ぶりながらも存在感のあるフォルム

ア・ラ・カルトはフランス語で「お好みで」を意味します。自由な組み合わせで楽しむテーブルウェアとしてデザインされたシリーズでした。

ロールストランド ア・ラ・カルト コーヒーカップ&ソーサー
ア・ラ・カルトのコーヒーカップ&ソーサー。シンプルな白の中にシグネらしい気品が宿る
ロールストランド ア・ラ・カルト ピッチャー
ア・ラ・カルトのピッチャー。無駄のない曲線が空間に静かな存在感を与える

2015年、シグネは90歳にしてロールストランドに復帰し、SPMシリーズを発表しました。フェルスパー磁器にリネン色のレリーフを施したこのシリーズは、60年以上の経験に裏打ちされた、円熟の作品群です。

コンストファック教授——次世代を育てる

1985年、シグネはかつて自身が学んだコンストファックの陶芸・ガラス科教授に任命されました。スウェーデンの大学でこの分野の教授が設置されたのはこれが初めてのことです。1990年に一旦退任した後、1993年から1995年まで再び教授を務めました。

シグネ・ペション=メリンとデザイナー仲間
左からテキスタイルデザイナーのウラ・カンデル、シグネ・ペション=メリン、銀細工師ヴィヴィアンナ・トールン・ビューロー=ヒューベ。同世代の女性デザイナーたちがスウェーデンのデザインシーンを牽引した(Photo: Ola Hollsten / scandinaviandesign.com, CC BY-SA 4.0)

学生時代に自らが受けた教育——ロンマの製陶所での実践、コンストファックでの理論、コペンハーゲンのナタリー・クレブスのもとでの師弟関係——その全てを次世代に伝えることは、シグネにとって自然な使命でした。

晩年の創作——バルカ、スヴェンスクト・テン、バイアルムス・ブルーク

教授職を退いた後も、シグネの創作意欲は衰えることがありませんでした。むしろ、晩年になるほど表現はより大胆に、色彩はより鮮やかに、そして挑戦はより果敢になっていきます。

1990年、NK百貨店の個展で初めて発表されたバルカ(Barca)容器は、ポルトガルの修道院建築にインスピレーションを得た大型のテラコッタ作品。1999年にはこれをブロンズで鋳造し、スカンジナビアの鋳造所スコンスカ・クロックジュテリエット(Skånska Klockgjuteriet)で制作しました。

シグネ・ペション=メリンの錫のティーポット
2004年、スヴェンスクト・テン80周年記念でデザインされた錫のティーポット「ミュルテン」。素材を変えても変わらないシグネの造形美学(Photo: Holger Ellgaard / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

2001年にはヘルシングランド地方のトレーネー教会(Trönö kyrka)のインテリアデザインを手がけ、祭壇スクリーン、洗礼盤、聖餐器、燭台を制作。2004年にはストックホルムの名店スヴェンスクト・テン(Svenskt Tenn)の80周年を記念し、錫のミュルテン(Myrten)シリーズを発表しています。

2008年から晩年まで続いたバイアルムス・ブルーク(Byarums Bruk)とのコラボレーションでは、鋳鉄の花器や屋外用プランターをデザイン。97歳で亡くなるその日まで、シグネは新たな素材と対話し続けました。

日本とシグネ・ペション=メリン

シグネの作品世界には、東洋の美学——とりわけ日本の陶芸が大切にしてきた「用の美」の精神が息づいています。

その源流は、コペンハーゲン時代の師ナタリー・クレブスにあります。サクソボ窯を主宰したクレブスは、中国や日本の古陶磁を深く研究した陶芸家でした。シグネはクレブスのもとで、釉薬の偶発的な美しさを受け入れること、素材の声に耳を傾けること——まさに日本の「わびさび」に通じる美意識を体得したのです。

スコーネの菜の花畑
スコーネの菜の花畑。シグネが生涯愛したこの穏やかな風景は、日本の里山の風景とどこか通じるものがある(Photo: Guillaume Baviere / Wikimedia Commons, CC BY 2.0)

シグネの作品は岐阜県現代陶芸美術館に収蔵されており、日本のコレクターの間でも高い評価を受けています。オークションサイトのバーネビーズ(Barnebys)は「日本ではコレクターズアイテムとして大きな成功を収めている」と評しています。

さらに興味深いのは、2007年に発表されたジャルディニエール(花台)に「Kyoto(京都)」という名を冠していることです。東洋の伝統的な青磁釉(セラドン釉)を用いたこの作品は、シグネが日本と東洋の文化に長年にわたって敬意を抱いていたことを物語っています。

スウェーデンと日本——地理的には遠く離れた二つの国ですが、「素朴さのなかに宿る美」「日用品にこそ美が宿る」という美意識は驚くほど共通しています。シグネの作品が日本のコレクターを惹きつけるのは、その共鳴ゆえかもしれません。

「モノにはカリスマが必要だ」——変わらない哲学

シグネ・ペション=メリンのデザイン哲学は、いくつかの言葉に凝縮されます。

最も有名なのが「モノにはカリスマが必要だ(Saker måste ha karisma)」。手に取った瞬間に「何かが違う」と感じさせるもの——それは過剰な装飾ではなく、フォルムと素材が一体となって放つ静かな力です。

もうひとつの重要な概念が「審美的持続可能性(estetisk hållbarhet)」。今日では環境の持続可能性が広く語られていますが、シグネはそれよりもずっと前から、「見飽きないデザイン」という意味での持続可能性を追求していました。流行に乗ったデザインは数年で古びる。しかし本質的に美しいフォルムは時代を超えて人の心を動かし続ける——それがシグネの信念でした。

ロールストランド ア・ラ・カルト ソースボート
ア・ラ・カルトのソースボート。装飾を排した中に「カリスマ」が宿る。シグネの哲学が形になった一品

「形と装飾は一体となって有機的な全体を成さなければならない」という言葉も残しています。個人的な芸術表現と工業デザインは矛盾しないと信じ、スパイスジャーから教会の祭壇まで、あらゆるスケールの仕事に同じ情熱を注ぎました。

受賞歴と作品収蔵

シグネ・ペション=メリンは生涯を通じて数多くの栄誉を受けました。

主な受賞歴:

  • 1958年 — ルニング賞(Lunning Prize):北欧デザイン最高峰の賞のひとつ
  • 1985年 — コンストファック陶芸・ガラス科教授に任命(スウェーデン初)
  • 1994年 — フランクフルト国際見本市アンビエンテ、デザインプラス一等賞
  • 1997年 — マルメ市文化賞
  • 2001年 — プリンス・エウシェン・メダル(芸術的功績に対しスウェーデン国王より授与)
  • 2004年 — スウェーデン建築デザイン賞
  • 2013年 — オーレッツ・フォルムベーラレ賞(今年のフォームベアラー賞)

作品収蔵館:

  • ストックホルム国立美術館(Nationalmuseum)
  • レースカ工芸デザイン美術館(Röhsska museet、ヨーテボリ)
  • マルメ美術館
  • ニューヨーク近代美術館(MoMA)
  • ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A、ロンドン)
  • クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン博物館
  • 大英博物館(ロンドン)
  • 岐阜県現代陶芸美術館(日本)
ストックホルム国立美術館のスウェーデンデザイン展示
ストックホルム国立美術館のスウェーデン産業デザイン展示室。シグネの作品もこの美術館に収蔵されている(Photo: Holger Ellgaard / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)

まとめ

  • シグネ・ペション=メリン(1925–2022)は、陶芸・ガラス・錫・ブロンズと素材を横断し、70年以上にわたって創作を続けたスウェーデンを代表するデザイナー
  • スコーネ地方トメリッラで生まれ、コンストファックとコペンハーゲンで学んだのち、23歳でマルメに自身の工房を開設
  • 1955年のH55展で注目を浴び、その後ロールストランド、ボダ・ノヴァ、スヴェンスクト・テンなど多くのブランドと協働
  • ロールストランドではプリムールやア・ラ・カルトを手がけ、ボダ・ノヴァでは耐火ガラスのティーポットという革新をもたらした
  • 「モノにはカリスマが必要だ」「審美的持続可能性」を信条に、流行を超えた普遍的な美しさを追求した
  • 2001年にプリンス・エウシェン・メダルを受章。作品はMoMA、V&A、岐阜県現代陶芸美術館など世界各地に収蔵されている

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