リサ・ラーソン マチルダ(Matilda)完全ガイド|淡い青に濃紺の円が並ぶ、グスタフスベリの数少ない食器シリーズ
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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スウェーデンの陶芸家リサ・ラーソン(Lisa Larson)と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは、まるい猫やライオン、ちいさな子どもの像ではないでしょうか。シャモットという粒立った素地でつくられた愛らしい像は、日本でも長く親しまれてきました。けれど彼女の仕事のなかには、あまり知られていないもうひとつの表情があります。それが、うつわ——テーブルウェアのシリーズです。
リサ・ラーソンがまとまった食器のシリーズを手がけた例は、そう多くありません。そのなかのひとつが、いまご覧いただいているマチルダ(Matilda)です。淡い青の地に、筆で置いたような表情をもつ濃紺の円がぐるりと帯を描き、その間を小さな白い菱形がつなぐ——ぽってりとまるいフォルムと大胆な文様が出会う、1960年代グスタフスベリらしいうつわです。
この記事では、マチルダというシリーズの造形を写真で読み解きながら、その素材や刻印、同じころに生まれた姉妹シリーズ「ジョセフィン」、そして豚のかたちをしたキャンドルホルダーまでをたどります。うつわの背景にあるストックホルム群島の工場町グスタフスベリの物語もあわせて、日本にいながら北欧を旅するようにご覧ください。
この記事でわかること
- マチルダ(Matilda)の意匠——淡い青の地・濃紺の円・白い菱形の帯
- リサ・ラーソンにとって数少ない、まとまった食器シリーズであること
- 素材フリントゴッズと、刻印(バックスタンプ)・VDNマークの見方
- 姉妹シリーズ「ジョセフィン」と、豚のかたちのキャンドルホルダー
マチルダ(Matilda)とは
マチルダは、リサ・ラーソンがグスタフスベリ(Gustavsberg)でデザインした食器のシリーズです。グスタフスベリ磁器博物館は、リサ・ラーソンを紹介するなかで、ティーポット・カップ・ミルクジャグ・蓋つきシュガーボウルからなる「マチルダ」のセットを掲げています。作者と器種の両方が、工場につらなる資料で確かめられるシリーズです。
リサ・ラーソンは1931年、スウェーデン南部スモーランド地方のヘルルンダに生まれました。ヨーテボリの工芸学校(現在のHDK)で学んだのち、1954年にグスタフスベリに迎えられ、1980年までの長い年月をこの工場で過ごしました。彼女を招いたのは、ベルサやスピサ・リブを生んだアートディレクター、スティグ・リンドベリです。マチルダも、この在籍期間のなかで生まれました。(生涯の歩みはリサ・ラーソン完全ガイドで詳しくご紹介しています。)
リサ・ラーソンといえばシャモット炻器の像がよく知られますが、マチルダのような一続きの食器シリーズは、彼女の仕事のなかでは数少ない部類に入ります。像づくりの作家が、日々の器のかたちと文様をまとめあげた——愛らしい動物や子どもの像とはまた違う、もうひとつの造形の顔が、ここにあります。
マチルダのカップを手のひらにのせると、まず目にとまるのは、そのまるさです。胴がふっくらとふくらみ、腰のあたりでやわらかくすぼまる。当店では、このかたちを「たぬきのよう」と呼んできました。角のない、どこかユーモラスなフォルムは、動物の像を数多く生んだリサ・ラーソンらしい造形だといえます。そこに、きりりと青い帯がめぐる——愛嬌と端正さが同居しているところが、マチルダの魅力です。
基本情報
| シリーズ名 | マチルダ(Matilda) |
|---|---|
| デザイン | リサ・ラーソン(Lisa Larson) |
| メーカー | グスタフスベリ(Gustavsberg/スウェーデン) |
| 年代 | 1962〜1972年とする資料が多い |
| 素材 | フリントゴッズ(flintgods/白い陶胎の器)。豚のキャンドルホルダーのみ炻器(stengods) |
| 意匠 | 淡い青の地に、濃紺の円と白い菱形が帯を描く。ソーサー・プレートは濃紺一色 |
| 器種 | コーヒーカップ、ティーカップ、ティーポット、プレート、シュガーボウル、ミルクジャグ、ボウル、蓋つきの大きな器(テリーヌ)、豚のキャンドルホルダー |
淡い青に濃紺の円——意匠を読む
マチルダの意匠は、とてもはっきりしています。淡い水色の地の上に、胴を濃紺の円の帯がひとめぐりします。円と円のあいだには、白く抜かれた小さな菱形が置かれ、その中心にちいさな点が打たれています。円のなかにはわずかな濃淡があり、ひとつずつ表情が異なって見えます。均一な幾何学模様でありながら、どこか柔らかな揺らぎをもつ青です。
色の対比も見どころです。カップの内側やフォルムの下半分は淡い青のまま残し、帯の部分にだけ深い青を集中させています。そしてソーサーやプレートは、いさぎよく濃紺一色です。カップを受けにのせると、淡い青の器が濃紺の面に浮かびあがります。1960年代の北欧らしい、大胆でグラフィカルな配色です。
同じシリーズでも、器のかたちによって帯の表情は少しずつ変わります。ボウルでは、円ではなく、筆を交差させた角ばった十字と菱形が帯をつくっています。丸い円のカップとくらべると、より力強い印象です。ひとつの発想を、器種ごとに描きかえていく——シリーズものならではの楽しみが、ここにあります。
青という色そのものも、マチルダの主役です。地の淡い水色から、帯の深い群青まで、ひとつの器のなかに青のグラデーションが収められています。北欧の食器には青と白の取り合わせが数多くありますが、マチルダの青は、白磁の下絵付けのような繊細さよりも、面で見せる大胆さに寄っています。棚に一客あるだけで、空間にきりりとした青の点が生まれます。
シリーズの広がり——器と、豚のキャンドルホルダー
マチルダは、コーヒーとお茶のまわりの器がひととおりそろうシリーズでした。オークションの記録では、12客のカップとソーサー、ミルクジャグを含む13点ほどのセットや、蓋つきのシュガーボウル、そして大きな蓋つきの容器(テリーヌ)までが確かめられます。
なかでも目を引くのが、ティーポットです。ぽってりとまるい胴の上に、籐を巻いた竹の持ち手が弓なりに渡されています。陶と自然素材の組み合わせは、1960年代から70年代の北欧でよく見られたしつらえです。蓋のつまみだけを濃紺で塗り、全体の青とそろえているのも、こまやかな仕事です。
ミルクジャグ(クリーマー)も、同じ文様をまとっています。注ぎ口のかたちや持ち手のカーブは、まるいカップと響き合い、テーブルにいくつか並べると、ひとつの家族のように見えてきます。
姉妹シリーズ「ジョセフィン」
マチルダには、同じころに生まれた姉妹のようなシリーズがあります。「ジョセフィン(Josephine/Josefin)」です。カップのフォルムはマチルダとよく似ており、素材も同じフリントゴッズ、青の装飾という点も共通しています。オークションの記録では、こちらもリサ・ラーソンによるものとして、コーヒーやお茶のセットが扱われています。マチルダとジョセフィン——姉妹の名を持つふたつの青いシリーズが、同じ発想から枝分かれしていったことがうかがえます。
豚のかたちのキャンドルホルダー
マチルダの名は、食器だけのものではありません。同じシリーズの名を持つ、豚のかたちをしたキャンドルホルダーが作られました。背に4本のろうそくを立てられる、全長30センチほどの陶製の豚で、こちらは食器のフリントゴッズとは違い、炻器(stengods)でつくられています。裏には「Lisa L. / Gustavsberg」と深く刻まれています。
スウェーデンでは11月末、クリスマスを待つアドヴェントの季節に、家々の窓辺にろうそくの灯りがともります。豚は北欧のクリスマス文化でも親しまれるモチーフで、マチルダにはアドヴェント用の豚型キャンドルホルダーも作られました。
リサ・ラーソンは、こうした季節の小さな像もいくつも手がけました。トムテ(妖精)や、頭にろうそくを載せたルシア、星の少年——冬の行事にちなんだ人形は、彼女の代表的な仕事のひとつです。豚のキャンドルホルダーも、その延長線上にある、うつわとフィギュアの間のようなデザインだといえます。
工場町グスタフスベリと、リサ・ラーソン
リサ・ラーソンの働いた場所
マチルダが生まれたグスタフスベリは、単なるメーカー名ではありません。ストックホルムの東、群島の入り口にあるヴェルムド島の、工場を中心にできた小さな町の名前です。1825年に磁器工場が創業して以来、この土地は職人や芸術家が集まる場所になりました。
1954年、学校を出たばかりのリサ・ラーソンを工場に招いたのが、アートディレクターのスティグ・リンドベリでした。以後、彼女はこの町の工場で四半世紀を超えて制作を続けました。マチルダのような食器も、動物や子どもの像も、すべてこのグスタフスベリの環境から生まれています。
ストックホルム群島の風景
19世紀の写真を見ると、水辺に工場の建物がならび、煙突と円錐形の窯が空へのびています。うつわは船で運ばれ、材料も水路から運びこまれました。グスタフスベリは、海とともにあった工場町です。
工場のまわりには、変わらない群島の自然が広がっています。無数の岩の島と松の森、澄んだ水があります。夏には人々が小さな船で島々をめぐります。マチルダの澄んだ青は、こうした水辺の光景とどこかで通じているように見えます。
北欧の冬は長く、日照時間はとても短くなります。だからこそ、夏の光と水の色は特別なものとして記憶されます。ろうそくを灯すアドヴェントのしつらえも、青と白の澄んだ器も、暗い季節と明るい季節を行き来する暮らしのなかで育まれてきた美意識です。マチルダのうつわを眺めていると、その背後にある群島の光と影が、静かに立ちあらわれてくるようです。
大規模な家庭用食器の生産は1993年に幕を閉じ、港はヨットの並ぶマリーナへと姿を変えました。それでも工場地区の建物は残り、いまも同じ土地で家庭用の食器やリサ・ラーソンの陶器が作られています。
グスタフスベリ磁器博物館
工場の歴史とコレクションは、グスタフスベリ磁器博物館(Gustavsbergs porslinsmuseum)にまとめられています。マチルダのセットも、リサ・ラーソンを紹介する展示のなかに置かれています。うつわがどんな場所で生まれたのかを知ると、手もとの一客がぐっと近く感じられます。(リサ・ラーソンが量産と距離を置いてつくった工房についてはKスタジオの完全ガイドを、工場の歴史はグスタフスベリ完全ガイドをご覧ください。)
素材と刻印の見方
マチルダの食器の素材は、フリントゴッズ(flintgods)です。実物の裏面には、グスタフスベリの錨のマークとともに「FLINTGODS」の文字がはっきりと記されています。フリントゴッズは、スウェーデンの陶磁器資料で用いられる陶器系の素材区分で、ベルサやスピサ・リブなどにも使われました。リサ・ラーソンの動物像に多いシャモット炻器とは、素材も質感も異なります。同じ作者の手から、まったく質感の違う仕事が生まれていたことになります。(素材の違いは北欧食器の素材ガイドで整理しています。)
裏面には、素材名のほかに「VDN F-555」と「MADE IN SWEDEN」も並びます。VDNは、戦後スウェーデンの消費者保護の枠組みが定めた品質表示で、Fは陶胎の種類、続く数字は性能の評価をあらわします。ベルサの一時期と同じ「F555」の表記が、マチルダにも見られます。(VDNマークの読み方はVDNマーク完全ガイドで詳しく解説しています。)
個体によっては「Lisa L. Gustavsberg」の署名や、箔のラベルが残るものもあります。バックスタンプは、うつわがどこで・いつごろ・誰の手で設計されたのかを教えてくれる小さな手がかりです。グスタフスベリの刻印の変遷そのものについては、グスタフスベリの年代判定ガイドもあわせてご覧ください。
状態を見るときは、淡い青の地の擦れや、濃紺の帯の艶を確かめます。釉薬の表面に細かな網目が見られることがありますが、これは貫入(かんにゅう)と呼ばれる、釉薬と素地の縮みの差から生まれる自然な現象です。素地そのものが割れた「ひび」とは別のものです。飾りとして楽しむうつわですので、扱いはおだやかに。汚れが気になるときも、漂白剤は絵柄の色をそこなうおそれがあるため避けてください。(状態表記の読み方はコンディション完全ガイドにまとめています。)
まとめ
要点の整理
- マチルダは、リサ・ラーソンがグスタフスベリのためにデザインした食器シリーズ。像で知られる彼女にとって、まとまった食器の仕事は数少ない。
- 意匠の核は、淡い青の地に並ぶ濃紺の円と白い菱形の帯。ソーサーやプレートは濃紺一色で、大胆な配色をつくる。
- 食器の素材はフリントゴッズ(ベルサと同じ白い陶胎)。像に使われたシャモット炻器とは異なる。豚のキャンドルホルダーのみ炻器。
- 裏面には錨のマーク・FLINTGODS・VDN F-555・MADE IN SWEDENが記される。姉妹シリーズに「ジョセフィン」がある。
- 1962〜1972年に生産されたとする資料が多い。
愛らしい動物や子どもの像で知られるリサ・ラーソンですが、マチルダのような日々のうつわもまた、彼女の造形の大切な一面です。彼女の作品は日本でも長く愛され、2014年から2015年にかけては全国を巡回する大規模な回顧展が開かれ、多くの人が訪れました。淡い青と濃紺、まるいフォルムと大胆な帯——ひとつの器のなかで出会う対比を、ぜひ棚の上で味わってみてください。
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