リサ・ラーソン グラナダ(Granada)完全ガイド|濃紺の釉薬とサンド色の素地に、線刻が刻む炻器のシリーズ
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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スウェーデンの陶芸家リサ・ラーソン(Lisa Larson)といえば、まるい猫やライオン、子どもたちの小さな像を思い浮かべる方が多いはずです。けれど彼女の仕事には、もうひとつの表情があります。それが、むき出しの砂色の素地と濃紺の釉薬を大胆に分けた、線刻の器のシリーズ——グラナダ(Granada)です。
グラナダは、リサ・ラーソンがグスタフスベリ(Gustavsberg)のスタジオ環境で制作していた時期にデザインされたシリーズです。フラワーベース、大皿、ボウル。かたちはさまざまでも、粒立った炻器の地肌に黒い線で文様を刻み、上部にだけ深い青の釉薬をかける——その手ざわりの美学は一貫しています。愛らしい動物像とは対照的な、静かで力強い北欧の造形です。
この記事では、グラナダという器の造形を写真で読み解きながら、リサ・ラーソンの生涯、彼女が働いたストックホルム群島の工場町グスタフスベリ、そして素材となったシャモット炻器の世界までをたどります。日本にいながら、北欧のうつわの背景を旅するようにご覧ください。
この記事でわかること
- グラナダ(Granada)の造形と素材——濃紺の釉薬・サンド色の素地・線刻の文様
- リサ・ラーソンの生涯と、ヨーテボリで陶芸を学んだ若き日
- 工場町グスタフスベリと、量産とは別の「スタジオ」という場所
- 刻印・箔ラベルの見方と、ヴィンテージ炻器の状態の読み方
グラナダ(Granada)とは
グラナダは、リサ・ラーソンがグスタフスベリのためにデザインした炻器(ストーンウェア)のシリーズです。名前はスペイン南部の街グラナダに通じますが、器そのものは南欧の華やかさよりも、北欧の土と光を思わせる落ち着いた佇まいをもっています。
シリーズ全体に共通するのは、シャモット入りの炻器、線を彫り込む線刻の装飾、そして濃紺の部分施釉という三つの要素です。とくに花器で目を引くのが、器を上下に分ける三つの層です。上部と下部に濃紺の釉薬をかけ、そのあいだにサンド色の素地を残します。その帯に線刻の幾何学文様が入る——それがグラナダの意匠です。つやのある濃紺と、ざらりとしたマットな素地。ひとつの器のなかで、まったく異なる二つの手ざわりが出会います。
グラナダは単品ではなく、3種のフラワーベース、大皿、ボウルという器種で展開されました。どれも同じ設計思想——濃紺の釉薬・サンド色の素地・線刻の文様——を共有しています。うつわを飾りとして置いたとき、その造形の対比が空間のなかで静かに主張します。
基本情報
| シリーズ名 | グラナダ(Granada) |
| デザイナー | リサ・ラーソン(Lisa Larson、1931–2024) |
| ブランド | グスタフスベリ(Gustavsberg)/スウェーデン |
| 素材 | シャモット入りの炻器(ストーンウェア) |
| 意匠 | サンド色の素地に線刻の幾何学文様+濃紺の部分施釉 |
| 器種 | フラワーベース3種・大皿・ボウル |
| デザイン時期 | 1950年代末(一般に1959年ごろとされる)。生産は1960年代を中心とするが、公式の正確な生産期間の記録は確認されていない |
| 刻印 | 「Gustavsberg」の刻印と「LL/Lisa L.」のサイン、「Design Lisa Larson」の箔ラベル |
※グラナダのデザイン年・生産期間について、美術館やメーカーによる一次的な公式記録は確認できていません。上記のうち時期に関する数字は、オークションや流通の資料で語られてきた範囲を示すもので、断定ではありません。
濃紺の釉薬とむき出しの素地——造形を読む
グラナダの魅力は、写真を近くで見るほど伝わります。まず素地。釉薬をかけない部分には、砂を思わせる粒立った肌が広がります。これはシャモット——一度焼いた陶土を砕いて練り込んだ土——を含む炻器ならではの質感です。ざらりとして、光を鈍く受けとめます。
サンド色の素地には、線を彫り込む線刻によって文様が施されています。細く波打つ縦線や、点や小さな円が連なるものなど、器によって表情はさまざまです。刻まれた溝に釉薬がわずかに沈み、影のように輪郭を強めています。
そして濃紺の釉薬。半光沢のこの青は、器の上部と下部を覆い、むき出しの素地とはっきり対比します。資料によって「濃紺」から「黒に近い青」まで幅がありますが、実物では、光の角度でわずかに緑を帯びる深い青に見えます。マットな砂色と、しっとりした濃紺。この二つの対比こそ、グラナダという器の骨格です。
リサ・ラーソンの抽象的な文様には、しばしば自然のかたち——草原の草、種、風の流れ——を思わせるものがあります。グラナダの線刻も、幾何学的でありながら、どこか有機的な律動を宿しています。特定の意味を読み込むための手がかりは残されていませんが、彼女の他の仕事と同じ、簡潔で図案化された表現の延長にあると見ることができます。
シリーズの広がり——花器・大皿・ボウル
グラナダは、同じ造形言語を器種を変えて展開したシリーズです。ここでは、かたちの違いを写真で見ていきます。
フラワーベース——大小のかたち
フラワーベースには、寸胴の筒形から、ふっくらとした卵形まで複数のかたちがあります。大型のものは素地の面積が広く、線刻の文様がびっしりと連なって、まるで織物のような密度をもちます。飾りとして床や棚に置くと、その存在感が際立ちます。
大皿——縁をめぐる文様
大皿では、中央の見込みに濃紺の釉薬が円く広がり、そのまわりのサンド色の縁いっぱいに線刻の文様がめぐります。花や種、放射状の線、点の連なり——縁を一周する意匠は、まるで小さな図譜のようです。飾り皿として壁に立てかけたり、棚に置いたりすると、造形そのものが絵のように働きます。
ボウル
低い円形のボウルにも、同じ意匠が凝縮されています。濃紺の見込みと、記号のような線刻が並ぶ平らな縁。手のひらにおさまる小品ですが、シリーズの造形言語がそのまま息づいています。
リサ・ラーソンという作家
リサ・ラーソンは1931年9月9日、スウェーデン南部スモーランド地方のヘルルンダ(Härlunda)に生まれました。深い針葉樹の森にかこまれた小さな教区で、父は製材所を営んでいました。積み上げられた木材、おがくず、端材、そして土——幼いころから、彼女の手のまわりには自然の素材がありました。のちの、土の手ざわりを生かした炻器の仕事は、この原風景と地続きです。
18歳のとき、彼女は西海岸の港町ヨーテボリへ出て、工芸・デザインの学校(Slöjdföreningens skola、現在はヨーテボリ大学の芸術系学部に継承)で陶芸を学びました。1949年から1954年までの学生時代です。師のひとりは、フィンランドのARABIA窯から来た陶芸家クルト・エクホルム。フィンランド機能主義の厳格な訓練が、若い彼女に注ぎ込まれました。学校はデザインを収めたレースカ美術館の近くにあり、その東アジア・日本のコレクションが、のちの彼女の日本への関心の芽になったといわれます。
転機は1954年。北欧の工芸コンペに出した作品が、グスタフスベリの芸術監督スティグ・リンドベリの目にとまり、彼は1年間の試用の場を用意しました。こうしてリサ・ラーソンはグスタフスベリに加わります。当初は1年の約束でしたが、結果的にそれは約26年におよぶ協働となりました。彼女はここで、量産される人気シリーズと、一点物の芸術作品の両方を手がけていきます。
グスタフスベリ時代の代表作は、リッラ・ズー(小さな動物園、1955年)、ABCの少女たち(1958年)、アフリカ(1964年)、そして世界の子どもたち(1974–75年)。小さな動物や子どもたちの像は、簡潔なシルエットと親しみやすい表情で、世界中で親しまれています。彼女は1980年にグスタフスベリを離れ、その後もローゼンタール、ヘガナス、ロールストランド、イェイエ・ガントフタなど、さまざまな窯やメーカーと仕事を続けました。2024年3月11日、ナッカにて92歳で亡くなるまで、およそ70年にわたって手を動かし続けた作家でした。
グスタフスベリという場所を歩く
グラナダが生まれたグスタフスベリは、ストックホルムから東へ、橋を渡ってヴェルムド島に入った先にある工場町です。都会からわずか20分ほど。車窓の景色は、街からたちまち水と花崗岩と松の島景色へと変わります。ボートで港に着くこともできます。
グスタフスベリの磁器工場は1825年に創業しました。入り江ファルスタヴィーケンの水辺に、れんがの建物と背の高い煙突が連なる——この一続きの工場が、ほぼ170年にわたって陶磁器を焼き続けてきました。1839年には、社名を錨(いかり)の上に記したマークが採用されます。錨はイギリスの磁器工場でよく使われた印で、それにならったものでした。1863年にはコーンウォールから輸入した粘土でボーンチャイナの生産も始まっています。
旧工場地区は、グスタフスベリ港(Gustavsbergs hamn)と呼ばれる一角になりました。古いれんが倉に工房やギャラリー、アンティーク店、カフェ、そしてグスタフスベリ・イッタラ・ARABIAのアウトレットが入り、水辺には小さなマリーナが広がります。内湾の奥まった入り江なので、水面は外海のようには荒れず、鏡のように静かで、れんがの壁とヨットのマストを映します。
工場のまわりには、働く人々のための住宅街が整えられました。かつての企業城下町(スウェーデン語でbruk)の面影を残す、めずらしい町並みです。煙突とれんがの産業景観に、静かな水辺の散歩道が重なります。
町の一角には、グスタフスベリ磁器博物館があります。館が入るのは、1876年に建てられ1904年に上階が増築された旧「乾燥棟(Torkhuset)」。工場で1825年から1993年までに作られた4万5千点を超える品——コーゲやリンドベリのスタジオ作品、豪華な飾り壺、日々の食器、衛生陶器、そして世に出なかった試作品まで——が収められています。磨き上げられた展示室というより、町全体の手仕事のアーカイブと呼びたくなる場所です。
ヴェルムド島は、ストックホルム群島のやわらかな光のなかにあります。低く長い太陽、淡い空、松の鈍い緑と、れんがの温かな赤褐色が、青灰色の水を背に並びます。グラナダの濃紺の釉薬とサンド色の素地——その色の取り合わせは、この島の光と土に、どこか通じています。
「スタジオ」というもうひとつのグスタフスベリ
グスタフスベリには、二つの顔がありました。ひとつは、食器や衛生陶器を大量に生み出す量産の工場。もうひとつは、デザイナーが土に向き合い、かたちや文様を静かに試すことのできる小さな芸術部門——「スタジオ(Studio)」です。
スタジオは1942年、当時の芸術監督ヴィルヘルム・コーゲ(1889–1960)によって工場のなかに設けられました。ここで作られる手びねりの芸術炻器には、指をかたどった「スタジオハンド」の印がつけられます。コーゲの後を継いだのがスティグ・リンドベリ(1937年入社、1949年に芸術監督に就任)で、彼のもとで若いデザイナーたちが新しいモデルを育てました。この工房は、量産のホールとは気風の異なる、いわば実験室でした。
リサ・ラーソンは1954年からこのスタジオの環境で働き、やがて工場の芸術部門の建物のなかに自分の工房を持ちました。彼女はそこで、市場に向けた量産シリーズと、一点物の芸術作品の両方を手がけます。グラナダがデザインされた1959年前後、リサ・ラーソンはこうしたスタジオ環境のなかで制作していました。量産の器のようにも、一点物のようにも見えるその中間の佇まいは、この時期の仕事の幅をよく映しています。
シャモット炻器という素材
グラナダの素材である炻器(ストーンウェア)は、高温で焼き締められた、硬く水を通しにくいやきものです。リサ・ラーソンの仕事を語るうえで欠かせないのが、この炻器に混ぜられるシャモットという素材です。
シャモットとは、一度焼いた陶土を砕いて粒にしたもの。これを生の粘土に練り込むと、焼成時の収縮がおさえられ、彫塑的な造形にも使いやすくなります。表面には独特のざらりとした肌が生まれ、とりわけ彫刻的な仕事でこの粒立った質感が生きます。リサ・ラーソンの動物や子どもの像が、つるりとした磁器ではなく、どこか土のぬくもりを感じさせるのは、このシャモット入りの炻器を使っているからです。
グラナダで面白いのは、その素材の「地肌」をあえて見せていることです。多くのうつわは全体に釉薬をかけて素地を隠しますが、グラナダは中央の帯をむき出しのまま残し、シャモットの粒立ちをそのまま意匠にしています。動物や子どもの像に手ざわりを与えた同じ素材が、ここでは抽象的な器のかたちに応用されている——リサ・ラーソンの仕事は、像もレリーフも器も、ひとつの素材の言葉でつながっています。
日本とリサ・ラーソン
リサ・ラーソンは、日本でとりわけ深く愛されてきた作家です。その素地となる日本美術への関心は、学生時代からのものでした。ヨーテボリのレースカ美術館や民族学博物館の東アジア・コレクション、そして1955年にヘルシンボリで開かれた大規模なデザイン展「H55」——こうした出会いが、彼女の簡潔で人間味のある造形観を育てたといわれます。
日本との緊密で継続的な交流が深まったのは、2000年代に入ってからのことです。彼女の簡素であたたかい造形は、日本の「用の美」や、自然素材への敬意と響き合い、多くの人の心をとらえました。2015年には、彼女の像を大きく写した記念のモニュメントが、滋賀県の信楽(しがらき)陶芸の森に設けられています。北欧の陶芸家の造形が、日本有数のやきものの里に立つ——その事実は、彼女と日本の縁の深さを静かに物語ります。
見分け方とコンディション
刻印とサインの見方
グラナダの底面には、多くの場合「Gustavsberg」の刻印と、リサ・ラーソンを示す「LL」または「Lisa L.」のサインが見られます。加えて、口元や底に「Design Lisa Larson」と記された箔(フォイル)ラベルが残っていることもあります。この箔ラベルは経年で剥がれやすく、残っていない個体もあります。ラベルの有無だけで判断せず、底面の刻印やサインとあわせて確認します。
むき出しの素地に触れると、砂のようなざらつきが指に伝わります。全体につるりと施釉された量産の食器とは、手ざわりからして異なります。この地肌そのものが、グラナダというシリーズの署名のようなものです。
状態の見方と扱い
ヴィンテージの炻器には、時代を経た表情がともないます。釉薬の表面に細かな網目状の亀裂が見られることがありますが、これは貫入(かんにゅう)と呼ばれる、釉薬と素地の収縮の差から生まれる自然な現象です。素地そのものが割れた「ひび」とは別のものです。状態評価では、その程度や着色の有無も含めて個体ごとに確認します。むき出しの素地の部分は、もともとマットで、経年による色の落ち着きも味わいのうちです。
飾りとして楽しむうつわですので、扱いは穏やかに。強い衝撃は欠けの原因になります。汚れが気になるときも、漂白剤は避けてください——絵付けや文様の色が損なわれるおそれがあります。むき出しの素地は水を吸いやすいので、長く水に浸けたままにせず、やわらかい布で拭うのがよい方法です。
当店では、グラナダをはじめとするリサ・ラーソンの炻器を、一点ずつ検品してお届けしています。在庫の状況は各商品ページでご確認いただけます。
まとめ
要点の整理
- グラナダは、リサ・ラーソンがグスタフスベリのためにデザインした炻器のシリーズ。3種のフラワーベース・大皿・ボウルで展開された。
- 造形の核は、サンド色のむき出しの素地に刻まれた線刻の文様と、上下を覆う濃紺の部分施釉の対比。
- 素材はシャモット入りの炻器。動物や子どもの像に手ざわりを与えたのと同じ素材が、抽象的な器に応用されている。
- デザインされた1959年前後、リサ・ラーソンは量産とは別の「スタジオ」——ストックホルム群島の工場町グスタフスベリにあった芸術部門——で制作していた。
- デザイン年は1950年代末ごろとされるが、正確な生産期間の公式記録は残っていない。
リサ・ラーソンといえば動物や子どもの像が知られますが、グラナダのような抽象的な器もまた、彼女の造形の大切な一面です。濃紺とサンド色、なめらかさとざらつき——ひとつの器のなかで出会う対比を、ぜひ手もとで、あるいは棚の上で味わってみてください。
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