エステリ・トムラ(右)とライヤ・ウオシッキネン(左)1957年

エステリ・トムラ完全ガイド|アラビアに花を描き続けた37年の物語

この記事の要点

  • エステリ・トムラ(Esteri Tomula, 1920-1998)は、アラビアで37年間活躍した装飾画家(デコレーター)
  • 生涯で約150のデコレーションパターンを手がけたとされる。フィンランドの花と植物を描き続けた
  • 代表作はクロッカス(Krokus)フローラ(Flora)ボタニカ(Botanica)
  • シルクスクリーン印刷・手描き・銅版転写などを使い分け、量産食器に手仕事の質感を残した
  • 自らの名を冠したエステリ・トムラ財団を設立し、陶磁器の収集・保存を通じてヘルシンキ・デザインミュージアムのコレクション充実に貢献

目次

  1. エステリ・トムラとは
    1. ヘルシンキに生まれて
    2. アテネウムでの学び
  2. アラビアの37年——磁器絵付け師から装飾デザイナーへ
    1. カイ・フランクとの出会い
    2. シルクスクリーン——印刷と手描きの融合
  3. 白い器に植物を咲かせるという仕事
  4. 代表作の世界
    1. クロッカス(Krokus)——たった2年の伝説
    2. フローラ(Flora)——フィンランドの野花
    3. ボタニカ(Botanica)——壁に咲く植物図鑑
    4. パストラーリ、フェニカ、そして150のデザイン
  5. フィンランドの短い夏——花への眼差し
  6. 静かな献身——退職後と遺したもの
    1. 30年間の教壇
    2. エステリ・トムラ財団

エステリ・トムラとは

ライヤ・ウオシッキネンとエステリ・トムラ 1957年
1957年、アラビア工場にて。左がライヤ・ウオシッキネン(1923-2004)、右がエステリ・トムラ。同期入社で生涯にわたる同僚(Photo: Kalle Kultala / Lehtikuva, パブリックドメイン)

アラビアの器を思い浮かべるとき、多くの人はカイ・フランクの機能的なフォルムや、ウラ・プロコッペの力強い釉薬を思い出します。しかし、その白い器の上に花を咲かせた装飾画家たちがいました。エステリ・トムラ(Esteri Tomula, 1920-1998)は、その中でも最も繊細に、最も長く、フィンランドの花を描き続けた人物です。

アラビアの磁器に花を描くこと——それがエステリ・トムラの生涯の仕事でした。アラビアで37年(1947-1984)、約150の装飾パターンを手がけたとされ、その多くが花や植物、果実、季節のモチーフに関わるものでした。代表作のクロッカス(Krokus)フローラ(Flora)、ボタニカ(Botanica)は、いずれもフィンランドの自然を白い磁器の上に再構成したシリーズです。

ライヤ・ウオシッキネンと並んで、戦後アラビアの装飾を支えた中心人物でした。

トムラは、器の形そのものを主に設計したデザイナーではなく、器の表面に絵を与える装飾画家でした。ただし、それは単なる絵付けではありません。白い器の上に、季節、植物、物語を構成する仕事でした。カイ・フランクやオルガ・オソルらが整えたシンプルなフォルムの器に、フィンランドの野の花や植物を描くのが彼女の仕事——37年のキャリアで約150の装飾パターンを手がけたとされ、中でもクロッカス、フローラ、ボタニカは今も多くのコレクターに愛されています。

ヘルシンキに生まれて

ヘルシンキの夕景
バルト海に面したフィンランドの首都ヘルシンキの夕景。トムラはこの街に生まれ、生涯を過ごした。Photo: Giuseppe Milo, CC BY 3.0

1920年10月31日、エステリ・トムラはフィンランドの首都ヘルシンキに生まれました。本名はイルタ・エステリ・トムラ(Ilta Esteri Tomula)。家族や友人からは「エッス(Essu)」の愛称で呼ばれていました。

トムラは小柄な体格だったと伝えられ、重い粘土を扱う造形よりも、白磁の表面に絵を描く磁器絵付けの道へと進みました。優れた画才を持っていた彼女にとって、白い磁器の表面はキャンバスそのものでした。

アテネウムでの学び

ヘルシンキのアテネウム外観
ヘルシンキ中央駅前の鉄道広場に面して建つアテネウム。1887年に開館した歴史ある建物で、美術館と工芸学校が共存していた。Photo: 5R-MFT, CC BY-SA 4.0

ヘルシンキ中央駅のほど近く、鉄道広場(ラウタティエントリ)に面して建つ白い石造りの建物がアテネウムです。1887年に開館したこの建物は、フィンランド国立美術館としての顔と、工芸学校(タイデテオッリネン・オッピライトス、現在のアールト大学芸術・デザイン・建築学部の前身)としての顔を併せ持っていました。

トムラはこのアテネウムの陶磁器科で磁器絵付けを専攻しました。重い粘土を回すのではなく、焼き上がった白磁に繊細な筆運びで絵を描く技術を磨く日々。彼女の優れたデッサン力は教師たちの目に留まり、1947年に卒業を迎えます。

アラビアの37年——磁器絵付け師から装飾デザイナーへ

ヘルシンキのアラビア工場の建物
ヘルシンキ、アラビアンランタに残るアラビア工場の建物。赤レンガの外壁が特徴的で、現在はアールト大学のキャンパスとして使用されている。Photo: Markus Koljonen, CC BY-SA 3.0

ヘルシンキの北東部、ハメーンティエ(Hämeentie)135番地。1873年にスウェーデンのロールストランドの子会社として設立されたアラビアは、20世紀半ばには世界最大級の陶磁器工場へと成長していました。赤レンガの工場群が立ち並ぶ一帯は、フィンランドの陶磁器デザインの心臓部でした。

1947年、アテネウムを卒業したばかりのトムラがこの工場の門をくぐります。ここから1984年の退職まで、37年間にわたるキャリアが始まりました。入社当初はアート・インダストリー部門に配属され、磁器の絵付けを担当しました。

カイ・フランクとの出会い

カイ・フランクのポートレート
カイ・フランク(1911-1989)。「フィンランドデザインの良心」と呼ばれた巨匠は、トムラが最も多くの作品で協働した器のデザイナーだった。

トムラの主な仕事は、他のデザイナーが設計したフォルムに装飾を施すこと。その中でも深い関わりを持ったのが、「フィンランドデザインの良心」と呼ばれるカイ・フランク(Kaj Franck, 1911-1989)でした。

フランクが設計したシンプルで機能的な器のフォルムに、トムラが繊細な花の絵を描く。装飾を排した機能美を追求したフランクと、花の装飾に生涯を捧げたトムラ。一見対照的な二人の協働は、機能美と装飾美の見事な融合を生み出しました。トムラはオルガ・オソル(Olga Osol)の設計したフォルムにも多くの装飾を施しています。

シルクスクリーン——印刷と手描きの融合

アラビア クロッカス コーヒーカップ&ソーサー
クロッカスのコーヒーカップ&ソーサー。シルクスクリーンで刷られた黒い輪郭線に、手描きの彩色が重ねられているのがよく分かる。

トムラのキャリアに決定的な転換をもたらしたのが、1950年代後半から1960年代にかけてアラビアに導入されたシルクスクリーン印刷機でした。

それ以前の装飾は、銅版転写(コッパー・プリンティング)による輪郭の印刷と手描き彩色の組み合わせが主流でした。シルクスクリーンの導入により、トムラは独自の技法を確立します。まず、花の輪郭線をシルクスクリーンで磁器に印刷する。次に、その輪郭の中を一つひとつ手で彩色する。印刷の正確さと手描きの温もりが共存する、彼女ならではの技法です。

1963年、トムラは製品開発部門の装飾デザイナーに正式に就任。量産品の装飾パターンを専門的に手がけるようになり、ここから彼女の創作はさらに大きく花開いていきます。

ただし、トムラの作品がすべてシルクスクリーン+手描きで作られたわけではありません。手描き、スクリーン印刷、銅版転写、混合技法——作品やシリーズに応じて技法を使い分け、それぞれの素材と装飾の関係を見極めて選択していました。

白い器に植物を咲かせるという仕事

トムラの仕事は、ボタニカルアートの精神を量産食器に持ち込むことでした。フィンランドの野で見つけた花、庭の片隅に咲く植物、図鑑のなかの精緻な植物画——それらを、白い磁器の表面に再構成していきました。同じフォルムでも、トムラの花が咲くと器は「眺める対象」へ変わります。装飾は単なる柄ではなく、植物を観察するまなざしそのものでした。

代表作の世界

トムラは37年のキャリアで約150のデコレーションパターンを手がけたとされます。ここでは、特に人気の高い代表作を紹介します。

クロッカス(Krokus)——たった2年の伝説

春に咲くクロッカスの花
雪解けの大地に咲く春咲きクロッカス(Crocus vernus)。フィンランドでは長い冬の終わりと春の訪れを告げる花として親しまれている。Photo: Smihael, CC BY-SA 3.0

北国フィンランドの長い冬が終わりを告げるとき、雪の下から最初に顔を出す花の一つがクロッカスです。トムラはこの春の使者を、彼女の代表作に選びました。

アラビア クロッカス 24cmプレート4枚セット
クロッカス 24cmプレート。紫、黄、オレンジ、緑——春の野原の色彩がそのまま白い磁器に移し取られている。

クロッカスはトムラの最も有名な作品であり、わずか1978年から1979年の2年間しか生産されなかったことでも知られています。シルクスクリーンで刷られた黒い輪郭線に、紫、黄、オレンジ、緑が手描きで重ねられた鮮やかなデザイン。フィンランドの春の喜びがそのまま器に宿ったかのようです。

アラビア クロッカス ティーポット
クロッカスのティーポット。シリーズの中でも特に希少なアイテム。丸みを帯びたフォルムを花の絵が包み込んでいる。

短い生産期間ゆえに現存数が限られ、ヴィンテージ市場では安定した人気を維持しています。通常のイエローリムに加え、縁がグレーに彩色された「グレーリム」と呼ばれるバリエーションも存在し、特に希少とされています。

フローラ(Flora, 1979-1981)——フィンランドの野花

アラビア フローラ コーヒーカップ・トリオ
フローラのコーヒーカップ・トリオ。春の野花が繊細な筆致で描かれている。

クロッカスとほぼ同時期、1979年頃に登場したフローラは、フィンランドの野花をモチーフにしたシリーズです。ストーンウェア(せっ器)に、黒い輪郭線と淡い色彩で描かれた花々。トムラのキャリア晩年にあたるこの時期の作品には、長年の経験に裏打ちされた筆致の自由さと、色彩の豊かさが感じられます。

アラビア フローラ 34cm特大プレート
フローラ 34cmの特大プレート。大きな器面に伸びやかに広がる野花の構図は、トムラの円熟した筆運びを物語っている。

フローラもまた3年間という短い生産期間のため、コレクターの間で高い人気を誇っています。

ボタニカ(Botanica, 1978-1989)——壁に咲く植物図鑑

フィンランド、ポルヴォーの野花
フィンランド・ポルヴォー近郊に咲く野花。トムラのボタニカはこうしたフィンランドの草花を一種ずつ壁皿に描いた作品。Photo: Richard Mortel, CC BY 2.0

ボタニカは、トムラのライフワークとも呼べるシリーズです。直径約12cmの小さな壁皿(ウォールプレート)に、フィンランドの野の花を一種ずつ植物図鑑のように正確に描きました。1978年から1989年にかけて制作された小型のウォールプレート・シリーズで、植物を一種ずつ描いた図鑑のような構成。関連するRosa(バラ)やMetsämarja(森のベリー)を含めると、かなり多くのバリエーションが存在します。部屋に飾ると小さな植物園のようになります。

ボタニカ プレート イヌバラ
ボタニカのプレート「イヌバラ」。花びらの微妙な色合いや葉脈まで、植物学的な正確さで描かれている。

姉妹シリーズとして、バラを描いた「ローサ(Rosa)」が7種、森のベリーを描いた「メッツァマルヤ(Metsämarja)」が12種あり、合わせて55枚の小さな自然の肖像画が生まれました。

ボタニカ フラワーベース
ボタニカのフラワーベース。壁皿だけでなく花瓶にも植物画が施され、どの角度から見ても野花の世界が広がっている。

パストラーリ、フェニカ、そして150のデザイン

フェニカ コーヒーポット
フェニカのコーヒーポット。フィンランドの伝統的な花模様がモダンにアレンジされている。

パストラーリ(Pastoraali)はフィンランドの田園風景に着想を得た、絵画的で華やかなシリーズです。フェニカ(Fennica)はフィンランドの伝統的な花のモチーフを現代的に解釈した作品でした。

トムラの作品リストは驚くほど長大です。初期のサトゥプリンセッサ(Satuprinsessa, 1953-1957)はフェアリーテイルをモチーフにした子供向けの食器セット。ヴェゲタ(Vegeta, 1961-1969)は野菜の装飾。デイジー(Daisy, 1964-1974)、ヴァルム(Valmu, 1965-1970)はそれぞれ花を描いたシリーズです。1970年代に入ると、プリマヴェーラ(Primavera)、ガルデニア(Gardenia)、アウリンコ(Aurinko)、カトリッリ(Katrilli)など次々と新しいパターンを世に送り出しました。そしてアラビア創業100周年を記念するデザインも手がけています。

フィンランドの短い夏——花への眼差し

トムラの花は、単なる花柄ではありません。長い冬のあとに一斉に咲くフィンランドの花々を、季節が終わっても消えない磁器の上にとどめる試みでした。

フィンランドの夏の風景
フィンランドの短い夏。白夜の季節になると、大地は一斉に緑と花で満たされる。Photo: Arto J, CC BY-SA 3.0

フィンランドの夏は短く、鮮烈です。6月になると白夜が訪れ、太陽はほとんど沈まなくなります。長い冬の間に蓄えたエネルギーを解き放つかのように、野の花は一斉に咲き乱れ、草原は色彩で溢れかえります。

トムラのデザインの根底にあるのは、この短い夏への深い愛情でした。ボタニカの36種の野花、フローラの草花、クロッカスの春の花——これらを眺めていると、彼女が何を見つめていたのかが伝わってきます。一枚一枚が植物学者のような正確さで描かれていながら、同時にそこには画家の詩情が宿っている。磁器に描かれたフィンランドの花は、季節が過ぎても色褪せることがありません。トムラは磁器を通じて、消えゆく北欧の短い夏を永遠にとどめたのかもしれません。

静かな献身——退職後と遺したもの

30年間の教壇

トムラは生涯を独身で過ごしました。アラビアでの仕事と並行して、ヘルシンキのトイメラ自由カレッジ(Toimela vapaaopisto)で磁器絵付けの講師を30年以上にわたり務めました。工場で培った技術を次の世代に手渡すこと——それもまた、彼女の静かな使命だったのでしょう。

エステリ・トムラ財団

ヘルシンキ・デザインミュージアム外観
ヘルシンキ・デザインミュージアム(2019年撮影)。コルケアヴオレンカトゥ通りに建つ1895年築のネオゴシック建築。トムラの財団はこの美術館のコレクション充実を目的としている。Photo: Vadelmavene, CC BY-SA 4.0

トムラは、自らの名を冠した「エステリ・トムラ財団」を設立し、陶磁器作品の収集・保存を通じて、ヘルシンキ・デザインミュージアムのコレクション充実に貢献しました。生涯を磁器の装飾に捧げた彼女が、自身の仕事を含むフィンランド陶磁器を未来へ受け渡すために残した仕組みです。

1998年、エステリ・トムラはヘルシンキで亡くなりました。彼女が磁器に描いた花々は、今もヘルシンキのデザインミュージアムと、世界中のコレクターの手元で静かに咲き続けています。

まとめ

エステリ・トムラ(1920-1998)の作品を見ることは、フィンランドの自然を植物画として読み解くことでもあります。クロッカスには雪解けの春が、フローラには夏の野花が、ボタニカには植物図鑑の精緻なまなざしが咲き続けています。

カイ・フランクやオルガ・オソルが整えた白いフォルムに、トムラは37年をかけて植物の物語を描きました。シルクスクリーン印刷と手描きの色付けを組み合わせるその手法は、量産食器でありながら一点ごとに微妙な揺らぎを残し、手仕事の温度を伝えています。

アラビアの白い器に花を咲かせ続けた装飾画家。トムラの作品を手元に置くことは、フィンランドの短い夏のまなざしを、暮らしの中に迎え入れることでもあります。

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