アラビア ヴァナモとは|リンネソウを描いたエステリ・トムラの陶磁器シリーズ

アラビア ヴァナモとは|リンネソウを描いたエステリ・トムラの陶磁器シリーズ

この記事でわかること

  • ヴァナモが、リンネソウ(Linnaea borealis)をモチーフにしたアラビアの陶磁器シリーズであること
  • リンネソウが、カール・リンネと深く結びついた北方の小さな花であること
  • 装飾を手がけたエステリ・トムラの経歴と、シルクスクリーン+手彩色を組み合わせた装飾技法
  • ヴァナモがGöran BäckのFNモデルに、Esteri Tomulaの装飾を組み合わせたシリーズであること
  • 生産期間が1973–1974年と短く、現在の市場に出る数が限られていること

アラビアの「ヴァナモ(Vanamo)」は、エステリ・トムラが装飾を手がけた、1973–1974年製造の短命な陶磁器シリーズです。フォルムはGöran BäckのFNモデル。フィンランド語でリンネソウを意味するVanamoの名のとおり、北方の森に咲く小さな花が、黒い輪郭線と淡い色彩で描かれています。

リンネソウは、植物学者カール・リンネと深く結びついた花でもあります。リンネにちなむ属名を持ち、リンネ家の紋章にも描かれたこの花は、北欧の森の記憶と植物学の歴史を同時に宿しています。

本記事では、ヴァナモのモチーフ、エステリ・トムラの装飾技法、生産期間がわずか1973–1974年に限られた背景、そして入手時に確認したいポイントを、北欧ヴィンテージ陶磁器の専門店の視点から解説します。

アラビア ヴァナモ コーヒーカップ
ヴァナモのコーヒーカップ&ソーサー。黒い輪郭線に淡いピンクの花が浮かぶ(出典: laatutavara.com)

ヴァナモとは — アラビアが描いた「リンネの花」

「ヴァナモ(Vanamo)」とは、フィンランド語でリンネソウ(学名 Linnaea borealis、英語名 Twinflower)のことです。北方の針葉樹林の苔の上に、薄紅色のごく小さな双子の花を咲かせる多年草。アラビアのヴァナモは、この野の花をシルクスクリーンの黒い輪郭で写しとり、淡いピンクと緑で彩色した、ごく繊細な陶磁器シリーズです。

リンネソウ(Linnaea borealis)
ノルウェーの森に咲くリンネソウ。フィンランド語でヴァナモ(出典: Bouke ten Cate / Wikimedia Commons, CC BY 4.0)

シリーズ概要(デザイナー・年代・モチーフ)

  • シリーズ名: Vanamo(ヴァナモ)
  • フォルムデザイン: Göran Bäck(ヨラン・ベック)/FNモデル
  • 装飾デザイン: エステリ・トムラ(Esteri Tomula, 1920-1998)
  • 生産年: 1973–1974年
  • 製造: アラビア(ARABIA, フィンランド)
  • モチーフ: リンネソウ(Linnaea borealis)
  • 技法: シルクスクリーンによる黒の輪郭印刷+手彩色

生産期間がわずか2年であったため、現在の市場に出る数は限られています。

モチーフ — リンネソウという北方の小さな花

リンネソウの双子の花
ひとつの茎の先に二輪が下向きに咲く。これが「双子の花」と呼ばれる所以(出典: Walter Siegmund / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

双子の花、北方の針葉樹の森に咲く

リンネソウは、丈わずか5〜10cmほどの這うように地を覆う常緑の半低木です。北極周辺の冷涼な針葉樹林を好み、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、シベリア、北アメリカといった北方の森の苔の上に分布します。ひとつの細い茎の先で枝分かれし、薄紅色の鐘形の花が二輪、頭を垂れるように下向きに咲きます。英語名のtwinflower、ドイツ語のMoosglöckchen(苔の鐘)、いずれもこの形を写した名です。

フィンランドの針葉樹の森
中部フィンランド、ユヴァスキュラの松の森。リンネソウはこうした森の苔の上に咲く(出典: Tiia Monto / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

花は1cmにも満たず、しゃがみこんで顔を近づけなければ気づかないほど控えめです。けれども北欧の人々にとって、夏のはじめに森の中で見つけるリンネソウは、長い冬を越えた喜びと結びつく、特別な花のひとつでした。

カール・リンネが「自分自身」と重ねた花

この小さな花の属名「Linnaea」は、近代分類学の父と呼ばれたスウェーデンの博物学者、カール・リンネ、のちのカール・フォン・リンネ(Carl Linnaeus/Carl von Linné, 1707–1778)の名にちなみます。

カール・リンネの肖像
アレクサンダー・ロスリンによるカール・リンネの肖像画(出典: Alexander Roslin / Wikimedia Commons, パブリックドメイン)

属名Linnaeaを与えたのは、リンネ本人ではなく、彼の師であるオランダの植物学者ヤン・フレデリック・グロノヴィウスです。リンネはこの小さく目立たない北方の花に自分自身を重ねていたと伝えられています。リンネが『Critica Botanica』(1737年)でこの花について記した言葉として、後世の解説では「ラップランドの低く目立たない植物で、わずかな時期だけ花を咲かせる」という趣旨の一節がしばしば紹介されます。北方の森にひっそりと咲く小さな花に、彼は自分自身を見いだしていたのです。

紋章になった花 — 1757年、リンネが貴族になった日

リンネの紋章
カール・リンネ家の紋章。リンネが貴族に列せられた後の紋章で、中央上部にリンネソウが描かれている(出典: Wikimedia Commons, パブリックドメイン)

「私のように小さく、目立たぬ草」

1757年、リンネはスウェーデン王アドルフ・フレドリクにより貴族に列せられ、のちにCarl von Linné(カール・フォン・リンネ)を名乗るようになります。リンネ家の紋章には、彼が愛したリンネソウが描かれました。世界の植物に体系的な名を与えた学者が、自らの象徴として選んだのは、北方の森に咲く小さな花だったのです。

故郷ロースフルト、スモーランドの森

リンネの生地ロースフルト
スウェーデン南部スモーランド地方ロースフルト。リンネが1707年に生まれた農家(出典: Mårten Sjöbeck / Wikimedia Commons)

リンネが生まれたのは、スウェーデン南部スモーランド地方の小さな村、ロースフルト(Råshult)でした。父は牧師、母は牧師の娘。家の周りには針葉樹の森と石の多い痩せた土地が広がり、夏には湿った苔の上にリンネソウが咲きました。父が大切にしていた庭の植物を覚えながら育った少年は、後に世界中の生き物に「属名+種小名」という整理された名前を与えていきます。リンネソウは、生涯にわたって彼の原風景であり続けました。

リンネの生家ロースフルト
現在は記念施設として保存されているロースフルトの牧師館。庭園とカフェが併設されている(出典: Bysmon / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)
リンネのハンマールビーの家
ウプサラ近郊のハンマールビー。リンネが家族と過ごした夏の家で、現在は博物館として公開されている(出典: Andreas Trepte / Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.5)

アラビアのヴァナモが描いたのは、こうした北方の森の文脈そのものでした。フィンランドの森でも、スウェーデンの森でも、リンネソウは同じ姿で咲きます。陶磁器に写しとられたのは、北欧の人々が共通して持つ、森の記憶の一片だったのです。

エステリ・トムラ — アラビアに花を描き続けた37年

エステリ・トムラとライヤ・ウオシッキネン
1957年、アラビアの装飾画家ライヤ・ウオシッキネン(左)とエステリ・トムラ(右)。二人ともアラビアを代表する装飾デザイナーになった(出典: Kalle Kultala / Lehtikuva, パブリックドメイン)

装飾画家から「シリーズデザイナー」へ

エステリ・トムラは1920年10月31日、ヘルシンキに生まれました。1947年、27歳でアラビアの装飾部門(Decoration Department)に装飾画家(ornamental painter)として入社。1963年、43歳で装飾デザイナー(decoration designer)に昇格しました。アラビアでの在籍期間は1947年から1984年まで、37年に及びます。その間に手がけたパターンは150を超え、そのほとんどがフィンランドの野の花や草木をモチーフにしていました。

代表作には、コバルトブルーのクロッカス(Krokus)、北欧の野草を写したフローラ(Flora)、植物図鑑のようなボタニカ(Botanica)、ARABIAブランドを国外へ広げる役割を担ったフェニカ(Fennica)などがあります。ヴァナモは、それらの系譜に連なる、トムラらしい植物装飾のシリーズです。

シルクスクリーン×手彩色の技法

トムラの装飾は、デザインしただけの「絵柄」ではありません。植物の繊細な輪郭線をシルクスクリーンで黒く印刷し、そのうえから熟練の画工が色を手彩色で乗せていく——シルクスクリーンと手彩色を組み合わせた、トムラらしい装飾技法です。アラビアが1960年代初頭にスクリーン印刷の設備を整えてから、その表現は飛躍的に広がります。輪郭は精密に、彩色は人の手のゆらぎを残して。これがヴァナモの薄紅と緑、クロッカスの青の柔らかさを生み出しています。

アラビア クロッカス コーヒーカップ
エステリ・トムラのクロッカス。黒の輪郭をシルクスクリーンで刷り、青を手で乗せている
アラビア ボタニカ プレート イヌバラ
同じくトムラのボタニカ。植物図鑑の銅版画を思わせる輪郭線が特徴

1973–1974年、短い生産期間の背景

ヘルシンキのアラビア工場ビル
ヘルシンキ・アラビアンランタのアラビア工場(出典: Markus Koljonen / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

ヴァナモが世に出た1973年は、第一次オイルショックが世界経済を揺さぶった年でもありました。フィンランドの陶磁器産業も、原材料費やエネルギーコストの上昇と無縁ではありません。ヴァナモの生産終了理由を示す明確な社内資料は確認できませんが、シルクスクリーンと手彩色を組み合わせた装飾工程は、量産効率が重視される時代には負担の大きい方法だったと考えられます。

アラビア ヴァナモ カップ別アングル
ヴァナモのカップとソーサーを横から見たところ。FNモデルのフォルム(出典: laatutavara.com)

ヴァナモは、アラビアが装飾工程の効率化を進めていた時代に生まれた、手作業の余韻を強く残すシリーズでした。わずか2年で生産を終えた背景には、1970年代前半のコスト環境と、アラビア全体がより効率的な量産へ向かっていた流れがあった可能性があります。後年トムラの代表作と並べて語られながらも、市場で見かける数はクロッカスやボタニカに比べて少なくなっています。

トムラが描いた、他の野の花たち

ヴァナモはトムラの植物シリーズの一角にすぎません。彼女が37年のキャリアを通じて描いた北欧の植物は、それぞれ異なる季節と土地の記憶を運んでいます。

アラビア フローラ コーヒーカップ・トリオ
フローラ(Flora)。フィンランドの野花が四方に散らばる構成
アラビア フェニカ コーヒーポット
フェニカ(Fennica)。北極圏の植物相を思わせる、より象徴的な意匠
アラビア ボタニカ フラワーベース
ボタニカ(Botanica)のフラワーベース。植物図鑑の頁を抜き出したような細密な線

クロッカスは初春の青、フローラは夏の野原、ボタニカは植物学的視点、フェニカは北方の象徴。そしてヴァナモは、森の苔の上に咲く一輪。シリーズごとに、トムラは「フィンランド人がどこで季節を感じるか」を変えていたのです。

入手時のチェックポイントとバックスタンプ

アラビア ヴァナモ ソーサー
ヴァナモのソーサー。中央に薄紅色のリンネソウ(出典: laatutavara.com)

ヴァナモを探すときに見ておきたいポイントは三つあります。

  1. 輪郭線の状態: シルクスクリーンの黒い線が摩耗してかすれていないか。長年の摩耗により、線が薄くなっている作品があります。
  2. 手彩色の濃淡: 薄紅色は淡く透けるように乗せられています。彩色が乗っていない部分も「白の見せ場」として意図された設計なので、色抜けや摩耗と混同しないようにします。
  3. バックスタンプ: ヴァナモでは、1971〜1975年頃に使われたARABIAスタンプと、FNモデルを示す表記が確認される作品があります。底面表示は作品によって差があるため、スタンプだけでなく、装飾、フォルム、サイズ、製造年資料をあわせて確認する必要があります。

生産期間が短いため、複数点が揃うセットや、大きめのプレート、ポット、ボウル型の作品は流通量が少なく、見つけた時が縁の品です。

南フィンランドの夏の森
南フィンランドの夏の森。ヴァナモはこうした森の苔の上に、足音を立てずに咲く(出典: Ninara / Wikimedia Commons, CC BY 2.0)

まとめ

この記事のポイント

  • ヴァナモは、Göran BäckのFNモデルにエステリ・トムラの装飾を組み合わせたアラビアの陶磁器シリーズで、製造期間は1973–1974年の約2年間。
  • モチーフのリンネソウ(Linnaea borealis)は、北方の針葉樹林の苔の上に二輪の薄紅色の花を咲かせる小さな植物。
  • カール・リンネが自らを重ねた花として知られ、リンネ家の紋章にも描かれた花である。
  • 装飾はシルクスクリーンの黒い輪郭線+手彩色という、トムラらしい繊細な技法で仕上げられている。
  • 1970年代前半のコスト環境と重なる短い生産期間を経て、現在も市場に出る数は限られている。

あわせて読みたい関連記事

関連商品をチェック

エステリ・トムラ作品一覧 クロッカス フローラ アラビア陶磁器一覧
コラムに戻る