アラビア フローラ(Flora)完全ガイド——フィンランドの野花が咲く名作食器
アラビアの「フローラ(Flora)」は、1979年に誕生した手描き風の花柄シリーズです。フィンランドの野に咲く草花を淡い色合いの素地の上に写し取ったその姿は、北欧陶芸の黄金時代が生んだ最も詩的な作品のひとつといえるでしょう。スクリーン印刷を基調としながらも、手描きのような伸びやかさを感じさせる——フローラは、工業製品と手仕事の境界を軽やかに越えた稀有なシリーズです。
フローラとは——「花の女神」の名を持つシリーズ
フローラ(Flora)はラテン語で「花の女神」を意味します。その名の通り、フィンランドの野山に自生するプリムラやスミレを思わせる草花を、繊細なタッチで描いたデザインが特徴です。
素地の余白を生かしながら、花々が自然に散りばめられた構図は、押し花を思わせる詩情を湛えています。フィンランドの長い冬を越えた先にようやく訪れる短い夏——その束の間の美しさを閉じ込めたかのような佇まいが、多くの北欧食器愛好家を惹きつけてきました。
製造期間は1979年から1981年までのわずか2〜3年。この短さゆえに現存数が限られており、ヴィンテージ市場での希少価値が非常に高いシリーズです。
デザイナー:エステリ・トムラ——植物画家であり陶芸家であった女性

エステリ・トムラ(Esteri Tomula, 1920–1998)は、アラビア窯の黄金時代を静かに支えた女性デザイナーです。ヘルシンキに生まれた彼女は、中央工芸学校(現アールト大学)で陶芸絵付けを専攻し、1947年にアラビアの装飾部門に入社しました。
同時代のカイ・フランクやウラ・プロコッペといった巨匠たちが「機能美」を追求した一方、トムラは「自然の描写」という独自の道を歩みました。もともと植物画に深い造詣を持っていた彼女は、フィンランドの森や草原を歩き、スケッチブックに植物を克明に写し取る——その習慣が、のちにフローラやボタニカといったシリーズの礎となりました。
トムラの初期の技法は、黒い輪郭線を転写印刷し、その上から手描きで色を加えるものでした。1960年代にアラビアがスクリーン印刷技術を導入すると、トムラの作風はより色彩豊かで開放的なものへと進化しました。フローラではスクリーン印刷を基調としつつ、手描きのような揺らぎと伸びやかさが感じられる表現が実現されています。
彼女が手がけた約150種ものデコレーションパターンは、すべて植物への深い敬意に満ちています。力強い線描が印象的なクロッカス(Krokus)、学術的なアプローチで植物を描いたボタニカ(Botanica)、そしてパストラーリ(Pastoraali)やフェニカ(Fennica)——いずれもフィンランドの四季が育む草花の生命力を見事に写し取っています。
トムラはまた、ヘルシンキのトイメラ自由大学で30年以上にわたり陶芸絵付けを教え続けました。デザイナーとしてだけでなく教育者としても、フィンランド陶芸の伝統を次世代に伝えた功労者です。
フローラが生まれた場所——ヘルシンキ、トウコラのアラビア工場

Photo: SKY-FOTO Möller / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
フローラが製造されたのは、ヘルシンキ北部トウコラ地区に建つアラビアの巨大な工場でした。1874年に操業を開始したこの工場は、最盛期には1,500人以上の従業員を擁し、ヨーロッパ最大級の窯業工場として知られていました。
工場内のアートデパートメント(芸術部門)は、フィンランドを代表するデザイナーたちの創作の場でした。トムラもまた、このアートデパートメントの一室で日々植物のスケッチと向き合いながら、フローラの繊細な花柄を生み出していったのです。

Photo: Helsinki City Museum / Wikimedia Commons (CC BY 4.0)
時代が求めた「自然回帰」——1970年代後半のフィンランド
フローラが発表された1979年は、北欧デザインにとって転換期でした。1950〜60年代のミッドセンチュリー期に花開いた大胆なモダンデザインは一巡し、人々は自然や手仕事への回帰を求め始めていました。オイルショックの影響で安価な輸入品が市場を席巻する中、アラビアもまた人員削減や製品ラインの整理を余儀なくされた厳しい時代です。
そうした逆風の中でトムラが選んだのは、「自然のままの花を、そのまま食卓へ届ける」という原点回帰のコンセプトでした。フローラに描かれた花々は様式化されておらず、まるで野原から摘んできたばかりのような生き生きとした表情を見せています。この「飾らない自然さ」こそが、フローラが時代を超えて愛され続ける最大の理由です。
フローラのラインナップ

フローラはフルラインのテーブルウェアとして展開されていました:
- コーヒーカップ&ソーサー——最も人気の高い定番。フィンランドのフィーカ(コーヒータイム)文化の象徴として愛されていました
- デミタスカップ・トリオ——小ぶりで繊細な佇まい。ゲスト用として大切にされていました
- 20cmプレート——ティータイムの取り皿として日常的に使われていたサイズ
- 34cm特大ディナープレート——希少な大判サイズ。来客時のメインディッシュ用として特別な場面で登場していました
- クリーマー・シュガーポット——テーブルセットの要
- ボウル・ピッチャー——コレクターが特に探し求めるアイテム
当時のフィンランドでは、フローラのフルセットを揃えて来客をもてなす——そんな使い方がされていたといわれています。コーヒーカップからプレート、サービングウェアまで統一された花柄がテーブルを埋め尽くす様子は、まさに「テーブルの上に咲く庭園」でした。
ヴィンテージ・フローラの魅力——量産品が宿す一点物の表情
フローラのヴィンテージ品を手に取って最初に気づくのは、一つひとつ微妙に異なる花の表情です。スクリーン印刷を基調とした技法ながら、個体ごとに印刷の出方や色の濃淡に微妙な差があり、それがかえって手描きのような味わいを生んでいます。
さらに、40年以上の歳月を経たフローラには、新品にはない「時間の層」が重なっています。わずかに飴色を帯びた釉薬の深み、使い込まれた縁のやわらかな光沢——それらは、フィンランドのどこかの家庭で日々の食卓を彩ってきた証です。
北欧の家庭では、食器は世代を超えて受け継がれるものでした。祖母から母へ、母から娘へ——フローラの花柄とともに、家族の食卓の記憶もまた受け継がれてきたのです。ヴィンテージ食器の本当の価値は、造形やデザインだけでなく、その器が歩んできた時間そのものにあるのかもしれません。
フローラの見分け方——バックスタンプで年代を読む
フローラのバックスタンプ(裏面の刻印)には、「ARABIA FINLAND」の文字とともに手書き風の「Flora」ロゴが入ります。製造期間が1979〜1981年と短いため、バックスタンプのバリエーションは限られていますが、それだけに刻印の状態がよいものはコレクターに珍重されています。
アラビアの刻印(バックスタンプ)年代別完全ガイドもあわせてご参照ください。
姉妹シリーズ:ヴァルム(Valum)

トムラがフローラと同じフォーム(器の形)を用いてデザインしたヴァルム(Valum)も、知る人ぞ知る名シリーズです。フローラが多彩な野花を描いたのに対し、ヴァルムはより限定された色彩と構図で、静謐な印象を与えます。フローラとヴァルムを並べて観賞すると、トムラの作風の奥行きがよく分かります。
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