「楽園」の名を冠した フィンランド製オリジナルの楕円皿
フィンランドのARABIA社の名器パラティッシのヴィンテージ21cmオーバルプレートです。フィンランド語で楽園を意味するParatiisi(パラティッシ)シリーズは、1969年にビルガー・カイピアイネンがデザインを提供したものです。こちらは1968年の年号が打たれたパラティッシのプロトタイプ版のオーバルプレートです。
パラティッシは1972年にはモノクロ版が発売され、1974年にはシリーズの製造が一度中止されています。1988年になり復刻されますが、円形のプレートになり、カイピアイネンがこだわった楕円形のプレートは生産が途絶しています。今では復刻版が再販されていますが、製造国は東南アジアへと移り、規格化された品質管理のもと、脈々と生産は続けられています。
こちらは発売年の前年の1968年に少量生産された試作品のパラティッシです。Wärtsilä(ヴァルチラ)という当時ARABIAに出資していたスポンサー企業のロゴが打たれており、その下に1968年という年号が刻印されています。現在まで世界中で愛されているパラティッシの、まさに出発点となった作品です。
こちらのプレートは1969年〜1970年代初頭のいわゆるヴィオラロゴのパラティッシと比較すると、全体的に淡い色味で、デザインの線そのものは甘いものです。ただヴィオラロゴのパラティッシが今でもわずかに流通が見られる一方、こちらの1968年版は希少性という意味ではパラティッシのなかで最も珍しいものです。
なおパラティッシのオーバルプレートは25cmサイズが標準的なサイズとして知られていますが、こちらは小ぶりな21cmサイズです。1968年の試作品では21cmサイズしか製造されなかったようです。ヴィンテージとも復刻版とも異なる趣きがありコレクターズアイテム中のコレクターズアイテムといえるでしょう。
「装飾の王」が生んだ楽園

パラティッシをデザインしたビルガー・カイピアイネン(1915-1988)は、フィンランドが誇る「装飾の王(Koristeiden kuningas)」。幼少期にポリオを患い、ろくろが使えない身体でありながら、50年以上にわたりアラビア工場で装飾芸術に人生を捧げました。
ミニマリズムが席巻する北欧デザインの潮流に、彼は真っ向から抗いました。
「装飾性は人類最古の執着である。それを去勢すれば、人間は弱者になる。私は単調さと単純化が嫌いだ」
妻の死、スミレ、そして楽園へ
1966年、カイピアイネンは最愛の妻マッギを失います。彼女の棺をブルーのスミレで覆ったその日から、スミレは彼の生涯のモチーフとなりました。
「ショパンはスミレを愛した。私はショパンを愛する」
悲しみの中で生まれたのが、200万個のセラミックビーズで構成された40平方メートルの巨大壁画「オルヴォッキメリ(すみれの海)」。1967年モントリオール万博でグランプリを受賞しました。

このオルヴォッキメリの延長線上に、1969年、パラティッシは誕生します。元の名前は「タルハ(果樹園)」。ベルギー国王ボードワン夫妻がアラビア工場を訪問した際、完成したばかりのこのデザインに一目惚れ。ファビオラ王妃が自宅用に購入を希望し、「パラティッシ(楽園)」と名付けられました。
アラビア工場 — パラティッシが生まれた場所


ヴィンテージと現行品の違い
パラティッシの生産は1969年に始まり、1974年に一度中断。1988年に復活しましたが、その際にオリジナルの楕円形プレートから丸形に変更され、素材もファイアンス陶器からヴィトロ磁器に変わりました。さらに2016年にはフィンランド工場が閉鎖され、現在はタイで製造されています。
つまり、フィンランド製のヴィンテージ・パラティッシは——特に1969〜1974年のオリジナル期のものは——カイピアイネン自身が監修した時代の、もう二度と作られることのない器です。
パラティッシのバックスタンプ(ロゴ)の変遷

■詳細スペック
- メーカー:ARABIA / アラビア
- デザイナー:Birger Kaipiainen / ビルガー・カイピアイネン
- シリーズ名:Paratiisi / パラティッシ
- 年代:1968年
- 製造国:フィンランド
■コンディション:★★★★☆(4.5:極美品)
食器として使用された形跡のないデッドストック品です。背面には製造時の支柱跡が見られます。割れ欠け貫入がなく食器としての使用歴もないミントコンディションです。










