リサ・ラーソン完全ガイド|スウェーデンの国民的陶芸家の生涯・代表作・作品の見分け方
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この記事の要点
- リサ・ラーソン(Lisa Larson, 1931-2024)は、スウェーデンを代表する陶芸家。動物や人物の温かみのあるフィギュアで世界的に知られる
- 1954年にスティグ・リンドベリの招きでグスタフスベリに入所。26年間在籍し30以上のシリーズを制作
- 代表作はStora Zoo(大きな動物園)、Afrika、Lilla Zoo(小さな動物園)、Children of the Worldなど
- 1967年にアストリッド・リンドグレーンとの共作「長くつ下のピッピ」陶器像を制作。生産困難のため1971年頃に中止され「幻のフィギュア」に
- 初期ヴィンテージ作品にはサインや刻印がないのが普通。青いシールが貼られていたが経年で剥がれ落ちるため
- 偽物は存在しないとされる。陶器のコピーは手間とコストに見合わないため
スウェーデンの国民的陶芸家、リサ・ラーソン
リサ・ラーソン(Lisa Larson, 1931-2024)は、スウェーデンを代表する陶芸家として、半世紀以上にわたり世界中のファンを魅了し続けてきました。愛らしい動物の置物から力強い彫刻作品まで、その作風は驚くほど幅広く、一つひとつに温かな人柄がにじみ出ています。
本記事では、リサ・ラーソンの生涯と代表作、名作にまつわるエピソード、そしてヴィンテージ作品の見分け方まで、リサ・ラーソンのすべてをお届けします。
リサ・ラーソン / Lisa Larson プロフィール
| 生没年 | 1931年9月9日 ヘルルンダ(スウェーデン・スモーランド地方)生まれ — 2024年3月11日 逝去(享年92歳) |
| 教育 | 1949〜1954年 ヨーテボリ工芸デザイン大学(HDK)で陶芸を専攻 |
| キャリア | スティグ・リンドベリに才能を見出され、1954年にグスタフスベリ窯に入所。1980年まで26年間在籍し、以降フリーランスとして活動 |
| 代表作 | Stora Zoo(1957年)、Lilla Zoo、ABC-flickorna(1958年)、Afrika(1964年)、Children of the World(1974-75年) |
生涯と創作の軌跡
幼少期——創作への目覚め
リサ・ラーソン(本名:インガ・リサ・アルハーゲ)は、1931年9月9日、スウェーデン南部のスモーランド地方・ヘルルンダで生まれました。2歳のときに母を亡くし、製材所を営む父とともに暮らしながら、幼い頃から木の端材で彫刻を作ったり、近所の風景をスケッチして売ったりと、豊かな想像力を発揮していたといいます。

アートスクール時代とグンナルとの出会い
1949年、イエーテボリのアートスクールに入学。当初は絵画と陶芸の両方を学ぶつもりでしたが、実際に粘土を触ってみた途端、「自分はこの道に進むんだ」と直感し、以後まったく後悔することはなかったといいます。

在学中の1950年頃、若い芸術家グンナル・ラーソンと出会い、1952年に結婚。1953年には尻尾がピーンと立った可愛いネコを卒業制作として作り上げ、これが後の代表作「Lilla Zoo(小さな動物園)」シリーズ誕生のきっかけになります。

1950年代:グスタフスベリでの飛躍

1954年、ヘルシンキで行われたデザインコンペに出品した花瓶が評価され、当時グスタフスベリの責任者として活躍していたスティグ・リンドベリに才能を見出されます。リンドベリは「若いデザイナー4人を集め、1年間自由に新しいプロトタイプを作らせる」という大胆なプログラムを考えており、リサはそのプロジェクトに招待されました。
夫のグンナルとともにイエーテボリを離れ、「一時的」という思いでストックホルム郊外の小さな工場村に移り住みますが、結局26年にわたってグスタフスベリに所属し、多くの名作を生み出すことになりました。

学生時代に作ったネコを量産用にアレンジした「Lilla Zoo」は、リサにとって初の大量生産製品となりました。その後「Stora Zoo」「ABC-Flickor」など、1950年代だけで10以上のシリーズを次々に発表。動物や人物をモチーフに、ユーモアあふれる表情と温かみのあるフォルムが特徴的です。
1960年代:世界へ広がるリサの作品
この時代、リサは30を超える新シリーズを立て続けに生み出します。代表的な動物モチーフ「Lion」やネコの「Mia」など、かわいらしい造形の作品が人気を博し、ヨーロッパやアメリカの展覧会に参加するなど国際的評価を高めていきました。


さらに、グスタフスベリがアーティストを支援する姿勢も相まって、公共施設の壁のフリーズ(壁画的な陶板装飾)制作などユニークな挑戦を行う機会にも恵まれました。
1970年代:日本との出会いと社会的メッセージ
1970年、大阪万博を訪れたリサは、濱田庄司など多くの日本の著名陶芸家と出会い、大きなインスピレーションを得ました。以前から日本の美意識に魅了されていたリサにとって、現地体験はさらに創作の幅を広げる重要な出来事となりました。
一方で、ユニセフのチャリティープロジェクトとして「All Världens Barn(世界の子どもたち)」シリーズを制作するなど、社会性のあるテーマにも力を注ぐようになります。
1980年代以降:フリーランスとしての新たな挑戦
1980年にグスタフスベリを退社したリサは、フリーランスの陶芸家として日本やドイツの企業とコラボレーションし、さらなる活躍の場を広げます。

1981年には西武百貨店の依頼で日本で展覧会を開催し、温かい歓迎を受けました。ドイツではローゼンタールやゲーベル、スウェーデンではオーレンスといった企業のために作品を手がけ、多彩な実績を残します。

この頃、グスタフスベリ時代のアシスタントが立ち上げた「ケラミークステューディオン」が、リサの60~70年代の作品を引き続き生産。ヴィンテージ作品に注目が集まる一方で、新たなファンにも支えられ、リサの人気は衰えることを知りません。
2000年代:再評価と日本での人気爆発
2005年、スウェーデンでリサの仕事を網羅した本が出版されると、改めて彼女の作品が脚光を浴びます。特に日本では、50~60年代のヴィンテージ作品を中心にコレクター熱が高まり、アトリエを訪れるファンも増加。2015年には滋賀県「信楽陶芸の森」に大型フィギュアが設置され、日本国内での知名度はさらに上昇しました。

晩年と遺産
2022年、リサはスウェーデン王室から名誉ある「Illis Quorum」勲章を授与され、国を代表する陶芸家としての地位が不動のものに。

2024年3月11日に92歳でその生涯を閉じましたが、温かみとユーモアに満ちた彼女の作品は今なお国内外で愛され、次世代のアーティストにも大きなインスピレーションを与え続けています。
代表的なシリーズ
Stora Zoo(大きな動物園)
1957年に発表されたこのシリーズは、リサ・ラーソンの名を世界に知らしめた出世作です。ライオン、ブルドッグ、猫など、デフォルメされた動物たちは、ユーモラスでありながらどこか気品があります。
Lilla Zoo(小さな動物園)
Stora Zooの成功を受けて生まれた小型版シリーズ。手のひらに乗るサイズの愛らしい動物たちは、気軽に北欧デザインを楽しめるアイテムとして親しまれています。
Afrika

1964年にスタートしたAfrikaシリーズ。丸々とした顔立ちにちょこんとした胴体のキュートなライオン像は、現在でも復刻版が製作され世界的な人気を博しています。
Children of the World(世界の子どもたち)
1974-75年にユニセフのチャリティープロジェクトとして制作。世界各国の民族衣装をまとった子どもたちの置物シリーズで、リサの人間への温かいまなざしが感じられます。
陶板作品
壁掛け用の陶板(ウォールプラーク)もリサの重要な作品群です。平面的な表現でありながら、レリーフの立体感と釉薬の色彩が絶妙に調和しています。
名作エピソード1:「檻の中のライオン」——ライオン像の原点
(Lisa Larson - LEJON I BUR「檻の中のライオン」)
リサ・ラーソンがグスタフスベリ社で1963年に100点限定で製作した陶板「LEJON I BUR(檻の中のライオン)」。Afrikaシリーズのライオン像が1964年に始まったのに対し、実際にはこの前年に「檻の中のライオン」が製作されており、これこそがリサのライオン像の原点です。

グスタフスベリには量販品を生産するラインとは別にGスタジオ(G-Studion)と呼ばれるアート作品を制作した部門がありました。この陶板はそのアトリエで作られたスタジオピースです。
鉄の檻のなかに入った鋭い爪を持つライオンですが、表情はいたって柔和で可愛らしく、後年のリサ・ラーソンの作風はすでにこの時点で確立されていたのがよくわかります。1963年はミッドセンチュリーの全盛期で、リサはグスタフスベリ入社9年目の32歳。世に広く知られるリサ・ラーソンのライオン像のまさに原点ともいえる作品です。
(100点限定の希少なスタジオピース)
名作エピソード2:リンドグレーンとの共作「長くつ下のピッピ」
1967年、ストックホルム郊外のグスタフスベリ陶磁器工房で、リサ・ラーソンと『長くつ下のピッピ』の生みの親アストリッド・リンドグレーンが肩を並べて一つの小さな陶器人形を見つめていました。

ピッピ像誕生の背景
1960年代後半、リンドグレーン原作の『長くつ下のピッピ』は映像化により再び脚光を浴びていました。グスタフスベリ社は自社の優れたデザインと技術によってこの国民的キャラクターを形にできないかと検討を始め、白羽の矢が立ったのがリサ・ラーソンでした。

1967年にリサによるピッピ像の試作が完成しますが、実際の製造は容易ではありませんでした。ピッピの特徴でもある細く長い脚や独特の三つ編みは、窯で焼成する段階で倒れたり、ひび割れを起こしやすかったのです。

1969年から販売を開始するも生産数はごく限られ、わずか数年後の1971年頃には中止。この短命ぶりが「幻のピッピ」と呼ばれる理由となりました。
箱のほうが高値に
当時のピッピ像には「ピッピのベッド」を模したデザインの専用パッケージが用意されていました。しかし当時の購入者にとって箱は単なる梱包材で、子どもたちが破ってしまったり捨ててしまうケースがほとんど。その結果、オリジナルの箱がついた状態のピッピはさらに希少となり、今では箱のほうが本体以上の値段がつきます。

2016年にはリサが約50年ぶりに新しいピッピのフィギュアをデザイン。昔のタイプと比べると小ぶりで扱いやすいながら、相変わらずユーモラスな仕上がりを見せています。

作品の見分け方:サインが無くても本物?
「サインが無いんですが本物でしょうか?」——リサ・ラーソンのファンからよくいただくお問い合わせです。結論から言えば、サインが入っていないからといって偽物とは限りません。むしろヴィンテージのリサ・ラーソン作品はサインや刻印が無いことが多いのです。
(リサ・ラーソンの作品群)
1950〜70年代のシール文化
リサ・ラーソンが活躍した1950~70年代当時、北欧の工芸品では作家本人の手書きサインや刻印がないまま販売されたものが結構ありました。その代わりに製造元のシールが貼られていたのです。
グスタフスベリ社製のリサ・ラーソン作品の場合、リサ・ラーソン作品を示す青いシールや、楕円形の「GUSTAVSBERG SWEDEN」と書かれたシールが貼られていました。しかしシールは時が経つにつれ剥がれてしまうため、現在手に入るヴィンテージ品の中には何の印も残っていないものが多いのです。


サインの変遷
リサ・ラーソンの作品において、古いものほどサインはなく、後期の作品や復刻版ほどサインがあるというのが傾向です。1978年以降の作品にはスタンプが押されるようになり、さらに後期になるとLISA L.の手書きサインが入るようになりました。




偽物は存在するのか
リサ・ラーソンのヴィンテージ陶器には偽物が存在しないと考えられます。陶器のフィギュアを型から起こして精巧にコピーするには手間もコストもかかるうえ、リサ・ラーソンの作品自体は単価も数万円の範囲。わざわざコピー商品を作るメリットがないのです。加えて、陶器の質感や色味をオリジナルと同様に再現することはまず不可能です。
サインのない作品に出会ったら「これは初期のヴィンテージで価値のあるものだ」と考えてください。サインの有無にとらわれすぎず、そのヴィンテージ作品が持つ温もりや歴史に思いを馳せてみてください。
年表:リサ・ラーソンの歩み
| 1931年 | スウェーデン・ヘルルンダに生まれる(本名:インガ・リサ・アルハーゲ) |
| 1949年 | イエーテボリのアートスクールに入学。陶芸科に進路を決定 |
| 1952年 | グンナル・ラーソンと結婚 |
| 1954年 | スティグ・リンドベリの招きでグスタフスベリに入社(23歳)。以降26年間在籍 |
| 1957年 | 「Stora Zoo(大きな動物園)」シリーズ発表 |
| 1960年代 | 30シリーズ以上を制作。「Lion」「Mia」など代表作を発表。ヨーロッパやアメリカで展覧会に参加 |
| 1963年 | 「檻の中のライオン(LEJON I BUR)」を100点限定で製作 |
| 1964年 | Afrikaシリーズを発表 |
| 1967年 | アストリッド・リンドグレーンとの共作「長くつ下のピッピ」陶器像を製作 |
| 1970年 | 大阪万博を訪問し、日本の著名陶芸家らと交流 |
| 1974年 | ユニセフ「All Världens Barn(世界の子どもたち)」を制作 |
| 1980年 | グスタフスベリを退社。フリーランスとして独立 |
| 1981年 | 西武百貨店で日本初の展覧会を開催 |
| 2015年 | 滋賀県「信楽陶芸の森」に大型フィギュアが設置 |
| 2022年 | スウェーデン王室より「Illis Quorum」勲章を授与 |
| 2024年3月11日 | 92歳で死去。ユーモアと温かみに満ちた作風は今なお世界中で愛されている |
まとめ
リサ・ラーソンの作品は、そのユーモアや愛らしさだけでなく、時代や文化、そして家族との生活までもがデザインの背景に滲み出ています。幼少期からの創作への情熱、グスタフスベリで得た自由な環境、日本をはじめ海外との交流——それらが結実して、世界中のファンの心を掴む独特の温かさを持った作品群が生まれました。
ぜひ、その作品に実際に触れてみて、リサ・ラーソンが生み出した「楽しさ」と「優しさ」を感じ取っていただければ幸いです。
(執筆:北欧食器タックショミュッケ編集部)
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