マルテンのガチョウ(Mårtensgås)|スウェーデン・スコーネの晩秋を祝う聖マルティンの日——黒いスープとローストグース、串焼き菓子スペッテカーカ
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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北欧の一年は、光の量で語ることができます。夏至の白夜で満ちた光は、秋が深まるにつれて静かに退いていき、11月に入るころには、日はぐっと短く、朝夕の空気は張りつめた冷たさをおびます。そんな暗さへ向かう季節の入り口で、スウェーデン最南部のスコーネ地方には、あたたかな一夜が訪れます。ローストしたガチョウを囲み、黒いスープをすすり、串焼きの背の高い菓子を切り分ける——聖マルティンの日を祝う「マルテンのガチョウ(Mårtensgås/モーテンス・ゴース)」です。
この記事は、その晩秋の一夜を、歴史と土地とうつわを通してたどる旅の記録です。なぜガチョウなのか、なぜ11月なのか、なぜスコーネなのか。黒いスープには何が入り、食卓のまわりにはどんな風景が広がっているのか。そして最後に、暗い季節の光を受けとめる北欧ヴィンテージのうつわへとたどり着きます。読み終えるころには、スウェーデンの11月の一夜を、ひととき旅した気分になっていただけたら、と思っています。
この記事でわかること
- マルテンのガチョウ(Mårtensgås)がどんな行事で、聖マルティンとガチョウがどう結びついているのか
- なぜ11月なのか——収穫の終わりと冬支度をめぐる農事暦の節目
- 黒いスープ(svartsoppa)、リンゴとプルーンを詰めたローストグース、串焼き菓子スペッテカーカという三品の献立
- スコーネの晩秋の風景——エステルレンの丘、ユースタードの木組みの家、渡り鳥のガチョウ
- 暗い季節の光を受けとめる、北欧ヴィンテージのうつわとキャンドルホルダー
目次
- マルテンのガチョウ(Mårtensgås)とは
- 聖マルティンとガチョウ——名の由来と伝説
- なぜ11月なのか——収穫の終わりと農事暦
- なぜスコーネなのか——旧デンマーク領の肥沃な大地
- 黒いスープ(svartsoppa)——晩餐のはじまり
- ローストグースと付け合わせ——晩餐の主役
- スペッテカーカ(spettekaka)——スコーネの串焼き菓子
- ガチョウの背に乗って——『ニルスのふしぎな旅』とスコーネの秋
- 晩秋のスコーネを歩く——エステルレン、ユースタード、ルンド
- デンマークとフィンランドのマルテン
- 暗い季節をあたたかく——秋のうつわとキャンドル
- まとめ——うつわに映る北欧の晩秋
マルテンのガチョウ(Mårtensgås)とは
マルテンのガチョウ(Mårtensgås)は、11月11日の聖マルティンの日を記念して、その前夜にガチョウを食べるスウェーデンの晩秋の行事です。聖マルティンとは、4世紀に現在のフランス・トゥールの司教を務めた聖人マルティヌス(Martin av Tours、デンマーク語ではSankt Morten)のこと。彼は11月11日に葬られたと伝えられ、この日が彼の記念日になりました。スウェーデン語では聖マルティンを親しみをこめて「モーテン(Mårten)」と呼び、その前夜を「モーテンスアフトン(Mårtensafton)」、主役のガチョウ料理を「モーテン・ゴース(Mårten gås)」と呼びます。
祝いの中心が「前夜」に置かれているのには、古い暦の感覚が関わっています。北欧では、日没とともに新しい一日が始まると考える古い習わしがありました。クリスマスがイブから、夏至祭が前夜から祝われるのと同じように、聖マルティンの日もまた、前夜のモーテンスアフトン(11月10日)が祝祭の本番になったのです。日が落ちてから食卓を囲み、灯りをともして一夜を過ごす——暗い季節の入り口にふさわしい祝い方だといえます。
この行事は、今日ではスウェーデン南部のスコーネ地方と強く結びついています。毎年11月になると、スコーネのレストランや宿では、ガチョウの晩餐を季節のメニューとして供します。なぜスコーネなのか、なぜ11月にガチョウなのか——その答えは、聖マルティンをめぐる伝説と、北欧の農事暦、そしてスコーネという土地の成り立ちの中にあります。順にたどっていきましょう。
聖マルティンとガチョウ——名の由来と伝説
トゥールのマルティヌスは、4世紀のヨーロッパでよく知られた聖人です。ローマ帝国の兵士だった若き日、凍える冬の門前で物乞いに出会い、自分のマントを剣で断ち切って半分を分け与えた——この「マントの分与」の逸話は、ヨーロッパ美術のなかでくり返し描かれてきました。のちに彼は請われて司教となり、その死後、11月11日の記念日はヨーロッパ各地で祝われるようになりました。
では、なぜガチョウなのでしょうか。もっとも広く語られてきたのは、こんな伝説です。司教に選ばれることを望まなかったマルティヌスは、人々の目を逃れてガチョウの群れのなかに身を隠しました。ところが、ガチョウたちが騒がしく鳴きたてたために居場所が知られ、とうとう司教に据えられてしまった——その罰として、あるいはその記憶として、この日にはガチョウを食べるようになった、というのです。あくまで言い伝えであり、史実として確かめられるものではありませんが、聖人とガチョウを結ぶ物語として、北欧から中欧まで広く親しまれてきました。
聖マルティンの日の祝祭は、スウェーデンやデンマークだけのものではありません。ドイツには「マルティンスガンス(Martinsgans=聖マルティンのガチョウ)」、オランダや低地諸国には「シント・マールテン(Sint-Maarten)」があり、いずれも同じ聖人にちなむ秋の祝祭の系譜に連なります。スウェーデンのガチョウの習わしも、この汎ヨーロッパ的な聖マルティン祭の一部です。フランスからドイツを経て北欧へ広まったと説明されることが多いものの、一つの起源地や一方向の伝播経路を断定できるわけではなく、収穫と冬支度にまつわる古い季節の習慣が、聖マルティンの日に重ねられていったと考えるのが穏当でしょう。
なぜ11月なのか——収穫の終わりと農事暦
ガチョウがこの時期に食べられるのには、伝説とは別に、暮らしに根ざした理由もありました。11月11日は、ヨーロッパの農事暦のうえで、収穫の終わりと冬の始まりを画す大切な節目にあたります。畑仕事はひと段落し、家畜を冬じゅう養う余裕はないため、この時期に一部を屠って冬支度をととのえる——聖マルティンの日は、そうした季節の切り替わりの目印でした。地代を納め、季節労働者の契約を更新する期日でもあったと伝えられます。
そこにガチョウがぴたりとはまりました。春から夏にかけて草地で育ったガチョウは、秋の終わりにもっともよく肥えます。屠って食卓にのせるのに、ちょうど頃合いのよい時期だったのです。実際的な必要と、聖人の記念日と、季節の情感——この三つが一つに結ばれて、「秋の終わりにガチョウを食べる」という習わしが形づくられていきました。単一の理由に還元できるものではありませんが、いずれの糸をたどっても、11月という時期に行き着くのは確かです。
キリスト教の暦のうえでも、この日は意味を持っていました。かつては聖マルティンの日を過ぎると、クリスマスに向けた待降節(アドヴェント)の節制の期間に入るとされ、その前に肉のごちそうをたっぷり味わっておく——いわば「節制前の最後の宴」という位置づけもあったと語られます。暗く長い冬を前に、光と食卓の賑わいをもう一度たっぷりと味わう。マルテンのガチョウには、そんな季節の区切りの気分が流れています。
なぜスコーネなのか——旧デンマーク領の肥沃な大地
スコーネ(Skåne/英語ではスカニア)は、スウェーデン最南端の地方です。なだらかな平野が広がり、気候は国内でもっとも温暖。豊かな農地に恵まれ、小麦・菜種・テンサイ(砂糖大根)を産する一大生産地で、「スウェーデンの食料庫(Sveriges skafferi)」「スウェーデンの穀倉」とも呼ばれてきました。テンサイの栽培は、国の砂糖をほぼまかなえるほどの規模を持ちます。
この土地は、長らくデンマークのものでした。11世紀の年代記者アダム・フォン・ブレーメンが、デンマーク王国でもっとも繁栄した地と記したほどの穀倉地帯です。スコーネがスウェーデン領となったのは、1658年のロスキレ条約によってのこと。同年4月16日、マルメーにスコーネ・ブレーキンゲ・ハランドの代表が集まり、スウェーデン王カール10世グスタフへの忠誠を誓いました。デンマークとスウェーデンのあわいに位置するこの地には、両国の文化が層をなして積み重なっています。
もっとも、スコーネがマルテンのガチョウの「本場」となった理由は、旧デンマーク領だったからというより、この土地の農業の姿にあったと説明されます。19世紀初頭、スウェーデンでは「エンシフテ(enskifte)」と呼ばれる農地の再編(囲い込み)が進み、村の共同放牧地が失われていきました。すると、放牧に頼っていたガチョウ飼育は各地で衰えていきます。ところがスコーネなど最南部では、刈り株の残る畑(stubbåkrar)や湿った湖畔の草地(sjöängar)でガチョウが餌にありつけたため、飼育が保たれました。こうしてガチョウが手に入りやすいスコーネで、この行事が農民の食卓にまで広まったのが1800年代の半ば。ちょうど同じころ、レストランがローストグースを季節料理として出しはじめたことも、普及をあと押ししました。
興味深いことに、スウェーデンで記録に残るもっとも古いガチョウの晩餐は、スコーネのものではありません。1557年、ストックホルムにほど近いセーデルマンランドの荘園から書かれた手紙に、その記述が現れます。つまりこの習わしは、もともと宮廷や都市の富裕層のごちそうとして始まり、のちにスコーネの豊かな大地で庶民の行事として根づいていった——そんな道のりをたどってきたのです。現在もこの行事は、スウェーデン全土に等しく広がっているわけではありません。晩秋の食文化として親しまれているのは、いまも主にスコーネをはじめとする南部です。
黒いスープ(svartsoppa)——晩餐のはじまり
マルテンのガチョウの晩餐(gåsamiddag)は、基本的に三部構成です。前菜の黒いスープ、主菜のローストグース、そしてリンゴの菓子。まずは、この食卓の幕開けを飾る黒いスープ「スヴァルトソッパ(svartsoppa)」から見ていきましょう。
スヴァルトソッパは、その名のとおり黒褐色をした濃厚なスープです。ガチョウの血と出汁をもとに、数々の香辛料、そしてポートワインやマデイラのような甘口の酒、酢などを加えて、深い甘みと酸味、スパイスの香りが折り重なった複雑な味わいに仕立てます。血を用いた料理と聞くと身がまえるかもしれませんが、香辛料と酒でととのえられたその味は、コクの奥に果実のような甘やかさをたたえた、ごちそうらしい一皿です。器には、ガチョウの砂肝やレバーでつくった腸詰め、煮たプルーン、ゆでたジャガイモを添えるのが習わしとされます。
ちなみに、この黒いスープを晩餐の「前菜」として組み合わせる形は、意外に新しいものだと考えられています。スコーネに古くからあった素朴な習慣というより、1800年代半ばにストックホルムで洗練された献立として整えられ、そこからガチョウの晩餐の定番になっていったと説明されます。素朴な農民の行事と、都市の洗練された食卓文化。マルテンのガチョウには、その両方の記憶が溶け合っているのです。
もっとも、今日の食卓で黒いスープに出会う機会は減っています。この一皿はスコーネ以外ではほとんど姿を消し、レストランでもコンソメなど別の前菜を選べるようにしているところがあります。前菜を省いてローストグースだけを囲む家庭も少なくありません。
ローストグースと付け合わせ——晩餐の主役
晩餐の主役は、なんといってもローストグース(stekt gås)です。ガチョウの腹にリンゴとプルーンを詰めてじっくりと焼き上げ、こんがりと色づいた皮の下から、あたたかな湯気とともに切り分けられます。焼くあいだに滴り落ちるガチョウの脂は捨てず、付け合わせを調理するのに使われます。一羽のガチョウから、主菜も付け合わせも生まれてくるのです。
付け合わせには、スコーネらしい一皿が並びます。代表格が「ブルンコール(brunkål)」。白キャベツをシロップや砂糖でじっくりと飴色になるまで炒め煮した、南スウェーデンの定番料理です。そこに、リンゴを煮つぶした「エッペルモース(äppelmos)」、甘く煮込んだプルーン、バターで焼いたリンゴ、赤キャベツ、ジャガイモ、そして甘酸っぱいリンゴンベリー(こけもも)のジャムなどが加わります。組み合わせは家庭や地方によってさまざまですが、秋の実りを寄せ集めたような、あたたかな色合いの食卓になります。
締めくくりは、リンゴの菓子です。スコーネ風のリンゴケーキ(äppelkaka)など、土地の果実をいかしたデザートで晩餐を閉じます。スコーネはリンゴの一大産地でもあり、秋の食卓とリンゴは切っても切れない関係にあります。
もっとも、丸ごとのガチョウは値が張り、12人前を超えるほど大きいため、今日では家庭でまるごと焼く人はそれほど多くありません。多くの人は、11月になると宿やレストランに足を運び、そこでガチョウの晩餐を味わいます。ごちそうが宮廷から市民へ、市民から庶民へと下りてきた歴史の先に、今日では「外で味わう季節の楽しみ」という形があるのです。
スペッテカーカ(spettekaka)——スコーネの串焼き菓子
スコーネの祝いの席に、もう一つ欠かせないものがあります。背の高い円錐形の菓子「スペッテカーカ(spettekaka/方言ではspiddekaga)」です。名は「スペット(spett=串・焼き串)」と「カーカ(kaka=ケーキ)」を合わせたもので、「串のケーキ」を意味します。その名のとおり、独特の焼き方から生まれる菓子です。
生地は、卵・砂糖・ジャガイモの澱粉(片栗粉)を主とした、いたってシンプルなもの。これを回転する串に少しずつ垂らしかけながら、直火の前でゆっくりと焼き上げていきます。垂らしては焼き、垂らしては焼きをくり返すうちに、生地が幾重にも重なり、レース状の網目をもった円錐形の塔ができあがります。焼き上がりは非常に乾いた、メレンゲのように軽くもろい食感。あまりに崩れやすいため、切り分けるときには糸のこの刃を使うほどです。コーヒーや、ポートワインのような甘口の酒と合わせるのが伝統とされます。
スペッテカーカは、スコーネとハランド地方の名物菓子で、EUの原産地名称保護(PGI)を「Skånsk spettkaka」として受けています。スウェーデンでの最初の記述は1642年、ストックホルムの宮廷にさかのぼると記録されています。生地を串に巻いて回しながら焼くという技法そのものは、ドイツのバウムクーヘンをはじめ、古くからヨーロッパ各地に広く見られるもので、スペッテカーカもその大きな系譜のなかにあります。串焼きの菓子という一点で、スコーネはヨーロッパの菓子の歴史とつながっているのです。
ガチョウの背に乗って——『ニルスのふしぎな旅』とスコーネの秋
ガチョウとスコーネというと、思い出さずにはいられない物語があります。セルマ・ラーゲルレーヴの『ニルスのふしぎな旅(Nils Holgersson)』(1906〜07年)です。いたずら好きの少年ニルスが小人に姿を変えられ、飼いガチョウのモルテン(Mårten)の背に乗って、渡りをする野生のガンの群れとともにスウェーデンじゅうを旅する——その物語は、ほかならぬスウェーデン最南端のスコーネから始まります。
少年を乗せて飛ぶガチョウの名が、聖人と同じ「モーテン(Mårten)」であるのは、偶然ではないのかもしれません。聖マルティンの日に食べられるガチョウ、その日の名を持つ物語のガチョウ、そして秋の空を渡っていく本物のガン——スコーネの秋には、ガチョウをめぐるいくつもの糸が結ばれています。
スコーネは、北ヨーロッパでも有数の渡り鳥のルート上にあります。マルメー南西のファルステルボ半島は、秋の渡りの一大観察地として知られ、9月半ばから10月初めの最盛期には、猛禽やスズメ目の小鳥、カモやガンの群れが次々と海を越えていきます。クリスチャンスタードの「ヴァッテンリケ(Vattenrike=水の王国)」はユネスコの生物圏保存地域に登録され、渡り鳥や越冬する水鳥の姿が見られます。晩秋、灰色の空を鳴きながら渡っていくガチョウの列は、この土地の秋の風物詩です。食卓のガチョウと、空を渡るガチョウ。その二つが同じ季節に重なるところに、スコーネの秋の奥行きがあります。
晩秋のスコーネを歩く——エステルレン、ユースタード、ルンド
マルテンのガチョウの食卓を、その土地の風景ごと味わってみましょう。スコーネ南東部に広がる「エステルレン(Österlen)」は、なだらかな丘陵と農地が織りなす景勝地で、その明るくのどかな風情から「スウェーデンのプロヴァンス」とも呼ばれます。スウェーデンのリンゴ果樹園のおよそ8割がこの一帯に集まり、その多くはキヴィク(Kivik)という集落の周りに広がっています。リンゴの菓子やソースは、まさにこの土地の恵みなのです。
エステルレンの内陸には、氷河期に形づくられた「ブロサープの丘(Brösarps backar)」が広がります。なだらかな起伏、開けた荒野、そしてブナの林が出会うこの一帯は、秋になるとブナの葉が黄金色に色づき、落ち葉が斜面をおおいます。アストリッド・リンドグレーンの物語『はるかな国の兄弟(獅子心兄弟)』の舞台の一つにもなった、静かで幻想的な風景です。晴れた穏やかな日には、刈り取りの終わった畑や積み上げられたテンサイの山に、やわらかな日差しが差すこともあります。
海沿いの町ユースタード(Ystad)は、スコーネの古い港町です。文献にその名が現れるのは13世紀のこと。中世にはニシン漁と交易でにぎわいました。町の魅力は、パステルカラーの木組みの家「コルスヴィルケスフース(korsvirkeshus)」が連なる石畳の街並みにあります。柱と梁を格子に組み、そのあいだを漆喰や煉瓦で埋めていくこの建て方は、木材を節約できる工法として中世に中欧で広まり、デンマークとスコーネはその分布のほぼ北限にあたります。ユースタードには、こうした古い家が数多く残るとされ、この様式がよく保存された町として知られています。ミステリ「刑事ヴァランダー」シリーズの舞台としても、その名は世界に広まりました。
大学町ルンド(Lund)には、北欧を代表するロマネスク建築、ルンド大聖堂(Lunds domkyrka)が建ちます。主祭壇が献堂されたのは1145年。堂内には、15世紀につくられたとみられる天文時計「ホロロギウム・ミラビレ・ルンデンセ」があり、1日に2度、東方の三博士がマリアと幼子イエスの前を進み拝礼する仕掛けが動きます。石畳と煉瓦の町に紅葉が降り積もる晩秋のルンドは、時間の重なりをそのまま歩けるような場所です。
そしてスコーネの村々には、白漆喰の壁と赤い屋根を持つ中世の石造教会が点在します。聖マルティンの日は、もともとこうした教区の暦のなかにあった祝日でした。教会の鐘と、収穫を終えた畑と、灯りをともした食卓——スコーネの晩秋は、そのすべてが穏やかに溶け合う季節です。
デンマークとフィンランドのマルテン
聖マルティンの日は、スウェーデンだけの祝日ではありません。海をはさんだデンマークにも、そっくりな行事があります。「モーテンスアフトン(Mortensaften、11月10日の夜)」と「モーテンスダウ(Mortensdag、11月11日)」です。デンマークでも伝統的にガチョウのローストを食べてきましたが、今日ではしばしばアヒルに置き換えられている点が、スウェーデンとの違いです。ガチョウが高価だったためにアヒルが代わりを務めるようになったと説明されます。「なぜ聖マルティンにガチョウを食べるのか」という由来の物語がデンマークで最初に活字になったのは1616年、オールボーで刊行された書物にさかのぼるとされます。
さらに南、ドイツやオーストリアなどの中欧では、聖マルティンの日は収穫の終わりと冬の始まりを画す大切な祝祭として受け継がれ、家庭やレストランでガチョウ料理を囲む習慣が続いています。灯りをともした行列(ランタン行列)が街を練り歩く地域もあります。
いっぽうフィンランドでは、この日は「マルティンパイヴァ(Martinpäivä)」として知られます。ただしこちらは名の日(人名にちなむ記念日)としての性格が強く、ガチョウの祝祭料理の伝統は、スウェーデンやデンマークほど深くは根づいていません。フィンランドのスウェーデン語系住民のあいだには、スウェーデンから20世紀に伝わったガチョウの晩餐の習慣が残っていると伝えられますが、フィンランドの多くの人にとっては、比較的なじみの薄い行事だといえます。北欧のなかでも、マルテンのガチョウはとりわけスウェーデンとデンマークの南部に色濃く息づく、南の祝祭なのです。
暗い季節をあたたかく——秋のうつわとキャンドル
マルテンのガチョウは、暗さへ向かう季節の入り口を、食卓の灯りとごちそうで照らす行事でした。その気分は、北欧のヴィンテージのうつわのなかにも息づいています。ここでは、当店の品から、この季節に寄り添ういくつかを紹介します。いずれも観賞用として日本へ届いたもの。食卓に並べるためというより、棚の上で秋の光を受けとめる小さな存在として、眺めていただけたらと思います。
スウェーデンの古い食卓を思い描くとき、こうした藍色の草花文様のうつわは、その情景によく似合います。グスタフスベリのヴェクショー(Wexiö)は、19世紀末から1930年代ごろにかけてつくられた、100年前後の時を経たプレートです。マルテンのガチョウがスコーネの農民の食卓に広まっていったのも、ちょうどこの時代のこと。角ばった大きな一枚は、当時のスコーネのごちそう皿の姿を伝えます。ヴェクショーについては、グスタフスベリ ヴェクショー(Wexiö)完全ガイドでその名の由来やバックスタンプの見分け方をくわしく紹介しています。上の一枚はこちらの商品ページからご覧いただけます。
暗い季節の主役は、なんといっても灯りです。北欧の家では、日が短くなるにつれてキャンドルの数が増えていきます。イッタラのシルム(Silmu=つぼみ)は、まるみを帯びたガラスに、ろうそくの炎がやわらかくにじむキャンドルホルダーです。ガラスを通した光は、壁や天井に淡い輪を描きます。マルテンのガチョウの晩餐がそうであったように、暗さのなかに小さな灯りをともすこと——それが北欧の秋から冬の暮らしの、一番の楽しみなのかもしれません。こちらはシルムのキャンドルホルダーのページからご覧いただけます。
もう一つ、フィンランドのヌータヤルヴィ(Nuutajärvi)が生んだルンメ(Lumme=睡蓮)のキャンドルホルダーも、この季節によく似合います。睡蓮の葉のように広がるガラスの縁に、ろうそくのあかりが反射して、水面のような揺らめきを生みます。北欧のガラスとキャンドルの取り合わせについては、北欧のキャンドルホルダー完全ガイドでも、フェスティボやカステヘルミといった名作とともに紹介しています。上の小サイズはこちらのページからどうぞ。
まとめ——うつわに映る北欧の晩秋
マルテンのガチョウは、聖人の記念日と、収穫の終わりの農事暦と、スコーネという肥沃な土地の暮らしが結ばれて生まれた、北欧の晩秋の祝祭です。黒いスープにはじまり、リンゴとプルーンを詰めたローストグース、そして串焼きの菓子スペッテカーカ。空を渡るガチョウと、食卓のガチョウ。そのすべてが、暗さへ向かう季節をあたたかく照らします。うつわやキャンドルは、その一夜の光と賑わいを、静かに映す小さな窓なのです。
要点の整理
- マルテンのガチョウ(Mårtensgås)は、11月11日の聖マルティンの日を記念し、その前夜(Mårtensafton、11月10日)にガチョウを食べるスウェーデンの行事。今日ではスコーネ地方と強く結びつく
- ガチョウとの結びつきには、聖マルティンがガチョウの群れに隠れて鳴き声で見つかったという伝説と、収穫の終わり・冬支度という農事暦の節目という二つの背景がある
- 献立は三部構成——前菜の黒いスープ(svartsoppa)、リンゴとプルーンを詰めたローストグース、リンゴの菓子。スコーネ名物の串焼き菓子スペッテカーカも欠かせない
- スコーネは1658年までデンマーク領だった肥沃な穀倉地帯で、ガチョウ飼育が保たれたことから、この行事が19世紀半ばに庶民へ広まった
- 暗い季節を灯りとうつわで照らす気分は、北欧ヴィンテージのプレートやキャンドルホルダーにも息づいている
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