北欧のキャンドルホルダー完全ガイド|フェスティボ・カステヘルミ・キヴィから北欧4カ国の名作まで

北欧のキャンドルホルダー完全ガイド|フェスティボ・カステヘルミ・キヴィから北欧4カ国の名作まで

この記事でわかること

  • 北欧の冬の暗さとロウソクの灯りが結びついた歴史的背景
  • アドベント・聖ルチア祭という季節の儀礼とキャンドルホルダーの関係
  • イッタラ Festivo、Kastehelmi、Kivi——フィンランドが生んだ三大名作
  • ハデラン、ホルメゴール、ロイヤルコペンハーゲンなど各国の代表的なキャンドルホルダー
3本のロウソクが灯ったアドベント燭台
アドベント期間に灯された3本のロウソク。スウェーデンの12月の窓辺で見られる光景。

フィンランドのヘルシンキでは、冬至前後の日照時間は5時間55分しかありません。朝9時半に太陽がのぼり、午後3時過ぎには沈んでしまう——日本の感覚では想像しにくい暗さです。デンマークはロウソク消費量の多い国として知られ、ヒュッゲ文化とも深く結びついています。北欧でキャンドルホルダーが特別な存在であり続けてきたのは、それが単なる装飾ではなく、長い夜を乗り越えるための生活の道具だったからです。

この記事では、フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・デンマーク——それぞれの国でキャンドルホルダーがどのように発達したかを、代表的な作品とともに紹介します。イッタラのフェスティボやカステヘルミのように世界中で知られる名作から、北欧各国のガラス工房・陶器工房が手がけた個性的なシリーズまで。読み終えるころには、北欧の窓辺に灯る小さな光の歴史が見えてくるはずです。

北欧のキャンドルホルダーは、ヨーロッパ全域で見られるテーブル燭台や教会装飾とは異なる、独特の進化を遂げてきました。20世紀後半のミッドセンチュリーモダニズムを背景に、ガラスと陶器の素材性そのものを表現する造形が次々と生み出され、現代まで「北欧らしい光の容れ物」として世界中で愛されています。その背景には、長い冬と短い夏のコントラスト、自然との近さ、家族や友人との集いを大切にする生活文化があります。

目次

  1. 北欧の冬とキャンドルの文化的背景
  2. アドベントと聖ルチア祭——12月のキャンドル儀礼
  3. フィンランドのキャンドルホルダー名作
    1. イッタラ Festivo(フェスティボ)
    2. イッタラ Kastehelmi(カステヘルミ)
    3. イッタラ Kivi(キヴィ)
    4. ヌータヤルヴィとカイ・フランクのキャンドルホルダー
  4. ノルウェー——ハデラン・グラスヴェルクの歴史
  5. デンマーク——ヒュッゲとホルメゴール、ロイヤルコペンハーゲン
  6. スウェーデン——スクルフ、プケベリ、グスタフスベリ
  7. 当店で扱うヴィンテージのキャンドルホルダー
  8. 北欧キャンドルホルダーの選び方と見分け方
  9. まとめ

北欧の冬とキャンドルの文化的背景

スウェーデン・ヴァクスホルム教会の薄暗い堂内に灯るアドベントの燭台
スウェーデン・ヴァクスホルム教会のアドベント礼拝。北欧の冬は教会も家庭もロウソクの光で満たされる(撮影:2008年)。Photo: Holger.Ellgaard / CC BY 3.0

日照時間という決定的な背景

北欧諸国は北緯55度から70度に位置しています。フィンランドの首都ヘルシンキ(北緯60度)の冬至前後の日照時間は約5時間55分。一年で最も日没が早い12月17日には午後3時13分にはもう太陽が沈み、最も日の出が遅い12月27日には午前9時26分まで暗闇が続きます。さらに北のラップランド地方では、太陽が地平線の上に昇らない「極夜(Kaamos)」が約1か月続く土地もあります。

この長い暗闇のなかで、人々は灯りを工夫してきました。電気が普及する前の19世紀以前、北欧の家庭ではロウソクが冬の必需品でした。ロウソク(ljus, lys, kynttilä)は単なる装飾ではなく、夜を照らす道具そのものだったのです。デンマークではロウソクのことを「levende lys(リーヴェネ・リュース)」——「生きた光」と呼びます。電球のような均一な光ではなく、ゆらぎ、消え、燃え尽きる有機的な光という意味です。

ロウソクを持つ老婦人を描いた19世紀フィンランドの油彩画
アレクサンデル・ラウレウス《ロウソクと老女》(1817年以前)。フィンランド国立美術館蔵。長い冬の夜にロウソクを照らす老婦人は、北欧絵画の典型的な主題だった。

ロウソクの灯る暮らし、デンマーク

近年の統計でも、北欧のロウソク消費量は突出しています。デンマークはロウソク消費量の多い国として知られ、ヒュッゲ文化とも深く結びついています。デンマーク政府観光局やヒュッゲ研究家ミーク・ヴァイキングの調査によれば、デンマーク人の85パーセント以上が「ヒュッゲ(hygge)に欠かせないもの」としてロウソクを挙げています。

ヒュッゲとは、暖かな飲み物、毛布、家族や友人との時間といった「居心地のよさ」を指すデンマーク語ですが、その中心にはいつもロウソクの灯りがあります。窓辺、ダイニング、ソファのそば——家のいたるところにロウソクを灯し、冬の夜を過ごす習慣が現在まで続いています。

フィンランドのキャンドルマス(Kynttilänpäivä)

1968年のイッタラ工場の様子
1968年のイッタラ・ガラス工場。北欧の冬を照らす無数のキャンドルホルダーが、こうした工場で生み出されていた。

フィンランドにはキリスト教化以前の冬の終わりを祝う異教の祭がありました。1774年以降、スウェーデン王国(当時フィンランドも含む)のルター派教会は2月2日〜8日の間の日曜日に「Kynttilänpäivä(キュンッティランパイヴァ)」——キャンドルマスを定めました。フィンランド語のkynttiläは「ロウソク」、päiväは「日」を意味します。この日には教会でロウソクが祝福され、家庭でも特別な灯りを点けて春の到来を祈ってきました。

2月初旬のフィンランドはまだ日照時間が短く、湖は凍結したままです。しかし日が少しずつ長くなり始める時期でもあり、キャンドルマスは冬至から春分への移行点として意味づけられました。北欧のキャンドル文化は、こうした季節の節目に深く結びついた精神的な伝統でもあるのです。

アドベントと聖ルチア祭——12月のキャンドル儀礼

4本の細いロウソクを立てるスウェーデン式のアドベント燭台
スウェーデン式のアドベント燭台「Adventsljusstake(アドヴェンツリュースターケ)」。クリスマス前の4週間、毎週日曜日に1本ずつ灯していく。

アドベント燭台の歴史

スウェーデンのアドベント燭台「Adventsljusstake(アドヴェンツリュースターケ)」は、クリスマスの4週間前から毎週日曜日に1本ずつロウソクを灯していく伝統です。起源は1870年代、ストックホルムの福祉施設エルスタ・ディアコニ(Ersta diakoni)がドイツのカイザースヴェルト・ディアコニッセン施設をモデルに導入したと伝えられています。当初は曜日ごとに7本のロウソクを立てる形式でしたが、現在の4本形式が一般家庭に普及したのは1920年代から30年代にかけてです。

もう一つ、北欧のクリスマスを象徴するのが電気式のアドベント燭台です。1934年、フィリップス社に勤めていたオスカル・アンデション(Oskar Andersson)が電気アドベント燭台を発明し、1937年にファゲルフルト(Fagerhult)社から発売されました。スウェーデン中の窓辺に並ぶあの七つの光は、この発明から生まれたものです。

窓辺に置かれた7本枝の電気式アドベント燭台
電気式のアドベント燭台。1937年にスウェーデンで発売されて以来、北欧の冬の窓辺の定番となった。

聖ルチア祭(12月13日)

12月13日の聖ルチア祭(Sankta Lucia)は、北欧のクリスマスシーズンの始まりを告げる祝日です。4世紀シチリア島シラクサの殉教者ルチアに由来するキリスト教の祝祭ですが、現代スウェーデンの形式が広く定着したのは20世紀に入ってからです。1927年にストックホルムの新聞社が主催したコンテストをきっかけに、ルチア役の選出が全国行事となったと伝えられています。

白いガウンに赤い帯、頭にはロウソクを立てた冠を戴いた女性がルチア役を務め、白衣の侍女(tärnor)、星の冠をつけた男児(stjärngossar)、ジンジャーブレッドマン(pepparkaksgubbar)たちが行列をなして「Sankta Lucia」の聖歌を歌います。教会、学校、家庭、職場——あらゆる場所で、暗いうちから始まるこの行列は北欧の冬を象徴する光景です。

ロウソクの冠を戴いたルチア役を先頭にした少女たちの聖ルチア祭の行列
聖ルチア祭の行列。ロウソクの冠を戴いた少女が先頭を歩く。Photo: Claudia Gründer / CC BY 2.0
1929年のストックホルムで撮影された初期の聖ルチア祭
1929年、ストックホルムで撮影された初期の聖ルチア祭。スウェーデン式のルチア像はこの頃に定着していった。

ルチア祭ではサフラン入りの黄色いパン「ルッセカット(lussekatter)」が供されます。この日のためだけに焼かれる伝統菓子で、レーズンを目に見立てた渦巻きの形が特徴です。北欧のクリスマス文化は、ロウソクの光と特別な菓子、聖歌が組み合わさった豊かな儀礼として今日まで受け継がれています。

サフラン入りの黄色いパン「ルッセカット」が並ぶ
サフラン入りの伝統菓子「ルッセカット」。ルチア祭の朝にコーヒーとともに供される。Photo: Lars Lundqvist / CC BY 2.0

フィンランドのキャンドルホルダー名作

北欧のキャンドルホルダーといえば、まず思い浮かぶのがフィンランドのイッタラとヌータヤルヴィです。両ガラス工房は1880年代と1790年代に創業し、20世紀後半に世界的なデザイン拠点となりました。とくにキャンドルホルダーの分野では、ティモ・サルパネヴァ、オイバ・トイッカ、ヘイッキ・オルヴォラという三人のデザイナーが、それぞれ時代を画す名作を残しています。

1968年のイッタラ・ガラス工場内部、職人たちが作業する様子
1968年のイッタラ・ガラス工場内部。Festivoが量産されはじめた時期のフィンランドのガラス工房の様子。

イッタラ Festivo(フェスティボ)

ティモ・サルパネヴァのキャンドルホルダー「フェスティボ」
ティモ・サルパネヴァのFestivo。氷を思わせるテクスチャと、ステムを巻く「こぶ状リング」が特徴。Photo: Per Erik Strandberg / CC BY-SA 4.0

Festivo(フェスティボ)は、ティモ・サルパネヴァが手がけたイッタラ史上もっとも知られたキャンドルホルダーです。イッタラ公式サイトはデザイン年を1967年と記載していますが、二次資料の多くは1966年と表記しており、両論があります。発表後長い年月を経ても広く知られる、息の長い名作です。

その独特な姿は、サルパネヴァが友人のためにデザインした「Brotherhood Glass(兄弟杯)」——ワイン1本分が入る巨大なワイングラスのステムから着想を得たといわれます。氷塊を思わせる粗いテクスチャをまとった円筒形の本体と、ステムを巻くように積み重ねられた「こぶ状のリング」が組み合わさる構造です。リングを重ねることで複数の高さのキャンドルホルダーが生み出され、テーブルや窓辺に並んだ姿は、まるで氷でできた冬の森のように見えます。

ティモ・サルパネヴァのポートレート、1964年
ティモ・サルパネヴァ(1926–2006)。1964年のポートレート。イッタラの赤い「i」ロゴをデザインした人物。

サルパネヴァは1926年にヘルシンキで生まれ、1950年からイッタラに在籍しました。1964年にイッタラの赤い「i」ロゴをデザインし、ミラノ・トリエンナーレで2度の受賞、ルンニング賞受賞、1976年にはフィンランド政府より名誉教授の称号を得るなど、フィンランドガラスを世界に押し上げた立役者です。Festivoはそのキャリアの中盤に生まれ、現在もイッタラの代表作として知られています。

Festivoには高さ違いの複数サイズが流通しており、低いものから順に並べると、まるで凍りついた冬の森のような視覚効果が生まれます。発表当初はテーパーキャンドル用のシリーズでしたが、現在はティーライト対応の小型版も加わっています。ロウソクの灯りを受けたとき、氷塊のような厚いガラス壁の内部で光が幾度も屈折し、北欧の冬の朝の凍った湖面を思わせる輝きが立ち上がります。

ティモ・サルパネヴァのキャンドルスティック、複数本が並ぶ
高さの異なるFestivoが並ぶ様子。リングを積み重ねた構造により、複数サイズが同じ造形言語で展開された。

イッタラ Kastehelmi(カステヘルミ)

オイバ・トイッカのカステヘルミ・ボウル、ドロップ模様のプレスガラス
オイバ・トイッカのKastehelmi。プレスガラスの表面に散りばめられた粒は、朝露を意味する。Photo: Sigismund von Dobschütz / CC BY-SA 3.0

Kastehelmi(カステヘルミ)は、オイバ・トイッカが1964年にヌータヤルヴィ・ガラス工房でデザインしたシリーズです。フィンランド語で「朝露の雫」を意味する名前のとおり、プレスガラスの表面に小さな粒状の凹凸が散りばめられています。

このドロップ模様には実用的な背景があります。プレスガラスは型に溶けたガラスを流し込んで成形するため、どうしても型の継ぎ目(モールドライン)が表面に残ってしまいます。トイッカは、この継ぎ目を装飾の一部として隠す目的で、表面に粒状のテクスチャを施したのです。「制約から生まれた装飾」がそのまま北欧デザインのアイコンになった稀有な例といえます。

カステヘルミは1964年から1988年までヌータヤルヴィで生産され、2010年にイッタラブランドから復刻されました。復刻版は型が改められ、口縁が滑らかになり、軽量化されています。ヴィンテージの初期型と復刻版は手触りで見分けることができ、初期型のほうが厚みがあり、わずかに鋭い縁を持っています。

オイバ・トイッカのポートレート、1958年
オイバ・トイッカ(1931–2019)。1958年のポートレート。後にBirdsシリーズで400以上のガラスの鳥を生み出した。

イッタラ Kivi(キヴィ)

ヘイッキ・オルヴォラのKiviキャンドルホルダー、透明
ヘイッキ・オルヴォラのKivi(キヴィ)。フィンランド語で「石」を意味する。透明のほか、多彩なカラーが生み出されてきた。

Kivi(キヴィ)は、ヘイッキ・オルヴォラが手がけた小さな立方体のキャンドルホルダーです。Wikipediaは1987年デザインと記載し、イッタラ公式は1988年発売と表記しており、両論があります。フィンランド語で「石」を意味するKiviは、その名のとおり浜辺の小石のような存在感をめざしてデザインされました。

製造はガラス素地に色を練り込むメルトテクニックを用います。これにより同じ型から色だけが異なる無数のバリエーションが生まれ、多彩な色展開で知られ、コレクション性の高いシリーズとして親しまれてきました。透明、深い緑、コバルトブルー、ピンク、赤、琥珀色、煙のような灰色——色の違いがコレクションの楽しみにつながってきたシリーズです。

マリメッコのテーブルクロスの上にKiviキャンドルホルダーが複数並ぶ
マリメッコのPrimavera柄のテーブルクロスに並ぶKivi。色違いを並べる北欧らしい飾り方。

ヘイッキ・オルヴォラは1943年ヘルシンキ生まれ、ヘルシンキ芸術デザイン大学(現アールト大学)で陶磁を学んだのち、1968年にヌータヤルヴィに入社しました。1984年フィンランド獅子勲章、1988年カイ・フランク・デザイン賞、2002年に教授の称号を受けた、フィンランドデザインを代表する一人です。Kiviは1988年の発表以来、長く親しまれてきた息の長い作品です。

ヘイッキ・オルヴォラのポートレート
ヘイッキ・オルヴォラ(1943– )。Kiviのほか、アラビアのKiviシリーズ、Aino Aaltoグラスのバージョン展開なども手がけた。Photo: Iittala / CC BY-SA 4.0

ヌータヤルヴィとカイ・フランクのキャンドルホルダー

ヌータヤルヴィ・ガラス工房の建物
ヌータヤルヴィ・ガラス工房。1793年創業のフィンランド最古のガラス工房であり、トイッカ、フランク、サーラ・ホペアらが活躍した拠点だった。Photo: Marjo Vuokko / CC BY-SA 4.0

ヌータヤルヴィ(Nuutajärvi)は1793年創業のフィンランド最古のガラス工房です。1951年から1973年まで芸術監督を務めたカイ・フランクは、Kartio(カルティオ)をはじめとする数々のシリーズをデザインしました。Kartioは1956年に発表されたタンブラーシリーズですが、その円錐形のフォルムはキャンドルホルダーとしても見立てられ、ヌータヤルヴィの店舗でもそのように紹介されてきました。

カイ・フランクのKartio、円錐形のガラス
カイ・フランクのKartio。1956年にヌータヤルヴィで発表された、底に向かって細くなる円錐形のシリーズ。

カイ・フランクは「フィンランドデザインの良心」と呼ばれた人物で、装飾を極限まで削ぎ落とすミニマルな造形が信条でした。彼の作品にはキャンドルホルダー専用としてデザインされたものは多くありませんが、Kartioのような汎用的な形が結果として灯りの容れ物にもなる——それがフランクの哲学の表れともいえます。

カイ・フランクのポートレート
カイ・フランク(1911–1989)。「装飾は機能から切り離してはならない」という信念を生涯貫いた、フィンランドデザインの代表的人物。

ヌータヤルヴィの工房は、ヘルシンキから北西に約100キロのウルヤラ(Urjala)自治体内にあり、現在も観光地として知られています。古い木造の工房建物と、青々とした夏の森、湖——フィンランド南部の典型的な田園風景のなかで、200年以上にわたってガラスが吹き続けられてきました。トイッカ、フランク、サーラ・ホペアといった巨匠たちが日々通った道は、今も小さなアトリエとミュージアムに続いています。

ノルウェー——ハデラン・グラスヴェルクの歴史

ノルウェー・イェヴナケルにあるハデラン・グラスヴェルクのパノラマ写真
ハデラン・グラスヴェルク(Hadeland Glassverk)。オスロの北約40キロ、イェヴナケル(Jevnaker)のランズフィヨルデン湖畔に建つ。

ノルウェーを代表するガラス工房がハデラン・グラスヴェルク(Hadeland Glassverk)です。1762年に創業し、1765年から生産を開始しました。ノルウェー有数の歴史あるガラス工房として知られています。所在地はオスロから北へ約40キロのイェヴナケル(Jevnaker)、ランズフィヨルデン湖の南端です。

ハデランの代表的なデザイナーには、1947年から1988年までチーフデザイナーを務めたヴィリー・ヨハンソン(Willy Johansson)がいます。Tangen(1958年)、Oslo(1969年)、Peer Gynt(1971年)といったガラスシリーズが知られ、いずれもキャンドルホルダーを含む構成です。ほかにヘルマン・ボンガード、セヴェリン・ブロービー、アルネ・ヨン・ユトレム、ベニー・モッツフェルトといったデザイナーが在籍し、北欧モダンガラスの一翼を担いました。

ハデラン・グラスヴェルクの直売所
ハデラン・グラスヴェルクの直売所。観光地としても知られ、ノルウェー国内外から多くの来訪者を集める。Photo: Mahlum / CC BY-SA 4.0

ハデランのキャンドルホルダーは、シンプルな円柱形のものから、ノルウェーの自然を思わせる重量感のある分厚いガラス塊まで、幅広いシリーズが展開されてきました。職人による手吹きの技法が伝統的に守られており、表面にわずかな気泡や歪みが残るのが特徴です。これらは欠点ではなく、ガラスが手づくりであることを示す痕跡として評価されています。

ハデラン・グラスヴェルクの白ワイングラス、ノルスク民俗博物館所蔵
ハデラン・グラスヴェルクの白ワイングラス。ノルスク民俗博物館所蔵。ハデランは日用品から装飾ガラス、キャンドルホルダーまで幅広く手がけてきた工房。Photo: Norsk Folkemuseum / CC BY 3.0

ノルウェーのキャンドル文化は、スウェーデンやデンマークと共通する点が多いものの、独自の発展も見せました。フィヨルドの長い夜、漁村の家々の窓辺、山の集落の冬——いずれの場面でもロウソクは欠かせない存在でした。ノルウェーでは伝統的にクリスマスイブの夕食までに家中を清め、テーブルに数本のキャンドルを灯すしきたりがあります。ハデランのキャンドルホルダーはそうした北欧の冬の儀礼に寄り添う形でデザインされてきました。

デンマーク——ヒュッゲとホルメゴール、ロイヤルコペンハーゲン

デンマーク・ホルメゴール・グラスヴェルクの工場建物
ホルメゴール・グラスヴェルク。1825年、ヘンリエッテ・ダンネスキョルド=サムソー伯爵夫人によってデンマーク・シェラン島に設立された。Photo: Knud Winckelmann / CC BY-SA 3.0

ホルメゴール(Holmegaard)

ホルメゴール・グラスヴェルクは1825年にデンマーク・シェラン島で創業しました。創業者はヘンリエッテ・ダンネスキョルド=サムソー伯爵夫人で、夫の死後に事業計画を引き継ぎ設立されました。デンマークの森林泥炭を燃料とすることで、輸入瓶に頼っていたデンマーク市場に国産ガラスを供給する目的でした。

ホルメゴールの黄金期を築いたのが、1942年から1998年まで芸術監督を務めたペル・リュトケン(Per Lütken)です。数多くのデザインを手がけ、ガラスの量感を活かしたフラワーベース、ボウル、そしてキャンドルホルダーを多数残しました。代表作にはProvence Bowl(1956年)、Lieselotteシリーズなどがあります。

リュトケンのキャンドルホルダーには、ガラスを「滴」や「種」のように丸い量感で造形したものが多くあります。透明クリスタル、煙色、深い緑、青——いずれもデンマークの海と森を映し出すような落ち着いた色彩です。手吹きで成形されるため、一つひとつ微妙に形が異なり、ヴィンテージ市場でも一点一点の個性が評価されています。

ペル・リュトケン(1916–1998)はコペンハーゲンで生まれ、王立美術アカデミーで絵画を学んだのちにガラスデザインに転向した経歴を持ちます。「ガラスは生きた素材」という言葉を残し、ガラスの溶融状態から固体への移行のなかにこそデザインの本質があると考えました。彼の作品が示す柔らかな輪郭は、その哲学の表れでもあります。リュトケンが亡くなる1998年まで、ホルメゴールでは半世紀以上にわたって彼の作品が生み出され続けました。

ホルメゴール・グラスヴェルクのガラス職人が作業する様子
ホルメゴール・グラスヴェルクのガラス職人。手吹きの技法は200年近く受け継がれてきた。Photo: Knud Winckelmann / CC BY-SA 3.0

ロイヤルコペンハーゲン(Royal Copenhagen)

ロイヤルコペンハーゲンの磁器
ロイヤルコペンハーゲンの代表的な青いブルーフルーテッド模様。三本波線のバックスタンプはデンマークの三つの海峡を表す。Photo: Pavel Krok / CC BY-SA 3.0

ロイヤルコペンハーゲンは1775年、皇太后ユリアーネ・マリーの庇護下でデンマーク王立磁器工場として設立されました。バックスタンプの三本の波線は、ストアベルト、リレベルト、エーアスンの三つの海峡を表しています。

1908年から始まったクリスマスプレートの年次シリーズに加えて、磁器のキャンドルホルダーもクリスマスシーズンの定番として親しまれてきました。「Star Fluted Christmas」コレクションには、ティーライト用のホルダーや背の高いキャンドルスティックが含まれます。デンマークのクリスマスは、白磁の上に赤いキャンドルが灯る光景が伝統的なイメージです。

ロイヤルコペンハーゲンのクリスマスプレートが並ぶ
ロイヤルコペンハーゲンのクリスマスプレート・コレクション。1908年から続く年次シリーズで、北欧の冬の伝統工芸を代表する存在。Photo: Royal Copenhagen / CC BY 4.0

スウェーデン——スクルフ、プケベリ、グスタフスベリ

スウェーデンのキャンドルホルダーは、ガラス工房と陶器工房の両面で発達しました。スウェーデン南部のクロノベリ県、通称「ガラス王国(Glasriket)」と呼ばれる地域には、現在もスクルフ(Skruf)、コスタ(Kosta)、オレフォース(Orrefors)、ボダ(Boda)といった工房が点在しています。

スクルフ・グラスブルーク(Skruf Glasbruk)

スクルフ・グラスブルークは1897年、レッセボ近郊のスクルフに創業しました。芸術監督ベンクト・エーデンファルク(Bengt Edenfalk、1924–2007)が1952年から1978年まで在籍し、スクルフの黄金期を築きました。1960年にエーデンファルクが3点のガラスキャンドルスティックをデザインしており、これらは現在もコレクター市場で知られています。透明なクリスタルに気泡を意図的に閉じ込めた技法が特徴です。

エーデンファルクのキャンドルスティックは、円錐形や流線形のシンプルな造形ながら、ガラスの厚みの中に光が屈折する独特の表現で評価されています。ガラスの内部に光が反射すると、まるでガラス自身が発光しているような効果が生まれます。スクルフのデザインはスウェーデンガラスの中でもとりわけ精緻で、ベンクト・エーデンファルク以降もラース・ヘルステン(Lars Hellsten)らがその伝統を引き継いできました。

プケベリ(Pukeberg)

プケベリは1871年にC・W・ニーストレムによって創業されたスウェーデンのガラス工房です。代表的なデザイナーにエヴァ・エングルンド(Eva Englund)がおり、1964年から1973年まで在籍しました。彼女のMalakit(マラキット)、Indigo(インディゴ)といったシリーズは、深い色彩のガラスにキャンドルホルダーを含む構成となっています。マラキット色(孔雀石を思わせる緑)やインディゴ(藍)のような深い色は、当時のスウェーデンガラスのトレンドであった「色彩主義」を体現しています。

プケベリは1980年代以降、スカンジナビアの照明器具メーカーとしても知られるようになりました。北欧のガラス工房はキャンドルホルダーから照明器具へ——いずれも「灯りを保つ容れ物」を作り続けてきたのです。

グスタフスベリの陶器キャンドルホルダー

スティグ・リンドベリとヴィルヘルム・コーゲが並ぶ1938年の写真
スティグ・リンドベリ(左)とヴィルヘルム・コーゲ(右)、1938年の写真。グスタフスベリの黄金期を築いた二人。

スウェーデンの陶器工房グスタフスベリでも、20世紀中盤にスティグ・リンドベリが芸術監督を務めていた時代に、ストーンウェアの陶器キャンドルホルダーが製作されました。リンドベリのデザインによる円錐形や有機的なフォルムのキャンドルホルダーは、ベルサやアダムといった代表的なシリーズの陰に隠れがちですが、近年コレクター市場で再評価されています。

スウェーデンの陶器工房ヘガナス(Höganäs)も、1909年創業以来、伝統的な赤土を活かした素朴な陶器キャンドルホルダーを多く生み出しました。重みのある厚い陶土と素朴な色彩は、北欧の田園の暮らしを思わせる質感を持っています。ヘガナスのキャンドルホルダーは厚みのあるストーンウェアで作られ、素朴な陶土の質感が北欧の田園の暮らしを思わせます。

シグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin、1925–2022)はスウェーデン陶磁器・ガラスの両領域で活躍したデザイナーで、ボダ・ノヴァ(Boda Nova)をはじめ多数のブランドに作品を提供しました。1985年にはストックホルムのコンストファック(Konstfack)でガラス・陶磁分野初の女性教授に就任しています。彼女の手がけたキャンドルホルダーは、北欧モダンの簡潔さに、職人の手仕事の温度感が加わった独特の造形として知られます。

当店で扱うヴィンテージのキャンドルホルダー

当店ではヌータヤルヴィのLumme(ルンメ)シリーズや、リサ・ラーソンの陶器のキャンドルスタンドなど、インテリアとしても美しい北欧ヴィンテージのキャンドルホルダーを取り扱っています。それぞれのシリーズについて簡単に紹介します。

ARABIA ヌータヤルヴィ Lumme(ルンメ)

ARABIA ヌータヤルヴィのLummeキャンドルホルダー、中サイズ
ARABIA ヌータヤルヴィのLumme(ルンメ)キャンドルホルダー。フィンランド語で「睡蓮」を意味し、湖面に浮かぶ花を思わせるフォルム。

Lumme(ルンメ)はフィンランド語で「睡蓮」を意味します。湖面に浮かぶ花のような有機的なフォルムが特徴で、複数のサイズ展開があります。当店では小・中・大・特大の4サイズを取り扱っており、サイズを組み合わせて窓辺に飾ると、それぞれの高さの違いから生まれる光のリズムが感じられます。

ARABIA ヌータヤルヴィのヤーッコ・ニエミ(Jaakko Niemi)

ARABIA ヌータヤルヴィのヤーッコ・ニエミによるキャンドルホルダー
ARABIA ヌータヤルヴィのヤーッコ・ニエミによるキャンドルホルダー。シンプルな円柱形のなかに、ガラスの厚みが生む光の屈折が表現される。

ヤーッコ・ニエミ(Jaakko Niemi)はヌータヤルヴィで活躍したガラスデザイナーです。装飾を抑えたシンプルな円柱フォルムのキャンドルホルダーは、ガラスの厚みそのものが装飾要素となるよう設計されました。厚いガラスが光を受けることで、独特のやわらかな輝きが生まれます。

リサ・ラーソンのキャンドルスタンド

リサ・ラーソンの白いキャンドルスタンド2点セット
リサ・ラーソンの白いキャンドルスタンド。シャモット(粗粒陶土)の質感が陶芸家の手仕事の痕跡をとどめている。

リサ・ラーソン(1931–2024)はグスタフスベリで1954年から1980年まで在籍し、その後Keramikstudion(Kスタジオ)を立ち上げた陶芸家です。彼女のキャンドルスタンドは、シャモットと呼ばれる粗粒陶土の質感を活かした素朴な造形が特徴で、炎を受けるために設計された造形と、陶土の温度感が呼応するような佇まいを見せます。

北欧キャンドルホルダーの選び方と見分け方

サイズ規格を理解する

北欧のキャンドルホルダーは、おもに以下の3つのサイズ規格に対応しています。

  • ティーライト(teelight, fyrfadslys)——直径約38ミリ、高さ約17ミリのアルミカップ入りロウソク。Kivi、Lumme、Festivoの小サイズなどが対応します。
  • テーパーキャンドル(taper, kronljus)——細長い形のロウソクで、直径約22ミリが標準。Festivoの中・大サイズ、アドベント燭台などに使用されます。
  • ブロックキャンドル(block, blockljus)——円柱形の太いロウソク。ピラーキャンドルとも呼ばれ、平らなプレート型のホルダーに置きます。

ヴィンテージのキャンドルホルダーは、口径や深さ、対応するロウソクの規格が現行品と異なる場合があります。とくにヴィンテージ品は現代のロウソクと規格が異なる場合があります。

ヴィンテージと復刻版の見分け方

イッタラのカステヘルミやKiviのように、復刻が行われているシリーズではヴィンテージと現行品の見分けが必要になります。一般的な見分け方は以下のとおりです。

  • 厚みと重さ——ヴィンテージのほうが概して厚く、重量があります。
  • 口縁の処理——ヴィンテージは口縁がわずかに鋭く、復刻版は滑らかに仕上げられていることが多いです。
  • バックスタンプ——イッタラとヌータヤルヴィのロゴは年代によって変化します。古いヌータヤルヴィロゴ(ガラスにエッチングされた「ヌータヤルヴィ・ノットシュ/i字」)が確認できれば1988年以前のヴィンテージの可能性が高くなります。
  • ガラスの色味——古いガラスは経年で僅かに色が深まったり、薄い気泡が含まれていたりします。

当店で扱うヴィンテージ品はすべて検品済みで、製造年代と状態を商品説明に明記しています。

ヴィンテージ品を飾る際の注意

ヴィンテージのガラス製キャンドルホルダーは、熱や急激な温度変化に注意が必要です。急激な温度変化はガラスにヒビを生じさせます。とくに冷蔵庫から出した直後のキャンドルホルダーには熱を加えない、熱や炎がガラスや陶器に与える影響を考えると、ヴィンテージ品はインテリアとしての鑑賞価値を中心に楽しむのが安心です。

手入れと収納のポイント

ヴィンテージのガラスや陶器のキャンドルホルダーは、適切な手入れで美しさを保つことができます。古いロウの付着がある場合は、素材に負担をかけない範囲で無理なく取り除くのが安心です。ガラス製の場合も、急激な温度変化は避け、無理にこすらないよう注意してください。陶器の場合も、釉薬や素地に負担をかけないよう、強い洗浄や摩擦は避けてください。

収納時は、ガラスや陶器同士が直接触れないように緩衝材を挟んでください。Festivoのように積み重ねの構造を持つキャンドルホルダーは、リング同士が擦れないよう個別に布で包むのが理想です。極端に乾燥した場所や湿気のこもる場所は避け、できるだけ室温と湿度が安定した場所で保管します。

北欧の窓辺の飾り方

北欧では、キャンドルホルダーを窓辺に並べる習慣が広く見られます。電気式のアドベント燭台、ガラスのキャンドルホルダー、テーブルランプ——これらが家の外から見えるように配置され、街路を歩く人々にも温かな印象を与えます。スウェーデンのストックホルムやヘルシンキでは、12月に窓辺の灯りが街灯のように連なる風景は、北欧の冬を象徴する光景となっています。

日本の住空間でも、窓辺やリビングのコーナーにキャンドルホルダーを2〜3個まとめて配置すると、北欧の冬を思わせる雰囲気を演出できます。色や高さの異なるホルダーを組み合わせ、奥行きと光のリズムを意識して並べると、より立体的な空間ができます。北欧のインテリア誌では、奇数個(3個や5個)でまとめるのが定番のスタイリングです。

まとめ

この記事のまとめ

  • 北欧でキャンドルホルダーが特別な存在であり続けてきたのは、冬至前後の日照時間がわずか5〜6時間しかなく、ロウソクが生活必需品だった歴史的背景がある
  • アドベント、聖ルチア祭、ヒュッゲといった季節の文化がキャンドルの伝統を支え、現代まで受け継がれてきた
  • フィンランドではFestivo(サルパネヴァ)、Kastehelmi(トイッカ)、Kivi(オルヴォラ)の三大名作が世界的に知られる
  • ノルウェーのハデラン・グラスヴェルク、デンマークのホルメゴール、ロイヤルコペンハーゲン、スウェーデンのスクルフやプケベリも独自の名作を生んだ
  • ヴィンテージ品を選ぶ際は、サイズ規格、復刻版との見分け方、安全な扱い方を理解することが重要

北欧のキャンドルホルダーは、デザイン史の名作であると同時に、長い冬を乗り越えるための文化の結晶でもあります。一つの灯りが照らす範囲はわずかですが、その光は北欧の人々が何世代にもわたって冬を過ごしてきた知恵の証でもあります。窓辺に置かれたキャンドルホルダーの佇まいを眺めるとき、私たちはフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク——それぞれの土地の冬の風景に少しだけ近づくのかもしれません。

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