ロールストランドに「偽物」はある?|スウェーデン製と海外製・正規復刻・2級品の違いと真贋の見方

ロールストランドに「偽物」はある?|スウェーデン製と海外製・正規復刻・2級品の違いと真贋の見方

北欧食器タックショミュッケ編集部

ロールストランド(Rörstrand)の食器には、偽物が流通しているという報告はされていません。ヴィンテージの北欧食器を集めていると、「これは本物だろうか」「精巧な偽物を掴まされないだろうか」という不安がよぎることがあります。けれども、ロールストランドに関して言えば、その心配はほとんど当たりません。器そのものを模造する動機が、経済的に成り立たないからです。

理由はいたってシンプルです。ロールストランドには、ブランド自身が長く手がけてきた定番の意匠や、往年のデザインを蘇らせた復刻シリーズがあり、それらは数千円ほどで正規に手に入る価格帯にあります。わざわざ費用と手間をかけて模造品を作っても、正規品より高く売ることはできません。窯印を似せ、絵付けを再現し、素地の質感まで寄せる——そこまでしても利益が出ない以上、模造そのものが割に合わないのです。世界の骨董市場でロールストランドの「偽物」が問題になっていないのは、この一点に尽きます。

ですから本記事は、「精巧な偽物を見抜く」ための記事ではありません。むしろ逆です。「偽物では?」と感じてしまう瞬間の多くが、実は正規品同士の違いにすぎないこと——製造された国や時期の違い、正規の復刻、検品ではじかれた正規の2級品、印のない本物——を順に解きほぐしていきます。安心して眺めていただくための一篇として読んでいただければ幸いです。

19世紀のロールストランド磁器・ファイアンス工場
19世紀のロールストランド磁器・ファイアンス工場。三百年の歴史をもつ古窯の姿。(Photo: Wikimedia Commons / Public domain)

この記事でわかること

  • ロールストランドに偽物が報告されていない理由——模造の経済的メリットの不在
  • 「偽物では?」と誤解される正体は、正規品同士の多様性であること
  • スウェーデン製と海外製という、最も誤解を招きやすい「製造地の違い」
  • ヴィンテージと正規復刻、2級品、印のない本物、版違いという正規品の顔ぶれ
  • 三つの王冠と印の読み方の要点、そして本当に気をつけたい「売り場の偽物」

目次

  1. 結論——ロールストランドに偽物は報告されていない
  2. 「偽物では?」の正体は、正規品の多様性
  3. 製造された国・工場の違い——最大の誤解の元
    1. 三百年の窯が、少しずつ場所を変えてきた
    2. 会社の統合と、生産の海外移管
    3. 「スウェーデン製ではない正規品」が生まれた
  4. ヴィンテージと正規復刻の違い
  5. 2級品・印のない本物・版違い
    1. 検品ではじかれた正規品——2級品(セカンド)
    2. 印がなくても本物——バックスタンプのない器
    3. 同じシリーズの中の「版違い」
  6. 三つの王冠と印の読み方の要点
  7. 信頼できる買い方と、売り場の偽物への注意
  8. まとめ

結論——ロールストランドに偽物は報告されていない

はじめに、いちばん大切なことをお伝えします。ロールストランドの食器に、いわゆる「偽物(模造品)」が流通しているという報告は、公的なアーカイブにも美術館の資料にも見当たりません。1726年にストックホルムで創業し、マイセンに次ぐヨーロッパ屈指の古窯として知られるこの窯の器を、精巧に模造して利益を得るという行為には、経済的な合理性がほとんどないためです。

偽物は、儲かるからこそ作られます。名の知れたバッグや高級時計に模造品が絶えないのは、一つ売れたときの利ざやが大きいからです。ひるがえって、ロールストランドはどうでしょうか。ブランド自身が長く手がけてきた定番の意匠や復刻シリーズは、数千円ほどで正規に手に入ります。往年のヴィンテージにしても、多くは手の届く価格帯にあります。精巧な模造品を作るには、型や素地、転写、焼成といった設備への投資が欠かせませんが、この価格帯ではまず割に合いません。コピーを作る旨みが、そもそも存在しないのです。

それでも「これは偽物では?」という戸惑いが生まれることがあります。その多くは、偽物との遭遇ではなく、正規品同士の違いを目にしたことによる誤解です。ロールストランドは三世紀にわたって器を焼き続けてきた窯ですから、時代ごとに窯印は移り変わり、絵柄も製造の体制も一様ではありません。同じロールストランドでも、手にした二枚の皿で裏印が違う、絵付けの雰囲気が違う——そうしたことは、むしろ当たり前に起こります。この「違い」を偽物と取り違えないために、以降の章でその素性を一つずつ整理していきます。

「偽物では?」の正体は、正規品の多様性

ロールストランドの器を前にして「偽物では?」と感じさせるものの正体は、ほとんどの場合、正規品の中に自然に存在する多様性です。偽物という悪意ある存在ではなく、正規に生まれた器の顔ぶれが幅広いために、その違いが「別物」に見えてしまうのです。まずは全体像を、四つの角度から俯瞰しておきます。

第一に、製造された国と工場の違いです。ロールストランドはスウェーデンのリードヒェーピング(Lidköping)で長く器を焼いてきましたが、後年に生産の拠点が海外へと移されました。ヴィンテージのスウェーデン製と、近年の海外製とでは、素地の質感や印の印象が異なることがあります。これはアラビア(ARABIA)で言えば「フィンランド製かタイ製か」に相当する、いちばん誤解を招きやすいポイントです。同じ意匠でも、作られた工場が違えば素地の白さや印の刷り味がわずかに変わり、それが「別物」に見えてしまうのです。個別ブランドの検証はアラビア食器に「偽物」はある?でも詳しく解説しています。

第二に、ヴィンテージと正規復刻の違いです。ロールストランドには、ブランド自身が長く生産を続けてきたロングセラーがあります。同じ意匠の「古いもの」と「新しいもの」が併存しうるため、片方を見て「もう一方は偽物では」と感じてしまうことがあります。

第三に、2級品や印のない本物、版違いです。検品の段階で規格からわずかに外れた正規の2級品、そもそも印を持たない本物、同じシリーズでも仕様が異なる版違い——いずれも偽物ではなく、正規に生まれた器の一部です。

第四に、印そのものの読み方です。とりわけ「三つの王冠」はスウェーデンの国章でもあり、これがあるからロールストランドだと断定できるわけではありません。印の形は真贋の判定基準ではなく、時代と生産体制の記録なのです。

この四つは、いずれも「正規品の中の違い」という一本の線でつながっています。製造地が違う、生産の時代が違う、検品の等級が違う、印の世代が違う——どれも、悪意ある模造とはまったく別の次元の話です。器を疑うのではなく、その素性を読み解く。その視点さえ持てれば、ロールストランドの器は、身構える対象から、静かに眺めて楽しむ対象へと変わります。ロールストランドの成り立ちや代表的なシリーズについては、ロールストランド入門もあわせてご覧ください。

製造された国・工場の違い——最大の誤解の元

創業の地ストックホルム、ロールストランド地区の窯場と水辺
創業の地ストックホルム、ロールストランド地区の窯場と水辺(1896年頃)。(Photo: Wikimedia Commons / Public domain)

「偽物では?」という不安の最大の原因は、偽物の存在ではなく、正規品同士の素性の違いを知らないことにあります。中でも決定的なのが、製造された国・工場の違いです。ここを押さえておけば、不安のかなりの部分が解けます。

三百年の窯が、少しずつ場所を変えてきた

ストックホルム旧市街ガムラスタンの水辺
1726年創業の地、ストックホルム旧市街ガムラスタンの水辺。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY 4.0)

ロールストランドは1726年、ストックホルムのロールストランド城で始まりました。マイセンに次ぐヨーロッパ屈指の古窯です。しかし、その生産地はずっと同じではありませんでした。ストックホルムの工場は1926年に閉鎖され、生産は一度イェーテボリを経て、1930年代にリードヒェーピングへと移されます。多くの方が「ロールストランド=リードヒェーピング」と結びつけますが、それは20世紀に入ってからの姿です。

石畳と黄土色の壁が続くガムラスタンの路地
石畳と黄土色の壁が続くガムラスタンの路地。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY 4.0)

つまり、この窯は歴史のなかで何度も場所を変えてきました。生産地が動くこと自体が、この窯にとってはむしろ通常の出来事だったのです。裏を返せば、器の裏印や素地の表情に時代ごとの違いが刻まれているのは、三百年の歩みの当然の帰結だということになります。ストックホルムの工場は都市の拡張のなかで役目を終え、生産はより広い土地を求めて西へと移りました。イェーテボリを経て、最終的に落ち着いたのが、ヴェーネルン湖に面したリードヒェーピングです。移転が段階的だったぶん、同じ時期の器のなかにも、旧工場の名残と新工場の特徴が混ざり合うことがあります。

こうした地理の変遷を知っていると、裏印の「違い」に出会ったときの受け止め方が変わります。それは疑うべき兆候ではなく、この窯が歩んできた時間の刻印なのです。二枚の皿で印が違うなら、それは二つの時代、あるいは二つの工場を、手のひらの上で見比べているのだと考えればよいのです。

移転先リードヒェーピングの港
移転先リードヒェーピングの港。(Photo: Wikimedia Commons / CC0)

ミッドセンチュリー期のロールストランドの多くは、このリードヒェーピングの工場で焼かれました。ヴェーネルン湖に面した静かな街に、窯の記憶が刻まれています。

ヴェーネルン湖に面したリードヒェーピングの赤白灯台
ヴェーネルン湖に面したリードヒェーピングの赤白灯台。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY 3.0)

会社の統合と、生産の海外移管

リードヒェーピングの新市街広場と八角形の旧庁舎
リードヒェーピングの新市街広場と八角形の旧庁舎。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

20世紀後半、ロールストランドの経営は次々と移り変わりました。1960年代以降、ウプサラ・エクビー、フィンランドのヴァルチラ(Wärtsilä)、そしてハックマン(Hackman)といった企業の手を経て、ブランドはフィンランド系のグループへと統合されていきます。2000年代初頭にはイッタラ(Iittala)の一部となり、2007年には、ロールストランドを含むイッタラのグループがフィスカース(Fiskars)に買収されました。現在のロールストランドは、イッタラやアラビア、ウェッジウッド、ロイヤルコペンハーゲンなどと並ぶ、フィスカース傘下のブランドです。各社の統合の年代には資料によって幅がありますが、大きな流れとしてはこの通りです。

この統合の流れのなかで、大きな転機が訪れます。2005年12月30日、リードヒェーピングの工場が閉鎖されたのです。約280年続いたスウェーデン国内での生産が、ここで一つの区切りを迎えました。工場の閉鎖に前後して、生産の主力はスリランカやハンガリーといった海外へと移されています。これは経営上の判断によるもので、ブランドとしてのロールストランドが途切れたわけではありません。正規のロールストランドとして、場所を変えて作られ続けているということです。

リードヒェーピング近郊ローダの中世石造教会
リードヒェーピング近郊ローダの中世石造教会。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY 3.0)

「スウェーデン製ではない正規品」が生まれた

ヴェーネルン湖東岸、夏の岩礁と森
ヴェーネルン湖東岸、夏の岩礁と森。器を生んだスウェーデンの風土。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

ここが、本記事でいちばん伝えたい点です。工場の海外移管によって、「ロールストランドという正規のブランドでありながら、スウェーデンで作られていない製品」が生まれました。ヴィンテージのリードヒェーピング製と、近年の海外製とでは、素地の質感や印の印象が異なることがあります。それを並べて見たとき、「片方が偽物なのでは」と感じてしまう——これは自然な反応ですが、実際には両方とも正規品です。違うのは真贋ではなく、作られた時代と場所なのです。

アラビアのムーミンマグをめぐって「本物はフィンランド製に限る」という言い方が広まったことがありますが、それが正確でないのと同じ構図が、ロールストランドにも当てはまります。産地の表記は、真贋そのものではなく、いつ・どこで作られたかという素性を示すものです。「MADE IN SWEDEN」と刻まれた器はスウェーデン時代の証しであり、そうでない器は海外移管後の正規品——ただそれだけの違いです。どちらが上でどちらが下、という話ではありません。ヴィンテージを求めるなら年代の手がかりとして産地を読み、正規品として楽しむなら産地の別を気にしすぎない。そう切り分けておくと、迷いが少なくなります。

このことは、裏印の歴史とも結びついています。ロールストランド美術館の資料によれば、2000年に導入された「冠つきR」の印は、生産の海外移管後も引き続き用いられています。つまり「MADE IN SWEDEN」と書かれていないから偽物、という判断は成り立ちません。海外で作られた正規品にも、正しくロールストランドの印が押されているのです。印の年代の読み解き方については、当店コラムのロールストランドのバックスタンプ完全ガイドにゆずります。

この「製造地の違い」を落ち着いて眺めるうえで、格好の一例が、シグリッド・リクター(Sigrid Richter)が手がけたエデン(Eden)です。愛らしい絵柄と静かなフォルムに、リードヒェーピング時代のものづくりが息づいています。当店にお迎えした一客の裏を返せば、この記事でたどってきた歴史の一場面が、手のひらの上にあることに気づくはずです。

ロールストランド エデン シグリッド・リクターのコーヒーカップ&ソーサー
ロールストランド エデン(Eden)、シグリッド・リクターの絵柄。リードヒェーピング時代の一客。

ロールストランド エデン(Eden)コーヒーカップ&ソーサーは、シグリッド・リクターの絵柄が器面に静かに広がる一客で、当店でご覧いただけます。

ヴィンテージと正規復刻の違い

ヴェーネルン湖に沈む夕日と松のシルエット
ヴェーネルン湖に沈む夕日と松のシルエット。時を重ねた器の情景。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

もう一つ、混乱を生みやすいのが、ヴィンテージと正規復刻の違いです。ロールストランドには、ブランド自身が長く生産を続けてきたロングセラーがあります。1932年発表のオスチンディア(Ostindia)は、英語版の百科事典的な資料でも「今日でも作られている」と記されています。1930年のストックホルム博で発表されたスウェーデン・グレース(Swedish Grace/ナショナルサービス、ルイーズ・アーデルボリ)も、長く生産が続くシリーズとして知られます。

青い花模様のオスチンディア
青い花模様のオスチンディア、復刻も知られるロングセラー。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0)

マリアンヌ・ウェストマン(Marianne Westman)が1952年に手がけたモナミ(Mon Amie)も、長く生産が続いたロングセラーです。白い器面にコバルトブルーの花柄が映えるこのシリーズは、オリジナルの生産期のものと、後年に改めて登場した版とで、フォルムや仕様に幅があります。つまり、同じ柄の「古いもの」と「新しいもの」が併存しうるということです。これも「片方が偽物」ではなく、単に製造時期が違う正規品同士の関係にすぎません。

青い四つ葉のモナミ
青い四つ葉のモナミ、正規復刻もあるロングセラー。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY 2.0)

ここで大切なのは、正規の復刻版は「偽物」ではないということです。ブランドが権利をもって生産を続けたものは、まぎれもない本物です。それを「ヴィンテージ」として当時の品と同じ価値づけで語ることに注意が要るだけで、復刻版そのものが劣るわけではありません。判断の軸は「本物か偽物か」ではなく、「ヴィンテージか、それとも新しい正規品か」に置くのが正確です。

ロングセラーには、同じ意匠が数十年にわたって作られ続けるという特性があります。オスチンディアは1932年の発表から長い時間を経てなお生産の記録に残り、スウェーデン・グレースも半世紀を超えて生産の記録に名を残してきました。これほど長く続くと、一つのシリーズのなかに、初期のスウェーデン製から近年の海外製まで、さまざまな時代の器が並ぶことになります。同じ柄でありながら、線の太さや色調、素地の白さが少しずつ違う——それは偽物と本物の差ではなく、同じ正規のシリーズが歩んできた時間の幅です。

ですから、もし「ヴィンテージ」として案内されている器に、年代の根拠が示されていないときは、裏印の写真を確かめ、遠慮なく手がかりをたずねてよいのです。これは相手を疑うための行為ではなく、その器がシリーズのどの時代に生まれたのかを、いっしょに確かめるための対話です。信頼できる売り手であれば、裏印を示し、素性を丁寧に説明してくれるはずです。

当店にお迎えしたモナミの一客は、「BVモデル」と呼ばれる版の極美品のティーカップ&ソーサーです。この「BV」という記号については、次章で改めて触れます。

ロールストランド モナミ BVモデル ティーカップ&ソーサー
ロールストランド モナミ(Mon Amie)BVモデルのティーカップ&ソーサー。白地に映えるコバルトブルーの花。

ロールストランド モナミ(Mon Amie)BVモデル ティーカップ&ソーサーは、白地に青い花が静かに映える一客で、当店でご覧いただけます。

2級品・印のない本物・版違い

製造地や復刻のほかにも、「偽物では?」という戸惑いを生む正規品の顔ぶれがあります。検品ではじかれた2級品、そもそも印を持たない本物、そして同じシリーズの中の版違い。いずれも偽物の話ではなく、正規に生まれた器の中に自然に存在する多様性の話です。

検品ではじかれた正規品——2級品(セカンド)

三つの王冠とRörstrandの筆記体、SWEDEN併記の裏印
三つの王冠とRörstrandの筆記体、SWEDEN併記のヴィエタの裏印。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

工場は、完成した器を厳しく検品し、基準を満たしたものだけを1級品として世に出します。ロールストランド美術館の刻印講座(Stämpelskola)によれば、基準に届かなかった品——2級品(2:a sortering)——は、多くの場合「Rörstrandの署名の印を引っ掻く、あるいは削る」形で区別されました。この処理は主に装飾陶器(スタジオ品)で用いられ、食器では比較的まれでした。

2級品に回された理由は、色斑、素地のわずかなへこみ、重ねたときだけ分かる程度の歪み、絵付けの微細な不具合など、いずれもごく小さなものです。ロールストランドの1級品の基準はきわめて高く、2級品と1級品の差は見分けがつかないほど僅かなことも珍しくありませんでした。つまり2級品は「偽物」でも「欠陥品」でもなく、検品を通り抜けられなかっただけの、まぎれもない正規品です。底面に擦れや小さな刻みがある器も、ロールストランドの製品として市場に出ています。

ここで気をつけたいのは、底面の署名の印がわざと削られている器を見て、「印を消して素性を隠した怪しい品では」と早合点しないことです。装飾陶器の世界では、この削り取りこそが、工場が正規に2級品を区別した印だったのです。もちろん、器の一つひとつについて2級品かどうかを断定するのは容易ではありませんし、装飾の少ない食器ではこの表示自体があまり用いられませんでした。大切なのは、印の欠けや擦れが、ただちに偽物を意味するわけではないと知っておくことです。むしろそれは、厳しい検品を経た正規の窯の営みの、静かな痕跡でもあります。

印がなくても本物——バックスタンプのない器

三つの王冠とVDN番号を伴うダーロムの裏印
三つの王冠とVDN番号を伴うダーロムの裏印。正規の印の一例。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

「裏に印がないから偽物では」という不安もよく聞かれます。しかしロールストランド美術館は、最初期の製品には刻印そのものがなかったと説明しています。創業当時は競合が存在せず、産地を示す必要がなかったためです。競合他社が磁器市場に参入して初めて、この窯は製品に印を押すようになりました。加えて、パターン名や番号がそもそも刻まれなかったシリーズもあります。長い年月のなかで印が摩耗して薄れることもあります。印の有無は、真贋の決め手ではないのです。

ですから、印がない器に出会っても、ただちに「本物ではない」と決めつける必要はありません。かたちや絵柄、釉薬の質感、素地の色合いといった、印以外の手がかりから総合的に眺めるのが、落ち着いた見方です。

同じシリーズの中の「版違い」

王冠つきロゴとVDN、手描きサインの入ったオリオンの裏印
王冠つきロゴとVDN、手描きサインの入ったオリオンの裏印。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

同じ名前のシリーズでも、年代や仕様に幅があります。先に触れたモナミがその好例で、オリジナルの生産期のものはスウェーデンで設計・製造され、それに応じた裏印をもちますが、後年の版ではフォルムが更新されています。こうした違いを「偽物」と取り違えないことが肝心です。

また、素地に押された文字・記号は、ロールストランド美術館の一般的な説明によれば、素地の組成や「どのモデル(型)で作られたか」を示す技術的な指定で、年代とも真贋とも無関係とされます。当店の「モナミ BVモデル」の「BV」も、そうしたモデル(型)を示す記号の一例と理解いただければ十分です。数字や記号を見て「これは何年製の希少品だろうか」と身構える必要はなく、多くは工場内部の管理のための記号にすぎません。

裏印に「VDN」の三文字が見えることもあります。これはVarudeklarationsnämnden(商品表示委員会)という、1951年から1973年まで活動したスウェーデンの消費者情報機関の表示です。磁器への表示は1960年代に始まったため、VDNの印があれば、おおむね1960年代から1970年代前半の品と絞り込めます。ただしこれは西暦そのものを示す刻印ではなく、素材や特性を表す表示ですから、年代は「幅」として受け止めるのが正確です。VDNマークの詳細は北欧食器のVDNマークガイドにゆずります。こうした記号は、真贋を疑わせるものではなく、器の素性を静かに語る手がかりなのです。

この章で扱った視点は、ロールストランドに限らず北欧食器全般に通じます。汎用の見分けの基本については、北欧食器に「偽物」はある?総合ガイドにゆずります。プリムール(Primeur)やシルビア(Sylvia)といったシリーズの深掘りは、それぞれプリムール完全ガイドシルビア完全ガイドでたどっています。

装飾を削ぎ落とした白い佇まいで知られるプリムールは、シグネ・ペション=メリン(Signe Persson-Melin)が手がけたシリーズです。静かな器面にこそ、素地と釉薬の質感がそのまま現れます。

ロールストランド プリムール 白いティーカップ・トリオ
ロールストランド プリムール(Primeur)のティーカップ・トリオ。余白を生かした白い器面。

ロールストランド プリムール(Primeur)ティーカップ・トリオは、白い器面の静けさが際立つ一組で、当店でご覧いただけます。

ロールストランド アネモン コーヒーカップ&ソーサー
ロールストランド アネモン(Anemon)のコーヒーカップ&ソーサー。余白に映る青い花。

青い花の絵柄が余白に静かに映えるアネモン(Anemon)も、1960年代のリードヒェーピングを物語る一群です。ロールストランド アネモン(Anemon)コーヒーカップ&ソーサーを、あわせてご覧ください。

三つの王冠と印の読み方の要点

三つの王冠とSWEDENを配したプラスの裏印
三つの王冠とSWEDENを配したプラスの裏印。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

ロールストランドの印について、真贋を落ち着いて眺めるための要点だけを押さえておきます。ロールストランド美術館の資料によれば、1884年に導入された「クラウンスタンプ(王冠印)」は、イタリック体で記した工場名「Rörstrand」の周囲に、三つの王冠を配したものでした。この印は細部を変えながら2000年まで用いられ、1940年代には「Sweden」の表記が加わります。そして2000年、新たに「冠つきR」の印が導入されました。

ここで押さえておきたいのは、三つの王冠(tre kronor)はスウェーデンの国章でもあるという点です。ロールストランド美術館自身が、この印を「小国章である三つの王冠」と説明しています。国章であるため、三つの王冠それ自体は他所でも用いられうる図案であり、三つの王冠があるからロールストランドと断定できるわけではありません。印を読むときは、王冠だけでなく、イタリック体の「Rörstrand」という工場名と一組で確認するのが正確です。

王冠印の時代は長く、1884年から2000年までのおよそ一世紀にわたります。ヴィンテージ市場で出会うロールストランドの多くが、この王冠印の時代に属します。細部は少しずつ変わっていますから、書体の印象や「SWEDEN」表記の有無を手がかりに、おおよその時代をたどることはできます。けれども、それはあくまで「幅」としての年代であって、印の一つで製造年を一年単位まで言い当てられるものではありません。

ここから分かるのは、印の形は真贋の判定基準ではなく、時代と生産体制の記録だということです。「冠つきR」だから偽物、あるいは「MADE IN SWEDEN」と書かれていないから偽物、という判断は成り立ちません。逆に、印そのものがない本物も存在します。印の有無や形だけで真贋を語ることはできないのです。裏面に見える数字にしても、製造年に結びつくものと、素地や型を示す管理記号とが混ざっています。数字を西暦に読み替える早見表のような話や、「SWEDEN」の有無で製造年を一年単位まで特定する、といった読み方の細部は、当店コラムのロールストランドのバックスタンプ完全ガイドにゆずります。本記事では、「印の形は真贋ではなく素性を語る」という一点だけ、心に留めておいてください。

こうした印の背景を知ったうえで器を眺めると、鑑賞はいっそう深まります。ミラマーレ(Mira Mare)のティーカップ&ソーサーも、そんな一客です。ロールストランド ミラマーレ ティーカップ&ソーサーを、あわせてご覧ください。

信頼できる買い方と、売り場の偽物への注意

ロールストランド博物館が入るリードヒェーピング旧工場地区の一角
ロールストランド博物館が入る、リードヒェーピング旧工場地区の一角。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

ここまで見てくると、ロールストランドで身構えるべきなのは、器ではなく売り場のほうだと分かってきます。器の偽物はまず流通していない。けれども、実在する器の写真を無断で流用し、注文しても品物が届かない——そうした詐欺的な販売サイトは、残念ながら存在します。狙われるのは器そのものではなく、買い手の信頼のほうなのです。

見分けの手がかりは、器の裏側ではなく取引の条件にあります。相場からかけ離れて不自然に安いこと。運営者や連絡先といった販売者の情報が曖昧なこと。支払いが銀行振込のみに限られていること。この三つが重なるときは、いったん立ち止まってください。ロールストランドの器そのものを疑う必要はほとんどありませんが、「どこで求めるか」には、いつも静かな目を向けておきたいものです。

詐欺サイトの多くは、実在するショップや個人の出品写真をそのまま転用します。ですから、写真そのものは本物に見えて当然です。手がかりは画像ではなく、その周辺——値づけの不自然さ、運営者情報の欠落、決済手段の偏り——にこそ現れます。器の真贋を心配するより、販売者の実在を確かめるほうが、実務としてはよほど確かな備えになります。少しでも不安を覚えたら、その「掘り出し物」は見送るのが賢明です。良い器は、また別の信頼できる売り場でめぐり会えます。

ロールストランド博物館に並ぶ大型花器の展示
ロールストランド博物館に並ぶ大型花器の展示。窯みずからが公表する記録の場。(Photo: Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0)

真贋や年代を確かめたいとき、拠りどころにすべき情報には順序があります。まず信頼できるのは、実物に刻まれた窯印そのものです。次に、工場や美術館、公的なアーカイブが公表している記録。人名事典の類はその次に置きます。逆に、海外のディーラーやリセラーが商品説明に添える「1950年代の希少品」「これこそが正規のモデル」といった断定は、そのまま鵜呑みにしないのが賢明です。売り手の言葉は、根拠ではなく主張だからです。実物の窯印という一次の証拠、そして窯みずからや美術館が公表する記録——この二つに照らして初めて、器の素性は静かに輪郭を現します。

当店に並ぶ器も、北欧の市場を経て日本へ届いたものばかりで、一点ずつ検品を済ませています。製造地の違いも、復刻とヴィンテージの違いも、2級品や印のない本物も、正しく見極めたうえでご紹介しています。信頼できる売り場からお迎えいただければ、あとは器の来歴と造形を、心置きなく味わうだけです。

まとめ

ロールストランドに偽物が流通しているという報告はありません。数千円で正規の器が手に入る価格帯では、模造の経済的メリットが皆無だからです。「偽物では?」と感じる場面のほとんどは、製造地の違い(スウェーデン製か海外製か)、ヴィンテージか正規復刻か、2級品か、印のない本物か——といった正規品同士の差から生まれています。

だから、器を裏返して印を読む知識は、疑うためではなく、味わうために使ってください。三つの王冠が、イタリック体のRörstrandの名が、その器の生まれた工場と時代を静かに教えてくれます。復刻か、ヴィンテージか、2級品か——すべては本物同士の、来歴の違いなのです。

要点の整理

  • 偽物は報告されていない——復刻・現行品が数千円で正規に手に入る価格帯では、模造の経済的メリットが皆無です。
  • 区別すべきは正規品同士——製造地の違い、ヴィンテージと正規復刻、2級品、印のない本物、版違い。すべて本物の中の来歴の違いです。
  • 最大の誤解は製造地——リードヒェーピングでの生産は2005年12月に終了し、その後スリランカやハンガリーなど海外へ移りました。海外製も正規品です。
  • 三つの王冠は国章——それだけではロールストランドと断定できません。イタリック体の「Rörstrand」と一組で読みます。
  • 印の形は真贋ではなく素性の記録——「冠つきR」やSWEDEN表記の有無で偽物は判断できません。印のない本物も存在します。
  • 気をつけるのは売り場——写真流用の詐欺サイト。相場より不自然に安い・販売者情報が曖昧・銀行振込のみ、が重なれば見送ります。

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