ロールストランド アネモン 26cmプレートの裏面|高台の内側に残る支柱跡と北欧食器のバックスタンプ

北欧食器の裏側の凹みや傷のような跡は不良品?|支柱跡(目跡)とは——ヴィンテージならではの理由と、本当の傷との見分け方

北欧食器タックショミュッケ編集部

北欧ヴィンテージ食器を手に入れて、うれしくなって器をそっと裏返してみる。すると、高台のあたりに小さな凹みがいくつかあったり、ぽつんと釉薬の掛かっていない点が見つかったりして、思わず指で触れてしまう。これは傷だろうか、不良品だろうか、返品したほうがいいのだろうか——初めて北欧のヴィンテージ食器に触れた方の多くが、この裏側の小さな跡に驚き、少し不安になります。

先にお伝えします。それは傷ではありません。器の裏側にある小さな凹みや、釉薬が乗っていない点は、はるか昔にその器を窯の中で焼いたときに、器を支えていた道具が触れていた跡です。作り手が意図してつけた製造上の痕跡であり、欠陥でも不良品でもありません。日本語では「目跡(めあと)」、当店を含む販売店では「支柱跡」と呼び、英語では stilt marks・spur marks・pin marks などと呼ばれています。

この記事では、北欧ヴィンテージ食器の裏側にこうした跡が残る理由を、釉薬と窯の仕組みからひもといていきます。なぜ北欧のヴィンテージ食器を集めていると必ずと言っていいほど出会うのか、日本の焼きものの「目跡」とは何が似ていて何が違うのか、そして本当の傷とはどう見分けるのか。読み終えるころには、裏返した器の小さな跡が、少し愛おしく見えてくるかもしれません。

ロールストランド アネモンの裏面、高台の内側に残る小さな支柱跡と北欧食器のバックスタンプ
ロールストランドの皿の裏面。バックスタンプの周囲、高台の内側に、釉薬が途切れた小さな支柱跡が点々と残る。

この記事でわかること

  • 北欧食器の裏側にある凹みや、釉薬の掛かっていない点の正体——傷ではなく「支柱跡(目跡)」であること
  • なぜ跡が残るのか——釉薬を焼き付ける工程と、器を支えた窯道具の仕組み
  • 日本の「目跡」と、当店が呼ぶ「支柱跡」の似ているところと違うところ
  • ARABIAやグスタフスベリ、ロールストランドの窯で、器がどのように焼かれていたのか
  • 支柱跡と、チップ・釉薬の剥がれ・肉割れ・貫入といった本当の傷との見分け方

目次

  1. 北欧食器の裏側にある凹みは傷ではない——目跡(支柱跡)とは何か
  2. なぜ跡が残るのか——釉薬の焼成と窯道具
  3. 日本の「目跡」と北欧の「支柱跡」——重ね焼きの目土と、単品を支える窯道具
  4. 北欧の窯の中で——ARABIAの三角マーク、匣鉢に詰められた皿、トンネル窯
  5. 北欧ヴィンテージ食器にはなぜ多いのか——当店の検品で見る支柱跡
  6. 傷と見分ける——チップ・釉薬の剥がれ・肉割れ・貫入との違い
  7. 当店のコンディション表記での扱い
  8. まとめ

北欧食器の裏側にある凹みは傷ではない——目跡(支柱跡)とは何か

北欧食器を裏返したとき、裏側や高台に見つかる小さな凹みや、釉薬の掛かっていない点を見て「傷がある」「不良品かもしれない」と感じるのは、とても自然な反応です。現代の日常づかいの食器では、こうした跡を見かけることがほとんどないからです。けれども、これは傷ではありません。器を焼き上げるときに、器を支えていた耐火物の道具が触れていた、ごく小さな接点の跡です。

もう少していねいに言い換えます。支柱跡(目跡)とは、釉薬を焼き付ける焼成の工程で、窯の中で器を支えた耐火物が触れていた場所に残る、小さな無釉の点や凹みのことです。釉薬は高温でとろりと溶けるため、器を棚や他の器に直接触れさせて焼くことができません。そこで、点で器を支える小さな道具が使われ、その接点にだけ釉薬が乗らなかったり、わずかな凹みが残ったりします。これが裏側に見える跡の正体です。

なお「支柱跡」という言葉は、長崎県の窯業技術センターや美術館がまとめている焼きものの用語集には項目がなく、辞書に載っている定訳ではありません。当店を含む北欧ヴィンテージ食器の販売店が、この跡を説明するために使ってきた呼び方です。日本の焼きものの世界で古くから使われてきた言葉は「目跡」で、両者は似ていますが、成り立ちには違いがあります。その違いは、のちほど詳しくお話しします。裏側の読み方そのものに興味がわいた方は、北欧食器のバックスタンプ完全ガイドもあわせてご覧ください。当店がこの跡をどう扱っているかは、ヴィンテージ品のコンディションについてのページにもまとめています。

ARABIA パラティッシ 特大オーバルプレートの裏面とバックスタンプ
ARABIA パラティッシの大皿の裏面。中央にMADE IN FINLANDのバックスタンプ、周囲に白い釉薬の掛かった広い背面が広がる。

なぜ跡が残るのか——釉薬の焼成と窯道具

跡が残る理由を理解するには、うわぐすりを掛けた器がどのように焼かれるのかを知る必要があります。工場で作られる西洋の陶磁器の多くは、火を二度くぐります。一度目は素焼き(ビスクファイア)で、素地をしっかり焼き締めます。二度目が釉焼成(グロストファイア)で、掛けた釉薬をガラス質に溶かして定着させます。この二度目の火のなかで、支柱跡は生まれます。

釉薬は焼成の高温でいったんとろけて流動します。もし器を棚板の上にそのまま置いて焼けば、溶けた釉薬が棚や隣の器と融着して、二度と離れなくなってしまいます。そこで窯の中では、器を支えるための耐火物の道具が使われます。焼成中に器を囲って保護する容器の匣鉢(さや)、器を載せる棚板やセッター、そして器と棚のあいだに挟む小さな支え——これらをまとめて窯道具と呼びます。なかでも、溶けた釉薬が器どうしや窯に融着するのを防ぐために器の底へ差し込む小さな三脚状の支えは、スティルト(stilt)と呼ばれ、器の底に特徴的な小さな跡を残します。

施釉を終えた皿とボウルが耐火物の棚に段々に載せられ、釉焼成の窯へ入る手前の様子
釉焼成の前、施釉を終えた皿やボウルを耐火物の棚(セッター)に段々に載せて窯へ送る工程。溶ける釉薬が融着しないよう、器は点や縁で支えられる。(Encik Tekateki / CC BY-SA 4.0)

三脚のかたちをした支えが多いのには理由があります。三つの点で支えると、いちばん少ない接触面積で器を安定させられるからだと説明されます。接点が三か所であれば、釉薬に触れて跡が残る場所も最小限にとどまります。だからこそ、支柱跡は多くの場合、小さな点がいくつか散らばるかたちで残ります。ただし数は器の大きさや使う道具によって変わるため、いつも決まった数になるとは限りません。

三角形をした陶製の窯道具スティルトを三方向から撮影した資料写真、目盛り付き
三角形をした陶製のスティルト(支え)。三つの角の先端で器の底を支え、その接点にだけ跡が残る。(West Yorkshire Archaeology Advisory Service / Amy Downes, Portable Antiquities Scheme / CC BY 2.0)
使用済みの陶製の窯道具が積み重なり、接点に色のついた釉薬の跡が残る
使い込まれた陶製の小さな窯道具の山。先端に、焼成のときに触れた器の釉薬が色づいて残る。跡が器と道具の両方に生まれることがよくわかる。(Rama / CC BY-SA 2.0 fr)

ここで一つ、跡が残る器と残らない器の分かれ道があります。高台の裏に掛かった釉薬を焼く前に拭い取ってしまえば、その部分は素地がむき出しになり、支えを使わなくても棚に直接置いて焼くことができます。これは「土見せ」や、英語でドライフット(dry foot)と呼ばれる方法で、こうした器の底には支柱跡が生まれません。反対に、高台の裏まできれいに釉薬を掛けたい器は、点で支えて焼くほかなく、その接点に跡が残ります。裏まで釉薬をまとった北欧ヴィンテージ食器に支柱跡がよく見られるのは、このためです。

輪の形をした陶製のスティルト、三つの小さな突起で器を支える構造
輪の形をしたスティルト。三つの小さな突起の先だけが器に触れ、あとの部分は器から浮く。接点は三点にとどまる。(Geni / CC BY-SA 4.0)

器の裏まで施釉した皿の釉焼成には、工業用のピンで支える道具も使われます。器は小さな陶製のピンの先に載り、ピンは釉薬にごく小さな跡だけを残します。そうしてできたピンの跡は、研磨で消せるほど小さなものです。実際、現代の食器メーカーのなかには、平皿を三本の細いピンで支えて高台まで施釉し、そのピンの跡を仕上げの研磨で取り去っている作り手もあります。つまり支柱跡があるかないかは、器が古いか新しいかを決める目印にはなりません。器の素材や、跡と製造年代の関係については、北欧食器の素材ガイドもご参照ください。

日本の「目跡」と北欧の「支柱跡」——重ね焼きの目土と、単品を支える窯道具

日本の焼きものにも、器の内側や裏に小さな跡が残ることがあり、これを古くから「目跡」と呼んできました。ただし、日本の目跡は、北欧の量産食器の跡とは成り立ちが少し異なります。日本の目跡は、器をいくつも重ねて焼く「重ね焼き」から生まれた跡だからです。

重ね焼きでは、皿や碗を何枚も積み重ねて一度に焼きます。そのまま重ねると釉薬が溶けて器どうしがくっついてしまうため、あいだに目砂(耐火性の砂)や、砕いた貝殻などを挟みます。焼き上がったあと、その挟んだものが触れていた場所に、点々とした跡が残ります。これが目跡です。伊万里の焼きものでは、釉薬が溶けて他の器や窯の床に融着するのを防ぐために支焼具という道具を使い、その痕跡が残りました。器を重ねて焼く技法は、中国から朝鮮半島を経て、唐津や初期の伊万里へと伝わったものです。

19世紀フランス・ルーアンの匣鉢の断面、壁に差し込まれた陶製の支えと中に置かれた皿
19世紀フランス・ルーアンの匣鉢(さや)。壁に差し込んだ陶製の小さな支えが、内側の平皿を分離しながら支える。単品を守りつつ点で支える工夫。(Patrick.charpiat / CC BY 3.0)

焼きものの言葉には、こうした窯道具を指すものがいくつもあります。器を重ねるときに挟んで釉薬の流下を防ぐ支えはトチンと呼ばれ、素地を火炎から守る耐火性の容器は匣鉢(こうばち)、あるいはさや・えんごろ・ぼしと呼ばれてきました。窯の中で器を支え、守るための道具が、洋の東西で工夫されてきたことがわかります。

南宋官窯の遺跡から出土した焼成用の匣鉢
南宋の官窯の遺跡から出土した焼成用の匣鉢。器を一つずつ収めて火炎から守る容器。(三猎 / CC BY-SA 4.0)

北欧の量産食器の支柱跡と、日本の目跡は、よく似た小さな跡です。けれども由来をたどると、器どうしを重ねて焼いた名残なのか、一つの器を支具で点支持した名残なのか、という違いがあります。当店が「目跡」ではなく「支柱跡」という呼び方を選んでいるのは、この成り立ちの違いを表すためです。似た跡でも、生まれた背景はそれぞれに異なります。

ボトルキルンの内部に円筒形の匣鉢が塔のように積み上げられた様子
瓶型の窯の内部に、円筒形の匣鉢が塔のように積み上げられた様子。器はこの容器の中で火炎から守られながら焼かれる。(NotFromUtrecht / CC BY-SA 3.0)

北欧の窯の中で——ARABIAの三角マーク、匣鉢に詰められた皿、トンネル窯

北欧の窯でも、器はこうした窯道具に支えられ、匣鉢に守られながら焼かれてきました。フィンランドのARABIAには、窯道具そのものが器の裏印になった時代があります。フィンランドの収集家がまとめた解説によれば、ARABIAが1897年から1907年ごろに用いた、三角形の角にAをあしらったマークは、三角形をした焼成用の支えをかたどったもので、その跡は器の底に三つの小さな突起として残ったといいます。ARABIAの裏印の移り変わりについては、ARABIA(アラビア)の刻印・年代ガイドで詳しくたどっています。

1953年、ヘルシンキのハメー通りから見たARABIA工場の建物と煙突
1953年、ヘルシンキのハメー通りから見たARABIAの工場。白い塔の壁面にARABIAの文字、背後に煙突が立つ。(Aukusti Tuhka / Museovirasto / CC BY 4.0)

ARABIAでは、棚板や支柱、丸型や箱型の匣鉢といった窯道具を、耐火材で自分たちの工場でこしらえていました。焼く器は匣鉢に詰め、塔のように積み重ねて窯へ入れます。工場のアーカイブには、女性の職人たちが磁器のカップや皿を一つずつ匣鉢に詰めていく作業の写真が残されています。器を一枚一枚支え、守りながら火を通す——支柱跡は、その手のかかった工程の名残でもあります。

1975年、ARABIA工場内で皿を扱う機械と作業台に積まれた白い皿
1975年、ARABIAの工場内。作業台に白い皿が積み上がり、機械が並ぶ。器づくりの一場面。(Keijo Laajisto / Museovirasto / CC BY 4.0)

スウェーデンのグスタフスベリでは、焼成の設備そのものが移り変わっていきました。1925年には、石炭を焚く丸窯を補う小さな電気式のトンネル窯が建てられ、1935年から36年にかけては、長さ85メートルにおよぶガス焚きのトンネル窯が二基すえられました。一基は素焼き用、もう一基は釉焼成用です。台車に器を載せて長い窯をゆっくりくぐらせる連続焼成へと、器づくりは少しずつ姿を変えていきました。

グスタフスベリの工場、円錐形のフリント窯二基と工場の建物、丘の上の風車
グスタフスベリの工場に立つ、円錐形のフリント窯。背後に1883年の刻まれた工場の建物と、丘の上の風車。(Värmdö kommun Bildarkivet / Public domain)

ロールストランドのリードヒェーピングの工場では、1947年に、施釉を終えたフリント磁器の皿を釉焼成のために匣鉢へ詰める作業がおこなわれていました。器を守る容器に一枚ずつ収め、火を通していく。北欧の窯もまた、こうした地道な工程の積み重ねで器を焼き上げていたのです。ちなみにロールストランドで最後にトンネル窯をくぐった製品は、2005年12月22日のボウルだったと伝えられています。

1900年ごろ、ロールストランドの工房で花瓶や皿を前に並ぶ職人たち
1900年ごろのロールストランドの工房。花瓶や皿を前に、職人たちが並ぶ。(Nordiska museet, Waldemar Lindström / Public domain)

北欧ヴィンテージ食器にはなぜ多いのか——当店の検品で見る支柱跡

ここまで見てきた仕組みが、そのまま答えになります。高台の釉薬を拭って直に置いて焼く器には、支柱跡は生まれません。いっぽう、高台の裏まで釉薬をまとった器は、点で支えて焼くほかなく、その接点に跡が残ります。当店で扱う北欧ヴィンテージ食器には、裏までていねいに釉薬の掛かった器が多く、そのぶん支柱跡と出会う機会も多くなります。北欧のヴィンテージ食器を集めていれば必ずと言っていいほど目にする、ヴィンテージならではの特徴です。

当店の検品の実感としても、支柱跡はほぼすべての取り扱い商品に見られます。出る場所は、高台の内側や、裏面の平らな部分、そして縁の裏あたりが多く、プレートでは縁の裏に小さく残ることもあります。数は、小さな点がいくつか散らばるかたちが多いものの、器の大きさや窯道具によって変わります。たとえば、ARABIAのパラティッシの特大オーバルプレートは、背面や縁に見られる小さな凹みが支柱跡です。器づくりの名残として、静かにそこにあります。パラティッシについては、ARABIA パラティッシ完全ガイドでも紹介しています。

ロールストランド シルビアのバックスタンプ、支柱跡の見られない白い裏面
ロールストランド シルビアのバックスタンプ。当店で扱うシルビアの裏面には、支柱跡が見られない。器によって跡の出かたが違う一例。

いっぽうで、跡の見られない器もあります。当店で扱うロールストランドのシルビアには、支柱跡が見られません。同じ北欧のヴィンテージでも、器やシリーズによって跡の出かたは違います。支柱跡があるかないかで復刻版や現行品と見分けようとする方もいますが、これはあまりあてになりません。先にふれたとおり、現代でもピンで支えて焼く作り手がいるからです。復刻や現行品との違いは、ヴィンテージと復刻の見分け方で、跡以外の手がかりから整理しています。シルビアの絵柄については、ABBAとロールストランド シルビアの記事でもふれています。

裏まで釉薬をまとい、支柱跡をそっと宿した器たちを、当店ではいくつも取り扱っています。そんな北欧ヴィンテージ食器を、ここでいくつかご紹介します。裏側の跡もふくめて、時代を経た器の表情としてお楽しみください。

ARABIA パラティッシ 特大オーバルプレート36cm ヴィオラロゴの正面
ARABIA パラティッシの特大オーバルプレート36cm。黄色い果実と青い花が咲く大皿。背面や縁の小さな凹みが支柱跡。(商品ページ
ARABIA クロッカスのティーカップ・トリオ、線描の花模様
ARABIA クロッカスのティーカップ・トリオ。線描のクロッカスが器をめぐる。裏側には製造時の支柱跡。(商品ページ
ロールストランド シルビア 24cmディナープレート、白地に青いパンジー
ロールストランド シルビアの24cmディナープレート。白地に青いパンジーが咲く。(商品ページ

傷と見分ける——チップ・釉薬の剥がれ・肉割れ・貫入との違い

では、支柱跡と本当の傷とは、どう見分ければよいのでしょうか。手がかりは、跡の位置と、縁のかたちにあります。支柱跡は、釉薬の下になめらかな素地がのぞき、位置が規則的で、縁がまるく整っています。いっぽう、欠け(チップ)は釉薬が割れて素地が欠け落ち、縁が鋭くとがっています。下の表に、混同しやすい状態を並べます。

グスタフスベリ ベルサのエッグカップの底、スティグ・リンドベリのバックスタンプ
グスタフスベリ ベルサのエッグカップの底。円い高台にスティグ・リンドベリのバックスタンプが並ぶ。裏側は器を読む手がかりの宝庫。
状態 見た目 場所 原因 当店の扱い
支柱跡(目跡) 釉薬の下に素地がのぞく小さな点や凹み。縁はまるい 高台の内側、裏面、縁の裏 焼成時に器を支えた窯道具の接点 傷ではない。コンディションに数えない
欠け(チップ) 釉薬が割れて素地が欠け落ちる。縁が鋭い 縁、口元、角 使用や運搬でぶつけた衝撃 傷として記載する
釉薬の剥がれ 釉薬の層がめくれ、素地が露出する 縁や面のどこでも 経年や衝撃による釉層の欠落 傷として記載する
肉割れ(ひび) 釉薬の下の素地そのものが割れている 面や縁 素地に達したひび 傷として記載する
貫入 釉薬の表面に走る網目状の細かな線 釉面全体 素地と釉薬の収縮差による釉面の亀裂 経年の表情。状態に応じて記載

貫入は、釉薬の表面にあらわれる網目状の細かな亀裂で、素地そのものが割れる「ひび」とは別のものです。時を重ねたヴィンテージらしい表情のひとつであり、欠陥として一律に扱うものではありません。貫入やチップ、星評価の読み方など、コンディション全般については、北欧ヴィンテージ食器のコンディション完全ガイドにくわしくまとめています。

当店のコンディション表記での扱い

支柱跡は製造時に生まれるもので、傷ではありません。そのため当店では、支柱跡をコンディションの傷として数えていません。裏返して見つかる小さな凹みや無釉の点を見て不安になる必要はなく、むしろ、その器が裏まで釉薬をまとってていねいに焼かれた証しとして受けとめていただけたらと思います。

支柱跡はほぼすべての取り扱い商品に見られるため、商品ページのコンディション説明では、あえて一つひとつ記載を割愛することがあります。これは支柱跡を隠しているわけではなく、ヴィンテージ食器に共通して見られる製造上の特徴だからです。星による状態評価は、支柱跡とは別に、欠けやひび、摩耗、貫入などをふまえて総合的につけています。

当店のコンディションの考え方や星評価の基準は、ヴィンテージ品のコンディションについてと、コンディションガイドのページにまとめています。器を選ぶ前に、あわせてご覧いただけると、裏側の小さな跡も安心して受けとめていただけるはずです。

まとめ

北欧食器を裏返したときに見つかる小さな凹みや、釉薬の掛かっていない点は、傷でも不良品でもありません。器を焼くときに支えていた窯道具の接点、支柱跡(目跡)です。溶ける釉薬が融着しないよう、施釉した器は点で支えて焼くほかなく、その接点に跡が残ります。裏まで釉薬をまとった北欧ヴィンテージ食器に多く見られるのは、そのためです。

要点の整理

  • 裏側の小さな凹みや無釉の点は、焼成時に器を支えた窯道具の接点「支柱跡(目跡)」。傷でも不良品でもない
  • 釉薬は焼成で溶けて融着するため、施釉した器は点で支えて焼く。だから接点に跡が残る
  • 高台の釉薬を拭って焼く器(土見せ)には跡が出ない。裏まで施釉した器には点支持の跡が残る
  • 日本の「目跡」は重ね焼きの名残、北欧の「支柱跡」は単品を支具で支えた名残。似ているが由来が違う
  • 支柱跡は縁がまるく位置も規則的。縁の鋭い欠けや、素地が割れたひびとは見分けられる

参考資料

  • 長崎県窯業技術センター「やきもの用語」/戸栗美術館 学芸ノート(重ね焼き・目跡・支焼具)
  • 奈良国立博物館 正倉院展 用語解説(トチン)
  • Wikipedia「Stilt (ceramics)」「Kiln furniture」「Saggar」「Biscuit (pottery)」
  • Astiataivas(ARABIAの底の刻印の解説)/Airi Hortling によるARABIA工場の生産に関する論考
  • Kulturarv Stockholm(グスタフスベリのトンネル窯)/Tekniska museet, Nordiska museet(工場写真)

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