森の墓地一面にろうそくが灯る晩秋の夜|スウェーデンの万聖節に故人をしのぶ光

北欧の万聖節(Alla helgons dag)|スウェーデンとフィンランドが晩秋の墓地に灯すろうそく

北欧食器タックショミュッケ編集部

北欧の一年は、光の量で読むことができます。夏至の白夜にあふれた光は、秋が深まるにつれて静かに退いていき、11月に入るころには日はぐっと短く、朝夕の空気は張りつめた冷たさをおびます。その暗さへ向かう季節の入り口に、スウェーデンとフィンランドの墓地は、一年でもっとも多くの灯りに包まれる一夜を迎えます。墓石のひとつひとつに小さなろうそくが供えられ、丘全体がオレンジ色の光の海となって、晩秋の闇に浮かびあがります。諸聖人を記念し、亡くなった人々を静かに偲ぶ祝日——「万聖節(Alla helgons dag/アッラ・ヘルゴンス・ダーグ)」です。

この記事は、その晩秋の一夜を、歴史と土地と灯りを通してたどる旅の記録です。なぜ11月なのか、いつからお墓にろうそくを灯すようになったのか、フィンランドやデンマーク、ノルウェーではどう祝われるのか。そして、同じ季節の聖ルシア祭とどう違うのか。読み終えるころには、スウェーデンとフィンランドの11月のしずかな夜を、ひととき旅した気分になっていただけたら、と思っています。

万聖節の夜、松林の墓地が無数のろうそくに照らされたスコーグスシルコゴーデン
スウェーデン・ストックホルムのスコーグスシルコゴーデン。万聖節の夜、松林の墓地が無数のろうそくに照らされる。(Holger Motzkau / CC BY-SA 3.0)

この記事でわかること

  • 万聖節(Alla helgons dag)がどんな祝日で、明るく祝う聖ルシア祭とどう性格が違うのか
  • なぜ10月末から11月はじめの土曜なのか——1772年と1953年をめぐる日付の移り変わり
  • お墓に無数のろうそくを灯す習わしが、いつ、どのように生まれ、広まったのか
  • フィンランドのPyhäinpäivä、そしてデンマーク・ノルウェーの万聖節の違い

目次

  1. 万聖節(Alla helgons dag)とは
  2. いつ祝うのか——11月はじめの土曜に移された日付
  3. お墓に灯すろうそく——スウェーデンの墓地の情景
  4. フィンランドのPyhäinpäivä——同じ光の習わし
  5. デンマークとノルウェーの万聖節
  6. 聖ルシア祭との違い——二つの「光の祝日」
  7. まとめ——晩秋の闇にともる、一つひとつの光

万聖節(Alla helgons dag)とは

万聖節は、キリスト教の暦のなかで、名前を挙げてまつられる特定の祝日を持たないすべての聖人と、亡くなった人々をあわせて記念する日です。スウェーデン語ではAlla helgons dag(アッラ・ヘルゴンス・ダーグ)、フィンランド語ではPyhäinpäivä(ピハインパイヴァ)と呼ばれます。英語のAll Saints' Day、そして秋の夜に子どもたちが仮装するハロウィン(All Hallows' Eve、諸聖人の日の前夜)も、もとをたどれば同じ暦の一族から枝分かれした行事です。

ただし、北欧の万聖節はハロウィンのにぎやかさとはまったく性格が異なります。仮装も、戸別訪問も、パーティーもありません。ザリガニ祭やクリスマスのような決まった行事食もありません。人々は家族そろって墓地を訪れ、墓を清め、花やモミの小枝を添え、ろうそくを灯して、しずかに故人を偲びます。死がすべての人に等しく訪れることを見つめ、そのうえで死後への希望に思いをはせる——荘厳で内省的な一日です。同じ「光の祝日」でも、後で触れる聖ルシア祭が冬の到来を明るく祝う光であるのに対し、万聖節の光は、追悼のための一つひとつの灯なのです。

11月のヘルシンキ・ヒエタニエミ墓地の落ち葉の道とオレンジ色の十字架の墓標
11月のヘルシンキ・ヒエタニエミ墓地。落ち葉の道と、オレンジ色の十字架の墓標が秋の光に立つ。(Kahvilokki / CC BY-SA 4.0)

いつ祝うのか——11月はじめの土曜に移された日付

万聖節と聞くと11月1日を思い浮かべる方も多いかもしれません。たしかにヨーロッパの多くの国では、11月1日がAll Saints' Dayにあたります。けれどもスウェーデンとフィンランドでは、日付が少し動きます。両国では、10月31日から11月6日のあいだにやってくる土曜日が万聖節と定められています。曜日で決まる移動祝日なので、年によって日にちが変わります。たとえば2026年は、ちょうど10月31日の土曜日がその日にあたります。

なぜ土曜日なのでしょうか。スウェーデンでは、かつて万聖節は暦のうえで11月1日に置かれていました。ところが1772年の暦の整理で、公の休日の一覧からいったん外されてしまいます。その後、1953年にあらためて休日として定められ、このとき10月31日から11月6日のあいだの土曜日へと移されました。当時の土曜日はまだ働く日だったため、この土曜が新しい公休日として人々の手に戻ったことになります。フィンランドでも1950年代にほぼ同じかたちで土曜へと固定されました。11月1日という日付そのものは、暦のうえにAllhelgonadagen(諸聖人の日)の名として静かに残されています。

このころ、いくつかの呼び名が近い日に並びます。10月31日にあたる前夜はAllhelgonaafton(万聖節前夜)、そして亡くなった近しい人々を偲ぶAlla själars dag(万霊節)は、本来は11月2日の日でした。スウェーデン教会では、この万霊節を万聖節の翌日曜日に置くようになっています。前夜から日曜にかけての週末が、まるごと追悼のための時間になっているのです。

ラップランドのアカスロンポロ湖畔、黄葉した白樺と丘、水面に映る秋の光
フィンランド・ラップランド、アカスロンポロ湖畔。黄葉した白樺と丘が、水面に映る秋。万聖節は、こうした季節が暮れゆく節目に訪れる。(Ximonic, Simo Räsänen / CC BY-SA 4.0)

お墓に灯すろうそく——スウェーデンの墓地の情景

万聖節の情景をひとことで表すなら、それは「墓地の灯り」です。晩秋の日暮れは早く、午後の早いうちから薄闇があたりを包みます。そのなかを家族が墓地に集まり、それぞれの墓の前に、風よけの蓋のついた背の低いろうそくを灯していきます。屋外で長く燃え続けるように作られた墓用のろうそくが、週末をとおして揺れています。日が落ちるころには、墓石の列がオレンジ色の小さな光の点で埋めつくされ、遠目には丘全体がひとつの光の海のように見えてきます。凍えた空気のなかを歩く人々の足音は低く、聞こえてくるのは、ときおり吹く風とろうそくの炎の音だけです。

丘の上から見下ろす墓地全体がろうそくの光で金色に染まる万聖節の夜
丘の上から見下ろすスコーグスシルコゴーデン。墓地全体がろうそくの光で金色に染まる万聖節の夜。(Holger Motzkau / CC BY-SA 3.0)

この墓前のろうそく(gravljus/グラヴユース)は、実は思いのほか新しい習わしです。それ以前にもお墓にろうそくを灯すことはありましたが、それはおもにクリスマスイブやクリスマス前の日曜日のことで、多くは幼くして亡くなった子どもの墓に供えるものでした。万聖節の灯りは1920年代にさかのぼり、1930年代にはすでに万聖節向けの墓用ろうそくが売られていました。全国に広く行きわたったのは、第二次世界大戦のあとのことです。

この習わしは、ヨーロッパのカトリックの国々の影響を受けています。民族学者のマッツ・レーンベリ(Mats Rehnberg)は、ノルマンディーの戦没者墓地からの影響も挙げています。はじめは「スウェーデンにはカトリックめきすぎる」と受けとめられた墓前の灯りが、20世紀のうちに、国じゅうの墓地をうめる光になりました。

フィンランドのPyhäinpäivä——同じ光の習わし

国境をこえたフィンランドでも、万聖節Pyhäinpäiväの情景はよく似ています。日付のきまりも同じで、10月31日から11月6日のあいだの土曜日にあたります。この日、フィンランドの家族の多くが墓地を訪れ、故人の墓にろうそくを灯します。日が沈むのが午後4時ごろと早いため、まだ雪の積もらない凍てた地面に、ひとつ、またひとつと灯がともり、やがて墓地一面が「ろうそくの海」となって薄闇に浮かびます。

フィンランド・オウルの墓地、納骨壁のニッチひとつひとつに灯るろうそく
フィンランド・オウルの墓地。万聖節の夕、納骨壁のニッチひとつひとつにろうそくが灯る。(Estormiz / CC0)

フィンランドでは万聖節のほか、独立記念日の12月6日には戦没者の墓に、クリスマスイブには家族の墓にろうそくが灯されます。晩秋から冬にかけて、墓地の灯りは何度も季節の節目を静かに区切っていくのです。

ユヴァスキュラの墓地、砂利の上に密集して灯る北欧式のろうそくランタン
フィンランド・ユヴァスキュラの墓地。砂利の上に密集して灯る、フィンランド式のろうそくランタン。(Tiia Monto / CC BY-SA 4.0)

デンマークとノルウェーの万聖節

スカンジナビアの西側、デンマークとノルウェーでは、万聖節の置きかたが少し異なります。両国では、Allehelgensdag(アレヘルゲンスダー)を11月の第1日曜日に祝います。曜日は違っても、人々が墓地を訪れ、ろうそくを灯し、花や花輪を供えて故人を偲ぶという情景は、スウェーデンやフィンランドと変わりません。

デンマークの教会では、この日に、その一年で亡くなった教区の人々の名前が読みあげられる追悼の礼拝が営まれます。宗教改革を経たデンマークでは、かつての万霊節が万聖節へと統合され、いまはこの一日に追悼のこころが重ねられています。北欧の四つの国は、日付こそ土曜と日曜に分かれても、晩秋の暗がりを灯りで満たしながら死者を敬うという一点で、深く響きあっているのです。

数百のろうそくが盛り土のように積み重なって灯る追悼の光
数百のろうそくが盛り土のように積み重なって灯る、追悼の光。北欧の墓地に共通する晩秋の情景。(Edson Kuzengwa / CC BY 4.0)

聖ルシア祭との違い——二つの「光の祝日」

北欧の晩秋から冬にかけては、光にまつわる行事がいくつも続きます。なかでも万聖節とよく対で語られるのが、12月13日の聖ルシア祭(Sankta Lucia)です。どちらも「光の祝日」と呼べますが、その光の意味は対照的です。

雪化粧したヘルシンキ・ヒエタニエミ墓地、白樺並木のあいだに灯るろうそく
雪化粧したヘルシンキ・ヒエタニエミ墓地。白樺並木のあいだに、追悼のろうそくが灯る薄暮。(JIP / CC BY-SA 4.0)

聖ルシア祭は、白い衣に身を包んだ少女がろうそくの冠をかぶり、歌とともに冬のいちばん暗い時期に光を運んでくる、明るく祝祭的な行事です。そこでの光は、来たるべき冬とクリスマスへ向かう、希望とにぎわいの光です。いっぽう万聖節の光は、亡くなった人々のために墓前に灯される、追悼と記憶のための光です。ひとつは前へ向かう祝いの光、もうひとつは過ぎ去った人を思う静かな光——同じ季節の暗がりのなかで、北欧の人々は二つのまったく異なる灯りをともしてきました。聖ルシア祭については、聖ルシア祭(Sankta Lucia)ガイドでくわしく紹介しています。冬の暗さと灯りの暮らしについては、北欧の「心地よさ」の文化——ヒュッゲ・ラーゴム・ミュースと北欧のキャンドルホルダー完全ガイドで取りあげています。

まとめ——晩秋の闇にともる、一つひとつの光

万聖節は、聖人と亡き人々を記念するキリスト教の祝日が、北欧の長い冬に向かう季節と結びついて生まれた、静かな追悼の日です。スウェーデンとフィンランドでは10月末から11月はじめの土曜に、デンマークとノルウェーでは11月最初の日曜に、人々は墓地を訪れ、ろうそくを灯します。20世紀に育ち、第二次世界大戦のあとに全国へ広まったこの灯りの習わしは、いまでは晩秋の北欧を象徴する情景となりました。にぎやかな聖ルシア祭の光とは対照的に、万聖節の光は、過ぎ去った人を思う一つひとつの小さな灯です。

ラップランドの中心ロヴァニエミ、ケミ川沿いの家並みと紅葉、晩秋のパノラマ
ラップランドの中心ロヴァニエミ、ケミ川沿いの家並みと紅葉。晩秋のパノラマ。(kallerna / CC BY-SA 4.0)

要点の整理

  • 万聖節(Alla helgons dag/Pyhäinpäivä)は、すべての聖人と亡くなった人々を記念する日。ハロウィンのにぎやかさとは異なり、墓参りとろうそくを中心とした静かで内省的な祝日
  • スウェーデンとフィンランドでは10月31日〜11月6日の間の土曜、デンマークとノルウェーでは11月の第1日曜に祝われる。スウェーデンでは1772年に祝日から外れたのち、1953年に土曜の祝日として定められた
  • お墓にろうそくを灯す習わし(gravljus)は1920年代にさかのぼる比較的新しい伝統で、第二次世界大戦のあとに全国へ広まった
  • 聖ルシア祭の光が冬を明るく迎える祝いの光なら、万聖節の光は亡くなった人を偲ぶ追悼の光

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