ロールストランド コカ コーヒーポット|白地の下半分に青い葉のような模様の帯がめぐる北欧ヴィンテージ食器

ロールストランド コカ(Koka)完全ガイド|ヘルタ・ベングトソンが生んだ、オーブンから食卓への青い器

北欧食器タックショミュッケ編集部
ロールストランド コカ コーヒーポット|白地の下半分に青い葉のような模様の帯がめぐる北欧ヴィンテージ食器
ロールストランドのコカ(Koka)コーヒーポット。白い器の下半分を、青い葉のような連続模様の帯がひとめぐりする

この記事の要点

  • コカ(Koka)は、ヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson)がロールストランド(Rörstrand)のためにデザインした、青い装飾の食器シリーズ
  • 1956年に発表され、1980年代後半まで長く作られました。オーブンから食卓へそのまま運べる、耐熱の器という発想が核にあります
  • 1956年、イタリアのファエンツァ国際陶芸展で金賞に選ばれた一群としても知られます
  • 作られたのは、スウェーデン西部・ヴェーネル湖畔の街リードヒェーピング(Lidköping)に移ったロールストランドの工場
  • 裏印は「三つの王冠」を戴くロールストランドの印。白い器面をめぐる青い帯が、シリーズを見分ける手がかりになります

コカ(Koka)とは

コカ(Koka)は、スウェーデンの老舗窯ロールストランド(Rörstrand)のために、デザイナーのヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson)が手がけた食器シリーズです。1956年に発表され、その後1980年代後半まで、四半世紀を超えて作り続けられました。白い器の下半分を、青い葉のような連続模様の帯がひとめぐりする、静かで端正な装いが特徴です。

スウェーデン語の「koka」は「煮る、沸かす」という意味の言葉です。その名のとおりコカは、鍋やポットを火にかけ、そのまま食卓へ運べるようにと考えられた、実用の器の一群でした。青一色の装飾は、当時のロールストランドが得意とした青の器の系譜に連なり、なかでもこの青いコカは「コカ・ブロー(Koka blå=青いコカ)」の名で親しまれています。

リードヒェーピングの草原越しに望むヴェーネル湖とキンネクッレの丘|スウェーデン西部の風景
リードヒェーピングの草地の向こうに広がるヴェーネル湖と、遠くかすむキンネクッレの丘。コカが生まれたロールストランドの故郷(画像:Wikimedia Commons, Tjustorparn, CC BY-SA 4.0)

絵柄で華やかに飾り立てるのではなく、青い帯と白い余白の対比だけで構成された佇まいは、北欧デザインが大切にしてきた「機能と美の調和」を、そのまま器のかたちにしたようにも見えます。台所の道具でありながら、棚に並べても静かな存在感を放つ——コカは、そんな1950年代スウェーデンの暮らしの理想を映した器です。

オーブンから食卓へ——耐熱の器という発想

コカのいちばんの特徴は、その装飾よりもむしろ「使い方」の発想にあります。ベングトソンは、盛り付け用の皿や鉢を、火にかけられる耐熱の鍋やポットに置き換えました。料理を火にかけた器を、そのままテーブルへ運んで供する——「オーブンから食卓へ(oven-to-table)」という考え方を、一そろいの食器として実現したのです。

これは、家事の担い手が変わりつつあった戦後スウェーデンの暮らしにぴたりと寄り添う発想でした。調理から配膳までを一つの器でまかなえれば、洗い物も、食卓の準備も軽くなります。それは、飾るための器ではなく、暮らしを支えるための器でした。機能主義(フンクショナリズム)の理想が、青い帯をまとった素朴な鍋やポットのかたちに結晶しました。

ヘルタ・ベングトソンのブロー・エルド 青い盛り皿|レリーフと楕円のフォルムが特徴の深い青の器
ベングトソンの出世作ブロー・エルド(Blå Eld=青い炎)の盛り皿。深い青の釉に浮かぶレリーフと楕円のフォルムが、定型を破った当時の新しさ(画像:Wikimedia Commons, Ab ssb, パブリックドメイン)

コカに先立つベングトソンの出世作が、ブロー・エルド(Blå Eld=青い炎)でした。深い青と白の大胆な配色、レリーフや楕円形の皿など、それまでの食器の定型を破ったシリーズとして広く支持されました。コカではさらに、火にかけた器をそのまま食卓へ運ぶという実用性へと踏み込み、戦後の暮らしに寄り添う新しい食器のあり方を提示しました。

青い帯の中には、細く連なる葉のような形が繰り返し並びます。派手さはありませんが、光の角度によって濃淡が静かに移ろい、白い余白とのあいだに心地よい緊張が生まれます。使い込むほどに景色になじむ——コカの装飾には、そういう控えめな強さがあります。

デザイナー、ヘルタ・ベングトソン

ヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson, 1917–1993)は、スウェーデン南部ブレーキンゲ地方に生まれた陶芸家・デザイナーです。磁器の絵付けを学ぶところから出発し、のちにパリで絵画にも触れました。1937年にリンショーピング近郊のハッケフォッシュ磁器工場で働きはじめ、1941年、24歳のときにロールストランドへ移ります。

ヘルタ・ベングトソン|工房で浮彫の器とともに写るロールストランドのデザイナーの肖像
ヘルタ・ベングトソン(Hertha Bengtson, 1917–1993)。工房で、表面に細かな浮彫をもつ器とともに

ロールストランドでは、パターンデザイナーから中心的なデザイナーの一人へと歩みを進め、1960年代半ばまで在籍しました。その作風は、直線をきらい、やわらかな曲線と単色の釉でまとめる点に特色があります。縄のような模様や、柳の葉を思わせる線を控えめに配して、器に視覚的な軽さをもたせました。コカの青い帯にも、その手つきがそのまま息づいています。

ロールストランドを離れたのちも、彼女はスウェーデンのヘガネス社や、ドイツのローゼンタール(Rosenthal)グループなどで仕事を続け、晩年にはガラスの制作にも取り組みました。素材を横断しながら、青と曲線という自分の言葉を貫いた生涯でした。ベングトソンの歩みの全体像は、ヘルタ・ベングトソン完全ガイドで詳しくたどっています。

1956年、ファエンツァ国際陶芸展の金賞

コカが発表された1956年、この青い器はイタリアの陶芸都市ファエンツァで開かれた国際陶芸展で、金賞に選ばれました。ファエンツァは中世から続く陶芸の街で、その名が「ファイアンス(fajans)」という焼き物の呼び名の語源にもなった土地です。ヨーロッパじゅうの作り手が競うこの舞台での受賞は、コカの造形が国際的にも高く評価されたことを示しています。

1954年夏のリードヒェーピング|リダン川沿いと聖ニコライ教会の塔が見える1950年代スウェーデンの街
1954年夏のリードヒェーピング。川沿いに小舟が並び、奥に聖ニコライ教会の塔が立つ。コカが生まれたころのスウェーデンの街(画像:Wikimedia Commons, Åke Skogsjö, パブリックドメイン)

ベングトソンはその後も、1966年のジャスミン(Jasmin)、1970年のスカンディック(Scandic)と、ファエンツァで金賞を重ねていきます。コカの受賞は、その連なりの出発点にあたります。1950年代のスウェーデンは、シンプルで機能的な日用品こそ美しいという考え方が広まり、国じゅうの窯やガラス工房が国際的な評価を得ていった時代でした。コカは、まさにその追い風のなかで生まれた器です。

ストックホルムからリードヒェーピングへ

1726年、王都の窯として

ロールストランドは、1726年にストックホルムで生まれた、スウェーデンでもっとも古い窯です。はじめは王室の保護のもとでファイアンス焼きを作り、やがてボーンチャイナやフリント陶器へと技術を広げていきました。ストックホルム市内のロールストランド地区には、水辺に長い工場が連なり、煙突から煙が立ちのぼる情景が、18世紀から19世紀の絵の中に残されています。

1790年代のロールストランドを描いた淡彩画|ストックホルム郊外の工場と草原、干し草づくりの人々
1790年代のロールストランドを描いた淡彩画。草原で干し草を集める人々の向こうに、白い建物が連なる(画像:Wikimedia Commons, Johan Fredric Martin/ストックホルム市立博物館, CC BY 1.0)
1860年代のロールストランド工場を描いた油彩画|水辺に立つ煙突と長い工場、帆船
1860年代のストックホルムのロールストランド工場を描いた油彩画。水辺に煙突が立ち、湾に帆船が浮かぶ(画像:Wikimedia Commons, Mattias Henrikson, CC BY-SA 3.0)
1897年ストックホルム総合芸術産業展示会のロールストランドの展示ブース|壺や皿が並ぶ
1897年、ストックホルム総合芸術産業展示会に設けられたロールストランドの展示。壺や飾り皿がびっしりと並ぶ

都市が広がるにつれ、ストックホルムの工場は手ぜまになっていきます。ロールストランドは1926年にいったんヨーテボリへ、そして1936年から1941年にかけて、スウェーデン西部の街リードヒェーピングへと生産の拠点を移しました。つまり、1956年に生まれたコカは、この新しいリードヒェーピングの工場で焼かれた器です。ロールストランドの300年の歩みは、ロールストランド(Rörstrand)入門でもたどっています。

ヴェーネル湖畔の新しい家

リードヒェーピングは、スウェーデン西部ヴェステルユートランド地方、ヴェーネル湖の南岸に開けた街です。ヴェーネルはスウェーデン最大、ヨーロッパでも三番目に大きい湖で、海のように広い水面が街のすぐ北に広がっています。街の中心をリダン川が流れ、その河口が湖へと注ぎます。

空から見たリードヒェーピングとヴェーネル湖|街と広い湖が接する俯瞰
空から見たリードヒェーピング。街のすぐ北に、海のように広いヴェーネル湖が接する(画像:Wikimedia Commons, Doc Searls, CC BY-SA 2.0)

この街に移って以降、ロールストランドは20世紀の名作を次々に生み出しました。ベングトソンのコカやブロー・エルドも、マリアンヌ・ウェストマンのモナミも、みなこの湖畔の工場から世界へと送り出されていきます。かつての工場の一角は、いまはロールストランド・センターとして生まれ変わり、赤煉瓦の建物に大きな「R」のロゴが掲げられています。

リードヒェーピングのロールストランド・センター|赤煉瓦の建物にRのロゴ、歩行者と花壇
リードヒェーピングのロールストランド・センター。赤煉瓦の旧工場に大きな「R」のロゴが掲げられ、前の広場に花壇が置かれる(画像:Wikimedia Commons, I99pema, CC BY-SA 4.0)

同じ建物群には、ロールストランドの歴史を伝える美術館も置かれ、300年ぶんの器がここに集められています。青いコカやブロー・エルドが並ぶ棚の前に立てば、この街とこの窯が、どれほど深く結びついてきたかが伝わってきます。

リードヒェーピングのロールストランド美術館の入口|ガラス張りのオランジェリと煉瓦の建物
ロールストランド美術館の入口。ガラス張りのオランジェリと煉瓦の建物が、旧工場の敷地に残る(画像:Wikimedia Commons, AleWi, CC BY-SA 4.0)

工場の喧騒からは想像しにくいほど、街そのものは穏やかです。リダン川沿いには緑の公園が続き、噴水のまわりのベンチで人々が思い思いに時を過ごします。奥にそびえるのは、街のシンボルである聖ニコライ教会の塔です。コカが生まれた1950年代の写真と見比べても、この一帯の落ち着いた空気は、あまり変わっていないように感じられます。

リードヒェーピングのリダン川沿いの公園|噴水とベンチ、奥に聖ニコライ教会の塔
リダン川沿いの公園。噴水とベンチの奥に、聖ニコライ教会の塔が立つ(画像:Wikimedia Commons, AleWi, CC BY-SA 4.0)

ヴェステルユートランドの光と水

リードヒェーピングをめぐるヴェステルユートランドの自然は、そのままコカの青と白に通じているように思えます。夏のヴェーネル湖は、空の色を映してどこまでも淡く青く、夕暮れには水面が金色に染まります。器の青い帯を眺めていると、この湖の水と光がふと重なって見えてきます。

ヴェーネル湖の夕日|松のシルエット越しに沈む太陽と金色に染まる水面
ヴェーネル湖に沈む夕日。松のシルエットの向こうで、水面が金色に染まる(画像:Wikimedia Commons, Leonhard Lenz, CC BY-SA 4.0)

湖のほとりには白樺が枝を垂らし、風が吹くたびに葉がさらさらと鳴ります。北欧の夏は日が長く、夜遅くまで淡い光が残ります。短い夏を惜しむように、人々は湖畔で長い夕べを過ごします。こうした光のなかで暮らす人々にとって、青と白の器は、季節の色そのものだったのかもしれません。

ヴェーネル湖畔の白樺|草地と湖、雲の広がる空
ヴェーネル湖畔の白樺と草地。雲の広がる北欧の夏の空(画像:Wikimedia Commons, Hornstrandir1, CC BY-SA 4.0)

湖から少し離れれば、トウヒや松の森が地平まで続きます。木漏れ日の落ちる下草にはシダが茂り、苔が石をおおいます。北欧の森の、この静かで湿った緑は、器のデザインにもたびたび姿を変えて現れてきました。コカの青い帯に並ぶ葉のような形も、そうした身近な自然のかけらを思わせます。

ヴェーネル湖近くの森|木漏れ日の差すトウヒと松、シダの茂る下草
ヴェーネル湖近くの森。木漏れ日の差す下草に、シダと苔が広がる(画像:Wikimedia Commons, Robbie Morrison, CC BY 4.0)

コカの見分け方

コカを見分けるいちばんの手がかりは、やはりあの青い帯です。白い器の下半分を、細い葉のような形が連なる青の帯がひとめぐりする——この構成を覚えておけば、ほかの青い北欧食器のなかからコカを見つけ出すのは難しくありません。器の上半分は白い余白として残され、青と白のあいだの間合いが、シリーズ全体に一貫した表情を与えています。

裏側を返すと、ロールストランドの象徴である「三つの王冠」を戴いた印が見つかります。イタリック体の工場名のまわりに、スウェーデンの紋章である三つの王冠が配された、伝統的なマークです。1937年以降のロールストランド製品には、三桁の数字コードが添えられ、最初の二桁が製造年、三桁目がその年のうちの時期を示します。この数字を読めば、手にした器がいつ焼かれたのかまで、かなり正確にたどれます。

ロールストランドの三つの王冠のバックスタンプの一例|Rörstrand SWEDENの印
ロールストランドの裏印の一例。「三つの王冠」を戴くイタリック体のロゴと「SWEDEN」の文字が見える(画像:Wikimedia Commons, Vogler, CC BY-SA 4.0)

「SWEDEN」や「MADE IN SWEDEN」の刻印は、スウェーデンの工場で焼かれた証です。ロールストランドはスウェーデン国内での生産を2005年に終えているため、リードヒェーピング工場の時代に作られたコカは、北欧デザインの黄金期の空気をそのまま伝えるヴィンテージ食器です。裏印の読み方は、ロールストランドのバックスタンプ(刻印)完全ガイドでさらに詳しく解説しています。

コカを北欧の暮らしの風景として

コカは、火にかけ、食卓へ運ぶための器として生まれました。けれども、その青と白の落ち着いた佇まいは、棚に並べておくだけでも、部屋に静かな一角を作ってくれます。コーヒーポットやシュガーポットを窓辺に置けば、青い帯がやわらかな光を受けて、朝の空気に北欧の色を添えます。

青と白は、北欧の湖と空、そして冬の雪と氷の色でもあります。コカの器を手元に置くことは、リードヒェーピングの湖畔で流れる、あの長い夏の夕べを、日本の暮らしのなかに小さく招き入れることでもあります。ひとつのコーヒーポット、ひとそろいのカップから、遠いヴェーネルの光景が静かに立ち上がってきます。

コーヒーやお茶をめぐる北欧の器の広がりは、北欧のコーヒーポット・ティーポット完全ガイドでもたどっています。ロールストランドの器が長く愛される理由については、ロールストランドはなぜ高い?もあわせてご覧ください。

要点の整理

  • コカ(Koka)は、ヘルタ・ベングトソンがロールストランドのためにデザインし、1956年に発表した青い食器シリーズです
  • 火にかけ、そのまま食卓へ運べる耐熱の器という発想が核にあり、青いコカは「コカ・ブロー」とも呼ばれます
  • 1956年、ファエンツァ国際陶芸展で金賞に選ばれた一群としても知られます
  • 作られたのは、ヴェーネル湖畔の街リードヒェーピングに移ったロールストランドの工場です
  • 白い器面をめぐる青い帯と、「三つの王冠」の裏印が、コカを見分ける手がかりになります

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参考資料:Svenskt kvinnobiografiskt lexikon(Hertha Bengtson)/Nationalmuseum, Sweden(Koka blå 所蔵品目録)/Rörstrand(工場史)

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