ラース・トーレン完全ガイド|ロールストランドの絵筆を握り続けた22年——ヴィルダ・ブロンモル・ポラリスを生んだ装飾画家
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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この記事でわかること
- ラース・トーレン(Lars Thorén、1918–2006)は、17歳から22年間ロールストランドのリドショーピング工場で絵筆を握り続けた、スウェーデンの磁器絵付け師であり装飾デザイナーです。
- 1940年代の代表作「ヴィルダ・ブロンモル(Vilda Blommor/野の花)」は、乳白色の白系素地にスウェーデンの草原の花々を、プリントと手描きを組み合わせて表現したシリーズです。
- 1955年には、幾何学的なフォルムと装飾を持つフリントウェアのシリーズ「ポラリス(Polaris)」を発表しました。磁器シリーズ「トリアングラ(Triangla)」も残しています。
- 巨匠カール=ハリー・ストールハネ(C.H. Stålhane)の作品の絵付けを長年担当した、ロールストランド「アトリエ」の主要絵師の一人です。
- 底部のイニシャル「LTh」または「L.Thorén」が、彼の手仕事を示すサインとなっています。
ラース・トーレン——絵筆を握り続けた22年のロールストランド絵師
ラース・トーレン(Lars Edvard Thorén, 1918–2006)は、スウェーデンの磁器絵付け師にして装飾デザイナーです。1935年、17歳でロールストランド(Rörstrand)のリドショーピング工場に入社し、1957年に退社するまで22年間、絵筆を握り続けました。
名前を冠したシリーズで広く知られるタイプのデザイナーではありません。彼の主な仕事は、ロールストランドの「アトリエ(Atelier、芸術陶磁器部門)」で、当時のスター陶芸家カール=ハリー・ストールハネ(Carl-Harry Stålhane、1920–1990)の手で挽かれたフォルムに、絵筆で命を吹き込むことでした。一方で1940年代には自らの代表作「ヴィルダ・ブロンモル(野の花)」を、1950年代にはモダンなフリントウェア「ポラリス」を残しています。
本記事では、当店ブログの「ロールストランド入門」と「カール=ハリー・ストールハネ完全ガイド」を補う形で、表舞台にはあまり立たないけれど、ロールストランドの黄金期を支えたもう一人の絵師——ラース・トーレンの22年間を追います。
目次
ラース・トーレンとは——基本情報と22年のロールストランド時代
| 本名 | Lars Edvard Thorén(ラース・エドヴァルド・トーレン) |
|---|---|
| 生没年 | 1918年10月14日 — 2006年12月12日(87歳) |
| 出身地 | スウェーデン、フェスベリ(Fässberg、ヨーテボリ郊外) |
| 父 | エリック・トーレン(リトグラフ職人) |
| 在籍ブランド | ロールストランド(Rörstrand)、リドショーピング工場、1935–1957年 |
| 代表作 | ヴィルダ・ブロンモル(Vilda Blommor、1940年代)、ポラリス(Polaris、1955年)、トリアングラ(Triangla) |
| 職能 | 磁器絵付け師・装飾デザイナー(painter at Rörstrand's Atelier) |
| サイン | 「LTh」イニシャル、または「L.Thorén」 |
ラース・トーレンは、ヴィルヘルム・コーゲ、グンナー・ニールンド、カール=ハリー・ストールハネといった「ロールストランドの大物」の名前と並べると、知名度の点では大きく劣ります。しかし彼の絵筆が触れた皿、花瓶、ストーンウェア・ベースは、20世紀半ばのロールストランドの量産品と一点ものの境界を支え続けました。
ヨーテボリ郊外フェスベリで生まれた絵描きの卵
ラース・エドヴァルド・トーレンが生まれたのは、1918年10月14日のことでした。場所はスウェーデン南西部、ヨーテボリ(Göteborg)郊外のフェスベリ(Fässberg)です。父エリック・トーレンは石版印刷(リトグラフ)職人、母はゲルトルード・カタリーナ・ミュールベックという家庭で、「絵」と「印刷」が日常的にある環境のなかで育ちました。
第一次世界大戦が終結したばかりの北欧。スウェーデンは戦争に参加しなかったものの、物資の不足は深刻でした。リトグラフ職人だった父の影響もあり、ラースは早くから絵筆と紙に親しみます。10代半ばで「絵で身を立てる」道を模索した結果、彼が選んだ就職先が、すでに200年以上の歴史を持つスウェーデン最大の磁器メーカー、ロールストランドでした。
17歳でロールストランド入社——1935年、リドショーピング
1935年、17歳のラースはロールストランドのリドショーピング(Lidköping)工場に磁器絵付け工(porslinsmålare)として就業しました。ロールストランドは1726年にストックホルム郊外で創業した、マイセンに続くヨーロッパ最古級の陶磁器メーカーとして知られます。1926年にすべての生産がストックホルムから西ヨータランドのリドショーピングへ集約され、ラースが入社した1935年には、リドショーピングがロールストランドの中心地となっていました。
町の中心に工場があった——リドショーピング
リドショーピングは、スウェーデン最大の湖ヴェーネルン(Vänern)の南岸に開けた港町です。町の中心を北から南へ流れるリダン川が湖に注ぎ、その河口の西岸一帯に、20世紀前半のロールストランドの巨大な工場群がありました。煙突、煉瓦の倉庫、原料を運ぶ貨車——工場は町そのものでした。
17歳のラースは、工場の絵付け室で、先輩絵師の指導のもとに何千枚もの皿、何千個ものカップに花や紋様を入れる仕事を始めました。当時のロールストランドの量産品は、転写紙だけに頼らず、装飾の最終仕上げに手描きを多用していました。絵付け工は白磁の表面に向かい、一筆ずつ花弁や輪郭を入れていく——量産と手仕事のあいだに立つ職人です。
アトリエ部門への移籍
絵付け室での数年を経て、ラースはロールストランドの「アトリエ(Atelier)」と呼ばれる芸術部門に移ります。これは量産品のラインから離れ、デザイナーや陶芸家の作品をワンオフ、または小ロットで仕上げる部署です。20世紀前半のロールストランドはアルフ・ヴァランダー(Alf Wallander)以来、アール・ヌーボーとモダンな装飾陶磁器の伝統を持ち、戦後はそれを引き継ぐ若い陶芸家たちが集まっていました。
ラース・トーレンは、絵付け工としては早い段階で頭角を現し、アトリエの主要絵師の一人として位置づけられました。彼の手は、自身がデザインしたシリーズだけでなく、ヴィルヘルム・コーゲ、グンナー・ニールンド、カール=ハリー・ストールハネといった陶芸家たちが挽いたフォルムにも触れることになります。
ヴィルダ・ブロンモル(野の花)——1940年代の野花装飾シリーズ
ラース・トーレンの名前で最もよく知られているのが、1940年代に発表された「ヴィルダ・ブロンモル(Vilda Blommor)」シリーズです。「Vilda Blommor」はスウェーデン語で「野の花、野生の花」を意味します。乳白色の白系素地に、スウェーデンの草原に咲く花々をプリントと手描きの工程を組み合わせて表現した、装飾陶磁器の系譜に連なる作品群です。
描かれているモチーフは、ヘザー(ljung)、ブルーベル(blåklocka)、シレネ(クレピスの仲間)、そしてリンゴンベリー(lingon)——いずれも夏のスウェーデンの草原や森のへりに咲く花や実です。ベースの白い素地は、市場ではファイアンス風の素地として紹介されることが多い一方で、資料によっては白いストーンウェアとして説明される例もあります。やわらかい乳白色と、その上に走る筆の伸びやかな線が、シリーズの個性をつくっています。
当店ブログの「ファイアンスとは?意味・歴史と錫釉陶器の世界」では、北欧における錫釉陶器の系譜と、その柔らかな乳白色の肌について詳しく扱っています。
「ヴィルダ・ブロンモル」シリーズは、皿、ボウル、花瓶など複数のフォルムが展開されました。本格的にコレクションされるようになったのは比較的最近で、現在ではオークションネット(Auctionet)、ブコフスキーズ(Bukowskis)、ベルナビーズ(Barnebys)といったスウェーデンの主要オークションで、ヴィンテージの北欧装飾陶磁器として安定した評価を得ています。
カール=ハリー・ストールハネとの協働
ロールストランドの20世紀を語るうえで欠かせないのが、カール=ハリー・ストールハネです。1920年生まれ、ラースよりも2歳年下のストールハネは、1939年にロールストランドに入社し、グンナー・ニールンドの薫陶を受けながら、戦後はアトリエ部門を率いる存在となります。彼の挽いたストーンウェアと、宋代の青磁を思わせる釉薬は、ロールストランドの中期黄金時代を象徴する作品群です。
ラース・トーレンは、ストールハネが作ったフォルムの装飾を、長年にわたって担当しました。スウェーデンの作家・サイン研究家がまとめたサイン辞典「Stämplar och Signaturer」によれば、ラースは「C.H. ストールハネの作品の装飾」に長く携わったと記されています。
つまり、現在オークションで「Carl-Harry Stålhane / Rörstrand」として落札される一群のストーンウェア花瓶や装飾陶磁器のうち、絵付けや釉描き、線描の部分には、ラース・トーレンの筆が入っているものが少なくない、ということです。彼自身の名で残された作品の数は限られますが、ロールストランドの黄金期の作品の中に、彼の筆跡が無数に潜んでいることになります。
このような「絵筆を持つ職人」と「ろくろを回す作家」の協働は、北欧の量産陶磁器の現場ではけっして珍しいものではありません。アラビアでも、ライヤ・ウオシッキネンの転写デザインを支えたエステリ・トムラの版画工房、ビルガー・カイピアイネンの絵付けを補佐した工房スタッフなど、表に出ない手の存在が前提となっていました。
当店ブログの「ベルサの葉は誰が描いたのか」でも、グスタフスベリの名作ベルサをめぐる「リンドベリ本人と助手」の関係を扱っています。北欧ミッドセンチュリーの陶磁器には、「ひとつの名前の背後に複数の手がある」というあり方が織り込まれているのです。
ポラリスとトリアングラ——フォルムへの挑戦
絵付けを本業としたラース・トーレンですが、自らの名で残したシリーズもあります。代表的なものが、1955年に発表されたフリントウェアのシリーズ「ポラリス(Polaris)」です。「Polaris」は北極星を意味します。幾何学的なフォルムと、青・黒・白系の装飾を持つ、戦後モダンな装飾陶磁器の流儀に沿った作品群です。
もう一つ、磁器シリーズとして知られるのが「トリアングラ(Triangla)」。コーヒーポットやプレート、カップ&ソーサーなどから成る食器セットで、オークションネットでは11ピースのセットが取引された記録があります。「Triangla」の語感が示すように、三角形やリムの幾何学的なディテールが特徴の磁器シリーズです。
ラース・トーレン自身の作品は、ストールハネやニールンドのような大型のアートピースではなく、日々の暮らしと装飾陶器のあいだに位置するスケール感を持っています。だからこそ、彼の作品はミッドセンチュリーの「使われた」食器として現代まで生き残り、北欧ヴィンテージ市場で穏やかに評価されています。
LThサイン——バックスタンプで見分ける
ラース・トーレンの作品を見分ける鍵は、底面のサインです。サイン辞典「Stämplar och Signaturer」によれば、彼は自身の手による作品に「L.Th」または「L.Thorén」と署名しました。多くの場合、ヴィルダ・ブロンモルなどの装飾陶磁器の底面に、ロールストランドの三本冠のスタンプ(メーカーマーク)と並んで、絵付け師の手書きイニシャル「LTh」が小さく書き添えられています。
このように「メーカーのスタンプ+装飾者のイニシャル」が並ぶ表記は、20世紀半ばのロールストランドの装飾陶磁器でしばしば見られるものです。バックスタンプから年代と装飾者の組み合わせを読み解く方法については、当店ブログの「北欧食器のバックスタンプ総合ガイド」もあわせてご覧ください。
1957年退社後——新聞社で絵筆を握り続けた後半生
1957年、ラース・トーレンは22年勤めたロールストランドを退社します。39歳でした。退社の理由について公開された一次資料は確認できず、戦後の磁器工業の合理化、転写技術の進歩による手描き絵付けの縮小といった時代背景のなかでの判断と整理されています。
退社後、彼は新聞社に職を得て、コマ漫画、クロスワード、手芸・工作のイラストといった「絶え間ない画像の流れ」を生み出す仕事に従事しました。これは「Stämplar och Signaturer」が伝えるトーレン本人の言葉に近い表現です。リトグラフ職人の家に生まれ、ロールストランドで22年絵筆を握り、退社後も新聞紙面で絵を描き続けた——絵を描く手を一度も止めることのなかった生涯でした。
2006年12月12日、ラース・トーレンは87歳で亡くなりました。生涯のうち、1935年から1957年までの22年がロールストランドに、その後の半世紀近くが新聞社のイラスト仕事と個人の絵画制作に費やされた計算になります。
日本との接点と、北欧ヴィンテージ市場での位置づけ
ラース・トーレンの作品が、来日や日本での展覧会という形で広く紹介された記録は、現時点では確認できません。ただ、乳白色の白系素地に控えめな筆致で野の花を描くという美意識は、北欧ミッドセンチュリーの量産陶磁器が共有していた「日常を美しく整える」志向の現れと言えるかもしれません。
当店ブログの「北欧食器と『用の美』」では、北欧ミッドセンチュリーの量産陶磁器と日本の民藝運動が、別々の地で同時代に生まれた共通点について触れています。署名された大作ではないけれど職人の手仕事が宿るトーレンの作品も、その文脈で読み返す余地のある仕事と言えます。
市場での評価は、近年穏やかに高まっています。スウェーデンのオークション・ハウス(Auctionet、Bukowskis、Barnebys)では、ヴィルダ・ブロンモルの皿や花瓶が定期的に出品され、リム欠けのない良好な個体は比較的安定した価格で落札されています。日本の北欧ヴィンテージ市場でも、「リサ・ラーソン」「マリアンヌ・ウェストマン」のような有名作家を一通り追いかけたコレクターが、次のステップで関心を寄せる作家のひとりです。
まとめ
ラース・トーレンを読み解く5つの鍵
- 22年のロールストランド時代——1935年、17歳でリドショーピング工場に入社。1957年、39歳で退社。アトリエ(芸術陶磁器部門)の主要絵師の一人でした。
- ヴィルダ・ブロンモル(野の花)——1940年代の代表シリーズです。乳白色の白系素地に、ヘザー、ブルーベル、リンゴンベリーなど北欧の草原の花が、プリントと手描きを組み合わせて表現された装飾陶磁器のシリーズです。
- カール=ハリー・ストールハネとの協働——ロールストランドの戦後黄金期を象徴する陶芸家ストールハネの作品の装飾を長年担当しました。
- ポラリス(1955年)とトリアングラ——自らの名で残したフリントウェアのシリーズと磁器シリーズです。絵付けに留まらず、フォルムの世界にも関わりました。
- LThサイン——底面に「LTh」または「L.Thorén」の手書きイニシャル。ロールストランドの三本冠スタンプと並んで記されることが多く、彼の手仕事の指紋として読み取ることができます。
「主任デザイナー」「アートディレクター」といった肩書きを持たなかったラース・トーレンは、ロールストランドの歴史書のなかで、ヴィルヘルム・コーゲやカール=ハリー・ストールハネ、グンナー・ニールンドほど大きく取り上げられることはありません。しかし、リドショーピングの工場の絵付け室で22年間、彼が描き続けた野の花と、ストールハネの作品に添えた釉描きの線は、ロールストランドの20世紀を地のレベルで支えていました。
名前を冠した華やかなシリーズではなく、日常の空間に置かれ、手に取られ、受け継がれてきた——そういう器のなかにこそ、トーレンの仕事は息づいています。ヴィルダ・ブロンモルの皿の底面には、ロールストランドの三本冠スタンプの傍らに、絵師の手書きイニシャル「LTh」が静かに残されています。