イッタラ ソラリス(Solaris)完全ガイド|タピオ・ヴィルカラが同心円に閉じ込めた光と、フィンランド・ガラスの物語
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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この記事の要点
- 「ソラリス(Solaris)」は、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)がイッタラのためにデザインした無色透明のガラスシリーズ
- 皿やボウルの器面いっぱいに、同心円状のレリーフ(凹凸)が刻まれているのが最大の特徴
- 1970年代にデザインされ(1974年とする資料が多い)、1990年代まで生産された長寿シリーズ
- デザイナーのヴィルカラは、カンタレリやウルティマ・トゥーレを手がけたフィンランド20世紀を代表する造形作家
- ソラリスは無銘(サインなし)の個体が一般的で、大きさと形の違いで各アイテムを見分ける
目次
- ソラリスとは——同心円が光をとらえるガラス
- タピオ・ヴィルカラという人
- ヴィルカラとイッタラ——カンタレリからウルティマ・トゥーレへ
- ソラリスの意匠——同心円のレリーフ
- シリーズの構成・生産された時代・見分け方
- イッタラ村——ソラリスが生まれた土地をたどる
- ソラリスに出会える場所
ソラリスとは——同心円が光をとらえるガラス
「ソラリス(Solaris)」は、フィンランドのデザイナー、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)がイッタラ(iittala)のためにデザインしたガラスのシリーズです。ラテン語で「太陽の」を意味するこの名のとおり、皿やボウルの器面いっぱいに刻まれた同心円は、見る角度によって、水面に落ちた雫の波紋にも、放射する太陽の輪にも見えてきます。
色を持たない透明なガラスでありながら、ソラリスは決して素っ気ない器ではありません。細かなレリーフが光を無数の方向に散らし、置かれた場所の明るさや影を映しこんで、時間ごとに違う表情を見せます。派手な装飾に頼らず、素材そのものと陰影の関係だけで成立している——そこに、20世紀フィンランドのガラスが積み上げてきた美意識が凝縮されています。
北欧のガラスには、色ガラスの豊かな系譜がある一方で、あえて色を排し、透明さそのものを主役に据える流れがあります。ヴィルカラはその代表的な作り手の一人でした。窓辺に置けば北欧の淡い光を拾い、朝と夕とで陰影が移ろう——透明なガラスは、日照時間の短い長い冬と、夜も明るく日の長い夏とを併せ持つフィンランドの風土と深く結びついています。ソラリスの同心円は、その透明さに「触れられる質感」を与えるための装置ともいえます。
タピオ・ヴィルカラという人
タピオ・ヴィルカラは1915年、フィンランド最南端の港町ハンコ(Hanko)に生まれました。1985年にヘルシンキで世を去るまで、ガラス、木、金属、磁器、そして紙幣のデザインにいたるまで、驚くほど広い領域で仕事を残した造形作家です。1946年からイッタラと協働し、その生涯を通じて400点を超えるガラス作品を同社のために手がけました。人物の生涯とその全体像については、タピオ・ヴィルカラ——フィンランドが生んだ20世紀最高のデザイナーで詳しくご紹介しています。
ラップランドの光と、自然への視線
ヴィルカラの造形を語るとき、しばしば引き合いに出されるのが、フィンランド北部に広がるラップランドの自然です。木の葉、貝の渦、鳥や魚のかたち、そして凍てつく氷——彼はそうした自然の観察から形を引き出しました。人工的なモチーフを当てはめるのではなく、素材が本来もっている性質と、自然の中で見た造形とを結びつけていく。この姿勢が、彼のガラスに一貫して流れています。
ソラリスの同心円も、そうした自然への視線の延長として眺めると、いっそう味わい深く見えてきます。ただし、この文様が具体的に何を写したものかを、イッタラ自身が明言した記録は確認できません。年輪のようにも、太陽のようにも、水の波紋のようにも読める——その解釈の余白こそが、ソラリスの魅力といえます。
ヴィルカラとイッタラ——カンタレリからウルティマ・トゥーレへ
ソラリスの立ち位置を理解するには、ヴィルカラがイッタラで積み重ねてきた仕事の流れをたどるのが近道です。彼のガラスは、工場の職人たちとの密接な協働から生まれました。デザイナーが図面を渡して終わりではなく、炉のそばで素材の挙動を見ながら形を決めていく——その現場感覚が、フィンランド・ガラスの厚みを支えてきました。
きのこの襞——カンタレリ(1946年)
ヴィルカラの名を国際的に知らしめたのが、1946年のカンタレリ(Kantarelli)です。フィンランド語でアンズタケを意味するこの花器は、器面に刻まれた無数の細い線が、きのこの襞のように広がります。自然の造形を、透明なガラスの中に静かに写しとったこの作品は、のちのソラリスに通じる「透明なガラスに刻まれた線」という表現の出発点にあたります。
氷の造形——ウルティマ・トゥーレ(1968年)
1968年に発表されたウルティマ・トゥーレ(Ultima Thule)は、溶けゆく氷の表情をガラスに閉じ込めたシリーズとして知られます。表面をびっしりと覆う凹凸のレリーフは、カンタレリの繊細な線とはまた違う、力強い触感を持っています。同じ1970年前後という時代に、ソラリスもまた「器面全体を覆うレリーフ」という発想を、同心円というかたちで展開しました。モチーフでいえば、ウルティマ・トゥーレが氷であるのに対し、ソラリスは太陽——同じヴィルカラの手から、北の自然の対照的な二つの相が生まれています。ウルティマ・トゥーレについてはウルティマツーレ(Ultima Thule)完全ガイドで掘り下げています。
ソラリスの意匠——同心円のレリーフ
ソラリスの意匠は、器面いっぱいに広がる同心円状のレリーフに尽きます。中心から外側へ向かって、幾重にも重なる輪が刻まれ、そのあいだを細かな放射状の質感が埋めています。無色透明のガラスであるからこそ、この凹凸が光を受け、影を落とし、器そのものに奥行きを与えます。
この文様がどのような技法で成形されたのかについては、資料によって記述が分かれており、一次資料で断定できる情報は確認できませんでした。そのため本記事では技法名には踏み込まず、「器面に刻まれた同心円のレリーフ」という、目に見えるかたちそのものをお伝えするにとどめます。大切なのは、その凹凸がどんな陰影を生むか——手に取って光にかざしたときにこそ、ソラリスの本領が現れます。
当店では、この同心円の意匠がよくわかるソラリスの小皿をご紹介しています。造形の細部までご覧いただけます:イッタラ タピオ・ヴィルカラ ソラリス(Solaris)16cmケーキ皿。
シリーズの構成・生産された時代・見分け方
ソラリスには、大きさの異なる皿とボウルが揃っていました。実物のセットや個体から確認できる範囲では、径11cmほどの小さなボウルから、径15.5cmや24cmのボウル、径16cm・20cm・25cmの皿、さらに径30cm前後の大きなサービング皿まで、幅広いサイズが展開されています。大きなサービング皿には「Solaris 2200-350」のような工場の型番が付随する個体も確認されています。素材はいずれも無色透明のガラスです。
生産された時代については、資料によって幅があります。デザインは1970年代とされ、1974年とする資料が多く見られますが、オークションの記録では「1970年代」とだけ記されることもあります。生産の終了時期も1990年代とされ、資料によって年に開きがあります。そのため、特定の年で断定するよりも「1970年代にデザインされ、1990年代まで生産された」と幅を持って捉えるのが実情に近いといえます。
見分け方として押さえておきたいのは、ソラリスが無銘(サインや刻印のない)の個体が一般的だという点です。したがって刻印から製造年を細かく特定することは難しく、判断の手がかりは主に、大きさ・形といったアイテムの種類や、残っていれば元箱や型番になります。同心円のレリーフという明快な意匠そのものが、ソラリスを見分ける最大の目印です。
イッタラ村——ソラリスが生まれた土地をたどる
ソラリスが生まれたイッタラは、南フィンランドの小さな村の名前でもあります。イッタラのガラス製造は1881年にはじまりました。初期のガラス職人たちは、スウェーデンのリンマレド(Limmared)のガラス工房から招かれたと伝えられ、スウェーデンから移り渡った吹きガラスの技術が、この村のガラスづくりの起点になりました。
村はかつてカルヴォラ(Kalvola)という自治体に属し、2009年にヘメーンリンナ(Hämeenlinna)市へ編入されました。地域としてはカンタ=ハメ(Kanta-Häme)に位置し、湖と森に囲まれた内陸の土地です。1930年代にはカルフラ(Karhula)のガラス工場と結びつき、カルフラ=イッタラとして発展しました。
湖と森にかこまれて
イッタラのあるカンタ=ハメ地方は、大小の湖と深い森が織りなす風景で知られます。夏には水面が空の青を映し、白樺が瑞々しい緑をまとい、長い日照が夜遅くまで続きます。フィンランドのガラスが透明さや陰影にこだわってきた背景には、こうした水と光に満ちた土地の記憶があるといわれます。
ソラリスの同心円を、水面に落ちた雫の波紋になぞらえて眺める人も少なくありません。器面に光が差し、輪がゆらめいて見えるとき、フィンランドの湖の風景がそっと重なってくるようです。
古いガラス工房と、炉の火
イッタラ村には、赤レンガと石でつくられた古い工房の建物が残り、ガラスの村としての歩みを今に伝えています。フィンランドのガラスは、機械だけでなく、炉のそばに立つ職人の手からも生まれてきました。溶けたガラスの塊を竿の先で受け、光を透かしながら形を整えていく——その一連の手わざが、ヴィルカラのような作家の造形を支えました。
透明なガラスは、こうした高温の炉の中から生まれます。ソラリスの澄んだ器面も、そのはじまりは煮えたぎる火のなかにありました。素材の生い立ちを思いながら手のなかの一枚を眺めると、静かな同心円の奥に、遠いフィンランドの工房の熱気がひそんでいるように感じられます。
ソラリスに出会える場所
ソラリスはすでに生産を終えたシリーズのため、現在のイッタラの店頭で新品として並ぶことはありません。それでも、ヘルシンキをはじめとするフィンランドの街々には、イッタラのガラスが息づいています。旅の途中でショップや蚤の市をのぞけば、透明なガラスの器に出会える機会があります。
フィンランド・ガラスの歴史をたどりたいなら、リーヒマキ(Riihimäki)にあるフィンランド・ガラス博物館(Suomen lasimuseo)が知られています。また、イッタラ村にもガラス博物館があり、フィンランド・ガラスの歩みを紹介しています。ヴィルカラの仕事や、20世紀フィンランドのガラスが積み上げてきたものに触れる旅の目的地として、心にとめておきたい場所です。イッタラ村そのものの歴史については、イッタラ村の歴史もあわせてご覧ください。
まとめ
要点の整理
- ソラリスは、タピオ・ヴィルカラがイッタラのためにデザインした無色透明のガラスシリーズ
- 器面に刻まれた同心円のレリーフが最大の特徴で、光をとらえて豊かな陰影を生む
- 1970年代にデザインされ(1974年とする資料が多い)、1990年代まで生産された
- 皿・ボウルとも複数のサイズがあり、無銘の個体が一般的なため、意匠と大きさで見分ける
- カンタレリやウルティマ・トゥーレと同じ、フィンランドの自然と手わざを背景に持つ一枚
ソラリスは、色にも絵柄にも頼らず、ただ円環のレリーフと透明なガラス、そして光との関係だけで成立しています。手のなかで角度を変えるたびに表情を変えるその一枚は、フィンランドの湖と森、そして炉のそばに立つ職人の手わざが凝縮された、静かな造形です。棚の一角に置いて光を通してみると、遠い北欧の風景が、そっと部屋に立ち上がってくるはずです。