アラビア アネモネ(Anemone)完全ガイド——コバルトブルーの手描き花が咲くストーンウェア

アラビア アネモネ(Anemone)完全ガイド——コバルトブルーの手描き花が咲くストーンウェア

この記事の要点

  • ARABIA アネモネは1962年にウラ・プロコッペがデザインしたSモデル・ストーンウェア
  • コバルトブルーの手描き花文様——絵付師がフリーハンドで描くため、同じものは二つとない
  • 茶色の姉妹シリーズ「ロスマリン」とは同一パターン・異なる顔料の関係
  • 製造期間: 1962〜1976年

目次

  1. アネモネとは——コバルトブルーの手描き花文様
  2. デザイナー ウラ・プロコッペ(1921–1968)
    1. ヘルシンキに生まれた才能
    2. ARABIAデザインチームの黄金時代
    3. プロコッペの代表作——バレンシアからルスカまで
  3. アネモネが生まれた1960年代
    1. フィンランドデザインの黄金期
    2. Sモデルの革新——マット釉薬の新しいストーンウェア
  4. コバルトブルーの花——アネモネのデザイン
    1. モチーフとなったアネモネの花
    2. 手描きの魅力——同じものは二つとない
    3. ロスマリン——色違いの姉妹シリーズ
  5. アイテム一覧
  6. バックスタンプで読み解く年代
  7. ARABIA工場——ヘルシンキ・トウコラの物語
  8. フィンランドの自然とアネモネの花

アネモネとは——コバルトブルーの手描き花文様

グレーがかった白い素地の上に、コバルトブルーで描かれたアネモネの花と葉、そしてストライプ。ARABIA アネモネ(Anemone)は、フィンランドを代表する陶磁器メーカーARABIAが1962年から1976年まで製造したストーンウェアシリーズです。

ARABIA アネモネ ティーカップ&ソーサー
コバルトブルーで描かれたアネモネの花——手描きならではの筆致が一つひとつ異なる表情を生む

デザインしたのは、バレンシアやルスカでも知られるウラ・プロコッペ(Ulla Procopé, 1921–1968)。ARABIAが開発した革新的なSモデル・ストーンウェアのフォームに、訓練された絵付師たちがフリーハンドでコバルトブルーの花を描きました。転写やステンシルではなく、一枚一枚が手描きであるため、同じアネモネは世界に二つと存在しません。

同じパターンを酸化鉄(茶色)で描いた姉妹シリーズ「ロスマリン(Rosmarin)」も同時期に展開されていましたが、現在の市場ではコバルトブルーのアネモネの方がより高い人気を誇っています。

デザイナー ウラ・プロコッペ(1921–1968)

ヘルシンキに生まれた才能

ウラ・プロコッペは1921年11月17日、フィンランドの首都ヘルシンキに生まれました。工芸美術学校(Taideteollinen oppilaitos、現在のアールト大学芸術デザイン建築学部)でセラミックデザインを学び、1948年に卒業。卒業と同時にARABIA社に入社し、以後20年にわたってフィンランドの食卓を一変させるシリーズを次々と生み出していきます。

ウラ・プロコッペのポートレート
ウラ・プロコッペ(1921–1968)——バレンシア、ルスカ、アネモネを生んだARABIAの名デザイナー(写真: Pietinen)

プロコッペの才能は国際的にも認められ、1962年と1963年にはアメリカ・サクラメントの陶芸展で金メダルを受賞しています。しかし彼女の人生は短く、1968年12月21日、スペイン・テネリフェ島で珪肺症(シリコーシス)のため47歳で亡くなりました。長年にわたる陶磁器の粉塵が彼女の肺を蝕んでいたのです。

ARABIAデザインチームの黄金時代

ARABIAデザインチーム 1953年
1953年11月4日撮影のARABIAデザインチーム。左からカーリナ・アホ、サーラ・ホペア、ウラ・プロコッペ、カイ・フランク(写真: Pietinen)

1950年代のARABIAデザイン部門は、まさに黄金期を迎えていました。プロコッペが在籍した時代、ARABIAにはカイ・フランク、ビルガー・カイピアイネン、ライヤ・ウオシッキネン、エステリ・トムラといった錚々たるデザイナーが集結していました。

カイ・フランクがフォーム(形状)のデザインに専念し、装飾デザイナーがパターンを担当するという分業体制が確立されていましたが、プロコッペはフォームと装飾の両方を手がける数少ないデザイナーの一人でした。アネモネもまた、プロコッペ自身がフォームとパターンの両方をデザインしています。

プロコッペの代表作——バレンシアからルスカまで

プロコッペの短い生涯は、ARABIAの歴史に欠かすことのできない名作を数多く残しました。

バレンシアのトリベット
プロコッペの代表作「バレンシア」のトリベット(鍋敷き)——南欧の陽光を感じさせるコバルトブルーの手描き文様(CC BY-SA 3.0)
シリーズ デザイン年 製造期間 特徴
リエッキ(Liekki) 1957年 1957–1978年 直火対応の耐火キャセロール
バレンシア(Valencia) 1960年 1960–2002年 南欧風コバルトブルー手描き
ルスカ(Ruska) 1960年 1960–1999年 ARABIA史上最も売れたシリーズ
アネモネ(Anemone) 1962年 1962–1976年 コバルトブルー手描き花文様
ロスマリン(Rosmarin) 1962年頃 1962–1976年頃 アネモネの茶色版
リエッキのキャセロール
プロコッペがデザインした「リエッキ(炎)」のキャセロール——直火にかけられる画期的な耐火陶器だった(CC BY 4.0、ヘルシンキ市博物館)

アネモネが生まれた1960年代

フィンランドデザインの黄金期

アネモネが誕生した1962年は、フィンランドデザインの黄金期のただなかにありました。ミラノ・トリエンナーレでの度重なる受賞を経て、フィンランドのデザインは世界的な注目を集めていました。タピオ・ヴィルカラ、カイ・フランク、ティモ・サルパネヴァといった巨匠たちが国際舞台で活躍し、「フィンランド=優れたデザイン」というイメージが確立されつつあった時代です。

ヘルシンキの街並み
ヘルシンキの街並み——ウスペンスキー大聖堂とヘルシンキ大聖堂が見える港湾都市。プロコッペが生涯を過ごした街(Photo: WayneRay, CC BY-SA 4.0)

ARABIAでもこの時代、「オーブンからテーブルへ」という新しいコンセプトが生まれていました。調理した鍋をそのまま食卓に出せるデザイン——実用性と美しさを兼ね備えた食器への需要が高まっていたのです。プロコッペのリエッキ(1957年)やルスカ(1960年)は、まさにこの流れの先駆けでした。

Sモデルの革新——マット釉薬の新しいストーンウェア

1965年のARABIA工場航空写真
1965年のARABIA工場とトウコラ地区の航空写真——この工場でアネモネが生産されていた(Photo: SKY-FOTO Moller, CC BY-SA 4.0)

アネモネが採用している「Sモデル」は、1960年代にプロコッペ自身が開発に関わったARABIA初のマット釉薬ストーンウェアのフォームシリーズです。それまでの光沢のある磁器とは異なり、マットな質感のストーンウェアは、手に取ったときの温かみと素朴さが特徴でした。

Sモデルのフォームは、ルスカ、ロスマリン、メリ(Meri)など複数のシリーズに共通して使われています。アネモネもこのSモデルのフォームに、コバルトブルーの手描き装飾を施したものです。共通のフォームを使いながら、装飾によって全く異なる表情を見せる——これがARABIAのストーンウェアの奥深さでした。

コバルトブルーの花——アネモネのデザイン

モチーフとなったアネモネの花

アネモネの花
アネモネ・コロナリア——キンポウゲ科の花で、春の訪れを告げる(Photo: Ermell, CC BY-SA 4.0)

アネモネ(Anemone)はキンポウゲ科に属する花で、ギリシャ語で「風」を意味する「アネモス(anemos)」が名前の由来です。風が吹くと花が開くことからこの名がつけられたとされています。

フィンランドでは、アネモネは春の訪れを告げる花として古くから親しまれてきました。特に母の日にはアネモネの花を贈る習慣があり、フィンランドの人々にとってはなじみ深い存在です。プロコッペがこの花をモチーフに選んだ背景には、フィンランドの暮らしに根ざした花への愛情があったと考えられます。

手描きの魅力——同じものは二つとない

アネモネの手描きディテール
コバルトブルーの顔料で描かれたアネモネの花——筆の運びや色の濃淡に絵付師の個性が宿る

アネモネの最大の魅力は、一つひとつが手描きであることです。ARABIA工場の訓練された絵付師たちが、酸化コバルトの顔料を使ってフリーハンドで花と葉を描いていました。転写(デカール)やステンシルによる量産品とは根本的に異なり、筆の運び、色の濃淡、花びらの形——すべてが微妙に異なります。

裏面のバックスタンプには「UP/○○」という形式のサインが記されています。「UP」はデザイナーであるウラ・プロコッペ(Ulla Procopé)のイニシャル、スラッシュの後の文字は絵付師のイニシャルです。これにより、誰がその器に花を描いたのかを特定することもできます。

コバルトブルーは安定した発色が特徴で、焼成温度による色のばらつきが比較的少ない顔料です。そのため、アネモネのブルーは個体差があっても大きく色味が変わることはなく、均一な美しさを保っています。

ロスマリン——色違いの姉妹シリーズ

アネモネと同じパターン、同じSモデルのフォームを使いながら、顔料だけを変えたのが「ロスマリン(Rosmarin)」です。ロスマリンでは酸化鉄を用いた茶色で花が描かれています。

興味深いのは、同じパターンでありながら二つのシリーズが大きく異なる印象を与えることです。コバルトブルーのアネモネは凛とした清涼感を、酸化鉄のロスマリンは土のぬくもりを感じさせます。

また、酸化鉄は焼成時の温度変化に影響を受けやすく、ロスマリンは個体によって色の濃淡に大きなばらつきが出ます。薄いウォッシュ調のものから深い鉄錆色まで、実に幅広い表情を見せるのがロスマリンの特徴です。一方、現在の市場ではアネモネ(ブルー)の方がロスマリン(ブラウン)よりも高値で取引される傾向にあります。

アイテム一覧

アネモネはSモデルのフォームを活かし、日常使いの食器からオーブンウェアまで幅広いアイテムが展開されていました。

アネモネのオーブン皿
アネモネの特大オーブン皿——Sモデルならではの堅牢なストーンウェアで、オーブン調理のためにデザインされた
カテゴリ アイテム
プレート 16cm/17.5cm/20cm/26cm
ディーププレート 18cm(スーププレート)
カップ&ソーサー デミタス/コーヒーカップ/ティーカップ
マグ 高さ約9cm
ポット コーヒーポット(高さ19cm)/ティーポット(高さ24cm、ストレーナー付き)
シュガーボウル/クリーマー シュガーボウル(直径11cm)/クリーマー(長さ12cm)
ピッチャー 高さ11cm/14cm
ボウル 直径13.5cm/18.5cm
蓋付きキャセロール 23cm(1.8L/2.3L)/29cm(3.4L/4.9L)
エッグカップ 直径7cm
大皿 丸型33cm/楕円型36cm

特にピッチャーやティーポット(ストレーナー付き)は市場に出回ることが少なく、コレクターの間で希少性が高いとされています。大型のキャセロールは手描きの面積が広く、アネモネの花文様をもっとも堪能できるアイテムでした。

バックスタンプで読み解く年代

アネモネの裏面
アネモネの裏面——バックスタンプと絵付師のサインが確認できる

アネモネの製造期間(1962〜1976年)は、ARABIAのバックスタンプが大きく変化した時代と重なっています。裏面の刻印を見ることで、おおよその製造年代を推定することができます。

期間 バックスタンプの特徴
1962〜1964年頃 王冠マーク(カイ・フランクがデザインした花輪を逆さにした意匠)。国内向けと輸出向けで異なるマーク
1964〜1971年頃 王冠マーク(国内・輸出共通化への移行期)。「ARABIA FINLAND」の表記
1971〜1976年 新デザインの工場マーク。よりシンプルな意匠に

バックスタンプの色はブルーまたはグレーが確認されています。また、手描きの「UP/○○」サインは、「UP」がデザイナーのプロコッペ、スラッシュ以降が絵付師のイニシャルを示します。

2等品(セカンドクオリティ)には「MADE IN FINLAND」の表記や、色付きのドット、ローマ数字「II」などが付加される場合があります。2等品は釉薬の小さな不均一やわずかな歪みがあるものですが、実用上の問題はなく、手描きの味わいは1等品と変わりません。

ARABIA工場——ヘルシンキ・トウコラの物語

ARABIA工場の建物
ヘルシンキ・アラビアンランタに建つ旧ARABIA工場——現在はアールト大学のキャンパスとして使われている(Photo: Markus Koljonen, CC BY-SA 3.0)

アネモネが生まれたARABIA工場は、ヘルシンキ北東部のトウコラ地区にありました。1874年にスウェーデンのロールストランド社の子会社として設立されたARABIAは、このトウコラの地で約150年にわたってフィンランドの陶磁器を生産してきました。

工場の周辺はアラビアンランタ(Arabianranta)と呼ばれ、文字通り「アラビアの岸辺」を意味します。かつてはフィンランド最大の産業エリアの一つでしたが、現在はアールト大学のキャンパスやアートギャラリー、住宅地へと姿を変えています。

アラビアキャンパスの図書館
旧ARABIA工場内に設けられたアールト大学アラビアキャンパスの図書館——かつて陶器が焼かれていた空間で、今は学生たちが学んでいる(Photo: Juutilai, CC BY-SA 3.0)

アネモネが製造されていた1960年代、この工場では数百人の職人と絵付師が働いていました。プロコッペがデザインした花文様を、訓練された絵付師たちが一枚一枚フリーハンドで描いていく——その風景を想像すると、手元にあるアネモネの一枚がいっそう特別なものに感じられます。

フィンランドの自然とアネモネの花

フィンランドの夏の風景
フィンランドの夏の風景——長い冬を越えた後の緑は、北欧の人々にとって格別な喜び(Photo: Arto J, CC BY-SA 3.0)

フィンランドの冬は長く暗い。11月から3月まで、太陽がほとんど顔を出さない日々が続きます。だからこそ、春に咲く花はフィンランドの人々にとって特別な意味を持っていました。

アネモネの花が咲くのは、ちょうど長い冬が終わり、雪解けの水が大地を潤し始める頃。風が吹くと花弁が揺れるアネモネは、フィンランドの春の象徴として、古くから人々に愛されてきました。

野に咲くアネモネの花
野に咲くアネモネの花——ギリシャ語で「風」を意味する「アネモス」が名前の由来(Photo: Zeynel Cebeci, CC BY-SA 4.0)

プロコッペがアネモネの花を食器のモチーフに選んだのは、フィンランドの暮らしに深く根ざした選択だったと言えるでしょう。厳しい冬を越え、春の訪れとともに食卓に花を咲かせる——アネモネの食器には、そんなフィンランドの人々の願いが込められていたのかもしれません。

フィンランドの田園風景
ヘルシンキ近郊ヴァンターの田園風景——デザインの着想につながるフィンランドの原風景(Photo: Ximonic, CC BY 4.0)

まとめ

  • ARABIA アネモネは1962年にウラ・プロコッペがデザインし、1976年まで製造されたSモデル・ストーンウェア
  • コバルトブルーの花文様はすべて手描き。絵付師のフリーハンドによる一点物の味わいが最大の魅力
  • 同じパターンで茶色の顔料を使った「ロスマリン」は色違いの姉妹シリーズ
  • バックスタンプの王冠マークや「UP/○○」サインで年代と絵付師を推定できる
  • ピッチャーやティーポットなど大型アイテムは特に希少

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