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ARABIA

希少 アラビア(ARABIA)プルプリイェンカ(Purpuri Jenkka)シュガーポット&クリーマー

希少 アラビア(ARABIA)プルプリイェンカ(Purpuri Jenkka)シュガーポット&クリーマー

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フィンランドの名窯ARABIAが生んだ 北欧ヴィンテージの逸品

フィンランドを代表する食器メーカーARABIAの大変希少なシュガーポット&クリーマーです。1969年から70年にかけての1年間のみ製造された幻のシリーズで、世界的に希少性の高いアイテムです。

シリーズ名の「プルプリイェンカ」はフィンランド語で「紫色の踊り」という意味です。一連の作品として本作は、ティーカップ、ティーポット、プレート、シュガーポット、クリーマーなどが制作されました。カップに関しては最大サイズのティーカップのみ制作されたようです。

【制作の背景】

本作の発売年である1969〜70年は名作パラティッシの販売時期にも重なり、アラビア食器の絶頂期の時代でした。1974年の石油危機によってアラビア食器は冬の時代を迎えますが、その直前の時期の作品は最高傑作が集中して生み出された時期にあたります。作陶する造形職人の技術や、絵付け職人の技量が成熟し、1970〜73年にかけてのアラビア食器はヴィンテージのなかでも一際高いレベルの作品が揃っています。

プルプリイェンカのデザインを担当したのは、名作バレンシアやルスカで有名なウラ・プロコッペです。プロコッペは本作発売前年の1968年に死去しています。つまり、原案を担当しながら商品化を見ることなく世を去ったことになります。

プルプリイェンカが1年間しか製造されなかった理由は定かではありませんが、おそらくプロコッペのペイント原案を再現する上で、絵付師には相当高度な技術が要求されたのではないかと思います。

前述の通り、当時のアラビアは技術的にも成熟した時期でしたが、それでも細かな緑の葉っぱの柄や赤い花柄を表現するのが難しかったのではないかと考えます。同時期に制作されていたロスマリンやアネモネといった作品と比べると、プルプリイェンカのペイントの細かさはかなり緻密で、妥協を許さないため、絵付けができる職人が少数に限定されていたと思われます。

当時のアラビア社の流れ作業的な工程の中で特に手間がかかるため、おそらく人気商品で比較的手間がかからないバレンシアやルスカ、ロスマリンやアネモネなどのハンドペイント作品に絵師を割り当てたのではないかと思います。結果的にプルプリイェンカは生産数が限定され、幻の作品になったと考えられます。

本作が入荷することは、おそらく今後ほとんどないことだと思います。この機会にぜひ、希少な半世紀前の傑作ヴィンテージをご覧ください。

ARABIA — フィンランドが世界に誇る陶磁器の名窯

ヘルシンキのARABIA工場 1975年
1975年のARABIA工場(ヘルシンキ・アラビア地区)

1873年、スウェーデンのロールストランド社がヘルシンキに設立した分工場がARABIAの始まりです。当初はロシア帝国向けの陶磁器を生産していましたが、1917年のフィンランド独立後に完全なフィンランド企業となり、20世紀半ばにはフィンランド最大の陶磁器メーカーへと成長しました。

カイ・フランク
「フィンランドデザインの良心」カイ・フランク(1911–1989)

黄金時代を築いたデザイナーたち

カイ・フランク(1911–1989)は「フィンランドデザインの良心」と呼ばれ、キルタ(後のティーマ)やカルティオなど、無駄を削ぎ落とした機能美の名作を生み出しました。1949年にはARABIAのクラウンマーク(王冠のバックスタンプ)もデザインしています。

ウラ・プロコッペ(1921–1968)は、コバルトブルーの手描きが美しいバレンシア(1960–2002年)と、鉄粉を施した独特の土色が魅力のルスカ(1960年代–1999年)を手がけました。ルスカの粗い表面は日本の楽焼に似た風合いで、北欧と日本の美意識の近さを感じさせます。

ARABIA工場の陶芸家たち
ARABIA工場のアトリエで制作する陶芸家たち

このほか、ビルガー・カイピアイネン(1915–1988)は「装飾の王」と呼ばれ、名作パラティッシをはじめ華やかな装飾陶芸を制作。エステリ・トムラはフローラシリーズの植物画で知られ、ライヤ・ウオシッキネンも数多くの装飾パターンを手がけました。

ヴィンテージの見分け方 — バックスタンプ(刻印)ガイド

ARABIAのロゴマーク
ARABIAのマーク
  • 1874〜1930年頃:素地への型押し(インプレスト)が主流。1878年以降はフィンランドの紋章入りカラーマークも併用。
  • 1932〜1949年:クルト・エクホルムがデザインした「パイプスタンプ」。工場に導入された122mのトンネル窯を表現したデザイン。
  • 1949年〜現在:カイ・フランクがデザインしたクラウンマーク(王冠)。月桂樹の輪を逆さにして王冠に見立てた斬新なデザイン。1964年、1971年、1975年、1981年、2014年に更新。
  • 生産年の読み方:1940年代以降は月→年の順で数字が刻印。2等品にはローマ数字IIや色付きドットが付されます。
  • 2016年以降:ヘルシンキ工場は2016年3月に閉鎖され、現在はタイとルーマニアで生産。ヴィンテージ品はすべてフィンランド製で、「MADE IN FINLAND」の刻印があります。

■詳細スペック

  • メーカー:ARABIA / アラビア
  • デザイナー:Ulla Procope / ウラ・プロコッペ
  • シリーズ名:Purpuri Jenkka / プルプリ イェンカ
  • 年代:1969〜1970年
  • 生産国:フィンランド
  • サイズ:シュガーポット:直径6.5cm 高さ10cm クリーマー:幅10.5cm(取手含む) 高さ6.8cm 直径7cm

■コンディション:★★★★★(5:完品)

シュガーポット・クリーマーともにデッドストック品のコンディションです。市場で入手可能な中では極めて状態の良いトップコンディションのアイテムとなります。シュガーポットの高台に見られる凹みは糸底という製造時に陶土をろくろから切り離した跡となります。


■関連コレクション

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ウラ・プロコッペ(Ulla Procope)

Ulla Procope

ウラ・プロコッペ(Ulla Procope,1921〜1968年)

ヘルシンキ生まれです。1948年にヘルシンキのアールト大学芸術デザイン学部を卒業してアラビア社に入社します。以後20年に渡って制作部門でデザインを担当し、1960年にルスカ(Ruska)シリーズ、1960年にバレンシア(Valencia)シリーズを生み出します。ルスカはアラビア社製品の中で最もロングランかつ販売数が多い看板商品となり、ルスカのフォルムはSモデルと呼ばれ、その後のARABIAの食器の原型モデルとなります。バレンシアはARABIA製品では最後のハンドペイント商品となっています。プロコッペは珪肺症(シリコーシス)を患い現役を退いてからはスペインのカナリア諸島に移住し47歳のとき現地で死去しています。

ウラ・プロコッペの作品一覧はこちらからどうぞ♪

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