スピサ・リブ(Spisa Ribb)完全ガイド|スティグ・リンドベリが1955年のH55で発表したグスタフスベリの縞模様
北欧食器タックショミュッケ編集部スウェーデン・フィンランドから北欧ヴィンテージ食器を直接買い付け、1,000点以上を検品してきた当店が、一次情報と実物の観察にもとづいて執筆・編集しています。
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この記事の要点
- スピサ・リブ(Spisa Ribb)は、スティグ・リンドベリが1955年のH55展(ヘルシンボリ)で発表したグスタフスベリの食器シリーズです。
- 白い陶器(フリントゴッズ)の地に、茶色の縦縞をリズミカルに走らせた、簡潔で図案的な絵柄が特徴です。
- 同じH55で発表された耐熱シリーズ「テルマ(Terma)」と組み合わせて構想され、戦後スウェーデンの「より美しい日常」という設計思想を体現しています。
- オリジナルは1955年から1974年まで製造された陶器。2003年以降にはボーンチャイナの復刻版も登場しました。オリジナルとの違いは、名称ではなく素材・裏印・縞の質感で見分けられます。
- 1961年のベルサ(Berså)へとつながる、リンドベリの日常食器の系譜を考えるうえで重要な一作です。
目次
はじめに——白地に走る茶色の縞
スウェーデンのグスタフスベリ(Gustavsberg)が1955年に世に送り出した食器に、スピサ・リブ(Spisa Ribb)と呼ばれるシリーズがあります。白い陶器の地に、茶色の細い縦縞が、器のかたちに沿ってまっすぐ走っています。縁には濃い茶色の線が一本。装飾はそれだけです。けれども、縞がカップの円錐形を立ち上がらせ、ソーサーの中心から放射状に広がるさまは、驚くほど端正で、いま見ても古びません。
デザインしたのは、戦後グスタフスベリを率いたスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)です。緑の葉を並べたベルサ(Berså)で知られる人ですが、スピサ・リブはそのベルサよりも6年早く生まれました。色も数を絞り、線だけで構成されたこのシリーズには、リンドベリが何を目指していたのかが、かえって素直に表れています。この記事では、スピサ・リブが生まれた1955年の展覧会から、シリーズの構成、素材、ヴィンテージと復刻の見分け方、そして器が生まれた港町グスタフスベリまでを、順にたどっていきます。
スピサ・リブ(Spisa Ribb)とは——1955年、H55で生まれた器
スピサ・リブが初めて公開されたのは、1955年にスウェーデン南部の港町ヘルシンボリで開かれた「H55」という大きなデザイン展でした。H55は、戦後北欧のデザイン思想を世界に示した記念碑的な催しで、暮らしを支える日用の品々を、美しく、機能的に、手の届く価格でという理想を掲げていました。スピサ・リブは、まさにその理想を形にした日常の食器(vardagsservis=ヴァルダーグスサーヴィス)として登場しました。
「スピサ」と「リブ」——名前の由来
名前は、スウェーデン語のふたつの言葉を組み合わせたものです。「スピサ(spisa)」は、古い言いまわしで「食事をする」という意味を持ちます。「リブ(ribb)」は、肋骨(ろっこつ)や畝(うね)を指す言葉で、ここでは器の表面を縦に走る縞、つまり「リブ=畝のような縞模様」を表しています。当時の表記では「スピサ」はこの絵柄を載せた器のかたち(モデル)を示す言葉でもありました。のちに別の素地で復刻された際、販売上は「スピサ」が外れて「リブ(Ribb)」と表記されることもあります。ただし日本では、この復刻版も「スピサ・リブ復刻版」として流通することが多くあります。
シリーズの構成
スピサ・リブは、テーブルをひととおり整えられる構成を持っていました。直径25cmほどのディナープレート、20.5cmのサラダプレート、18.5cmのスーププレート、各種のボウル、コーヒー用とティー用のカップ&ソーサー、ポットやクリーマーといったコーヒー・ティーセット、そして40cm前後の大きなプラター(盛り皿)まで。縞という最小限の装飾で全体を統一しながら、サイズと用途のバリエーションを広く取っていたことがわかります。
デザイナー、スティグ・リンドベリ
スティグ・リンドベリは、1916年8月17日、スウェーデン北部の都市ウメオ(Umeå)に生まれました。ストックホルムの国立美術工芸大学コンストファック(Konstfack)で絵画を学び、1937年にグスタフスベリに入ります。当時の芸術監督は、グスタフスベリ近代化の立役者ヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge)でした。リンドベリはコーゲのもとで絵付けと造形を磨き、1949年にその後継として芸術監督の座を引き継ぎます。
グスタフスベリの黄金期を率いた人
リンドベリが芸術監督を務めたのは、1949年から1957年までと、1972年から1978年までの二期です。あいだの時期はコンストファックで教鞭をとり、最終的にグスタフスベリを離れたのは1980年でした。スピサ・リブが生まれた1955年は、ちょうど第一期の芸術監督時代にあたります。伝統的で格式ばった食器から、明るく親しみやすい日常の器へ——リンドベリがグスタフスベリの方向を大きく転換させていた、まさにその只中で生まれたシリーズです。リンドベリは陶磁器だけでなく、ガラス、テキスタイル、絵本の挿絵まで手がけた多才な人で、スウェーデンを代表する戦後デザイナーのひとりに数えられます。
H55と「より美しい日常」——スピサ・リブが背負った思想
スピサ・リブを理解するうえで欠かせないのが、「より美しい日常の品を(vackrare vardagsvara)」という、20世紀前半のスウェーデンに広がった考え方です。特別な日のための豪奢な食器ではなく、毎日の暮らしのなかで使われる器こそ美しくあるべきだ——そんな民主的なデザインの理想を、1955年のH55展は大きく掲げていました。スピサ・リブは、この思想を具体的なかたちにするためにデザインされた器でした。
象徴的なのは、スピサ・リブが単独ではなく、姉妹シリーズと一緒に発表されたことです。同じH55で、リンドベリは耐熱性のオーブンウェア「テルマ(Terma)」も発表しました。テルマは火にかけられる耐熱の器、スピサ・リブはその食卓側の器として、ひとつの食事の流れを通して組み合わせられるように構想されていました。調理から食卓までを、統一されたデザインでつなぐ——機能と美をひと続きに考える、北欧ミッドセンチュリーらしい設計思想がここにあります。
ベルサへとつながる、リンドベリの日常食器の系譜
スピサ・リブ(1955)の6年後、リンドベリは緑の葉を並べた代表作ベルサ(Berså、1961)を発表します。縞の茶色と葉の緑、垂直の線と有機的な曲線——両者は対照的に見えますが、白い地に限られた色でモチーフをリズミカルに置くという発想は、はっきりと地続きです。スピサ・リブは、ベルサに先立つ「日常食器の探究」の重要な一歩だったといえます。
同時代のシリーズたち
1950年代から60年代のリンドベリは、スピサ・リブのほかにも多くの日常食器・装飾シリーズを生み出しました。スピサ・リブと同じ1955年のドミノ(Domino)、魚を手描きしたレヴァ(Löja)、にしんを描いたシル(Sill)、そして陶器のスクエア皿ピンタ(Pynta)など。どれも、明るく図案的なモチーフで、ふだんの暮らしの風景に小さな彩りを添えるために描かれたものです。
当店では、こうしたリンドベリの装飾シリーズも観賞用としてご紹介しています。たとえば、祝祭をテーマにした多彩な絵柄のカルネヴァル(Karneval)の飾り皿。魚や太陽、人物が画面いっぱいに散りばめられ、リンドベリの挿絵画家としての一面がよく表れた一枚です。
もうひとつ、瓶やレモン、フォーク、魚をモチーフにしたスクエア皿ピンタ(Pynta)も、スピサ・リブと同じく、暮らしの道具を軽やかな図案に置き換えたリンドベリらしい仕事です。縞のスピサ・リブと、絵柄のカルネヴァルやピンタを並べてみると、同じデザイナーのなかにある「簡潔さ」と「物語性」という二つの方向が見えてきます。
素材——陶器(フリントゴッズ)という選択
スピサ・リブのオリジナルの素材は、磁器ではなく、白い陶器です。スウェーデン語で「フリントゴッズ(flintgods)」と呼ばれる、火打石(フリント)の粉末を加えた白色陶器で、しっとりとした厚みと、やわらかな白さを持っています。透き通るような磁器とは違い、温かみのある質感がこの素材の持ち味です。日常の器として広く行き渡らせるうえでも、扱いやすく親しみやすい素材でした。
この素材の上に、茶色の縞は手仕事で描かれていました。縁を一周する茶色の線も、初期のものは筆で引かれています。均一に見えて、近くで見ると線の太さや濃さにわずかな揺らぎがある——それが、オリジナルのスピサ・リブが持つ手描きの表情です。なお、のちの復刻版では素材も加飾の方法も変わりますが、その違いは次の章で詳しく見ていきます。
ヴィンテージと復刻——「スピサ・リブ」と「リブ」
スピサ・リブには、大きく分けて二つの世代があります。1955年から1974年まで製造されたオリジナルの陶器と、2003年以降に登場したボーンチャイナの復刻版(販売上は「リブ(Ribb)」と表記されることがあります)です。どちらかが本物・偽物という関係ではなく、いずれもグスタフスベリ(およびそれを引き継いだグスタフスベリス・ポルスリンスファブリク)による正規の製造です。見分けの手がかりは、素材・名前・加飾の方法、そして裏面のバックスタンプにあります。
1955年から1974年まで製造されたオリジナル
ヴィンテージ期の底面には、グスタフスベリ伝統の錨(アンカー)のロゴが押されています。湾に面した港町で育った窯ならではの、海にちなんだマークです。多くの場合、その近くに「SPISA RIBB」のシリーズ名や、製造年を示すコードが添えられています。素材は前章で見たとおり白い陶器(フリントゴッズ)で、縞と縁の茶色は手描きです。
なお、底面に小さな「手」のマークが押される個体もありますが、これはグスタフスベリ・スタジオの手仕事による工房作品を示す印で、リンドベリ個人のサインというわけではありません(ほかの職人も使いました)。量産された日常食器のスピサ・リブには通常はつかないため、見分けの参考になります。手描きのリンドベリ作品には、釉下に記された署名が添えられることもあります。
2003年に登場した「リブ」
オリジナルの製造が終わったのち、コーヒーセットの一部が1987年から1990年にかけて再び作られたと伝えられています。そして2003年からは、グスタフスベリス・ポルスリンスファブリクが、この縞の絵柄を「リブ(Ribb)」の名で現行ラインに復活させました。販売上「スピサ」の語が外れて「リブ(Ribb)」と表記されることがあるのは、当時の器のかたち(モデル)を指していた「スピサ」が、別の素地への移行とともに用いられなくなったためです。ただし日本では、この復刻版も「スピサ・リブ復刻版」として流通することが多くあります。
現行の「リブ」は、白い陶器ではなく、骨灰を加えたボーンチャイナ(benporslin)で作られています。縞や縁の茶色も、手描きではなく転写の加飾に変わりました。つまり、素材が陶器(フリントゴッズ)か磁器(ボーンチャイナ)か、裏印(バックスタンプ)、そして加飾が手描きか転写か——名称そのものより、こうした点が、1955年から1974年のオリジナルと、2003年以降の復刻版を見分ける、もっとも確かな手がかりになります。手描きの揺らぎを残したヴィンテージと、均質に整えられた現行品。そのどちらの表情に惹かれるかは、手に取る人それぞれの好みです。
グスタフスベリ——シリーズが生まれた港町
スピサ・リブが生まれた街、グスタフスベリは、ストックホルムの中心から東へおよそ20km、ヴェルムドー島(Värmdö)にある港町です。ストックホルム群島の内側、ファルスタヴィーケンという穏やかな入り江の奥に位置し、磁器工場は、焼き上がった器を船で運び出せるよう、水際に建てられました。港(Gustavsbergs hamn)が、この街の心臓部です。
窯が創業したのは1825年。1838年にはイギリスから磁器の専門職人が招かれ、技術が一気に向上しました。海にちなんだ錨のマークが採用されたのも、この頃(1839年)のことです。19世紀の終わりには、工場はおよそ1,000人を雇うスウェーデン有数の職場となり、グスタフスベリは工場を中心に住宅や生活が営まれる「企業城下町」として発展しました。ヨーロッパで最も古い窯のひとつであるロールストランド(1726年創業)に続く、スウェーデンを代表する窯のひとつです。
今日のグスタフスベリは、港の一帯がそのまま見どころになっています。水辺に並ぶ赤レンガの工場建築、入り江に映る建物の影、そして煙突の塔。かつての生産の街は、いまではデザインの目的地へと姿を変え、陶磁博物館やギャラリー、工房、アウトレットの店が軒を連ねています。
港の一角には、創業以来の名品を収めたグスタフスベリ陶磁博物館(Gustavsbergs Porslinsmuseum)があります。コーゲ、リンドベリ、ベルント・フリーベリ、リサ・ラーソンといった、この街で働いたデザイナーたちの仕事が、生まれた場所そのもので見られる場所です。スピサ・リブもまた、ここで生まれ、ここに記録されています。
街の外へ一歩出れば、そこはもうストックホルム群島の世界です。点在する小島、松林、夏の長い陽の光——リンドベリが暮らし、働いた風景は、いまも変わらずそこにあります。
日本とスティグ・リンドベリ
スティグ・リンドベリと日本の縁は、意外に古くまでさかのぼります。早くも1950年代末には、東京の百貨店でリンドベリの作品を紹介する展覧会が開かれたと伝えられています。以来、彼の食器やスタジオ作品は日本の蒐集家に深く愛され、ベルサやスピサ・リブをはじめとするシリーズは、現在も高い人気を保っています。
近年では、2016年に東京で大きな展覧会が開かれ、さらに2025年から2027年にかけて、リンドベリの大規模な回顧展が日本各地を巡回しています。高島屋(東京・大阪・横浜)や、滋賀県立陶芸の森(信楽)、愛知県陶磁美術館(瀬戸)などを会場に、1930年代後半から晩年までのおよそ300点をたどる内容で、日本におけるリンドベリ再発見の機会となっています。
スウェーデンと日本のデザインには、響き合うところがあります。簡素さを尊ぶこと、自然のモチーフへの愛着、素材に正直であること、そして暮らしの道具に静かな美しさを見いだすこと。スピサ・リブの、線だけで構成された端正な縞は、その共通する感性に、まっすぐ通じています。日本でこのシリーズが長く愛されてきたのも、けっして偶然ではないのでしょう。
まとめ
スピサ・リブ(Spisa Ribb)は、ベルサほど名前を聞く機会は多くないかもしれません。けれども、1955年のH55という晴れの舞台で、「より美しい日常」という理想を背負って生まれたこのシリーズは、リンドベリのデザイン思想を、もっとも素直なかたちで伝えてくれます。白い陶器に走る茶色の縞——色も装飾も最小限に絞り込んだその姿には、戦後北欧が目指した、簡潔で誠実な美しさが宿っています。
線の張り、縞の間隔、縁の一本の茶色。スピサ・リブの造形をたどっていくと、リンドベリが何を残し、何を削ったのかが見えてきます。そしてその視線の先には、彼が暮らした港町グスタフスベリの、水と煉瓦の静かな風景が広がっています。
要点の整理
- スピサ・リブは1955年、スティグ・リンドベリがH55展で発表したグスタフスベリの食器シリーズです。
- 白い陶器(フリントゴッズ)に、茶色の縦縞をリズミカルに配した、簡潔で図案的な絵柄が特徴です。
- 同時発表の耐熱シリーズ「テルマ」と組み合わせる構想で、戦後スウェーデンの「より美しい日常」の思想を体現しています。
- オリジナルは1955年から1974年まで製造された手描きの陶器。2003年以降は「リブ」としてボーンチャイナで復刻され、素材・名前・加飾で見分けられます。
- 1961年のベルサへと続く、リンドベリの日常食器の系譜を考えるうえで重要な一作です。
よくある質問
Q. スピサ・リブとはどんなシリーズですか?
A. スピサ・リブ(Spisa Ribb)は、スティグ・リンドベリが1955年のH55展で発表したグスタフスベリの食器シリーズです。白い陶器に茶色の縦縞を走らせた、簡潔で図案的なデザインが特徴です。
Q. オリジナルのスピサ・リブと復刻版は何が違いますか?
A. 1955年に発表され、1974年まで製造されたオリジナルのSpisa Ribbは、グスタフスベリのフリント陶器によるシリーズです。一方、2003年以降に再生産された復刻版は、販売上は「Ribb」と表記されることもありますが、日本では「スピサ・リブ復刻版」として流通することも多くあります。見分けるポイントは、名前そのものよりも、素材、裏印、縞の質感です。オリジナルはフリント陶器らしい厚みと、茶色の縞に手仕事の揺らぎが見られます。復刻版はボーンチャイナで、より白く薄く、縞も均一な印象になります。
Q. スピサ・リブはベルサと関係がありますか?
A. どちらもスティグ・リンドベリが手がけたグスタフスベリの代表的な日常食器です。スピサ・リブは1955年、ベルサは1961年の発表で、白地に限られた色でモチーフをリズミカルに配置するという点に共通した感覚があります。
Q. スピサ・リブのヴィンテージ品を見るときのポイントは何ですか?
A. 底面のバックスタンプ、素材、縞の描かれ方を確認します。オリジナルは白いフリント陶器で、茶色の縞に手仕事の揺らぎが見られます。復刻版はボーンチャイナで、縞はより均一な転写表現になります。貫入やチップ、縁の擦れなども、ヴィンテージ品を見るうえで大切な確認ポイントです。
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