アダム(Adam)完全ガイド|スティグ・リンドベリが1959年に描いたグスタフスベリのコバルトブルー
Share
この記事の要点
- アダム(Adam)はスティグ・リンドベリが1959年に発表したグスタフスベリのボーンチャイナのシリーズです。
- 象徴的なのは、コバルトブルーの不規則な大小のドットを細い線でつないだ釉下彩の絵付けです。
- 赤地に白いドットで対をなす姉妹シリーズ「Eva(イヴ)」と同時に発表され、聖書のアダムとイヴをモチーフにしています。
- 翌1960年のベルサ(Berså)へとつながる、リンドベリの色彩表現の流れを考えるうえで重要なシリーズです。
- 1959年に発表され、1970年代まで製造されたヴィンテージと、2005年に登場した復刻版があり、バックスタンプで判別できます。
目次
はじめに——青いドットの食器が語ること
スウェーデンのグスタフスベリ(Gustavsberg)が1959年に世に送り出した食器に、アダム(Adam)と呼ばれるシリーズがあります。クリーム色のボーンチャイナの上に、コバルトブルーの不規則な大小のドットが、細い線でつながれて散らされています。整いすぎず、それでいて全体は静かにまとまっている——そんな独特の揺らぎが、このシリーズの個性です。
同じ年、対をなすかたちで赤いドットの「Eva(イヴ)」も発表されました。翌1960年には、リンドベリの代表作のひとつとして知られる緑の葉のシリーズ、ベルサ(Berså)が生まれます。アダムは、リンドベリの色彩表現の流れを考えるうえで重要な作品です。
本稿では、アダムというシリーズの中身と素材、そして1959年という年がリンドベリにとってどんな時期だったのかを整理しながら、北欧ミッドセンチュリーの食器史のなかにアダムを位置づけてみます。
アダム(Adam)とは——1959年に生まれた青いドットの食器
アダムは1959年、スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)がグスタフスベリのためにデザインしたボーンチャイナの食器シリーズです。1970年代までオリジナルが製造され、その後2005年に復刻版が登場しました。
不規則なドットがつくる視覚
アダムの絵柄は、釉下彩(ゆうかさい・under glaze)で手描きされています。コバルトブルーの顔料が釉薬の下でわずかににじみ、ドットの輪郭が柔らかく溶けあう——リンドベリは、この釉下彩ならではの表情を設計に取り入れました。
手描きである以上、ドットの大きさや位置はピースごとに微妙に違います。同じシリーズを揃えても、まったく同じ表情のものは並びません。量産品でありながら、個体ごとの表情が残る——この性格が、アダムを単なる幾何学パターンの食器とは異なるものにしています。
シリーズの構成
アダムは、テーブルウェアとしてひととおりの構成を備えたシリーズです。一覧にすると次のようになります。
- マグカップ(CA3型)
- コーヒーカップ&ソーサー(コニカル形・15cl)
- ティーカップ&ソーサー(コニカル形・22cl)
- プレート 18/22/24/28cm
- エッグカップ
- 蓋付きコンテナー(10cm)
- ティーポット、クリームピッチャー、シュガーボウル(オリジナル期に多く製造)
カップ&ソーサーには、緩やかな円錐形のいわゆる「コニカル」フォルムが採用されています。直線的でモダンな立ち姿が、絵柄の柔らかさとよく釣り合っています。
デザイナー、スティグ・リンドベリ
スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg、1916–1982)は、20世紀スウェーデンの陶芸・グラフィック・テキスタイルを横断したデザイナーです。グスタフスベリには1937年に入社し、1949年から1957年まで一度目のアートディレクター(AD)を務めました。陶器、磁器、ファイアンス、家具、絵本、テキスタイルなど、幅広い分野で制作を行った多作なデザイナーでした。
グスタフスベリを離れていた時期に生まれた作品
注目したいのは、アダムが発表された1959年という年です。リンドベリは1957年にいったんグスタフスベリのADを退き、Konstfack(スウェーデン国立美術工芸大学)の教員として活動の中心を学校とスタジオワークに移していました。再びグスタフスベリのADに戻るのは1972年のことです。
つまりアダムは、リンドベリがAD職を離れ、Konstfackでの教育活動と並行してグスタフスベリに関わっていた時期に生まれた作品です。完全な離別ではなく、グスタフスベリとの関係を保ちながらデザインを続けていたと読むことができます。
同時期のリンドベリ磁器
1950年代後半のリンドベリは、磁器に幾何学的・記号的なパターンを試みていました。同時期の代表作にドミノ(Domino)があります。黒い長方形と点を斜めに散らした、よりグラフィカルなデザインです。
ドミノが直線と長方形による「記号」だとすれば、アダムは円のドットによる「揺らぎ」です。同じ時期に、対照的なふたつの方向性が並走していたことになります。
アダムからベルサへ——1959と1960の連続
アダム(1959)と、対をなすEva(1959)、そして翌年のベルサ(1960)——リンドベリは2年のあいだに、青のドット、赤のドット、緑の葉という、まったく異なる三つの絵柄を世に出しました。素材や表現はそれぞれ異なりますが、限られた色数でモチーフを置くシンプルな構成には、共通する発想が見られます。
ベルサがリンドベリの代表作として広く知られているのに対して、アダムとEvaは日本ではあまり名前を聞かない時期がありました。しかし時系列で並べてみると、アダムはベルサの前に位置する「先駆」であり、リンドベリが新しい絵付けの方向を試した実験の場でもあったことが見えてきます。
EvaとAdam——聖書のペアとして発表された姉妹シリーズ
アダムの片割れに、Eva(イヴ)と呼ばれるシリーズがあります。1959年、アダムと同時に発表されました。同じ形状、同じ素材で、絵柄だけが入れ替わっています。アダムがクリーム色の地にコバルトブルーのドットなら、Evaは赤地に白いドットです。ネガとポジを反転させたような関係です。
命名は、聖書の創世記に登場するアダムとイヴから取られています。Adamを「男性的」、Evaを「女性的」と説明する文献もありますが、対比の眼目はむしろ色と背景の反転にあります。北欧ミッドセンチュリーの食器デザインのなかでも、「対」を意識した命名として印象的です。
青と赤の対比が、互いの輪郭を際立たせる設計思想が見受けられます。
ボーンチャイナという素材
アダムの素材は、ボーンチャイナ(benporslin)です。骨灰を高い比率で配合した磁器で、白さと薄さ、そして光に透ける質感を特徴とします。グスタフスベリは、北欧でボーンチャイナ製造に取り組んだ代表的な工場として知られています。アダムは、その自社素材の魅力を生かすために開発された装飾シリーズと位置づけられます。
Adam/Evaでは、アイテムや製造時期によって素材表記に差が見られることがあります。個体ごとの判断では、バックスタンプや質感を確認する必要があります。
ヴィンテージと復刻——バックスタンプで判別する
アダムには大きく二つの世代があります。1959年に発表され1970年代まで製造されたオリジナルと、2005年に登場した復刻版です。2005年復刻はグスタフスベリス・ポルスリンスファブリク(Gustavsbergs Porslinsfabrik)が引き継ぐかたちで現行ラインに組み込まれ、以降の生産が行われています。
1959年に発表され、1970年代まで製造されたオリジナル
ヴィンテージ期の底面には、グスタフスベリ伝統の錨(アンカー)ロゴ、製造年・月を示すアルファベットや数字のコード、「ADAM」のシリーズ名、そして手描きを示す「ハンドマーク」が押されています。多くの場合、釉下彩で記された「STIG L」あるいはリンドベリのサインも併記されます。
製造年の特定は、年代コード表と照合することで可能です。同じアダムでも、1960年代前半と1970年代前半では、絵付けの線の張りや釉薬の白さに違いがあり、見比べると年代の手がかりになります。
2005年に登場した復刻版
復刻版の底面には、製造年の刻印と、現代のグスタフスベリ・ロゴが入ります。家庭用機器対応の表記(食器洗浄機・電子レンジ対応など)が併記されている個体は、ほぼ間違いなく復刻期のものです。オリジナル期はこの種の現代家電を想定して作られていません。
ヴィンテージと復刻のどちらが「正しい」というものではありません。ヴィンテージには古い手描きの揺らぎがあり、復刻版には現代の製造による均質さが見られます。
グスタフスベリ——シリーズが生まれた港町
アダムが生まれた街、グスタフスベリは、ストックホルム郊外のヴェルムドー島(Värmdö)にある港町です。湾に面した工場と労働者住宅が一体となった、北欧の典型的な「ブルクス(bruks)」——企業城下町の風景が現在も残されています。
グスタフスベリの窯は1825年に創業し、ヨーロッパで2番目に古いロールストランド(1726年創業)に続くスウェーデンの代表的な窯のひとつとして発展しました。19世紀後半には海路で運ばれる蒸気船と工場が同じ波止場を共有し、磁器の街として国際的に知られるようになります。
20世紀に入ると、ヴィルヘルム・コーゲ、ベルント・フリーベリ、リサ・ラーソン、カーリン・ビョルクィスト、シルビア・レウショヴィウスをはじめとする多くのデザイナーがこの街に集まり、グスタフスベリ独自のデザイン文化を形づくります。リンドベリのアダムもまた、その流れのなかで生まれた一作です。
現在のグスタフスベリには、陶磁博物館(Gustavsbergs Porslinsmuseum)が置かれ、創業以来のコレクションが収蔵されています。アダムも、同館のコレクションに含まれるシリーズのひとつです。
まとめ
アダム(Adam)は、スティグ・リンドベリの代表作として真っ先に名前が挙がるシリーズではないかもしれません。しかし、1959年という年にこのコバルトブルーのドットが生まれ、対をなすEva、翌年のベルサへと続く流れを見ていくと、アダムが重要な位置にあることがわかります。
白地に滲む青のドット、コニカルの立ち姿、ボーンチャイナの透ける質感。手描きの揺らぎを残しながらも端正にまとめられたこのシリーズは、北欧ミッドセンチュリーの設計思想を端的に示しています。リンドベリが何を見て、何を選び、何を残そうとしたのか——アダムの造形と絵付けから、その線の引き方が伝わってきます。
まとめ
- アダムは1959年、スティグ・リンドベリがグスタフスベリのためにデザインしたボーンチャイナのシリーズです。
- コバルトブルーの不規則な大小のドットを、細い線で結んだ釉下彩の絵付けが特徴です。
- 同じ1959年に赤地のEva、翌1960年に緑のベルサが続き、リンドベリの色彩表現の広がりを示しています。
- オリジナルは1959年に発表され、1970年代まで製造。復刻版は2005年に登場。バックスタンプとロゴで判別できます。
- ボーンチャイナは、グスタフスベリが力を入れてきた素材のひとつで、シリーズの薄さと透けを支える要素になっています。