インガー・パーソンのアトリエ作品。ロールストランドの施釉ストーンウェアの花器。紙ラベルが残る

インガー・パーソン(Inger Persson)完全ガイド——ロールストランドに「ポップ」の色をもたらしたデザイナー

北欧食器タックショミュッケ編集部

この記事の要点

  • インガー・パーソン(Inger Persson, 1936–2021)は、スウェーデンのヘルシングランド地方サンダルネに生まれた陶芸家・デザイナーです。
  • ストックホルムのコンストファックで学び、最終学年にはグスタフスベリのスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)に師事しました。1959年、22歳でロールストランド(Rörstrand)に入りました。
  • 1968年に発表した「ポップ(Pop)」のティーポットは国際的な成功を収め、スウェーデン・デザイン史を代表するアイコンのひとつに数えられます。
  • 1959–1971年と1982年からの二つの時期にロールストランドで制作し、後年は手びねりのストーンウェアなど、より造形的な作品へと向かいました。
  • 作品はスウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)にも収蔵されています。ロールストランドの拠点は、ヴェーネルン湖畔の町リードヒェーピングにありました。

インガー・パーソン——ロールストランドに「ポップ」の色をもたらしたデザイナー

リードヒェーピングのロールストランド博物館の展示室
リードヒェーピングのロールストランド博物館。アールヌーヴォー期の花器が並ぶ展示室。CC BY-SA 3.0 / Majjaw(ウィキメディア・コモンズ)

スウェーデンの老舗ロールストランド(Rörstrand)が、もっとも生き生きとしていた1960年代。その色彩に若い感性を吹き込んだひとりが、インガー・パーソン(Inger Persson, 1936–2021)です。1968年に彼女が生み出した「ポップ(Pop)」のティーポットは、丸くふくらんだ愛らしいかたちと二色使いの明るい配色で国際的な成功を収め、今日ではスウェーデン・デザイン史を語るうえで欠かせない一点となっています。

彼女はロールストランドの専属デザイナーとして二つの時期に活躍し、量産の器から手仕事のストーンウェアまで、幅広い造形を残しました。名字が似ているため、同じ時代にスウェーデンで活動したシグネ・ペーション=メリン(Signe Persson-Melin)と混同されることがありますが、二人は別のデザイナーです。

本記事では、彼女が生まれたヘルシングランド地方の風景から、学びの場コンストファック、そしてロールストランドの拠点となったヴェーネルン湖畔の町リードヒェーピングまで、北欧の土地をたどりながら、インガー・パーソンの歩みと作品を見ていきます。

目次

  1. サンダルネに生まれて——ヘルシングランドの少女
  2. コンストファックの5年間——リンドベリに学ぶ
  3. 1726年創業のロールストランド——ストックホルムから湖畔の町へ
  4. リードヒェーピング——ヴェーネルン湖畔の「磁器の町」
  5. 1959年、22歳のロールストランド入り
  6. 「ポップ」1968年——スウェーデン・デザインのアイコン
  7. ふたたびのロールストランド——1982年からのアトリエ作品
  8. パーソンとペーション=メリン——混同されやすい二人
  9. 当店のロールストランド——アネモン、シルビア、ア・ラ・カルト
  10. まとめ

基本情報

氏名 インガー・ビルギッタ・パーソン(Inger Birgitta Persson)
生没年 1936年12月26日 – 2021年5月18日
出身地 スウェーデン・ヘルシングランド地方サンダルネ(Sandarne)
学歴 コンストファック(Konstfack、ストックホルム)ガラス・陶芸科 1955–1959
主な活躍の場 ロールストランド(Rörstrand)1959–1971年、1982年–1990年代
代表作 コレット(1967)、ポップ(1968)、スピーサ(1984)、プロ・アルテ(1994)
収蔵 スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)ほか

サンダルネに生まれて——ヘルシングランドの少女

ヘルシングランド地方サンダルネの街並み
サンダルネの街並み。黄色い木造家屋と赤い瓦屋根が並ぶ、スウェーデン中部の海沿いの集落。CC BY-SA 3.0 / Annika64(ウィキメディア・コモンズ)

インガー・パーソンが生まれたのは、1936年12月26日、スウェーデン中部ヘルシングランド地方の小さな町サンダルネ(Sandarne)です。ボスニア湾に面したセーデルハムン近くの、製材と木材加工で知られた海辺の集落でした。フルネームはインガー・ビルギッタ・パーソン(Inger Birgitta Persson)といいます。

ヘルシングランドは、深い森と湖沼、そして長い冬で知られる地方です。木造の農家建築が点在し、白樺の林が地平まで続きます。夏はごく短く、冬は長く、日照時間はわずかです。この静かで厳しい自然のなかで、彼女は少女時代を過ごしました。のちに彼女が手がけた明るく大胆な色使いは、こうした北の光の乏しさへの、ひとつの応答として読むこともできます。

霜に覆われたヘルシングランドの白樺
霜に覆われた白樺の枝。ヘルシングランドの冬の朝の光。パブリックドメイン / CHG(ウィキメディア・コモンズ)

やがて彼女は、南のストックホルムへ向かいます。北の地方都市から首都の美術学校へ——それは20世紀半ばのスウェーデンで、才能ある若者が歩んだひとつの道でした。

コンストファックの5年間——リンドベリに学ぶ

1946年ごろのグスタフスベリ磁器工場
グスタフスベリ磁器工場、1946年ごろ。ストックホルム近郊の入り江に面した窯。パーソンは学生時代にここで釉薬の助手を経験。CC0 / Sune Sundahl(ウィキメディア・コモンズ)

1955年から1959年まで、パーソンはストックホルムのコンストファック(Konstfack、国立芸術工芸大学)でガラスと陶芸を学びました。在学中には、グスタフスベリ(Gustavsberg)の窯で釉薬の助手として働き、またウプサラ・エケビー(Upsala Ekeby)でも実地の経験を積みました。工場の現場を知る学生時代の経験は、のちに量産の器をデザインするうえで確かな土台となりました。

グスタフスベリ・スタジオの陶製の看板
グスタフスベリ・スタジオの陶製の看板。手とGを組み合わせた意匠。スティグ・リンドベリが率いたスタジオの象徴。CC BY-SA 3.0 / Holger Ellgaard(ウィキメディア・コモンズ)

最終学年には、当時のスウェーデン陶芸を牽引していたスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)が彼女の指導にあたりました。リンドベリはグスタフスベリの芸術監督として、大胆な絵付けと親しみやすいフォルムでスウェーデンの器を一新した人物です。その薫陶を受けたことは、若いパーソンにとって大きな意味をもちました。色とかたちで人を楽しませるという姿勢は、師から受け継いだものといえます。

1959年の夏、彼女は卒業制作展を迎えます。この展覧会が、彼女の進路を決める場となりました。

1726年創業のロールストランド——ストックホルムから湖畔の町へ

ストックホルムのカールベリ湖畔、旧ロールストランド地区
ストックホルムのカールベリ湖畔。かつてロールストランドの窯が置かれた一帯。地区の名は今も通りの名などに残る。CC BY-SA 4.0 / Manfred Werner(ウィキメディア・コモンズ)

ロールストランド(Rörstrand)は、1726年にストックホルムで創業した、スウェーデンでもっとも古い窯です。ヨーロッパ全体で見ても、ドイツのマイセンに次ぐ古い歴史をもつ磁器の作り手として知られます。窯の名は、創業の地となったストックホルムのレールストランド地区に由来します。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ロールストランドはアールヌーヴォーの名品を数多く生み出しました。芸術監督アルフ・ヴァランデル(Alf Wallander)による、植物をやわらかく写した優美な器は、その代表です。下の写真は、彼が手がけた「イリス(Iris)」のカップとソーサーで、あやめの花が器の面をやさしく包んでいます。

ロールストランドのアールヌーヴォー期「イリス」カップ&ソーサー
アルフ・ヴァランデルによるアールヌーヴォー期の「イリス」のカップ&ソーサー。あやめの花を淡い青で描く。パブリックドメイン / ロサンゼルス郡立美術館蔵

ロールストランドは、およそ200年にわたってストックホルムで操業しました。しかし都市の拡大にともなって、20世紀に入ると工場の移転を迫られます。1926年にいったんヨーテボリ(Göteborg)へ、そして1936年には、西スウェーデンの湖畔の町リードヒェーピング(Lidköping)へと拠点を移しました。パーソンが加わったのは、このリードヒェーピングの窯でした。

18世紀のリードヒェーピング市街図
18世紀に描かれたリードヒェーピングの市街図。ヴェーネルン湖(Wännern)に面した碁盤目の町並みが広がる。パブリックドメイン / ウィキメディア・コモンズ

リードヒェーピング——ヴェーネルン湖畔の「磁器の町」

リードヒェーピングの旧市庁舎が建つ広場
リードヒェーピングの広場に建つ赤い木造の旧市庁舎。町のシンボルとして親しまれる。CC BY-SA 4.0 / I99pema(ウィキメディア・コモンズ)

リードヒェーピングは、スウェーデン最大の湖ヴェーネルン(Vänern)の南岸に位置する、西スウェーデン・ヴェステルヨートランド地方の町です。ロールストランドがここに移ってからは、「磁器の町(porslinsstaden)」とも呼ばれるようになりました。町の暮らしと窯の歴史は、長く分かちがたく結びついてきました。

ヴェーネルン湖に面したリードヒェーピングの港
リードヒェーピングの港に立つ赤と白の灯台。ヴェーネルン湖の穏やかな水面が広がる。CC BY 3.0 / Öyvind Lund(ウィキメディア・コモンズ)

ヴェーネルン湖は、対岸が見えないほど大きく、海のような広がりをもっています。夏には水と空が淡い青にとけあい、岸辺には花崗岩の岩が転がります。ロールストランドの工場は、この湖のほとりに建っていました。窯で働いた人々は、日々この北欧の水辺の風景を見ながら、器をつくっていたことになります。

ヴェーネルン湖の岩の多い岸辺
ヴェーネルン湖の東岸。花崗岩の岩と草地が水際まで続く、夏の北欧の湖の風景。CC BY-SA 4.0 / Leonhard Lenz(ウィキメディア・コモンズ)

2005年12月30日、ロールストランドはリードヒェーピングでの生産を終えました。280年近く続いたスウェーデン国内での製造は、ここで幕を閉じます。ブランド自体は現在もフィスカース(Fiskars)グループのもとで存続していますが、リードヒェーピングの旧工場は「ロールストランド・センター」として生まれ変わり、その一角にロールストランド博物館が置かれています。冒頭の写真は、この博物館の展示室です。

1959年、22歳のロールストランド入り

コンストファックの卒業制作展で、インガー・パーソンの才能は、ロールストランドの工場長フレドリク・ヴェートヴィエ(Fredrik Wehtje)の目にとまりました。こうして1959年、彼女はわずか22歳でロールストランドの専属デザイナーとして迎えられます。

1950年代から60年代のロールストランドは、まさに黄金期にありました。この時代にもっとも広く親しまれたのが、マリアンヌ・ウェストマン(Marianne Westman)による「モナミ(Mon Amie)」や「ピクニック(Picknick)」といった図案です。若いパーソンは、こうした先輩たちが築いた活気のただなかに身を置くことになりました。

1960年には、フランスのラティイ城(Château de Ratilly)に滞在し、のちの代表作「ポップ」につながる造形を試みたと、彼女の追悼記事は記しています。異国の陶芸の現場で得た刺激が、まもなくかたちになっていきます。

「ポップ」1968年——スウェーデン・デザインのアイコン

コレット(Colette)1967年

ポップに先立つ1967年、パーソンは「コレット(Colette)」という一連の器を発表しました。フリントウェア(flintgods)と呼ばれる素地に、青いコバルトの手描き装飾をあしらったシリーズです。ティーポットやカップ&ソーサー、ミルクジャグなどからなる構成で、当時のロールストランドらしい端正なフォルムをもっていました。

ポップ(Pop)1968年

そして1968年、彼女は「ポップ(Pop)」を世に送り出します。低く丸みを帯びた、遊び心のあるフォルム。本体とふたを対照的な二色で組み合わせる、明るく大胆な配色。イエロー、オレンジ、ブルー、グリーンといった強い色が用いられ、およそ10点ほどのアイテムからなるシリーズとして展開されました。1960年代末の若々しいポップの気分を、そのまま器のかたちに写しとったような作品です。

なかでも、茶こしを内側に備えたティーポットは、ポップの象徴となりました。このティーポットは国際的な成功を収め、翌1969年には国際的なデザイン賞に輝きます。今日ではスウェーデン・デザイン史を代表するアイコンのひとつに数えられ、スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)にも、その原型と完成品が収蔵されています。

師スティグ・リンドベリが色と絵付けで人を惹きつけたとすれば、パーソンは色とフォルムの組み合わせそのもので、時代の空気をとらえてみせました。ポップは、彼女の名を国外にまで広めた出世作となりました。

ふたたびのロールストランド——1982年からのアトリエ作品

インガー・パーソンのアトリエ作品 施釉ストーンウェアの花器
インガー・パーソンのアトリエ作品。段になった筒形のフォルムに、灰・茶・緑青の帯状の釉薬がめぐる施釉ストーンウェアの花器。ロールストランドの紙ラベルが残る。

1971年、ロールストランドの陶器部門の縮小にともなって、パーソンはいったん窯を離れます。その後の約25年間は、ティダホルム近郊のヘリデン国民高等学校で陶芸を教えながら、デンマークのクナブストルップ(Knabstrup)やフランスのガラス工房のために仕事をし、リードヒェーピング近郊のグッスルンダに自身の工房を構えました。

そして1982年、彼女はふたたびロールストランドに戻ります。この第二期の彼女は、量産の器とともに、より造形的で表現力に富んだ作品へと向かいました。1984年の「スピーサ(Spisa)」、1994年の「プロ・アルテ(Pro Arte)」といった食器シリーズを手がける一方、少し歪みをもたせた手仕事の花器や、大きなボウルの連作、フクロウをかたどった小さな陶像や鳥の陶板など、彼女ならではの自由な造形が生まれました。

上の写真は、そうしたアトリエ作品のひとつです。段になった筒形のフォルムに、灰色・茶・緑青の帯がめぐり、量産品にはない手の痕跡と釉薬の深い表情をたたえています。1960年代の明快なポップとはまた違う、時を重ねた作り手の成熟した造形が、ここには見てとれます。彼女は1996年ごろまで陶芸に携わり、2021年5月18日、リードヒェーピングで84歳の生涯を閉じました。

パーソンとペーション=メリン——混同されやすい二人

インガー・パーソン(Inger Persson)を調べていると、しばしばシグネ・ペーション=メリン(Signe Persson-Melin, 1925–2022)の名に行き当たります。名字が似ているうえ、ともに20世紀スウェーデンの陶芸を代表する女性デザイナーであるため、混同されやすい二人です。しかし、両者は別人です。

インガー・パーソンは1936年生まれ、ロールストランドの専属デザイナーとして「ポップ」などを手がけました。一方のシグネ・ペーション=メリンは1925年生まれで、自身の工房やヘガナス、ロールストランド、ボダ・ノヴァなど複数の窯で仕事をし、より簡素で静かな作風で知られます。当店では、シグネ・ペーション=メリンについても別の記事で詳しく紹介しています。二人を区別して覚えておくと、ヴィンテージの器を選ぶときに役立ちます。

当店のロールストランド——アネモン、シルビア、ア・ラ・カルト

インガー・パーソン自身の器は、日本の市場ではあまり見かける機会がありません。ここでは、彼女が身を置いたのと同じロールストランドの窯から生まれた、当店の在庫品をいくつかご紹介します。いずれも観賞用として北欧から届いた一点ものです。

アネモン(Anemon)

ロールストランド アネモン コーヒーカップ&ソーサー
ロールストランドのアネモン(Anemon)。青い花をのびやかに描いた、ロールストランドを代表する図案のひとつ。

青い花をのびやかに描いた「アネモン(Anemon)」は、ロールストランドの器のなかでも人気の高い図案です。白い地に藍色の絵付けが映え、北欧の食器らしい清潔感のある佇まいをもっています。当店ではアネモンのコーヒーカップ&ソーサーを扱っています。

シルビア(Sylvia)

ロールストランド シルビア 21cmプレート
ロールストランドのシルビア(Sylvia)21cmプレート。マリアンヌ・ウェストマンによるフォルムと、シルビア・レウショヴィウスによる図案。

「シルビア(Sylvia)」は、フォルムをマリアンヌ・ウェストマン(Marianne Westman)が、図案をシルビア・レウショヴィウス(Sylvia Leuchovius)が手がけたシリーズです。ロールストランドの黄金期を担った作り手たちの仕事を今に伝える一枚として、シルビアの21cmプレートをご覧いただけます。

ア・ラ・カルト(A La Carte)

ロールストランド ア・ラ・カルト コーヒーカップ&ソーサー
ロールストランドのア・ラ・カルト(A La Carte)コーヒーカップ&ソーサー。落ち着いた色合いの、実直なフォルム。

「ア・ラ・カルト(A La Carte)」は、装飾を抑えた実直なフォルムが魅力のシリーズです。当店のア・ラ・カルトのコーヒーカップ&ソーサーは、棚に静かな存在感を添える一点です。

まとめ

  • インガー・パーソン(Inger Persson, 1936–2021)は、ヘルシングランド地方サンダルネに生まれ、コンストファックでスティグ・リンドベリに学んだスウェーデンの陶芸家・デザイナーです。
  • 1959年、22歳でロールストランド(Rörstrand)に入り、黄金期の窯で腕を磨きました。
  • 1968年の「ポップ(Pop)」のティーポットは国際的な成功を収め、スウェーデン・デザイン史のアイコンとなりました。
  • 1982年からの第二期には、スピーサやプロ・アルテといった器のほか、手仕事のストーンウェアなど造形的な作品を数多く残しました。
  • ロールストランドの拠点リードヒェーピングは、ヴェーネルン湖畔の「磁器の町」として、今もその記憶をとどめています。

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