リサ・ラーソン《社会討論(Samhällsdebatten)》|1968年、男女同権の時代精神を映したグスタフスベリの陶器像
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この記事でわかること
- リサ・ラーソンの陶器像《社会討論(Samhällsdebatten)》は、1968年にグスタフスベリで設計され、1969〜1971年に大型版、1969〜1974年に小型版が生産された代表作です。
- 当初は「結婚式の贈答品」として男性が女性を抱え上げる構図で試作されましたが、男性の脚部に強度上の問題が生じたため、構図を反転して女性が男性を抱え上げる形に再設計されました。
- 反転後の構図は、1960年代末から1970年代にかけてスウェーデンで進んだ男女同権政策、個別課税制度、男女同権協議会、両親育児休暇制度の時代と重なり、男女の役割を問い直す像として読まれてきました。
- ストックホルム国立美術館(Nationalmuseum)が収蔵しており、リサ・ラーソンの中期キャリアを代表する作品の一つです。
リサ・ラーソン《社会討論(Samhällsdebatten)》——1968年、男女同権の時代精神を映したグスタフスベリの陶器像
リサ・ラーソン(Lisa Larson、1931–2024)の代表作の一つに、《社会討論(Samhällsdebatten)》という陶器像があります。スウェーデン語で「Samhällsdebatten」は「社会の討論」「公開討論」という意味です。1968年にグスタフスベリ(Gustavsberg)でデザインされ、翌1969年から生産が始まりました。婦人が紳士を抱え上げる、印象的な構図で知られています。
この像には、製作過程にひとつの逸話があります。当初の試作は伝統的な結婚式の構図、つまり男性が花嫁を抱え上げる形で設計されました。ところが、陶器でつくられた男性の脚部が体重を支えきれず、試作品の段階で折れてしまいました。リサとグスタフスベリの工房が選んだ解決策は、構図を反転させることでした。花嫁が新郎を抱え上げる形にしたところ、花嫁の長いドレスが床まで広がる土台となり、しっかりとした強度が確保できたといいます。技術的な必然から生まれたこの逆転が、結果として像のメッセージを多層化させました。
本記事では、《Samhällsdebatten》という一点の陶器像を起点に、1968年から1970年代にかけてのスウェーデン社会と「男女同権」の動き、そして「神話や王侯ではなく、議論する市民をかたちにする」という北欧らしい陶器像の系譜をたどります。リサ・ラーソンの完全ガイドや陶板ガイドと合わせて読んでいただけると、彼女の世界観がより立体的に見えてくるはずです。
目次
1. 《Samhällsdebatten》——基本情報
| 作品名 | Samhällsdebatten(サムハルスデバッテン/社会討論・公開討論) |
|---|---|
| デザイナー | リサ・ラーソン(Lisa Larson、1931–2024) |
| 製造 | グスタフスベリ(Gustavsberg、スウェーデン) |
| デザイン年 | 1968年 |
| 生産期間 | 大型版:1969〜1971年/小型版:1969〜1974年 |
| サイズ | 大型版:約39.5×26.5×12.3cm/小型版:高さ約23cm |
| 素材 | 大型版:白いストーンウェア(stengods)/小型版:シャモット系の陶質素材 |
| 装飾 | クロモリトグラフィー転写(緑・桃・黒)と手描きの黒・金彩 |
| 収蔵 | ストックホルム国立美術館(Nationalmuseum、Inv. NMGu 11246、2000年Kooperativa Förbundet寄贈) |
| サイン | 底面に「Lisa L」筆記体/グスタフスベリのアンカーマーク |
制作年と生産期間は、ストックホルム国立美術館およびスウェーデンのオークション・ハウス、ブコフスキーズ(Bukowskis)の作品記録に基づいています。本作は大型版(高さ約39.5cm)と小型版(高さ約23cm)の2サイズで生産されました。大型版は3年ほどの限定生産にとどまり、状態のよい個体は流通量が限られています。
2. 構図反転の逸話——男性の脚が立たなかったから、女性が抱え上げた
《Samhällsdebatten》の制作背景には、北欧デザイン史のなかでもとくにユニークな逸話があります。リサ・ラーソンと工房が最初に試作したのは、伝統的な結婚式の構図——つまり、新郎が花嫁を抱え上げ、家の敷居を越える、という古来の儀礼を象った像でした。ヨーロッパでは、新郎が花嫁を抱き上げてしきいをまたぐ習慣が広く知られています。新婦をかたどった陶器を、新郎にあたる陶器が抱え上げる——構図としては自然な選択です。
ところが、試作の段階で問題が生じました。ストックホルム国立美術館の作品記録によれば、「セラミックの男性の脚部が体重に耐えられず、崩れてしまった」と記録されています。陶器という素材は重く、二人分の体重を二本の細い脚に集中させると、焼成後の構造強度が足りなかったのです。
リサと工房が選んだ解決策は、像のコンセプトそのものを反転させることでした。新郎が花嫁を抱える代わりに、花嫁が新郎を抱え上げる形に組み直したのです。すると、床に向かって広がる花嫁の長いドレスが、像全体の重量を地面に逃がす構造的な土台になりました。結果として、像は焼成後も安定して立ち、量産に耐える強度を備えるに至りました。
この「技術的な必然から生まれた逆転」が、像のもつ意味を一気に多層化させます。当初は単なる結婚式の贈答品だった陶器が、男女の力関係を反転させる図像へと変容したのです。ブコフスキーズ(Bukowskis)はオークション記録のなかで、本作について「権力とジェンダーの表象が反転している(representations of power and gender were inverted)」と説明しています。同社はまた、「結婚式の贈答品として伝統的に新郎が新婦を運ぶはずだったところ、セラミックの男性の脚が崩れ、花嫁のドレスを土台にすることで像が安定し、当時の社会討論を反映する多層的な意味を獲得した」とも記しています。
偶然か必然か、設計上のひとつの問題が、像の意味を変えてしまいました。リサ・ラーソンの作品史のなかでも、このような「技術的制約が芸術的メッセージに直結した」例は珍しいものです。
3. 1968年——リサがこの像をデザインした年のスウェーデン
リサ・ラーソンが《Samhällsdebatten》をデザインしたのは1968年。世界的に見れば、五月革命のパリ、チェコのプラハの春、アメリカの公民権運動とベトナム反戦運動、そして文化大革命の中国——既存の権威構造に対する異議申し立てが世界中で同時に噴き出した年でした。スウェーデンも例外ではありません。
当時のスウェーデンは、社会民主労働党(Socialdemokraterna)の長期政権下で、福祉国家の建設を着々と進めていました。1969年にはオロフ・パルメ(Olof Palme、1927–1986)が首相に就任し、男女同権・反戦・第三世界連帯を掲げる社会民主主義路線が一気に加速します。パルメ自身も家事を分担する夫としてメディアに登場するなど、男女同権を生活の単位でも体現した政治家でした。
同じ時期、若い世代を中心に女性解放運動(Grupp 8、グルップ・オッタ、1968年結成)が活発化し、女性の社会参画・賃金格差・家事労働の偏りといったテーマが公の場で議論されはじめます。「Samhällsdebatten(社会の討論)」という名前そのものが、この時代の空気を象徴しています。1968年、まだ像のタイトルが決まる前の段階で、スウェーデンの社会そのものが「討論の社会」になっていました。
リサ・ラーソンは1954年からグスタフスベリで働く陶芸家として、社会の変化を作品のなかに静かに織り込んでいきました。ABCガールズ(1958–1969)、リッラ・ズー(小さな動物園)、アフリカシリーズ——彼女の作品はけっして声高な政治宣言ではありませんが、子どもや女性、世界各地の文化を主題に据える姿勢には、当時のスウェーデン社会が向き合っていた価値観の変化が反映されています。《Samhällsdebatten》は、その流れの中で生まれた一作でした。
4. 1969〜1974年——男女同権が制度化されていく時代
《Samhällsdebatten》が生産された1969年から1974年の5年間は、スウェーデンが世界の男女同権の最前線に立った時期と重なっています。グスタフスベリで陶器像が焼かれていた裏で、議会と政府は次々に制度改革を進めていました。
1971年、夫婦を一つの単位として課税していた所得税制が改められ、配偶者がそれぞれ独立した納税主体となる個別課税制度が導入されました。これは、女性が家計上の「夫の付属物」ではなく独立した経済主体であることを、税制の構造として認めた改革です。働く女性が増え、夫婦共働きが標準的なライフスタイルへと変わっていきます。
1972年、首相直轄の男女同権協議会(Jämställdhetsdelegationen)が設置されました。政府の中枢に男女同権の専門部署が置かれたのは、世界的に見てもきわめて早い時期です。
1974年、スウェーデンは母親だけでなく父親も取得できる有給の両親育児休暇制度を導入し、この分野で世界を先導しました。当初は6か月、その後段階的に延長され、現在は両親合わせて480日という長大な制度に成長しています。「子育ては母親の仕事」という前提を、国家として正面から書き換えた制度です。
《Samhällsdebatten》という陶器像は、これらの制度改革が次々に実施されていた、まさにその時期に、北欧の家庭の本棚や飾り棚に並んでいきました。制作意図がそのまま政治運動だったわけではありません。しかし、結果としてこの像は、男女同権が制度として根を下ろしていく5年間を、陶器のかたちで記録することになりました。
5. 女性陶芸家としてのリサ・ラーソン
《Samhällsdebatten》を読み解くうえで、リサ・ラーソン自身の歩みも重要です。彼女は1931年、スウェーデン南部スモーランド地方のヘールスホル(Hälleberga)に生まれ、ヨーテボリの工芸デザイン学校でテキスタイルから陶芸へと進路を変えました。1954年、23歳のときに、グスタフスベリの芸術監督スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg、1916–1982)に才能を見出され、「1年間の試用」として工場に招かれます。その1年は、結果として26年間の創作活動へと続きました。
1950年代当時、ヨーロッパの陶磁器産業で女性デザイナーは少数派でした。グスタフスベリにも先輩の女性陶芸家はいましたが、リサが入社した時代は、女性が長期的に家庭と仕事を両立しながら作家活動を続けることが、まだ社会的に当然視されていない時期です。リサ自身、三人の子どもを育てながら、毎日工房に通って制作を続けました。母親であり、妻であり、同時に陶芸家として制作を続けたリサの歩みは、当時のスウェーデンで女性が仕事と家庭をどう両立するかという問題とも重なって見えます。
リサが残したシリーズの多くに、女性・子ども・働く人々が主役として登場します。ABCガールズではふくよかな少女たちを、ノアの方舟シリーズでは動物のつがいを、《Kスタジオ》の独立後期にはより自由なユニークピースを——「英雄ではない、普通の人びと」が陶器の主題でありえることを、彼女は半世紀にわたって証明し続けました。《Samhällsdebatten》もまた、その系譜のなかにあります。
6. 結婚祝いから社会討論へ——意味が多層化した経緯
この像は、最初から「社会討論」という名前を持っていたわけではありません。当店の作品記録に伝わるところでは、本作はもともと結婚式の贈答品として企画されました。新郎が花嫁を抱える、ヨーロッパの伝統的な祝祭の構図——その瞬間を陶器にする、というアイデアです。
ところが先述のとおり、構図反転を経た像は、贈答品の枠を越えていきます。1969年から1971年にかけて、グスタフスベリの量産ラインから生まれたこの陶器像は、スウェーデン社会で「Samhällsdebatten(社会の討論)」という名で流通しました。婦人が紳士を抱え上げる構図は、当時の市民にとって、ジェンダーの権力関係を反転させた象徴的なイメージとして読み取られたのです。
結婚という個人的な儀礼の象徴であった像が、社会全体の議論を象る像へと意味を広げた——これは、リサ・ラーソンが意図したというより、像と時代が共振した結果と考えられます。1968〜1974年というスウェーデン社会の特殊な5年間と、構造強度のために選ばれた反転構図が、たまたま重なったのです。
当店の作品記録は、この像について「結婚式用の贈答品としてデザインされたものですが、様々なメッセージを内包する作品として多様な解釈があります」と書いています。観る人それぞれが、自分の文脈から意味を読み出せる——それがこの陶器像のもう一つの魅力です。
7. 「北欧らしい陶器像」とは何か
ヨーロッパの陶磁器の歴史には、長く王侯貴族や神話の人物像を題材にしてきた系譜があります。マイセン(Meissen)の宮廷風の人物像、セーヴル(Sèvres)の神話彫刻——18世紀の磁器は、貴族のサロンに飾る装飾品として、上流階級の身振りを模してきました。
20世紀の北欧の食器・陶製品メーカーは、その伝統からゆるやかに離れていきました。ロイヤルコペンハーゲン(Royal Copenhagen)のアクセル・サルト(Axel Salto)、グスタフスベリのヴィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge)やスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg)、ロールストランド(Rörstrand)のグンナー・ニールンド(Gunnar Nylund)——いずれも、神話や王侯ではなく、自然や日常生活、市民の暮らしを主題に据える方向へと舵を切りました。
リサ・ラーソンはその流れのなかでもとくに、「議論する市民」「働く女性」「子ども」「動物」を主役にした作家です。彼女の陶器像には、王冠も剣も預言者の杖もありません。代わりに、本を抱えた少女、しっぽを立てた猫、抱き合う動物のつがい、そして《Samhällsdebatten》のような、議論し、抱え合う市民の姿が並びます。
「北欧らしい陶器像」という言葉があるとすれば、それは「装飾品としての完成度」より「日常の中の人間の姿」を選びとる姿勢のことだと言えるかもしれません。《Samhällsdebatten》は、その姿勢を最もはっきりと体現した一作です。当店が大切にしている、北欧の暮らしや価値観まで含めて作品を見るという姿勢とも重なります。
8. 本作の見どころ——サイズ・素材・装飾
《Samhällsdebatten》は、大型版(高さ約39.5cm)と小型版(高さ約23cm)の2サイズで生産されました。大型版の方が量感があり、像の構造的なドラマがより強く伝わります。一方で小型版は飾る場所を選ばず、書棚や窓辺にも収まるスケール感です。流通量は大型版の方が少なく、状態のよい個体は希少です。
素材——大型版は白いストーンウェア、小型版はシャモット系素材
大型版の素地は、白いストーンウェア(stengods)です。ストーンウェアは、高温で焼成される硬質な陶質素材で、緻密で堅牢な質感を持ちます。白い素地に部分的に色釉や転写を施すことで、簡素ながらも豊かな表情を生み出します。
小型版については、シャモット系の陶質素材として紹介されることがあります。シャモットは、焼成済みの陶土を砕いて混ぜ込むことで、ざらりとした質感や造形上の強度を出す素材です。同じ作品でも、サイズと製造ロットによって素地の表情が異なる点は、本作を見るうえでの一つのポイントです。
装飾——クロモリトグラフィー+手描き
装飾は、クロモリトグラフィー(多色石版印刷)転写と手描きを組み合わせた工程で施されています。緑・桃・黒の転写紙で全体の構成を整えたうえに、黒と金の手描きで輪郭や細部を加える、という二段階の装飾です。これにより、量産品でありながら一点ずつ表情が微妙に異なる仕上がりになっています。
サイン——「Lisa L」とグスタフスベリのアンカー
底面には、リサ・ラーソンの手書きサイン「Lisa L」の筆記体と、グスタフスベリのアンカーマーク(錨ロゴ)が併記されています。グスタフスベリのロゴは時代によって変化しており、1960年代後半から70年代初頭のものは像の年代特定に役立ちます。詳しくは当店ブログの「北欧食器のバックスタンプ総合ガイド」もご参照ください。
国立美術館収蔵
大型版の一点は、ストックホルム国立美術館(Nationalmuseum)に収蔵されています(収蔵番号 NMGu 11246、2000年に協同組合連合 Kooperativa Förbundet より寄贈)。展示室1222(北ホール)に並ぶこともあり、リサ・ラーソンの中期キャリアを代表する作品の一つに数えられています。市場で流通するヴィンテージの一点は、その美術館収蔵作品と同じデザイン・同じ生産期間の量産個体に当たります。
9. まとめ——議論を支える陶
《Samhällsdebatten》を読み解く5つの鍵
- 1968年デザイン、1969〜1971年生産——リサ・ラーソンがグスタフスベリで設計し、限られた期間に大型版が量産された代表作です。
- 結婚祝いから社会討論へ——新郎が花嫁を抱える伝統的構図で試作されましたが、構造的問題から男女の役を反転させた結果、像の意味が大きく広がりました。
- 男女同権の時代と重なる——個別課税制度(1971年)、男女同権協議会の設立(1972年)、両親育児休暇制度(1974年)——この像が生産された5年間は、スウェーデンの男女同権が制度化されていく時期でした。
- 女性陶芸家としてのリサ・ラーソン——家庭と制作を両立しながら働いた彼女自身の歩みも、この像を読み解く背景の一つになります。
- 「北欧らしい陶器像」の代表作——王侯や神話ではなく、議論する市民を主役にする北欧モダニズム陶器の系譜のなかで、もっとも明瞭にそのメッセージを伝える一作です。
《Samhällsdebatten》は、技術的な制約と社会的な時代精神とが偶然に重なって生まれた、ひとつの陶器像です。婦人が紳士を抱え上げるその姿は、見る人によって、結婚祝いに、男女同権の象徴に、家族の支え合いに、あるいは単純に「リサ・ラーソンらしいユーモアのある一作」に、それぞれ違う意味で読まれてきました。
製作から半世紀あまり、いまこの陶器像を日本の空間に迎えるとき、私たちはひとつの陶のかたちに刻まれた、スウェーデンが世界に先駆けて踏み出した男女同権の足跡も、一緒に受け取っていることになります。「北欧らしい陶器像」という言葉が指し示す世界の中心に、この一作は静かに立っています。