リサ・ラーソンと猫|約30種の猫作品の歴史・飼い猫の物語・日本で愛される理由
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この記事の要点
- リサ・ラーソン(Lisa Larson, 1931-2024)は生涯を通じて猫を飼い続けた愛猫家。「猫が好きだから猫を作った」と本人が語っている
- グスタフスベリ在籍中に約30種類の猫作品を制作。動物園シリーズ、壁掛け陶板、ユニークピースと多岐にわたる
- リサの飼い猫をモデルにした唯一の作品が「カッテン・モーセス(Katten Moses)」。暖かい場所で横になるのが好きな穏やかな猫だった
- 猫作品の名前はすべて「M」で始まる:Max、Mia、Moses、Måns、Murre、Maja、Mika、Moa、Maj
- 日本限定キャラクター「マイキー」は、絵本『Baby Number Book』から誕生。Keramikstudion生産の約80%が日本に輸出されている
リサ・ラーソンと猫——すべては尻尾を立てた小さな猫から始まった
撮影: Hilding Engströmer © Nationalmuseum
リサ・ラーソン(Lisa Larson, 1931-2024)が生み出した作品の中で、最も多くのバリエーションを持つモチーフが「猫」です。グスタフスベリ時代の約30種類に始まり、退社後のK-Studion作品、そして日本で国民的人気を誇る「マイキー」まで——リサの猫は60年以上にわたって作り続けられてきました。
なぜ、リサはこれほど多くの猫を作ったのか。スウェーデン語の一次資料をもとに、その原点に迫ります。
「猫が好きだから猫を作った」——リサ自身の言葉
スウェーデン公共放送(Sveriges Radio)のインタビューで、リサはこう語っています。
"Jag gjorde katter för att jag älskar katter"
(猫が好きだから猫を作ったのです)
また、スウェーデンの女性誌Elle誌では、猫を作る理由をこう明かしています。
"Jag hade alltid haft katt så det låg nära till hands"
(私はずっと猫を飼っていたので、猫を作るのは自然なことでした)
リサは生涯を通じて猫を飼い続けていました。その実体験が、粘土を通じて数々の名作を生み出す原動力となったのです。
猫作品の誕生——Lilla Zoo(小さな動物園)1955年
リサの猫作品の原点は、1955年にまで遡ります。
ある日、リサはグスタフスベリのアトリエで、尻尾をピンと誇らしげに立てた小さな猫を粘土で作りました。何気ない習作のつもりでした。しかし、それを見た芸術監督のスティグ・リンドベリが目を留め、「これをシリーズ生産用のモデルとして発展させてみないか」と提案したのです。
こうして生まれたのが、リサ初のシリーズ生産品「Lilla Zoo(小さな動物園)」でした。1956年から1978年まで生産されたこのシリーズには、7体の動物フィギュリンが含まれ、そのうち3体が猫(座り猫、立ち猫など異なるポーズ)。残りはキツネ、馬、ダックスフント、バイソンです。
暗褐色の炻器(ストーンウェア)に手彩色で施された素朴な動物たち。記念すべきデビュー作の中心には、すでに猫がいたのです。
動物園シリーズの猫たち——Max、Mia、そしてMenageri
Stora Zoo(大きな動物園)1957年
Lilla Zooの成功を受けて、1957年にデザインされたのが「Stora Zoo(大きな動物園)」です。1958年から1979年まで生産されました。
このシリーズの猫「Max」は、ふっくらとした虎縞模様の猫。薄色の炻器に黒灰色の縞模様と黄色い目が描かれた、リサの猫作品の中でも最も愛されたデザインの一つです。後に「マイキー」のモチーフにもなりました。
Mia——丸くて堂々とした猫(1965年)
1965年にデザインされた「Mia」は、丸みを帯びた堂々とした体躯の猫。Stora Zooコレクションに追加された作品で、後にリサの猫作品の代名詞となりました。現在もKeramikstudion Gustavsbergで復刻生産が続けられており、Mini、Midi、Maxiの3サイズで展開されています。
Menageri——動物の行進(1966年)
1966年のMenageri(メナジェリ)シリーズにも猫が含まれています。動物園シリーズよりもやや様式化されたデザインで、リサの猫表現の幅広さを示す作品です。
Tripp Trapp Trull——3匹の猫(1968年)
1968年にデザインされた「Tripp Trapp Trull」は、3体の猫からなるシリーズ。白いストーンウェアに彩色・施釉され、高さ11cmから27cmまでの3サイズで展開されました。1972年から1974年の短期間のみ生産されたため、現存するものは希少です。
Jura——Stora Katten(大きな猫)1971年
1971年にデザインされたJuraシリーズには「Stora Katten(大きな猫)」が含まれています。高さ約14cm、長さ約10.5cmのこの猫は、後にKeramikstudionで「JP Katt」として復刻されました。JP Kattは、リサの猫の中でMで始まらない唯一の例外です。
壁掛けの猫——UNIK陶板シリーズ
1960年代後半、リサは壁掛け用の陶板(プラーク)にも猫を描きました。座り猫や丸猫の2つの基本形に、通常色、ブルーアイズ、白、黒といったカラーバリエーションが展開されています。
特にUNIK(ユニーク)シリーズの猫陶板は一点ものとして制作されたもので、当店でも取り扱いがあります。
当店の猫陶板コレクション
カッテン・モーセス——リサの飼い猫をモデルにした唯一の作品
グスタフスベリ在籍中に約30種類の猫作品を制作したリサですが、実際に自分の飼い猫をモデルにしたのは、ただ一つ。1984年にデザインされ、1991年からKeramikstudionで生産が始まった「カッテン・モーセス(Katten Moses)」です。
スウェーデンのオークション・美術品メディアBarnebysの追悼記事にはこう記されています。
"Den sistnämnda är den enda figurin som baserats på en av Larsons egna katter"
モーセスは、ラーソン自身の飼い猫をモデルにした唯一のフィギュリンである)
モーセスは穏やかな大型猫で、暖かいところで横になるのが好きだったといいます。長さ30cm、高さ16cmの作品に、その悠然とした佇まいが表現されています。他の猫作品がリサの想像力やスタイルの産物であるのに対し、モーセスだけは実在の猫の「肖像画」なのです。
「M」から始まる猫たち——命名のルール
リサの猫作品には、興味深い命名規則があります。すべての猫の名前が「M」で始まるのです(唯一の例外はJP Katt)。
リサ・ラーソンの「M」猫一覧
| Max | 1957年デザイン。ふっくらした虎縞猫。Stora Zooシリーズ |
| Mia | 1965年デザイン。丸くて堂々とした猫。最も有名な猫作品の一つ |
| Moses | リサの飼い猫がモデルの唯一の作品。穏やかな大型猫 |
| Murre | 1975年デザイン。グスタフスベリ・スタジオで1975-1981年に制作 |
| Måns | 自然な見た目の猫。白地に黒い背中など複数のカラーバリエーション |
| Maja | Mシリーズの一つ |
| Mika | Mシリーズの一つ |
| Moa | ふわふわとした毛並みの猫。リサの未発表作品から発見 |
| Maj | Mシリーズの一つ |
Moa(モア)——「鳥を食べちゃった猫」の物語
2018年、リサの自宅を訪れたスタッフが、棚の奥に眠っていた未発表の猫の原型を発見しました。「この猫は何ですか?」と尋ねると、リサはいたずらっぽく笑ってこう答えたといいます。
「このネコは、鳥を食べちゃったネコなのよ」
ところが後日、改めて聞くと「鳥を食べた話なんてしてないよ?」としれっと言ったそうです。リサらしいユーモアあふれるエピソードです。
こうして日の目を見た「Moa(モア)」は、ふわふわとした毛並みの猫。リサが最後にデザインした猫作品の一つとなりました。グレー、ブラウン、ホワイトの3色展開で、現在もKeramikstudionで生産されています。
子どもと猫——「Pelle med katt」と「Flicka med katt」
リサの猫への愛情は、動物のフィギュリンだけにとどまりません。1961年に制作された「Larsons ungar(ラーソンの子どもたち)」シリーズの中の「Pelle med katt」は、両手で猫を大切そうに抱きしめる少年の像です。1964年から1980年まで生産されたこの作品は、高さ19.5cm。リサの実の娘ヨハンナ(1960年生まれ)に触発されて制作されたシリーズの一部です。
また、「Tomtefamiljen(トムテ家族)」シリーズには「Flicka med katt(猫を持つ少女)」も含まれています。リサにとって猫は、子どもたちの日常風景に欠かせない存在だったのでしょう。
キャットマンズ(Cat Mans)——K-Studion時代の大型猫
1980年にグスタフスベリを退社した後も、リサは猫を作り続けました。K-Studion(ケラミックスタジオン)で制作された「Cat Mans」シリーズは、マキシサイズの大型猫のフィギュリン。黒猫、白猫、茶白、黒ぶちなど、実在の猫のような多彩な毛色バリエーションが展開されています。
一つひとつ手作業で彩色されるため、同じ色でも個体ごとに表情が異なるのが特徴です。
当店のキャットマンズ(全9点)
Liten Katt——小さな猫(1965年)
1965年にデザインされた「Liten Katt(小さな猫)」は、手のひらに収まるような小さな猫のフィギュリンです。シンプルながら猫の本質を捉えたフォルムは、リサの観察眼の鋭さを物語っています。
素朴から写実へ——猫のスタイルの変遷
60年にわたるリサの猫作品を概観すると、その表現スタイルが時代とともに変化してきたことがわかります。
| 時代 | スタイル | 代表作 |
|---|---|---|
| 1950年代 | 素朴で笑顔の虎縞猫。民芸的な温かみ | Lilla Zoo、Stora Zoo |
| 1960年代 | ファンタジー動物への発展。丸みと抽象化 | Mia、Menageri、UNIK陶板 |
| 1970年代 | より自然で写実的な表現へ | Murre、Moses |
| 1980年代〜 | ほぼ実物大の写実的な猫 | Cat Mans(K-Studion) |
リサ自身、この変化について1960年代にこう語っています。
"Jag behövde inte hålla mig till hur djur verkligen ser ut. Jag kunde göra mina egna fantasidjur! Det var en befrielse"
(動物が実際にどう見えるかに縛られる必要はないと気づいた。自分だけの空想動物を作れる! それは解放だった)
「解放」から始まったファンタジー動物の時代を経て、やがてリサは再び実際の猫の姿に戻っていきました。それは「写実に戻った」というよりも、空想と写実の両方を経験した上での、より深い猫への理解の表れだったのかもしれません。
なぜ日本人はリサの猫に惹かれるのか
マイキー(Mikey)——日本で生まれた猫キャラクター
リサの猫が日本で爆発的な人気を獲得したきっかけは、日本のクリエイティブカンパニーTonkachi(トンカチ)とのコラボレーションです。2000年代初頭、トイカメラメーカーに勤めていた佐々木美香さんがリサの熱心なファンで、「おもちゃのカメラで写真を撮ってもらえませんか?」と手紙を送ったのが始まりでした。
2008年、リサと娘ヨハンナの共著で日本向けの絵本『Baby Number Book』が出版されます。リサが描いた多数の動物スケッチの中に、1950年代のStora Zooの猫をリデザインした「ちょっとふてぶてしくてインパクトのある猫」がいました。佐々木さんが「この子を主役にしたい」と決断。名前はリサの娘ヨハンナが「マイキー」と命名しました。
書店営業では「この猫、怖いから売れないよ」と言われたものの、「人間ぽくて媚びてない」というマイキーの個性は、大人の女性を中心に支持を広げていきます。現在、Keramikstudion Gustavsbergの生産の約80%が日本に輸出されているという事実が、日本での人気の大きさを物語っています。
21万人が訪れた回顧展
2014年から2015年にかけて開催された日本での回顧展は8都市を巡回し、総来場者数21万2千人超を記録しました。2015年には滋賀県信楽の陶芸文化公園にリサの作品の3メートルの巨大レプリカが設置されるなど、その人気は「北欧デザイン」の枠を超えた社会現象となりました。
1955年から始まった日本との縁
リサと日本の関わりは、実はマイキーよりはるかに長い歴史があります。
- 1955年: H55展(ヘルシングボリ博覧会)の日本パビリオンで畳に触れ、「その滑らかさに感動し、離れたくないほどだった」と語る
- 1970年: 大阪万博にスウェーデン代表団として来日。伝説的陶芸家・濱田庄司と出会う
- 1981年: 西武百貨店(東京)でストーンウェアの大規模個展
- 2011年以降: 東日本大震災を受けて「日本のために何かしたい」とJAPANシリーズが誕生。益子焼、有田焼、波佐見焼など日本の伝統窯業地とコラボレーション
「かわいい」が繋ぐ二つの文化
リサの猫が日本で特別に愛される理由は、スカンジナビアデザインの簡素な美しさと日本の「かわいい」文化が自然に重なり合う点にあります。
リサの猫は、精緻な写実でもなく、過度にデフォルメされたキャラクターでもありません。粘土の質感を残しながら、猫の本質的な愛らしさ——丸いフォルム、気まぐれな表情、凛とした佇まい——を凝縮しています。この「引き算の美学」は、日本の侘び寂びの感性と深く共鳴するのです。
リサ本人も、日本での人気についてこう語っています。
"Jag begrep ju inte att jag var så ... känd"
(自分がそんなに…有名だとは分かっていなかった)
リサが遺したもの——猫は生き続ける
2024年3月11日、リサ・ラーソンは92歳で逝去しました。スウェーデン国立美術館(Nationalmuseum)は追悼声明の中で、「アドベント人形と猫が多くの家庭を飾っている」とリサの功績を称えました。
2025年には、リサの孫娘エミリア・エクマン・ラーソンが監督したドキュメンタリー映画「Farmors leriga händer」(おばあちゃんの泥まみれの手)が公開。ナッカの自宅地下にあったアトリエでの創作風景や、「storhuvade lejon, egensinniga katter」(大きな頭のライオン、気難しい猫たち)など象徴的な作品が紹介されています。
リサはかつてこう語りました。
"Sprudlande, kreativ och helt ostoppbar"
(活気にあふれ、創造的で、まったく止められない)
尻尾をピンと立てた小さな猫から始まった70年の物語。リサ・ラーソンが粘土に込めた猫への愛情は、スウェーデンから海を越え、日本の多くの家庭で今も静かに息づいています。
当店で取り扱い中のリサ・ラーソン猫作品
年表:リサ・ラーソンと猫の歩み
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1955年 | Lilla Zoo(小さな動物園)をデザイン。猫3体を含む7体の動物フィギュリン。リサ初のシリーズ生産品 |
| 1957年 | Stora Zoo(大きな動物園)をデザイン。虎縞猫「Max」が含まれる |
| 1961年 | 「Larsons ungar」シリーズの「Pelle med katt(猫を抱く少年)」を制作 |
| 1965年 | Mia、Liten Katt をデザイン |
| 1966年 | Menageri シリーズに猫を含む |
| 1960年代後半 | UNIK(ユニーク)シリーズで壁掛け猫の陶板を制作 |
| 1975年 | Murre をデザイン。グスタフスベリ・スタジオで1981年まで制作 |
| 1980年 | グスタフスベリを退社。以後K-Studionでの制作を開始 |
| 1980年代〜 | Cat Mans シリーズなど、K-Studionでの大型猫作品を展開 |
| 2014年 | 日本で回顧展が8都市を巡回。東京で2週間に70,000人超が来場 |
| 2023年 | Skultuna(スウェーデン老舗真鍮メーカー)とのコラボで真鍮製の猫フィギュリンを制作 |
| 2018年 | リサの自宅で未発表の猫の原型が発見され、「Moa(モア)」として製品化。リサ最後の猫デザインの一つ |
| 2024年3月 | リサ逝去(享年92歳)。追悼記事で猫作品が繰り返し言及される |
参考文献・情報源
- Sveriges Radio「Keramikern och konstnären Lisa Larson är död」(2024)
- Elle Sverige「Elle möter konstnären Lisa Larson」
- Barnebys「Barnebys minns Lisa Larson」(2024)
- Nationalmuseum「Lisa Larson har gått ur tiden」(2024)
- Nationalmuseum Shop「Lisa Larsons Okända djur」
- Fokus「Hon förstod vart vindarna blåste」(2024)
- Keramikstudion Gustavsberg 公式サイト
- Art of the Horse「Q&A With Lisa Larson」(2018)
- lisalarsonalster.se 猫作品カタログ(109種類掲載)
- Fika/CINRA「リサ・ラーソンと日本」(2017)
- CREA「マイキー誕生秘話」
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