信楽で開催中「スティグ・リンドベリ展」レポート ── ベルサの葉の起源を辿る
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2026年3月20日から5月10日まで、滋賀県甲賀市の滋賀県立陶芸の森 陶芸館にて開催中の「特別展 20世紀北欧デザインの巨匠 スティグ・リンドベリ展」を訪れました。リンドベリ家のプライベートコレクションを中心に、テーブルウェアからファイアンス、フィギュリン、テキスタイルまで約150点を一堂に展示する、日本では稀有な規模の回顧展です。
当店は北欧ヴィンテージ食器を専門に扱うオンラインストアです。リンドベリのベルサやテルマ、アダムなど、実際に手に取ることのできる商品を日々お届けしています。そのリンドベリの作品が、滋賀の地にこれほど集結する機会はめったにありません。展示を通じて感じた、リンドベリの40年にわたる創作の変遷をお伝えします。
目次
陶芸の森へ
信楽の山あいに位置する滋賀県立陶芸の森。緑に囲まれた美術館が佇むこの場所に、スウェーデン・グスタフスベリのデザインが持ち込まれるのは、なんとも不思議で心地よい組み合わせです。敷地の入口には、リンドベリの代名詞であるベルサの葉柄をあしらった黄色い大きな看板が出迎えてくれます。
展示は、キュレーターを務めたリンドベリの息子ラーシュ・デュエホルム=リンドベリ氏の言葉で始まります。パネルには「私の父、スティグ・リンドベリ」と題されたエッセイが掲げられていました。少年時代に父の命令で白樺を切っていた際に親指を切断する事故に遭い、ピアニストの夢を断念。芸術とデザインの道を選んだという逸話が紹介されています。展示品は、1937年の最初の作品から、2023年に娘マルティアが父のヘルシンボリの工房で焼成した最後の作品まで。親子三代にわたるリンドベリの物語がここにあります。
テーブルウェア 1940-1980 ── 量産品の美
展示の最初のセクションは、リンドベリが40年間にわたって手がけた量産テーブルウェアです。1937年にグスタフスベリ磁器工房に入り、1940年代から工業デザイナーとして食器の世界に本格参入。そこから1980年代に至るまで、驚くべき量と質のデザインを生み出し続けました。
ベルサ ── リンドベリが最も誇りにしたデザイン
展示キャプションにはこう記されていました。「ベルサは、スティグ・リンドベリが最も誇りにしていたデザインの一つである」。1957年にLLモデルとしてフォルムがデザインされ、1960年に装飾が完成。デカル(転写紙)を使ったフリントウェアで、グスタフスベリの量産技術の粋を集めた作品です。
展示にはティーポット、ピッチャー、バターボックス、ソルト&ペッパーシェイカー、角皿、シリンダー形鉢、半球形鉢まで、ベルサのほぼ全アイテムが揃っていました。緑の葉柄がこれほど多くの形状に展開されると、パターンの汎用性とリンドベリのフォルムデザインの巧みさが際立ちます。
ボーンチャイナの名作たち
リンドベリのボーンチャイナ作品は、1950年代から1970年代にかけてグスタフスベリの主力商品でした。展示には、アダム(紺の半円)、エヴァ(赤の丸)、サリックス(赤い葉)、テュルテュル(緑の鳥)など、名作が勢揃い。
ボーンチャイナという素材の薄さと透光性が、リンドベリの幾何学パターンに独特の軽やかさを与えています。プリント技術の進化とリンドベリのデザインが見事に噛み合った、1950年代スウェーデンの工業デザインの到達点と言えるでしょう。
テルマ ── 機能美の極致
展示で最も「北欧らしさ」を感じたのが、テルマシリーズでした。1955年にデザインされたこの調理器具シリーズは、装飾を一切排し、フォルムと釉薬の色だけで勝負しています。
印象的だったのは、テルマの黒い調理器具セットの背後に飾られた、リンドベリ自身によるシルエットスケッチ。ティーポット、片手鍋、フライパン――その黒いシルエットは、最終製品とほぼ同じフォルムを示しています。デザイナーの脳内にある「形」が、スケッチの段階でいかに完成されていたかが伝わる展示でした。
また、ティング装飾のSPモデルは、NK百貨店の東京店でも販売されていたことが展示キャプションに記されていました。1960年代、すでにリンドベリのデザインが日本に届いていたという事実に、北欧と日本の繋がりの深さを感じます。
テーブルウェアセクションの最後に展示されていたミング装飾(1975年デザイン、1978年モデル)は、ストーンウェアに藤の持ち手を組み合わせた晩年の作品。輪の中に描かれた鳥のモチーフは、後にリンドベリ家の墓石にも刻まれたそうです。デザイナーにとって、この鳥がいかに大切な存在だったかが伝わるエピソードでした。
ファイアンス ── ベルサの葉はここから生まれた
今回の展示で最も深い感銘を受けたのが、ファイアンスのセクションでした。ファイアンスとは、錫釉をかけた軟質陶器のこと。量産品とは異なり、リンドベリ自身やペインターたちが一点一点手描きで絵付けした作品群です。
この1940年代の花入をご覧ください。雄鶏を中心に、生き生きとした緑の葉が自由に描かれています。この葉のモチーフは、後にベルサの葉柄に結実する「萌芽」です。写実的で有機的な筆致は、1960年のベルサの幾何学的に整理されたデカルパターンとは対照的ですが、根底にある「葉への関心」は明らかに同じ。リンドベリの中で20年にわたって熟成されたモチーフが、量産技術と出会ってベルサとなった――展示を通じてそのことを実感しました。
展示された複数のファイアンス作品を見比べると、リンドベリの「葉」への一貫した関心が浮かび上がります。ティーポットの立体的なアップリケ、皿の縁を彩る手描きの葉、マグカップの底に添えられた一枚の葉――表現方法は異なっても、葉のモチーフはリンドベリの創作の通奏低音でした。
1940年代のファイアンスに共通するのは、女性の顔、葉、鳥、魚といった自然や神話に根ざしたモチーフです。筆致は自由で、時に奔放。しかしそこには確かなデッサン力と色彩感覚が息づいています。そして何より、手描きの葉の中に描き込まれた葉脈の構造が、20年後のベルサの葉柄と驚くほど一致していることに気づかされます。
カーニバル ── 物語を纏うファイアンス
1957年から1962年にかけて制作されたカーニバルシリーズは、リンドベリのファイアンス作品の中でも特に物語性の強いグループです。リンドベリがデザインした下絵を、カーリン・グスタヴソン、ジョヴァンニ・プーニョ、フランカ・プーニョといった熟練ペインターたちが一点一点絵付けしました。
カーニバルの人物たちは、どこか中世ヨーロッパの祝祭を思わせます。魚をかぶった王様、フルートを吹く少女、格子模様のロバ。リンドベリの作品世界は量産品のミニマルな美しさだけではなく、こうした豊かな物語性も併せ持っていたのです。
スタジオ作品 ── プンゴ、レプティール、ドミノ
スタジオ作品のコーナーには、リンドベリのもう一つの顔が現れます。量産品のシンプルさとは対照的に、スタジオでは素材と形の実験が繰り返されていました。
プンゴシリーズ(1953年)は、雫のような有機的なフォルムが印象的。展示解説によれば、この作品は1954年から1957年にかけてアメリカに輸出され、アメリカにおけるスカンジナビアンデザインブームの方向性を決定づけたとのことです。
レプティール(爬虫類)シリーズは、1953年のストーンウェア作品。鱗のようなテクスチャーが表面を覆い、独特の質感を生み出しています。「ドミノシリーズは、コレクターたちの間でスティグ・リンドベリの最も人気の高いシリーズである」という解説も展示に記されていました。1954年にデザインされ、1955年に黒と白の組み合わせで発売、1956年以降は茶、黄、淡い緑色でも製造されたとのことです。
フィギュリン ── 神話から量産へ
展示の冒頭に置かれたテラコッタの女性像は、リンドベリがグスタフスベリに入った1937年頃の作品です。裸身のトルソーの頭上に小さな鳥が載るこの作品には、後のカーニバルシリーズやファイアンスに繰り返し現れる「鳥」のモチーフが、すでに宿っています。
「レダと白鳥」は1940年代のストーンウェア作品で、ギリシャ神話に取材しています。白いストーンウェアで仕上げられた、まるで大理石のような質感。リンドベリの初期作品がいかに古典的で神話的なモチーフに満ちていたかが分かります。
1940年代の神話的な彫刻から、1950年代のスプリンガレシリーズへ。ぽってりとした丸い馬には、神話の荘厳さはありません。代わりに、暮らしに寄り添う温かみと遊び心があります。この変化こそが、リンドベリの作風の変遷を最も端的に示しているかもしれません。
テキスタイル ── もうひとつのリンドベリ
リンドベリは陶芸家であると同時に、テキスタイルデザイナーでもありました。1940年代からNK百貨店のためにプリントテキスタイルのパターンを手がけ、1947年にはヘイマン&オルセン社のテキスタイルスタジオの責任者に就任。1947年のNK百貨店でのデビューから1970年代初頭にかけて、140種類以上のパターンテキスタイルを世に送り出しています。
展示されたタペストリーは、陶芸作品とはまた異なる表現力を見せていました。深い青とオレンジの色面構成に、リンドベリ特有の人物や鳥のモチーフが溶け込んでいます。パネルの解説には、グンネルの最後の織り作品が1973年の夏に完成したこと、そしてその数週間後に彼女が脳卒中で倒れ、1975年にこの世を去ったことが記されていました。
リンドベリと日本 ── 1959年、京都にて
展示の中で、日本の読者にとって最も心に響くであろうパネルがありました。
「スティグ・リンドベリは、1959年8月に日本を訪れています。2週間の滞在の中で京都を訪れ、数人の陶芸家たちと出会い交流しました。」
その一人、陶芸家の熊倉順吉に贈られたリトグラフには、同時期のファイアンス図板と同じ「チェロを持つ男とファンタジーツリー」のモチーフが描かれていました。添えられたメッセージには、こう記されていたそうです。
「日本での素晴らしい日々に対して、花束一つとささやかな音楽、そして大きな感謝を贈ります。思いやりと敬意を込めて。── スティグ・リンドベリ」
リンドベリが京都で出会った陶芸家たちの作品は、陶芸の森のギャラリー企画の中で紹介されているとのこと。1959年、スウェーデンのデザイナーと京都の陶芸家が交わした交流が、60年以上の時を経て信楽の地で再び結ばれる。この展覧会が滋賀県で開催されていることの意味を、深く感じました。
展示を終えて ── 写実からミッドセンチュリーへ
展示を通じて最も強く感じたのは、リンドベリの作風の変遷でした。
1937年のテラコッタ彫刻、1940年代の写実的で神話的なファイアンス、そして1950年代以降のベルサやテルマに代表されるシンプルモダンなミッドセンチュリーデザイン。一人のデザイナーが、これほど劇的に作風を変化させながらも、根底にある自然への愛情と造形の喜びを失わなかったことに驚きます。
特に、ベルサの葉っぱ柄がすでに1940年代のリンドベリのファイアンスに萌芽として見られるという発見は、この展示ならではのものでした。雄鶏の花入や顔の大鉢に描かれた自由な葉のモチーフが、20年の歳月をかけて幾何学的に洗練され、デカルによる量産技術と出会い、やがて北欧デザインを代表するアイコンとなった。その過程を、一つの展示空間で辿ることができたのは貴重な体験でした。
会期は2026年5月10日(日)まで。滋賀県在住の当店としては、信楽という「やきものの里」でスウェーデンの巨匠の展覧会が開かれることに、特別な縁を感じています。北欧食器に興味のある方はもちろん、デザインの歴史に関心のある方にも強くお勧めできる展覧会です。
展覧会情報
- 展覧会名:特別展 20世紀北欧デザインの巨匠 スティグ・リンドベリ展
- 会場:滋賀県立陶芸の森 陶芸館
- 会期:2026年3月20日(金・祝)〜 5月10日(日)
- 住所:滋賀県甲賀市信楽町勅旨2188-7
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