北欧ヴィンテージ食器という言葉が日本でもすっかり定着し、アンティークショップやオンラインで見かけることが増えました。一方で、日本の「和風ヴィンテージ食器」という表現はあまり耳にしません。実際、日本人にとっては「大切な思い出の食器を手放すなんて…」と疑問を持つ場面も多くあります。
一方、北欧では親の形見の食器であっても当たり前のように手放します。それは北欧なりの価値観があってのことです。次の使い手へと受け継ぐ、という考え方が根底にあるため「北欧ヴィンテージ食器」というジャンルは成り立ちます。
そこで本記事では、北欧の価値観がなぜ「北欧ヴィンテージ食器」のジャンルを成立させ、一方で「和風ヴィンテージ食器」という表現が馴染まないのかを考えてみます。
1-1. ミニマルなライフスタイルと「デス・クリーニング」の考え方
北欧諸国では、必要以上の物を持たずシンプルに暮らすミニマルライフを大切にする人が少なくありません。さらに、近年注目されているスウェーデンの「Döstädning(デス・クリーニング)」という考え方は、高齢者が自分の持ち物を整理して身軽になり、家族に負担をかけずに人生をまっとうしようとする風習です。日本風にいえば「終活」に似ていますが、「使わなくなった物は必要とする誰かに譲る」という発想で、中には家族の形見のような大切な食器でも「しまい込んでおくより、誰かが活用してくれるならそのほうが良い」という考えが自然と受け入れられるのです。

1-2. 「持ち続ける=愛情」ではない
日本では、「大切な家族の思い出が宿る品は手放さない方が良い」という価値観が強く、形見の食器などは家に大切に保管しておくケースが多いです。仮に使わなくても、それがそこにあるだけで故人に思いを馳せることができるためです。
日本独自の価値観として、古くから大切にされてきた品物を「家宝」として何代も引き継いでいく文化があります。たとえ日常使いの食器であっても、先祖代々伝わる器を代々の当主が管理していくなど、食器と家族の歴史と深く結びついていることが少なくありません。

一方で北欧の人々は、「自分が使わないのであれば、その品物が活きる場所へ行くほうが幸せ」という考え方があります。次の持ち主に受け継がれることで、物語が途切れずに続いていくというものです。これが北欧風の「ものを大切にする」という価値観です。
2-1. 北欧ヴィンテージ食器が“ブランド化”した背景〜ミッドセンチュリー期の豊富なデザイン〜
もちろん北欧ヴィンテージ食器が成立するのは、リユースの考え方ばかりではありません。20世紀中葉の北欧では、傑出したデザイン食器が数多く生み出され一時代を築きました。
アラビア(ARABIA)やロールストランド(Rörstrand)、グスタフスベリ(Gustavsberg)といった北欧の名窯は、1950~70年代にかけて個性あふれるデザインを数多く生み出しています。大胆な色使いや洗練されたパターンは、時代を超えて高い評価を受けており、いまなお世界中のコレクターを魅了しています。これらの「モダンデザインの黄金期」に生まれた作品が“北欧ヴィンテージ”としてブランド化されやすい土壌を作りました。
2-2. 国際的に評価される「北欧デザイン」のブーム
北欧のインテリアや家具、食器は、シンプルで機能的なスタイルが世界的にブームとなり、今現在「北欧ブーム」と称される現象が続いています。機能性と美しさを兼ね備えたデザインを追求する北欧ブランドは、一大ジャンルとして認知されるようになりました。これに伴い、ヴィンテージ食器の市場も国内外で活性化しました。北欧風の「家族の枠を超えてモノを伝えていく価値観」も北欧ブームの引き金になったといえます。
このヴィンテージの価値観は何も古い食器や家具そのものを使うことに留まりません。半世紀以上前のデザインを使って、同じデザインで新しい製品を作り続けるのです。
たとえばマリメッコを代表する花がらのウニッコは1964年にデザイナーのマイヤ・イソラが考案しました。家具の世界では機能美が光るアアルトの椅子は1932年に発表されたデザインされたものが今でも作り続けられています。古いものを使い続けるのはデザインもまた同じです。


2-3.おばあちゃんの食器の話
以前ご紹介したブログ記事(『おばあちゃんの食器-北欧ヴィンテージ食器の裏側』)
はちょっとした反響がありました。お孫さんが祖母様から受け継いだ食器を手放すことについて書いたエピソードですが、背景にあるのは「愛された食器だからこそ、もっと愛着を持ってくれる人につなぎたい」という想いでした。古い食器には前の持ち主の記憶や愛情が宿っており、それを次の人へバトンタッチする——まさに北欧風の物の大事にする考え方です。

3-1. 生活に溶け込む北欧デザイン
北欧ヴィンテージブームと日本の骨董ブームでは、それぞれの盛り上がり方や消費されるスタイルが違います。
北欧ヴィンテージブームは雑誌やSNSを通じたライフスタイル提案と結びつきながら、ボトムアップ的に広がりました。おしゃれなカフェで使われているヴィンテージの食器や、インスタグラムで人気の北欧インテリアなど、生活の中のワンシーンとして憧れが共有され、「自分も取り入れてみたい」という消費意欲につながりました。つまりブームといっても日常生活に溶け込む形で定着し、一般消費者が身近に楽しめるスタイルの流行でした。
一方、日本の骨董ブームはしばしばトップダウン的に起こります。例えば明治期の欧米でのジャポニスム熱や、バブル期の日本での西洋アンティークブームなど、美術商やコレクター筋が牽引して価値を高め、人気に火が付くという形です。
テレビ番組の「なんでも鑑定団」のように、骨董の希少価値や高額査定が話題になることで関心が高まるケースもありますが、いずれも鑑賞・投機的要素が強く、生活の必需品として広がるわけではありません。ブームになっても、北欧食器のように日常的な生活に関わる部分は限定的です。
北欧ヴィンテージも一時的な「流行り」で終わるのではなく、食器そのものやデザインなど良いものは長く残り続けています。一過性のブームを越えて定番ジャンル化したことで、ヴィンテージも成り立っているのです。また、日本に限らず北欧デザインは世界的に定評があるため、その人気がゼロになることは今後もないでしょう。
4. 「手放す」ことで物語をつなぐ北欧スタイル
北欧では「大事なものであっても眠らせておくのはもったいない」という発想から、食器が海を渡って別の国の家庭で新しい物語を紡いでいます。これは物を必要とする相手へ譲るというサステナブルな考え方が根底にあるからこそ成り立つスタイルです。ヴィンテージ食器には前の持ち主の物語が宿っており、それに惹かれて購入した人がさらに次のストーリーを重ねていきます。

5. 互いのよさを知り、物語を紡いでいく楽しみ
日本と北欧では、家族の形見や古い器をめぐる価値観に大きな違いがあります。北欧では「次の使い手へ譲る」という行為が自然で、それがヴィンテージ文化を発展させました。一方、日本は「古い物は家に残すべき」という意識が強く、骨董や伝統工芸として扱われることが多いといえます。
ただし、どちらが正解というわけではなく、いずれも物を大切にする気持ちが根底にあることは共通しています。
いま私たちがヴィンテージの名のもとに北欧の食器を手にするということは、遠い国で生まれた物語の続きを日本の暮らしの中で描いていくことでもあります。形見に対する考え方の違いを知ると、北欧ヴィンテージ食器に一層ロマンを感じるかもしれません。古い物に宿る物語を自分の人生の一部として受け入れるか。それこそがヴィンテージを楽しむ醍醐味なのではないでしょうか。
北欧ヴィンテージ食器でも、和の骨董品でも、“時を超えて誰かのもとへ巡る”ことは同じです。いつの日か「和風ヴィンテージ食器」という言葉が生まれるかもしれませんし、それはもしかしたら海外の方が見出してくれる価値なのかもしれません。未来へ続く新たなストーリーを紡ぎながら、北欧食器を暮らしに溶け込ませてみてください。

執筆:北欧食器タックショミュッケ編集部