ARABIAクロッカスのグレーリム - 北欧食器Tacksamycket

ARABIAクロッカスのグレーリム

今回は珍しいものが入荷しました。

クロッカスのグレーリム20cmプレート

(写真:ARABIAクロッカスの20cmプレート)

フィンランドを代表する食器メーカーARABIA社の幻の名作クロッカスシリーズのプレートです。グレーリムと呼ばれるものです。クロッカスは1978〜1979年の2年間という極めて短い期間だけ製作されたシリーズですが、こちらのグレーリムはなぜかほとんど生産されなかったため幻のなかの幻の作品となっています。いわゆるコレクターズアイテムの一つです。

 

ARABIAの名作クロッカス

シリーズ名のクロッカスとはアヤメの花の一種です。アヤメの花は本来は白みがかった紫色の花をつけます。クロッカスシリーズはあえて花を線だけで描いた点に特色があります。北欧食器によく言えることですが、本来の花の色を忠実にカラーリングして完成。といいたいところを、あえて白黒のまま完成形とするところに妙味があります。詳しくは過去のブログ記事をご覧ください→『北欧食器と陰翳礼讃』

クロッカスは白黒版、カラー版、そしてグレーリム版の3種類がデザインされました。このうちカラー版は縁をライトグリーンで塗っているだけでクロッカスの絵は描かれていません。そのため絵柄のあるバリエーションは白黒版とグレーリム版の2種類となります。

リムとは「車輪」や「縁」を表す英語です。グレーは鈍色、つまり灰色のことです。フィンランドで作られたものなので、フィンランド語で表記されても良いような気がしますが、白黒版も”BW”(Black and White)というイニシャルが刻印されています。つまり、海外輸出も視野に作られたものだということが分かります。

クロッカスグレーリムのバックスタンプ

(写真:クロッカスグレーリムのバックスタンプ、Krokusの下に”GR”とあるのがGrey Rim”の略、その下には英語で「食洗機可」とある)

 

グレーリム独自のデザイン

あまり知られていないことですが、実はクロッカスグレーリムはスープ皿などの一部のデザインを新たに書き起こしています。

スープ皿の絵柄

(写真:左はグレーリム、右は白黒版のクロッカスのスープ皿。花やつぼみの表現がわずかに異なる)

同じクロッカス柄ではあるのですが、よく見るとデザインが違います。花やつぼみの数は同じですが、花びらの形、つぼみの膨らみ方や位置が微妙に異なります。

ところがグレーリムの20cmプレートは白黒版の20cmプレートと全く同じデザインです。また他のサイズのプレートではつぼみの描き方だけに違いがあったりします。カップや、ティーカップなどを含めたすべての食器シリーズでデザインを刷新したわけではないようです。

前述のようにクロッカスの製作期間は1978〜1979年の2年間ですが、グレーリムに関してはおそらく、1979年の一時期だけ製作されたものです。どういった製作意図があったのかは分かりませんが、カラーバリエーションを作ろうとして生み出されたようです。

しかしクロッカス自体の生産が短期間で終わってしまったため、結果的にグレーリムはほとんど生産がされなかった幻の作品となってしまいました。

クロッカスGRとBWの20cmプレート
(写真:クロッカスGRとBWの20cmプレート。こちらは全く同じデザイン)

 

 

ARABIAの工場体制の変化と生産中止

クロッカスの製造期間は2年という短期間でしたが、そのわりに白黒版やカラー版は今でもヴィンテージ市場に多く流通しているような印象を受けます。本当に幻の作品なら、そもそも日本に入ってくることも稀だと思います。

ここからは推測になりますが、クロッカスは発売当初にヒットし増産された作品であったと思います。そのため数多くのプレートやカップなどが生産され、現代に一定数が残っていると考えられます。

しかしARABIAの製造ラインには1979年に大きな変化が起きました。それまで職人の手で粘土を整形していた工房スタイルから、機械による自動成形ラインを導入し、より大規模で画一化された大量生産のスタイルへと工場の形態がシフトしました。機械化された最初の作品はアルクティカ(Arctica)というシリーズで、ビトロ磁器(せっ器)と呼ばれる硬質で肉厚で故障の少ない食器です。アルクティカは今でも生産が続いています。

1979年はそれまでの職人が大量に解雇されたり、雇い止めになったと思われます。この年はそれまでハンドメイドでほとんどの工程を行っていたARABIAが、手工芸の時代と分かれを告げ、より画一的で均一性があり、故障の少ない製品を安定的に作り出す機械化へと転じた時期でした。

 

なぜARABIAクロッカスは幻の作品になったのか?

クロッカスはこれまでの北欧食器の常識とは異なり洗練されたスタイルの食器です。ミッドセンチュリーとよばれる20世紀中葉につくられた北欧ヴィンテージ食器は「装飾はモダンで美しいが食器自体は肉厚で重たい」というスタイルが基本でした。北欧食器はインテリアとしての美しさも兼ね備えていますが、基本的に北欧の食卓では普段使いに用いられます。そのため繊細な器よりも頑丈なものが好まれました。さらに当時の製陶技術を加味すると薄いものは作るにはまだまだ材料研究や窯の温度管理などに進歩の余地があったとおもわれます。

結果的にグスタフスベリのベルサシリーズや、ARABIAの名作パラティッシなど、ミッドセンチュリーの代表作とされる食器は、デザイン性が優れている一方で、食器としては肉厚で重たいものとなりました。

一方でクロッカスは食器としては薄く軽く、そしてデザイン性にも優れています。一見して良いことのように思えるのですが、当時のARABIAの製陶技術ではクロッカスは圧倒的に初期不良が発生しやすいシリーズでした。

現在流通しているヴィンテージのクロッカスの食器を見ても、数多く存在するARABIAの北欧ヴィンテージ食器でクロッカスはダントツで貫入が見られる割合が多いです。

貫入(かんにゅう)とは製造工程の焼成時に釉薬面に走るヒビで使用上のキズのことです。

クロッカス貫入1

(写真:縁に見られる貫入)

クロッカス貫入2

(写真:クモの巣状に入った貫入。クロッカスにはこの種の貫入がかなり多い)

北欧ヴィンテージ食器の常として、貫入が入ったくらいでは検品で弾かれないのでそのまま出荷されます。これはARABIAに限らず、グスタフスベリやロールストランドといった北欧の超有名ブランド食器でも同様の扱いです。ある意味で、これは北欧の「もったいない」精神を反映しているのかもしれません

貫入とは意図せず発生する釉薬面のヒビなので、本来は一箇所だけ稲妻のように走るような形状が普通です。ところがクロッカスの貫入には明らかな類似性が見られ、クモの巣状であったり、縁に縦方向の筋が連続する、といったパターンに分類することが可能です。

こうしたことから考えると、クロッカスの貫入は製造工程にそもそも問題があったため発生していたと言わざるを得えません。無理に薄造りにした反動であったり、技術的ノウハウの蓄積が不足しているのに生産数を増大しようとしたことが背景にあると思われます。もともとクロッカスは不良品が発生しやすいデザイン的・技術的環境のもと製造されていたはずです。

1979年で生産を中止したのは、クロッカス自体に不良品が多かったこと、そして生産ラインの刷新でアルクティカのような新規商品への転換を図る時期であったこと、など複数の要因が考えられます。

 

日本人にとっての北欧ヴィンテージ食器

グレーリムのGRや白黒版のBWが英語で表記されているという話をしましたが、ARABIAがフィンランドや北欧諸国を飛び越えさらに海外マーケットでの販売促進をしようと考えていたとすると、貫入があって当たり前、という北欧風の考え方は諸外国では通用しません。

実際に日本では貫入がある北欧ヴィンテージ食器は値下げされます。現地では同じ値段のためよく考えたら不思議なことです。しかしこのことは「国が違えば評価するポイントも違う」ということを端的に表しています。結局のところ世界を視野に入れるなら故障に類するものはないに越したことはないのです。

まとめると、ARABIAクロッカスが幻の食器となったのは、工場が機械化することによる生産体制の変化と、当時のARABIAの技術ではクロッカスを安定的に量産することが叶わなかったため、となります。海外に輸出するなら尚更ばらつきのない品質が必要とされたことも背景にあるでしょう。

クロッカスのグレーリムなどは様々なバリエーションを生み出し、消費者の選択肢を増やす意図のなかで生み出されたと思いますが、結果的にクロッカス自体の生産が中止されたため、ほとんど生産されずに現在に至っています。

デザイン的には縁を灰色にカラーリングしているのが唯一の違いで、基本的なフォルムや出来栄えは白黒版やカラー版と変わりません。しかしコレクターズアイテムとは結局のところ、その希少性で評価されるものなので、生産数の少なさという意味ではグレーリムは群を抜いています。

この機会にぜひ当店のグレーリムコレクションをご覧ください。

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